このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

第一章

side JM




シロクマで読書に耽りながら優雅にコーヒーを飲むことで、僕の一日は終わる。

仕事なんかは朝からコラムや評論を2~3本書けば終わりだ。

落ち着いた空間、とはちょっと言えないときもあるけど、僕はシロクマのこの空間で本を読むのが好きだった。マスターとは今ではもう顔見知りで、二三会話を交わしたりしながらカウンター端の定位置に座る。



「いらっしゃい」
「こんにちは。今日はエスプレッソにしようかな」
「かしこまりました」


言ってマスターは奥へと消えていった。
そして僕は読み掛けの本を開いた。


この店では僕はもう常連だった。
他にも常連客は何人かいて、話したことはないけど、互いに顔くらいは覚えている。

いつも楽しそうに話している学生さんっぽい二人組とか、テスト前になるとやって来る高校生とか、いつも奥の席で勉強や読書をしている青年……は、最近見かけないかな。それから、来るや否やうつ伏せて眠ってしまう高校生と遅れてくる学生さん。あとは、夕方コーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人。
物書きとして人間観察は必須である。
そんな、言葉通り"顔見知り"の集まるこの店は、僕にとってとても居心地がいい空間だ。


そして今日もコーヒー1杯飲んだら出ていってしまうマスターの知人がやって来た。

カウンターの、自分が座る逆サイドの端が彼の定位置だった。大柄で凛々しい顔つきなのに、マスターと話始めると緩やかに垂れる目元が彼とマスターの仲の良さを現している。聞こえてくる声は低く穏やかなもので、とても耳障りがいい。いつも長居するつもりはないのだと分かるような体勢でカウンターチェアに腰掛けていた。



僕はその時引力に導かれるように、ふと、彼の方を向いた。




視線がばちりと重なって。
瞬間、僕は狼狽えた。


思わず目線をさ迷わせると、彼はにこやかに笑みを浮かべて。



まるで鷲のように鋭い眼光だったそれが緩かな弧を描いた瞬間、僕の心臓は大きく跳ねていた。



慌てて手元の本へと目線を戻したが、何度文字をなぞっても、頭へは一向に入ってこなくて。飲んだコーヒーは予想外に苦くて思わず噎せた。


「……ゲホッ!ゲホッ!」

「お客さん、大丈夫?」



マスターがカウンター越しに駆け寄ってきて、ティッシュボックスを差し出してくれた。僕はひたすら、うんうんと頷いて、大丈夫ですと手で征して。


「ちょっと気管に入っちゃって。すみません」


恥ずかしくて思わず赤面した。
あぁ、今日はエスプレッソにしたんだった。苦くて当たり前じゃないか。
差し出された水を涙目になりながら一口飲んでそっと横を見ると、彼はもう店から出たのか、いなくなっていた。
ホッとしたような、淋しいような。なんとも不思議な気分だ。





「マスター!ちょっとお願いがあるんどすけど」


カランと音を立ててドアが開くと、そう言ってカウンターに近づいてきたのは常連客のひとり、いつも賑やかにしている学生さんのうちの背が高い方だ。


「おう、いらっしゃい」
「今度ライブやるんだけど、チラシ置かせてもらえないかなぁと思って」
「ライブ?」
「はい、バンドの。ギョンスたちと対バンするんです」


よかったらマスターも来ませんか?と彼はマスターにフライヤーを差し出した。


「へぇ、考えとくよ。チラシはいいよ。その辺に置いといて」
「やった!ありがとうございます!」


言って彼は勢いよく頭を下げていた。そんなやり取りを横目で見ていると、頭を上げた彼と目があって思わず微笑む。


「あの、」
「……え、僕?」
「はい!あの、良かったら……」


そんなご立派なライブじゃないけど、と苦笑しなからフライヤーを差し出された。


「あぁ、ありがとう。そうだね、予定があえば」


受け取ったフライヤーを見ると、白黒で手書きのそれは、中々に凝った作りだ。


「これ、君が作ったの?」
「いえ、書いたのは別のやつです」


いつもその辺に座ってるやつ、と指されたのはいつもうつ伏せ高校生が座ってる席。


「あぁ!あの寝てる子?」
「いえ、そいつと一緒にいるやつです。ギョンスって言うんですけどね、彼も出るんですよ 」
「あぁ、そうなんだ」


このバンドのボーカルです、と彼はフライヤーに書かれてるバンド名を指した。

あの子も出るのか。
ちょっと興味が沸いた。


「それにしてもデザイン上手だね」
「はは!そうなんですよ!昔からこういうの上手くて」
「君は?君も出るんでしょ?ボーカル?」
「俺ですか?俺はギターです。いつも一緒にいるベッキョンがボーカルなんですよ」

あ、俺はチャニョルって言うんですけどね。ベクの歌も痺れますよ!


なんだか身ぶり手振りいっぱいに彼は話してくれた。終始笑顔で人懐っこい子だなぁ、なんて微笑ましく思う。


「マスターも来てくださいね!」


そう言い残して、彼は店を後にした。



「すみませんね、うちのお客さんが」
「いえ、」
「暇だったら見てやってください。頑張ってるみたいだから」
「えぇ、そうですね」


そんな会話を交わして、また手元の本へと目線を戻した。




続く
5/5ページ
スキ