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最後の恋シリーズ

社に戻ってファンを会議室まで案内して、僕はひとりフロアに戻った。

ギョンスがパソコン画面から視線もずらさず「おかえりなさい」と迎えてくれたので、「ただいま」と呟いて席についた。



妹ってなんだよ。


当たり前だけど、ファンにはファンの人間関係があって。そんなのは当然に僕のあずかり知れないところなわけで。そんなことに気分を害したって何の意味もないのに。
それでも僕の知らない部分があることが、何故だかすごく嫌だと思った。

毎晩のようにうちに泊まっていて、いろんな話もしたせいだろうか。僕はファンのことを何でも知っているような気になっていたんだ。

だって僕はあいつの、好きなビールの銘柄や、だらしないスエット姿や、歯を磨くときの嘔吐く癖や、四か国語の寝言や、寝起きの浮腫んだ顔や……とにかくそういうことを知っていたから。


「ねぇ、ギョンス。誰かいい人紹介して」
「……は?」
「女の子。清楚な感じの可愛い子がいいな。誰かいない?」
「珍しいですね、ヒョンがそんなこと言うの」
「そう?僕だって男だし」
「はあ……まぁそういうことならチャニョリとかの方がいいんじゃないですか?」
「そっか、そうだね」


くだらない。
最近女の子と親しくしてないからだ。
あいつとばっかり顔をあわせてるから……

僕は思い立ったかのように下のフロアのチャニョルを訪ねた。


「チャニョラ、」
「ヒョン!どうしたんですか、急に」
「誰かいい人紹介して」
「は?」
「だから、ヒョンに誰か女の子紹介してって言ってるの」
「また随分急ですね」
「いいから。お前そういうの得意だろ?」
「いや、得意って……ヒョンなら誰でも選び放題じゃないですか」
「そんなわけないだろ」
「またまたぁ!社内でも狙ってる人多いって聞きますけど?」
「知らないよそんなの。とにかく、誰かいない?」
「や、まぁ。いないこともないですけど……あぁ!だったら合コンでもしますか?」
「合コン?」
「えぇ。3:3くらいで」
「任せるよ」
「分かりました。じゃあ、決まったら連絡しますね」
「うん、よろしく」


そう言って連絡が来たのは翌日のこと。
相変わらず仕事が早いな、と感心しつつも少しだけ呆れた。真面目に働いてるのか?


チャニョルはとにかく顔が広いことで有名だ。社内も社外も、聞けば大体知っていたりして少し恐ろしく感じるときもあるほど。でも、それなりに仕事もできるし人当たりもいいのであまり嫌味がない。ある意味羨ましい人間だ。

僕なんか、わりかし何でも顔に出るっていうのに。


週末、金曜の夜にそれは行われることになった。僕とチャニョルと、あとは隣の課のベッキョン。盛り上げ役としてはこれ以上ないほどに揃っている。
ファンには、今日飲みに行くから、と伝えておいた。「わかった」といつものように言われて何だか妙に腹が立った。お門違いにも程がある僕のモヤモヤは、吐き出す場所も分からず丸めて胃の中に放ったままだ。


