第一章
side JD
僕の目下の楽しみは、シロクマで食べるケーキだ。
甘さは控えめでコーヒーとよく合うそれをコーヒーを飲みながら味わう。そして課題をやったり本を読んだり、何でもない時間を過ごすのが僕の最近の楽しみだ。
甘いものは結構好きだけど、他で食べるよりもここのケーキが一番好きだと思う。あとに引かない優しい甘さ。きっと、作ってる人も優しい人なんだろうな、なんて想像したり。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「いつもの?」
「はい。ブレンドと、ケーキ……あれ?」
カウンターの横のショーケースを見るとケーキは空だ。
「売り切れですか?」
「あ、いや、もうすぐ届くよ」
「じゃあ、届いたらケーキも」
「かしこまりましたー」
勝手知ったるふうに、マスターに注文しながらいつもの席につく。今日は大学の課題を消化するつもりだったので、テキストやらノートやら出して取りかかる。
しばらくすると「お待たせしました」と言う聞き慣れない声がして顔をあげた。
目の前にはトレーの上にコーヒーとケーキをのせて微笑んでいる男の人。
「あ、すみません」
僕は慌ててテーブルの上を片した。
「いえ、こちらこそ」
そう言ってにっこり笑うその人は、今までシロクマでは見たことない人で、こんな店員さん居たっけ?とハテナが止まらない。
「あの……ケーキ、いつも食べてくれてるみたいでありがとう」
「え?」
「ケーキ。僕が作ってるの」
照れくさそうに笑ってテーブルの上にケーキをのせた。僕はそのケーキに視線を落として、また彼に視線を向けた。
あ……やっぱり優しそうな人だ……
片笑窪があってふわりと笑う。
「いつも注文してくれてるってマスターから聞いて」
「あ……はい。美味しくて……好きなんです……ここのケーキ」
「ふふ。ありがとう」
どうしてこんなにぎこちないんだろうって会話で。頭が全然回ってくれなくて。マスターを見やると、くすりと笑った気がした。
「キムジョンデ?くん?」
「……はい?」
いつの間にか彼は向かいの席に座っていて僕のノートに書かれた名前を読み上げた。
「素敵な名前だね」
「あ、ありがとうございます……」
「ケーキ、食べて?コーヒーも冷めちゃうよ?」
あの、目の前で見られてたら食べづらいんですけど……なんて思ったけど、そんな気遣いはないようだ。
「今日はね、カボチャのタルトなんだけど、カボチャ嫌いだった?」
「いえ、好きです」
「そ。よかった」
と言うか、貴方の作ったケーキはどれも好きです、とは流石に言えなかったけど。
「じゃ、あの、いただきます」
そう言ってタルトにフォークを入れた。口に入れればカボチャの甘味が広がって、いつもながら甘過ぎずにちょうどいい。
「美味しい、です……」
「うん、顔見ればわかる」
楽しそうに見つめられて、思わず噎せた。
「大丈夫?」
「はい、すみませんっ!」
コーヒーで流し込んで、呼吸を整えて。今日は何だかとんでもないな、なんて心の中で苦笑してると、その人は「ねぇ!」と声を上げた。
「はい?」
「今度、うちに食べに来ない?」
「はい?」
「焼きたてのケーキ、もっと美味しいよ?」
「はい……?」
「こら!レイや、お客さんナンパするんじゃないの」
急な申し出に困った顔をしてると、見かねてマスターが助け船を出してくれた。と思ったのに……
「えー、だって可愛いんだもん」
は?僕が??
