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第二章

side KS




「いらっしゃい。今日は早いね」


日課のようにシロクマへ行くと、いつものように笑顔でマスターが迎えてくれた。


「最後の講義が休講になったので」
「お!ラッキーじゃん」
「へへ」


マスターに笑顔を向けられて、思わず赤面した。


「あ、そうだ。昨日チャニョルがこれ置いてったよ」


ライブやるんだって?とマスターが差し出したのは、この前完成してチャニョルに預けたライブのフライヤーだ。


「えぇ。よかったらマスターも」
「はは!あいつにも同じこと言われたよ」


折角だから君たちの勇姿を見とかないとな、なんてマスターが言うもんだから、また更に照れくささが増した。


「……えぇ、はい」
「まったく。君がみんなの前で歌うなんて想像つかないよに」

楽しみにしてる、とマスターは笑った。



今日はいつもの席で、僕がジョンインを待つ。いつもは彼が先に待ってるので妙な気分だ。それでもいつもより長く居れるのは、ちょっとした幸せだ。

ライブが近いから今日はそのセットリストなんかを眺めていたら、カランと音が鳴ってジョンインが息を切らしてやって来た。

「やぁ。おかえり」
「うん、ただいま」


ここは家じゃないけど、そんな気分で挨拶を交わす。
ふふ、って笑うと彼も嬉しそうに笑った。笑うと一気に幼さを増すその瞳が、僕はとても好きだ。


「ヒョン、海行かない?」
「え?」
「ほら、今日は少し時間があるから」
「あぁそっか。そうだね!」




僕たちはシロクマを出ると、海へと向かう電車に飛び乗った。
それは小さな冒険のようで。非日常が押し寄せる。


車内は意外なほどに空いていた。
席に着くと、ジョンインは肩にもたれて眠りについて。僕はいつものように読み掛けの本を取り出した。昔に書かれた童話のような本だ。栞のページを開くと、ジョンインは眠っていなかったのか、その栞を掴んだ。


「これ……」
「うん、僕たちが知り合うきっかけになったやつ」
「大切なんだね」
「あぁ、うん。言ってなかったっけ?祖母が作ってくれた形見なんだ」


僕らは退屈な車内で、ぽつりぽつりと会話を交わす。

ラベンダーの刺繍が施されたそれは、祖母の手作りだった。子供の頃から本が好きだった僕に、祖母が作ってくれたのだ。ギョンスがたくさんいい本に出会えるように、と。


「よかった……」
「うん……?」
「ヒョンの大事なものを拾えて」
「……あぁそっか。そうだね。おばあさんが出会わせてくれたのかもしれない」

僕とジョンイニを。


そうだね、と繋がれた手の温もりはとても優しかった。
祖母はいい本だけじゃなく、いい人にも巡り会わせてくれたんだ。




しばらくすると、車窓いっぱいに海の青がが広がった。


「ジョンイナ、そろそろ降りるよ」


いつの間にか眠っていた彼を起こして、彼の手に握られていた栞を掴んで本に挟んだ。

電車を降りると潮の匂いが広がって。海へと続く一本道を並んで歩いた。


「ヒョン、何で海だったの?」
「別にどこでもよかったんだけどさ。強いて言うなら、二人で見たかったから、かな」


意外とロマンチックだね、なんて笑う彼の脇腹にパンチをお見舞いした。
あはは!と無邪気に笑う彼は年相応で。口を目一杯開いて目を細めて。そうして顔中くしゃくしゃにして笑うんだ。 恥ずかしさを隠すようにつられて笑うと、さらに嬉しそうに笑った。



「あ、ヒョン!見て!」


そう言うと、ジョンインは僕の手を掴んで走り出した。


「……ちょっと!」


足が縺れそうになりながら懸命に走る。掴まれた手は離したくないから。

普段はあんなに黒豹みたいに眠そうに、気だるそうにしてるのに、今日は酷く楽しそうだ。
やっぱり海で正解だった。



ひとしきり声を上げると、僕らは並んで堤防に腰掛けた。


「そういえばこれ……」と鞄の中から取り出したのはライブのフライヤー。


「あぁ、決まったの?」
「うん。来れそう?」
「多分。なるべく行く」
「……うん」


言ってジョンインにもたれると、そっと肩を抱き抱えられて頭を撫でられた。
想いが伝わるような優しい手だ。



「……お金、貯まった?」

「もうちょっと」

「そう……」


お金が貯まれば彼は海外へと留学してしまう。応援したいのに素直にできなくて。いつも想いがせめぎあう。


「がんばって……」

「うん」



僕は彼の舞う姿を思い浮かべていた。



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