「ヒョン、なんかカリカリしてますね」


そう言って笑ったのはお調子者のベッキョン。


「そんなことないよ」
「それならいいですけど」


盛り下がるようなことだけはしないでくださいね!なんて、しれっと失礼なことを言われた。




「チャニョリオッパ!」


お店のドアを開けると先に着いていた女性群の一人が手を振って合図した。


「ソニョアー!」とチャニョルが呼び掛ける女性を見て僕は驚いた。彼女の方も僕に気がついたのか、目を見開いてパチリと瞬きをしている。


「この間の……?」
「そうです!すごい!チャニョリオッパの会社の人ってあなただったんですね!」
「え、なに?二人知り合い?」

「知り合いっていうか……」


驚くチャニョルに何と答えたらいいのか考えあぐねている間に、彼女は「はい!」と元気よく返事した。


「マジで!?え、なんで?」
「ふふ、秘密です」
「なんだよそれー」

楽しそうに話している二人は聞けばどうやら昔からの知り合いのようで、俗に言う『教会オッパ』というやつらしい。仏教徒の僕には縁がない話だ。


「ヒョンに紹介する人だから身元がちゃんとしてる人じゃないとと思ったんです。ソニョンの知り合いだったら大丈夫かなぁと思って」


そう言うチャニョルにすかさずベッキョンが「俺が頼むときはいっつもナンパした子ばっかじゃん」と突っ込まれていて笑った。


そうしてなんだかんだと始まった合コンは、最早ただの飲み会だった。

ソニョンも二人の友人を連れ立っていたが、二人ともなんだか機嫌が悪そうで僕らと話すよりは女同士で話している方が楽しそうだし、そんな彼女たちにチャニョルやベッキョンも最初の内は必死にご機嫌取りなんかしていたけど、その内に諦めたのか二人も二人で話始めていた。


で、僕はというと……



「君はオッパがいっぱいいるんだね」
「そうなんですよ、ジュンミョンオッパ!」


ほらまたここにも一人と言わんばかりにオッパと呼ばれて思わず苦笑した。


「こんなことしてて、オッパたちに怒られないの?」
「オッパこそ、ここに来てることファンオッパは知ってるんですか?」


じろりと笑顔で嫌なところを突く。


「別にあいつは関係ないけど?」

僕の一言に彼女は少し考えて「……そうですよね!」と笑った。
その言い回しが妙に癪に触って、丸めて放ったモヤモヤがむくむくと膨らみそうで慌ててビールで流し込む。


「君はファンの娘なんだっけ?」
「あぁー、娘……?うーん、妹……?」

もっと複雑ですね、と彼女は笑う。


「複雑?」
「はい。オッパから聞いてないですか?」
「何も……何かあるの?」
「あると言えばあるんですけど……」


快活な彼女のわりに酷く歯切れの悪い答えだった。


「あぁー、どこまで話していいのかなぁ……」


うーん、と唸る彼女を見て、僕はまるで彼女の掌で踊らされているような気分だった。

俺の知らないファンを、彼女は知っている。



「オッパが結婚してたのは知ってますよね?」
「ん?あぁ、離婚したけど」
「そう、そうなんです!で、その奥さんだったのが私の親しいオンニなんですよ!」


なんだ。と思ったのも束の間、「このくらいまではいいかな」と続きがありそうな言い方をするので、結局モヤモヤは消えなかった。


「あとはファンオッパから直接聞いてください」


彼女のとびきりの笑顔を見ながら思う。


(あいつ教えてくれるかなぁ。
また笑って誤魔化されそうだ。)


どうしてモヤモヤとしてるときの飲酒は、こうもペースが増すんだろうか。普段は全然飲めないはずなのに。気つけば僕は散々飲んだ挙げ句、あっさりと眠りに落ちていた。



僕はなんでこんなにファンのことを知りたいんだろう……


*****

今日は飲みに行くからと言っていたジュンミョンから電話が来たのは、久しぶりに自分のアパートで淋しくビールを空けているときだった。


『もしもし?』

受話器の向こうから女の声がして慌ててディスプレイを確認する。
キムジュンミョン、で間違いない。
ぞわりと胸騒ぎがする。


「……もしもし?」


探るように応答すると、聞き覚えのある名前が出てきて驚いた。


『オッパ!ソニョンです!』
「……え、ソニョア?なんでお前が電話してるんだ?ジュンミョンの電話じゃないのか?」
『あはは!そうですよー!ジュンミョンオッパ隣にいるんで』


ん?オッパ……?

