第二章
side JD
「お?いらっしゃい」
久しぶりにシロクマに行くとマスターに驚いた顔をされた。
「珍しいね。こっち来るなんて」
「へへへ、はい」
最近はレイヒョンの家でコーヒーブレイクをすることが多いから、すっかりご無沙汰になっていた。
「あの、マスターにちょっと聞きたいことがあって……」
だけど今日、僕がレイヒョンにも内緒にして久しぶりにシロクマに来た理由。それは……
「なに?」
「あの、その。レイヒョンって……、誰にでもあぁなんですか?」
珍しくカウンターに腰掛けてマスターに尋ねると、意味が通じてないのかキョトンとされた。
「あの……何て言うか、こう……」
マスターはどんどん困り顔になっていく。
「ううん、やっぱりいいです!」
「なんだよ!」
「いや、だって……」
「そこまで言うなら遠慮せずどうぞ?」
マスターの真剣な瞳を見て僕は出されたお水を一口飲んだ。
「あの……僕は、レイヒョンが好きなんでしょうか?」
「は……?」
レイヒョンにおでこにキスをされた日から何が何だか自分でもわからなくて。頭がパンクしそうだった。それでやっとの思いでシロクマにきて。すがるようにマスターを見上げた。
「レイと、何かあった?」
「あったような……無かったような……」
あの日あの後、僕は慌ててヒョンの家を飛び出した。心臓がバクバクして。思い出すと今でもそうだ。
あれからヒョンの家には行ってないのは勿論のこと、連絡もすべて絶っていた。
「……僕がレイヒョンのこと好きだったら、おかしいですか?!」
カウンターから乗り出してマスターに迫ると、「い、いや?」とヒトコト。ガクンと項垂れた。
レイヒョンは、誰でも簡単に家に誘って、あぁやってキスしたりするんだろうか。だとしたらこんな気持ちは持っちゃいけないし、これ以上近づいちゃいけない。なのにそう思うと、とても悲しくなって。
いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。
僕の中でヒョンの存在がどんどん大きくなって。美味しいケーキも、あの優しい笑顔も優しい声も。今日はヒョンとこの話をしようとか、ヒョンはあの映画見たかなぁとか。今頃何してるんだろう、とか。ヒョンの笑顔を見て幸せになる自分が、どれ程大きくなってしまったんだろう。
「ジョンデ……?」
カランと音がして、大好きな声で名前を呼ばれて。
振り向くとレイヒョンが立っていた。
「ヒョン……!」
「なんだ、こっちにいたの?」
笑顔で近付いてきて、「最近家に来てくれないし、メールしても返ってこないから心配してたのに」って言って笑った。
いつもと変わらない、優しい笑みだ。
「あ、あの……すみません」
僕は謝ることしか出来なかった。
今一番会いたくて、会いたくなかった人。
なのにヒョンは嬉しそうに笑っている。
「レイや、奥使っていいから、話しておいで」
マスターが気を利かせてくれたのは、店内で揉めて欲しくなかったからだろうか。真相はわからない。
「や、あの、いいです!帰りますから!」
慌てて席を立ったけれども、それと同時にレイヒョンに腕を掴まれて叶わない。
「ん?よくわかんないけど、お言葉に甘えてそうしよう。ね?」
腕を掴まれたまま引きずられるように奥の休憩室へと連れていかれた。
この前のキスの意味を聞こうか。それとも、何もなかったかのように笑おうか。必死で考えるけれど分からない。僕はヒョンが好きなのか。ヒョンは僕が好きなのか。どうせ誰にでもすることなんだろう、そう考えると堪らなく切なくて。
笑おう。いつものように。
「どうしたの?」
「……な、何がですか?」
「元気なさそうに見えたけど」
「そんなことないですよ!」
僕はいつも元気です!