だもんって言う貴方の方が可愛いと思いますけど……
レイヒョンは優しい雰囲気とは裏腹に、たまにとても暴走するとんでもない人だってことは、その時はまだ知らなかったんだ。知ってればこんなことにはならなかったのかな、なんてたまに思ってみたり。
「ヒョン、僕今度チョコレートのやつ食べたいです」
「チョコレート?じゃあ、材料用意しとかないと」
現在僕はレイヒョンの自宅兼工房で今日のケーキを食べている。
アイランド型のキッチンで作業台の前に並んだ二つのスツール。ひとつはレイヒョン、ひとつは僕。焼きたてのケーキを前にふたりで並んでおしゃべりをして、優しい時間を過ごす。
「そういえば今日ね、授業で習ったんですけど。ヒョンはユニコーンみたいですね」
「ユニコーン?」
「そう。架空の動物」
ギリシャ神話に出てくるそれについて、今日講義中に教授が少しだけ触れていた。僕はその話を聞きながら、それはまるでレイヒョンだと思った。
「どうして?」
「う~ん、ヒョンのケーキはどんなに元気が無いときでも一口食べれば元気になるし。それに、フランスの学者が、ユニコーンは 『この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい動物』って言ったんです」
それってレイヒョンみたいでしょ?
言って笑顔を向けると、ヒョンは驚いた顔をした。
「僕、怖いの?」
「はは!喩えですよ!喩え!あ、でも……」
悪戯を思い付いた子どもみたいに、笑って見せる。
「ヒョン、おでこ出して?」
「おでこ?」
「うん」
いいから!って急かして前髪を上げさせた。
「あ、角の痕!」
「ふふ、なにそれ」
「ほらやっぱり!ヒョンはユニコーンだったんですよ!」
「はは!じゃあジョンデは?」
「僕?僕は違いますよ」
「そう?おでこ出してみてよ」
「えー、なんですか?ぼくはユニコーンじゃないですよ」
「いいから、いいから」
ヒョンが急かすので、今度は僕が前髪をあげておでこを出した。
「どれどれ……?」
そう言ってヒョンが近づいてきたかと思ったら、小さなリップ音と共におでこに何かが触れた感触。
「……え?」
目の前のヒョンはニコニコと笑っていて。
「……ヒョンっ!今何しました?!」
「ん……?」
「だから今……!ヒョンってその、もしかしてキス魔とかですか!?」
「え?違うけど?」
「じゃあなんで……!」
「可愛かったから?」
ふふふって笑うその顔に心臓が飛び跳ねて。
僕が返した笑みはきっと引きつっていただろう。
僕の目下の楽しみは、シロクマで食べるケーキだ。
甘さは控えめでコーヒーとよく合うそれをコーヒーを飲みながら味わう。そして課題をやったり本を読んだり、何でもない時間を過ごすのが僕の最近の楽しみだ。
甘いものは結構好きだけど、他で食べるよりもここのケーキが一番好きだと思う。あとに引かない優しい甘さ。きっと、作ってる人も優しい人なんだろうな、なんて想像したり。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
「いつもの?」
「はい。ブレンドと、ケーキ……あれ?」
カウンターの横のショーケースを見るとケーキは空だ。
「売り切れですか?」
「あ、いや、もうすぐ届くよ」
「じゃあ、届いたらケーキも」
「かしこまりましたー」
勝手知ったるふうに、マスターに注文しながらいつもの席につく。今日は大学の課題を消化するつもりだったので、テキストやらノートやら出して取りかかる。
しばらくすると「お待たせしました」と言う聞き慣れない声がして顔をあげた。
目の前にはトレーの上にコーヒーとケーキをのせて微笑んでいる男の人。
「あ、すみません」
僕は慌ててテーブルの上を片した。
「いえ、こちらこそ」
そう言ってにっこり笑うその人は、今までシロクマでは見たことない人で、こんな店員さん居たっけ?とハテナが止まらない。
「あの……ケーキ、いつも食べてくれてるみたいでありがとう」
「え?」
「ケーキ。僕が作ってるの」
照れくさそうに笑ってテーブルの上にケーキをのせた。僕はそのケーキに視線を落として、また彼に視線を向けた。
あ……やっぱり優しそうな人だ……
