第一章
side JM
シロクマで読書に耽りながら優雅にコーヒーを飲むことで、僕の一日は終わる。
仕事なんかは朝からコラムや評論を2~3本書けば終わりだ。
落ち着いた空間、とはちょっと言えないときもあるけど、僕はシロクマのこの空間で本を読むのが好きだった。マスターとは今ではもう顔見知りで、二三会話を交わしたりしながらカウンター端の定位置に座る。
「いらっしゃい」
「こんにちは。今日はエスプレッソにしようかな」
「かしこまりました」
言ってマスターは奥へと消えていった。
そして僕は読み掛けの本を開いた。
この店では僕はもう常連だった。
他にも常連客は何人かいて、話したことはないけど、互いに顔くらいは覚えている。
いつも楽しそうに話している学生さんっぽい二人組とか、テスト前になるとやって来る高校生とか、いつも奥の席で勉強や読書をしている青年……は、最近見かけないかな。それから、来るや否やうつ伏せて眠ってしまう高校生と遅れてくる学生さん。あとは、夕方コーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人。
物書きとして人間観察は必須である。
そんな、言葉通り"顔見知り"の集まるこの店は、僕にとってとても居心地がいい空間だ。
そして今日もコーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人がやって来た。
カウンターの、自分が座る逆サイドの端が彼の定位置だった。大柄で凛々しい顔つきなのに、マスターと話始めると緩やかに垂れる目元が彼とマスターの仲の良さを現している。聞こえてくる声は低く穏やかなもので、とても耳障りがいい。いつも長居するつもりはないのだと分かるような体勢でカウンターチェアに腰掛けていた。
僕はその時引力に導かれるように、ふと、彼の方を向いた。
視線がばちりと重なって。
瞬間、僕は狼狽えた。
思わず目線をさ迷わせると、彼はにこやかに笑みを浮かべて。
まるで鷲のように鋭い眼光だったそれが緩かな弧を描いた瞬間、僕の心臓は大きく跳ねていた。
慌てて手元の本へと目線を戻したが、何度文字をなぞっても、頭へは一向に入ってこなくて。飲んだコーヒーは予想外に苦くて思わず噎せた。
「……ゲホッ!ゲホッ!」
「お客さん、大丈夫?」
マスターがカウンター越しに駆け寄ってきて、ティッシュボックスを差し出してくれた。僕はひたすら、うんうんと頷いて、大丈夫ですと手で征して。
「ちょっと気管に入っちゃって。すみません」
恥ずかしくて思わず赤面した。
あぁ、今日はエスプレッソにしたんだった。苦くて当たり前じゃないか。
差し出された水を涙目になりながら一口飲んでそっと横を見ると、彼はもう店から出たのか、いなくなっていた。
ホッとしたような、淋しいような。なんとも不思議な気分だ。
「マスター!ちょっとお願いがあるんどすけど」
カランと音を立ててドアが開くと、そう言ってカウンターに近づいてきたのは常連客のひとり、いつも賑やかにしている学生さんのうちの背が高い方だ。
「おう、いらっしゃい」
「今度ライブやるんだけど、チラシ置かせてもらえないかなぁと思って」
「ライブ?」
「はい、バンドの。ギョンスたちと対バンするんです」
よかったらマスターも来ませんか?と彼はマスターにフライヤーを差し出した。
「へぇ、考えとくよ。チラシはいいよ。その辺に置いといて」
「やった!ありがとうございます!」
言って彼は勢いよく頭を下げていた。そんなやり取りを横目で見ていると、頭を上げた彼と目があって思わず微笑む。
「あの、」
「……え、僕?」
「はい!あの、良かったら……」
そんなご立派なライブじゃないけど、と苦笑しなからフライヤーを差し出された。
「あぁ、ありがとう。そうだね、予定があえば」
受け取ったフライヤーを見ると、白黒で手書きのそれは、中々に凝った作りだ。
「これ、君が作ったの?」
「いえ、書いたのは別のやつです」
いつもその辺に座ってるやつ、と指されたのはいつもうつ伏せ高校生が座ってる席。
「あぁ!あの寝てる子?」
「いえ、そいつと一緒にいるやつです。ギョンスって言うんですけどね、彼も出るんですよ 」
「あぁ、そうなんだ」
このバンドのボーカルです、と彼はフライヤーに書かれてるバンド名を指した。
あの子も出るのか。
ちょっと興味が沸いた。
「それにしてもデザイン上手だね」
「はは!そうなんですよ!昔からこういうの上手くて」
「君は?君も出るんでしょ?ボーカル?」
「俺ですか?俺はギターです。いつも一緒にいるベッキョンがボーカルなんですよ」
あ、俺はチャニョルって言うんですけどね。ベクの歌も痺れますよ!