言って笑う。
歪な笑みかも知れないけれど、幸い僕の口角は生まれつき上がっている。
「すみません、ちょっと忙しくてヒョンのところに行けませんでした!教授の手伝いとかさせられちゃって!」
えへへって笑ってるのにヒョンは笑ってはくれない。
「ジョンデ、嘘つかないで」
「え……?」
「君の嘘くらい、僕は分かるよ」
「……嘘じゃ、ないですよ。嘘じゃない……」
ヒョンの顔を見ていられなくて、そっと俯いた。
「ジョンデにこんな顔をさせてるのは、もしかして僕?」
頭を撫でられて、俯く顔を覗き込まれて。抱き締められて、背中を撫でられて。「ねぇ、ジョンデ」って髪にキスされて。僕はとてつもなく悲しくなった。
「……違いますよ、ヒョンじゃありません……大丈夫ですから。すみません」
早く。早くその状況を脱しなければ。
もうちょっと落ち着いたらまたヒョンのケーキ食べに行きますから、なんて心の中で呟いて体を捩る。
「じゃあ誰?」
「え……?」
「ジョンデにこんな悲しそうな笑顔させてるのは。誰?」
「ヒョンには、関係ありません……」
「あるよ!関係あるもん!」
ヒョンが急に声を上げたので、驚いてビクリと震えた。
「僕の可愛いジョンデなのに……」
言って今度はこめかみにキスされた。
その優しいキスは、どんな理由ですか?弟みたいに、友達みたいに。そんなキスならやめて欲しい。僕をこれ以上惑わせないで。
「……ヒョンは、キス魔ですか?」
あの日と同じ質問。
「え?そうなのかなぁ……」
「そうですよ。こんな何度も人にキスしたりして」
「だって、ジョンデが可愛いから……」
「……可愛いなんて理由でキスしないでください!」
思わず声をあげていた。
感情が、止まらなかったんだ。
「こんなに、何度も何度もキスしたりして。僕はあなたのペットじゃない……」
「泣かないで。ペットだなんて思ったことないよ」
目元を拭われて、涙が溢れていることに気付いた。
「どういう理由だったらいいの?」
問われて呟く。
「そんなの……わかんない」
ただ、もうヒョンに振り回されるのは嫌です。疲れるから。
「そんな……泣かないで。ね?」
「僕は、ヒョンが好きなんですか……?」
「え?」
「ヒョンのことばっかり考えて、ヒョンに会いたくて、でも会いたくなくて。もう、わかりません……」
ごめんなさい。
言ってヒョンの腕から抜け出した。
「お?いらっしゃい」
久しぶりにシロクマに行くとマスターに驚いた顔をされた。
「珍しいね。こっち来るなんて」
「へへへ、はい」
最近はレイヒョンの家でコーヒーブレイクをすることが多いから、すっかりご無沙汰になっていた。
「あの、マスターにちょっと聞きたいことがあって……」
だけど今日、僕がレイヒョンにも内緒にして久しぶりにシロクマに来た理由。それは……
「なに?」
「あの、その。レイヒョンって……、誰にでもあぁなんですか?」
珍しくカウンターに腰掛けてマスターに尋ねると、意味が通じてないのかキョトンとされた。
「あの……何て言うか、こう……」
マスターはどんどん困り顔になっていく。
「ううん、やっぱりいいです!」
「なんだよ!」
「いや、だって……」
「そこまで言うなら遠慮せずどうぞ?」
マスターの真剣な瞳を見て僕は出されたお水を一口飲んだ。
「あの……僕は、レイヒョンが好きなんでしょうか?」
「は……?」
レイヒョンにおでこにキスをされた日から何が何だか自分でもわからなくて。頭がパンクしそうだった。それでやっとの思いでシロクマにきて。すがるようにマスターを見上げた。
「レイと、何かあった?」
「あったような……無かったような……」
あの日あの後、僕は慌ててヒョンの家を飛び出した。心臓がバクバクして。思い出すと今でもそうだ。
あれからヒョンの家には行ってないのは勿論のこと、連絡もすべて絶っていた。
「……僕がレイヒョンのこと好きだったら、おかしいですか?!」
カウンターから乗り出してマスターに迫ると、「い、いや?」とヒトコト。ガクンと項垂れた。
レイヒョンは、誰でも簡単に家に誘って、あぁやってキスしたりするんだろうか。だとしたらこんな気持ちは持っちゃいけないし、これ以上近づいちゃいけない。なのにそう思うと、とても悲しくなって。