瞬時に混乱した。

今日は確か飲みに行くと言っていた。なのになんで彼女といるんだ?この前会ったときは名前を紹介しただけだよな?なんだ?いつの間にそんなことになってるんだ?彼女はジュンミョンのタイプだったのか?いや、でも彼女にはチエンが……


『……もしもーし!オッパ聞こえてますかー?』

思考を遮るように、元気な声が鳴り響く。

「……え、あ、あぁ。聞こえてるよ」
『よかった。何も反応しないから切れてるのかと思いましたよ!』
「悪い。で、どうしたんだ?」
『あのー?迎えに来て欲しいんですけど』
「俺が、君を?」
『違いますよー!私は普通に帰れますから』


あはは!と快活に笑ったあと、「オッパの宝物をです」と彼女は続けた。

俺の、宝物……


あぁ、ジュンミョンか。すぐに気付いて同時にあいつらはどこまで気付いてるんだ、と苦笑した。女の勘は、やっぱり怖い。



タクシーを拾い告げられた店に向かうと、座敷の隅の方でジュンミョンが縮こまって寝ていた。隣には呆れ笑いのソニョンがいてゆるりと手を振る。


「悪いな」
「いえ!」
「そんなに飲んだのか?」
「うーん、ペースは速かったかもですね。もしかしてあんまり強くないんですか?」
「あぁ、普段は2杯がいいとこだけど」
「ほうほう、なるほど」

妙にうなずく彼女を不審に思いながらも早速気になっていたことを問い掛けた。

「で、二人で飲んでたのか?知り合いだったなんて聞いてないが」
「まさか!合コンですよ、合コン!」
「合コン……?」


ジュンミョンが……?



「あんまり盛り上がらなくてここで解散になっちゃいましたけどね。知り合いのオッパにメンバー揃えてって頼まれて。で、来てみたらジュンミョンオッパがいたんです」


たまたまですよ、と彼女はにやりと笑った。
背筋がぞくりと粟立った。


「そういえば、ジュンミョンオッパに言ってないんですね、私たちの関係」
「ん?あぁ、別に言うほどのことじゃないだろ」
「そうですか?オッパ、ものすごーく気にしてましたけど」
「そうなのか?」
「はい、だからオンニの知り合いってところまでは話しておきました!あとはファンオッパから聞いてくださいって言っておきましたんで!」

じゃ、私帰りますね、と笑って支度を始める。

「オンニに呼ばれてるんです!」
「あぁ、そうだったのか。悪かったな、面倒見させて」
「いえ、面白かったんで!」
「面白い?」
「だってオッパ、すぐ顔に出るんですもん!」


はは、と笑いながら店先まで送り、タクシー代を渡した。


「チエンにも悪かったって伝えといてくれ」
「分かりました!おやすみなさい」

バタンとドアを閉め、タクシーを見送る。
さて、次はこっちか。と、また暖簾をくぐった。



「ジュンミョナ、」

少々乱雑に揺すると、ジュンミョンは目をしばたかせる。

「……ふぁん?」
「あぁ、」
「なんでいるの?」
「迎えに来たからだろ」

意識の覚束ないジュンミョンに、さっさと起きろ、と腕を掴んで無理矢理に立たせた。


「はぁーい」


舌ったらずの返事とふにゃりと緩みきった笑顔の破壊力に、俺はどこまで耐えられるんだろうか、と考えて頭が痛くなった。


タクシーに詰め込んでジュンミョンのアパートへ向かう。
ぐったりともたれ掛かるジュンミョンの身体は火照っているのか、じんわりと熱が伝わってきて、いよいよ危ないな、なんて苦笑した。こっそりと指を絡めると、ジュンミョンの指ももぞりと動いて緩く絡み付く。

やっぱり触れると危険なんだな、と意味のない納得をしたが、その指は到着するまではずせなかった。


アパートに着いてタクシーから引き摺り下ろして、背中に背負って部屋まで運んだ。2階に上る階段はさすがにキツかった。靴を落としてそのまま部屋に上がり、ベッドにドサリと落とす。弾みでスプリングが大きく揺れた。


「おい、着替えろよ」
「うーん……」


起きているのか、寝ているのか。
無防備なことには変わらない。

こいつも、誰かを好きになるんだろうか。
俺に、「結婚するんだ!」なんて言って紹介してきたりするんだろうか。合コンに行くほど彼女が欲しいと思ってることを、俺は全く知らなかった。