片笑窪があってふわりと笑う。
「いつも注文してくれてるってマスターから聞いて」
「あ……はい。美味しくて……好きなんです……ここのケーキ」
「ふふ。ありがとう」
どうしてこんなにぎこちないんだろうって会話で。頭が全然回ってくれなくて。マスターを見やると、くすりと笑った気がした。
「キムジョンデ?くん?」
「……はい?」
いつの間にか彼は向かいの席に座っていて僕のノートに書かれた名前を読み上げた。
「素敵な名前だね」
「あ、ありがとうございます……」
「ケーキ、食べて?コーヒーも冷めちゃうよ?」
あの、目の前で見られてたら食べづらいんですけど……なんて思ったけど、そんな気遣いはないようだ。
「今日はね、カボチャのタルトなんだけど、カボチャ嫌いだった?」
「いえ、好きです」
「そ。よかった」
と言うか、貴方の作ったケーキはどれも好きです、とは流石に言えなかったけど。
「じゃ、あの、いただきます」
そう言ってタルトにフォークを入れた。口に入れればカボチャの甘味が広がって、いつもながら甘過ぎずにちょうどいい。
「美味しい、です……」
「うん、顔見ればわかる」
楽しそうに見つめられて、思わず噎せた。
「大丈夫?」
「はい、すみませんっ!」
コーヒーで流し込んで、呼吸を整えて。今日は何だかとんでもないな、なんて心の中で苦笑してると、その人は「ねぇ!」と声を上げた。
「はい?」
「今度、うちに食べに来ない?」
「はい?」
「焼きたてのケーキ、もっと美味しいよ?」
「はい……?」
「こら!レイや、お客さんナンパするんじゃないの」
急な申し出に困った顔をしてると、見かねてマスターが助け船を出してくれた。と思ったのに……
「えー、だって可愛いんだもん」
は?僕が??
だもんって言う貴方の方が可愛いと思いますけど……
レイヒョンは優しい雰囲気とは裏腹に、たまにとても暴走するとんでもない人だってことは、その時はまだ知らなかったんだ。知ってればこんなことにはならなかったのかな、なんてたまに思ってみたり。
「ヒョン、僕今度チョコレートのやつ食べたいです」
「チョコレート?じゃあ、材料用意しとかないと」
現在僕はレイヒョンの自宅兼工房で今日のケーキを食べている。
アイランド型のキッチンで作業台の前に並んだ二つのスツール。ひとつはレイヒョン、ひとつは僕。焼きたてのケーキを前にふたりで並んでおしゃべりをして、優しい時間を過ごす。
「そういえば今日ね、授業で習ったんですけど。ヒョンはユニコーンみたいですね」
「ユニコーン?」
「そう。架空の動物」
ギリシャ神話に出てくるそれについて、今日講義中に教授が少しだけ触れていた。僕はその話を聞きながら、それはまるでレイヒョンだと思った。
「どうして?」
「う~ん、ヒョンのケーキはどんなに元気が無いときでも一口食べれば元気になるし。それに、フランスの学者が、ユニコーンは 『この世で最も美しい、最も誇り高い、最も恐ろしい、最も優しい動物』って言ったんです」
それってレイヒョンみたいでしょ?
言って笑顔を向けると、ヒョンは驚いた顔をした。
「僕、怖いの?」
「はは!喩えですよ!喩え!あ、でも……」
悪戯を思い付いた子どもみたいに、笑って見せる。
「ヒョン、おでこ出して?」
「おでこ?」
「うん」
いいから!って急かして前髪を上げさせた。
「あ、角の痕!」
「ふふ、なにそれ」
「ほらやっぱり!ヒョンはユニコーンだったんですよ!」
「はは!じゃあジョンデは?」
「僕?僕は違いますよ」
「そう?おでこ出してみてよ」
「えー、なんですか?ぼくはユニコーンじゃないですよ」
「いいから、いいから」
ヒョンが急かすので、今度は僕が前髪をあげておでこを出した。
「どれどれ……?」
そう言ってヒョンが近づいてきたかと思ったら、小さなリップ音と共におでこに何かが触れた感触。
「……え?」
目の前のヒョンはニコニコと笑っていて。
「……ヒョンっ!今何しました?!」
「ん……?」
「だから今……!ヒョンってその、もしかしてキス魔とかですか!?」
「え?違うけど?」
「じゃあなんで……!」
「可愛かったから?」
ふふふって笑うその顔に心臓が飛び跳ねて。
僕が返した笑みはきっと引きつっていただろう。