いつの間に、こんなに大きくなったんだろう。
僕の中でヒョンの存在がどんどん大きくなって。美味しいケーキも、あの優しい笑顔も優しい声も。今日はヒョンとこの話をしようとか、ヒョンはあの映画見たかなぁとか。今頃何してるんだろう、とか。ヒョンの笑顔を見て幸せになる自分が、どれ程大きくなってしまったんだろう。
「ジョンデ……?」
カランと音がして、大好きな声で名前を呼ばれて。
振り向くとレイヒョンが立っていた。
「ヒョン……!」
「なんだ、こっちにいたの?」
笑顔で近付いてきて、「最近家に来てくれないし、メールしても返ってこないから心配してたのに」って言って笑った。
いつもと変わらない、優しい笑みだ。
「あ、あの……すみません」
僕は謝ることしか出来なかった。
今一番会いたくて、会いたくなかった人。
なのにヒョンは嬉しそうに笑っている。
「レイや、奥使っていいから、話しておいで」
マスターが気を利かせてくれたのは、店内で揉めて欲しくなかったからだろうか。真相はわからない。
「や、あの、いいです!帰りますから!」
慌てて席を立ったけれども、それと同時にレイヒョンに腕を掴まれて叶わない。
「ん?よくわかんないけど、お言葉に甘えてそうしよう。ね?」
腕を掴まれたまま引きずられるように奥の休憩室へと連れていかれた。
この前のキスの意味を聞こうか。それとも、何もなかったかのように笑おうか。必死で考えるけれど分からない。僕はヒョンが好きなのか。ヒョンは僕が好きなのか。どうせ誰にでもすることなんだろう、そう考えると堪らなく切なくて。
笑おう。いつものように。
「どうしたの?」
「……な、何がですか?」
「元気なさそうに見えたけど」
「そんなことないですよ!」
僕はいつも元気です!
言って笑う。
歪な笑みかも知れないけれど、幸い僕の口角は生まれつき上がっている。
「すみません、ちょっと忙しくてヒョンのところに行けませんでした!教授の手伝いとかさせられちゃって!」
えへへって笑ってるのにヒョンは笑ってはくれない。
「ジョンデ、嘘つかないで」
「え……?」
「君の嘘くらい、僕は分かるよ」
「……嘘じゃ、ないですよ。嘘じゃない……」
ヒョンの顔を見ていられなくて、そっと俯いた。
「ジョンデにこんな顔をさせてるのは、もしかして僕?」
頭を撫でられて、俯く顔を覗き込まれて。抱き締められて、背中を撫でられて。「ねぇ、ジョンデ」って髪にキスされて。僕はとてつもなく悲しくなった。
「……違いますよ、ヒョンじゃありません……大丈夫ですから。すみません」
早く。早くその状況を脱しなければ。
もうちょっと落ち着いたらまたヒョンのケーキ食べに行きますから、なんて心の中で呟いて体を捩る。
「じゃあ誰?」
「え……?」
「ジョンデにこんな悲しそうな笑顔させてるのは。誰?」
「ヒョンには、関係ありません……」
「あるよ!関係あるもん!」
ヒョンが急に声を上げたので、驚いてビクリと震えた。
「僕の可愛いジョンデなのに……」
言って今度はこめかみにキスされた。
その優しいキスは、どんな理由ですか?弟みたいに、友達みたいに。そんなキスならやめて欲しい。僕をこれ以上惑わせないで。
「……ヒョンは、キス魔ですか?」
あの日と同じ質問。
「え?そうなのかなぁ……」
「そうですよ。こんな何度も人にキスしたりして」
「だって、ジョンデが可愛いから……」
「……可愛いなんて理由でキスしないでください!」
思わず声をあげていた。
感情が、止まらなかったんだ。
「こんなに、何度も何度もキスしたりして。僕はあなたのペットじゃない……」
「泣かないで。ペットだなんて思ったことないよ」
目元を拭われて、涙が溢れていることに気付いた。
「どういう理由だったらいいの?」
問われて呟く。
「そんなの……わかんない」
ただ、もうヒョンに振り回されるのは嫌です。疲れるから。
「そんな……泣かないで。ね?」
「僕は、ヒョンが好きなんですか……?」
「え?」
「ヒョンのことばっかり考えて、ヒョンに会いたくて、でも会いたくなくて。もう、わかりません……」
ごめんなさい。
言ってヒョンの腕から抜け出した。