動かないジュンミョンをベッドの上でごろんごろんと転がしながら、上着を脱がせてネクタイをはずした。
たまに「うへへ」とか「ぐふふ」とか奇妙な笑いを溢しながらも、なんだか楽しそうで呆れる。

さて、こっから先の着替えはどうしたものかとベッドの縁に腰掛けて考えあぐねていると、不意にジュンミョンがふにゃりと笑って口を開いた。


「ファンはぁ、僕にー、ヒミツいっぱいだねぇ」
「秘密?」
「うん、ふふふ」
「そんなのないけど?」


俺はそれを、酔っ払い相手の会話だと適当に流していた。


「ほらぁ!やっぱりごまかすー!」
「誤魔化してないよ」
「だってソニョンさんのことも、奥さんのことも教えてくれなかったじゃん!」
「あぁ、その事か」
「ほらー!ファンのばかー!」
「わかったから、その話は明日な。もう寝ろ」


じゃないと襲うぞ、とはさすが言えなかったが、気持ちとしてはそんな感じだ。ただでさえ合コンだの何だの聞かされて余裕がないっていうのに。その上みだりに甘えられでもしたら、本当に襲ってしまいそうだ。

それは……、それは流石に避けなければならない。俺はこいつとどうにかなるつもりはないんだ。


だというのに……


「いやだ!聞くまで寝ない!」
「酔っ払いに話したって忘れるだろ」


「……酔っ払いじゃないよ!」


起き上がって叫んだジュンミョンの目は真っ赤に充血していた。


「ねぇ、なんで僕ばっかり、こんなにモヤモヤしてなきゃいけないの?不公平じゃん!ずっと、モヤモヤムカムカイライラ……なんでこんなにファンのことをばっかり考えてなきゃいけないんだよ!ムカつく!バカ!」


ふらふら揺れながらも両手をグーにしてゴツゴツと叩かれて。


「痛いよ」


言って掴んだ拳は、がちりと力が込められていた。


「──チエンの恋人だよ」
「……?」
「ソニョンは、チエン──妻の恋人だ」

「へ……」

「彼女たちのプライバシーに関わる問題だから簡単に言えなかった。分かってくれ、ジュンミョナ」


呆然とするジュンミョンを捕まえて、そっと抱き寄せた。


「俺はお前に秘密なんかない。お前が望むなら、なんでもくれてやる。それくらい……大事に思ってるんだから」


悪いな、明日には忘れたことにしてくれ。



そう呟いて、そっと髪の毛に唇を寄せた。

やっぱり、触れてはいけなかったんだ。
俺の宝物は、触れるには愛しすぎて壊してしまいそうだ。


「……悪かった」


腕を離し、「じゃ、着替えて寝ろよ」と髪の毛をくしゃりと交ぜて、ベッドから立ち上がる。

またスプリングが、ぐらりと揺れた。




「もっと……」

「は……?」

「もっとしてよ……」
「何を?」
「なんでもしてくれるんでしょ?さっきそう言ったじゃん!」


もっと抱き締めて、もっと頭撫でてよ!
もっと僕を大事にしろ!


そう言ってジュンミョンは俺に向けて枕を投げつけた。



───あぁ、だめだ。

ぷつんと何かが切れる音がした。



俺は気付けばそのままジュンミョンをベッドに押し倒していた。




唇を寄せて、衝動のままに。


剥いだシャツの下は生白く、それでもほんのりと赤みを差していて。
大事にとか慎重にとか、大切にとか紳士的にとか。そんなものは弾けとんだ感情に押し流された。ただひたすらに、動物のようにぐちゃぐちゃと飽きるまで交ざり合う。絡まる手足や擦れ合う肌と肌の間をすり抜けるように、ジュンミョンの涼やかな吐息や喘ぎ声が響いた。