なんだか身ぶり手振りいっぱいに彼は話してくれた。終始笑顔で人懐っこい子だなぁ、なんて微笑ましく思う。
「マスターも来てくださいね!」
そう言い残して、彼は店を後にした。
「すみませんね、うちのお客さんが」
「いえ、」
「暇だったら見てやってください。頑張ってるみたいだから」
「えぇ、そうですね」
そんな会話を交わして、また手元の本へと目線を戻した。
続く
シロクマで読書に耽りながら優雅にコーヒーを飲むことで、僕の一日は終わる。
仕事なんかは朝からコラムや評論を2~3本書けば終わりだ。
落ち着いた空間、とはちょっと言えないときもあるけど、僕はシロクマのこの空間で本を読むのが好きだった。マスターとは今ではもう顔見知りで、二三会話を交わしたりしながらカウンター端の定位置に座る。
「いらっしゃい」
「こんにちは。今日はエスプレッソにしようかな」
「かしこまりました」
言ってマスターは奥へと消えていった。
そして僕は読み掛けの本を開いた。
この店では僕はもう常連だった。
他にも常連客は何人かいて、話したことはないけど、互いに顔くらいは覚えている。
いつも楽しそうに話している学生さんっぽい二人組とか、テスト前になるとやって来る高校生とか、いつも奥の席で勉強や読書をしている青年……は、最近見かけないかな。それから、来るや否やうつ伏せて眠ってしまう高校生と遅れてくる学生さん。あとは、夕方コーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人。
物書きとして人間観察は必須である。
そんな、言葉通り"顔見知り"の集まるこの店は、僕にとってとても居心地がいい空間だ。
そして今日もコーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人がやって来た。
カウンターの、自分が座る逆サイドの端が彼の定位置だった。大柄で凛々しい顔つきなのに、マスターと話始めると緩やかに垂れる目元が彼とマスターの仲の良さを現している。聞こえてくる声は低く穏やかなもので、とても耳障りがいい。いつも長居するつもりはないのだと分かるような体勢でカウンターチェアに腰掛けていた。
僕はその時引力に導かれるように、ふと、彼の方を向いた。
視線がばちりと重なって。
瞬間、僕は狼狽えた。
思わず目線をさ迷わせると、彼はにこやかに笑みを浮かべて。
まるで鷲のように鋭い眼光だったそれが緩かな弧を描いた瞬間、僕の心臓は大きく跳ねていた。
慌てて手元の本へと目線を戻したが、何度文字をなぞっても、頭へは一向に入ってこなくて。飲んだコーヒーは予想外に苦くて思わず噎せた。
「……ゲホッ!ゲホッ!」
「お客さん、大丈夫?」
マスターがカウンター越しに駆け寄ってきて、ティッシュボックスを差し出してくれた。僕はひたすら、うんうんと頷いて、大丈夫ですと手で征して。
「ちょっと気管に入っちゃって。すみません」
恥ずかしくて思わず赤面した。
あぁ、今日はエスプレッソにしたんだった。苦くて当たり前じゃないか。
差し出された水を涙目になりながら一口飲んでそっと横を見ると、彼はもう店から出たのか、いなくなっていた。
ホッとしたような、淋しいような。なんとも不思議な気分だ。
「マスター!ちょっとお願いがあるんどすけど」
カランと音を立ててドアが開くと、そう言ってカウンターに近づいてきたのは常連客のひとり、いつも賑やかにしている学生さんのうちの背が高い方だ。
「おう、いらっしゃい」
「今度ライブやるんだけど、チラシ置かせてもらえないかなぁと思って」
「ライブ?」
「はい、バンドの。ギョンスたちと対バンするんです」
よかったらマスターも来ませんか?と彼はマスターにフライヤーを差し出した。
「へぇ、考えとくよ。チラシはいいよ。その辺に置いといて」
「やった!ありがとうございます!」
言って彼は勢いよく頭を下げていた。そんなやり取りを横目で見ていると、頭を上げた彼と目があって思わず微笑む。
「あの、」
「……え、僕?」
「はい!あの、良かったら……」
そんなご立派なライブじゃないけど、と苦笑しなからフライヤーを差し出された。
「あぁ、ありがとう。そうだね、予定があえば」
受け取ったフライヤーを見ると、白黒で手書きのそれは、中々に凝った作りだ。
「これ、君が作ったの?」
「いえ、書いたのは別のやつです」
いつもその辺に座ってるやつ、と指されたのはいつもうつ伏せ高校生が座ってる席。
「あぁ!あの寝てる子?」
「いえ、そいつと一緒にいるやつです。ギョンスって言うんですけどね、彼も出るんですよ 」
「あぁ、そうなんだ」
このバンドのボーカルです、と彼はフライヤーに書かれてるバンド名を指した。
あの子も出るのか。
ちょっと興味が沸いた。
「それにしてもデザイン上手だね」
「はは!そうなんですよ!昔からこういうの上手くて」
「君は?君も出るんでしょ?ボーカル?」
「俺ですか?俺はギターです。いつも一緒にいるベッキョンがボーカルなんですよ」
あ、俺はチャニョルって言うんですけどね。ベクの歌も痺れますよ!
なんだか身ぶり手振りいっぱいに彼は話してくれた。終始笑顔で人懐っこい子だなぁ、なんて微笑ましく思う。
「マスターも来てくださいね!」
そう言い残して、彼は店を後にした。
「すみませんね、うちのお客さんが」
「いえ、」
「暇だったら見てやってください。頑張ってるみたいだから」
「えぇ、そうですね」
そんな会話を交わして、また手元の本へと目線を戻した。
続く