「ジュンミョナ、」


ぐったりと横たわるジュンミョンを胸に抱き締めて呟く。


「……なに?」
「もうひとつ、お前に秘密にしてたことがあるんだ」

「……?」


ひょっこりと頭を持ち上げて視線を寄越した。


「俺はお前が好きだった。ずっと。初めて会ったときからな。これだけは、秘密にしておくつもりだった」


お前が好きだ。



髪の毛を鋤くように何度も頭を撫でながら呟く。



「うん……」


ジュンミョンはそっと呟いて、また俺の胸元に頬を寄せた。
心臓が、とくりとくりと動いて、健やかに生きていることを知る。




俺の宝物は、眩しいほどの笑みを漏らした。



*********

その後

*********


「なぁ、たまには外食するか?」
「どうしたんだ、急に」
「ちょうどひと月になるなと思って」
「あぁ、本当だ。ファンってそういうの気にする人だったんだな」

くくく、と笑えば「いや、」と返される。

「へ?」
「初めてだ。今までは気にしたことなかった。結婚記念日すらな」



結局、あのあと僕らは付き合い初めて、ファンはあっさりと僕の部屋へと越してきた。

今となってはモヤモヤと悩んでいた日々が嘘のようだ。まさか恋愛感情から来るものだったなんて……思いもよらなかった。
それから、ファンが初めて会ったときから僕を好きだったというのは正直とても驚いた。だってつまりそれは結婚していた間も……

大きな腕の中は心地よすぎて幸せだ。
いつだか「欲しい」と思ったそれは、こうして晴れて僕のものになった。




折角だからとちょっと高めのレストランで食事をして、そのあとファンに連れられてやって来た店はお洒落なジャズバーだった。
ドアを開けると「いらっしゃいませ」とかけられた声の主を見て驚いた。ファンも隣で笑っている。

でも、それよりもっと驚いたのは奥に座る一人の女性を見たときだった。


「あら久しぶりね。あなたもここに来るの?」
「ソニョア、言ってなかったのか?」


元夫婦の再会を見てソニョンは可笑しそうに笑っている。僕はチクリと胸が痛んで、どうしたらいいのか分からずファンの腕を後ろからそっと掴んでいた。


「ソニョアだなんて、随分親しいのね。ダメよ、私の宝物なんだから」
「はは、分かってるさ」
「でもそうね、ふふ。心配なさそう」


何故かしら注目を浴びてる気がして、ファンの後ろにそっと隠れる。


「一度会ってるよな?ジュンミョンだ」
「えぇ、覚えてるわ。だってファンの顔がでろでろに溶けちゃって酷かったもの」

きゃはは!と笑う彼女に続いてソニョンも「わかる!オンニ!」と大爆笑だ。


僕はいたたまれずにファンの背中をばしんと叩いた。それからコホンと咳をひとつして、いつものビジネスモードに切り替える。

「キムジュンミョンです」と笑顔で手を差し出すと、一瞬間があって。そののち、みんなに爆笑された。


「いいのよ、そんな堅苦しいのは!」

「え……」


気を使うような相手じゃない、とファンも笑う。


「でもよかった!幸せそうで」
「あぁ、お陰さまで。お前もな」
「もちろんよ!私はいつでもソニョンがいれば幸せよ」


えへ、と笑うその人は、ファンがかつて結婚していた人。なんだかやっぱり不思議だった。


「そう言えば、この前クローゼット整理してたらあなたのコートが出てきたわ」
「悪い、忘れてったんだな」
「あれ私があげたコートよ?」

薄情ね、とその人は笑った。


やっぱり驚くほど綺麗な人で。
この人より僕を選んだなんて俄に信じられない。ついでに言えばこの二人が夫婦だったというのも信じられない。でも、信頼だとかそういう類いの絆みたいなのが僅かに見えて、あぁやっぱりそうだよな、と納得せざるを得なかった。


でも僕は、もうモヤモヤはしない。


ファンの大きな愛を信じてるし、何より僕自身もう抜け出せないほどにファンを愛し始めているから。



幸せは、不安定でも揺れることはないんだ。





おわり
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