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番外編

side JD



「お!いらっしゃい」
「お久しぶりです。お言葉に甘えてさっそく来ちゃいました!」


シロクマのドアを開けるのは、とても久し振りな気がする。


「待ってたよ。全然来なくなっちゃたもんなぁ」
「ふふ、すみません」
「まぁ仲良くやってるってことだからいいけど」
「はい」


照れながら笑うと、マスターは少しだけ呆れていた。それから「座って」とカウンターを指されたので、僕はそのままカウンター席に腰掛けた。


「何にする?」
「う~ん、お任せしてもいいですか?」
「はは!今日はご馳走する約束だからいいよ」


苦手な種類はなかったよな?と聞かれたので「はい」と答えた。マスターの淹れるコーヒーはなんだって美味しいんだ。ヒョンのケーキと一緒で、なんてね。


「あ、ケーキ食べる?って言ってもレイのだけど……」
「え?ケーキもいいんですか?」
「さすがに昨日ラッピングしてもらったチョコ渡すわけにはいかないだろ?」
「あはは!じゃあお言葉に甘えて。マスターのコーヒーとヒョンのケーキの相性は抜群ですから」
「はは!了解」


じゃあ、なんて言って豆を選ぶとマスターは小さな手で豆を挽き始めた。コーヒーの芳ばしい香りが広がる。


しばらくして「どうぞ」と出されたコーヒーはマスターのお気に入りのモカ・イルガチェフェという豆だと教えてくれた。
そして一緒に出てきたケーキは、オレンジのシフォンケーキ。昨日レイヒョンが明日はバレンタインでチョコだらけだからケーキは軽いのにすると言ってたっけ。

その言葉通り、どちらもフルーティーで軽やかな味わいだ。


「美味しいです」
「よかった。そういえば、お前も大学でチョコ貰った?」
「義理ですけど、まぁ。それがどうかしました?」
「いや、さっきチャニョルたちが貰ったとか貰わないとかでケンカしてたから、ジョンデはどうだったのかなぁって」
「はは!なるほど。ま、僕はそもそもそんな多くないですけどね」


てゆーか聞いてくださいよー!と僕は思い出したように声をあげると、マスターは驚いて目を丸くした。


「ヒョンが市場調査したいから貰ったら見せてって言うんですよ?酷くないですか?」
「なんだそりゃ」
「ですよね、まったく。嫉妬かと思ってせっかく喜んだのに……」
「はは!」
「いいんですけど。どうせ僕には本命なんて回ってこないし」
「よく言うよ。プロのお手製が待ってるくせに」
「あはは!まぁ、そうですけど」


ヒョンは昼間メールで、マスターが寄るように言っていたと教えてくれた時に、自分もチョコを持って行くからと言っていた。
だからきっと、もうすぐ甘い香りを連れてヒョンもシロクマにやって来る。
去年はチョコレートケーキだったけど、今年はどんなのかなぁ、なんて。昨日はどんなのを作るのか教えてくれなかったので、想像もつかない。



そんなことを考えていたらカランとドアベルが鳴ったので、ヒョンかな?と期待を込めて振り向くと、驚いた顔のジュンミョンさんとクリスさんが立っていて、僕は思わず苦笑した。


「え?なに?」

「いえいえ別に!」
「はは!いらっしゃい」
「もー!ジョンデくん久し振りだし、開けた途端に振り向くし笑ってるし。ビックリしたんだけど」
「すみません、レイヒョンかと思って!」
「あぁ、なんだ」


苦笑しながら二人もいつものようにカウンターに近づくと、クリスさんがスマートに椅子を引いてあげて。さすが大人だなぁなんて勝手に感心してると、不思議そうに「ん?」と視線を寄越されたので「いえ、」と小さく呟いて返した。


「なんか久し振りだね」
「はい、レイヒョンのところばっかりで」
「はは、仲良くやってるんだ?」
「お陰さまで」


隣に座ったジュンミョンさんに笑顔を向けると安心したように頷かれた。何だかんだで、この人にお世話になったお陰で今の僕たちがいるんだ。


「最近は教授の手伝いしてないの?」
「あ、先月少し手伝いに行ってましたよ」
「そうなんだ。じゃあ会わなかっただけかな」
「そうですね。あ!そういえば、こないだのコラム面白かったです」
「あぁ、古地図を読むってやつ?」
「そうです!」


古地図とかあまり興味なかったんですけど見てみたくなりました、と言うとジュンミョンさんの奥から「じゃあ、うちの店においで」とクリスさんが笑顔を覗かせた。

「うちは古書古地図専門だから」
「是非!」



そうこうしてるうちにまたカランと音が鳴って。それは今度こそレイヒョンだった。


「ヒョン!」
「ふふ、おかえり」

さすが勝手知ったるふうに、半分店側のヒョンは遠慮なくカウンターの中に入ってケーキの在庫を確認している。

「お疲れさん」
「チョコどう?」
「もちろん、上々の反応だよ」
「よかった!」

ほら、とマスターはジュンミョンさんとクリスさんに視線をやれば、二人は笑顔で「美味しいよ」と言っていた。なんだか僕まで褒められたような気がして思わず笑みがこぼれる。


「あ、これ。ジョンデ専用特製チョコレートね!」


そう言って出されたのは、お店で売ってるようなリボンがかけられた四角い小さな箱だ。


「わぁ!ありがとうございます!!」


開けていいですか?と聞くと「もちろん」と柔らかな笑みが返ってきたので、勿体ないながらもリボンを引いて箱を開けた。


「わぁ!!すごい!!」


中には宝石のように綺麗なボンボンショコラが6つ。行儀よく並んでいる。
本当にお店で売っているやつみたいだ!

思わず惚けていると、隣から覗き込んできたジュンミョンさんも声をあげた。


「すごい!これ作ったの?」
「もちろん。一応プロだからね」
「はは!そっか、そうだよね」

「さすが大本命は違うな」

クリスさんが苦笑すれば、ヒョンは「当たり前でしょ?」と胸を張っていたので可笑しくて思わず笑った。


「こうやって見ると、なんか懐かしいよな」
「あぁ、うん。昔を思い出す」
「昔って?」
「高校の頃。あの頃もこうやってチョコ作っては配り歩いてて学校中の女子をメッタ打ちしてたから」
「はは!確かにこれじゃあ女子も惨敗だね」


三人の会話を聞きながら、僕は高校時代のヒョンを思い浮かべていた。
学ランだろうか、ブレザーだろうか。
どちらにせよ、きっと格好よかったんだろうなぁなんて。こんなにイケメンで優しい人が僕の恋人だというのが今でもたまに信じられなくなる。
とはいえ、不安になる暇もないほどヒョンはいつも愛情を注いでくれるんだけど。


「なんか、もったいなくて食べれないです」
「そんなぁ。せっかく作ったんだから食べてよ」
「あはは!食べますよ!食べますけど。大事に大事にいただきます」


にっこりと笑みを浮かべれば、ヒョンは照れくさそうに首の後ろを掻いていた。


「レイもコーヒー飲んでく?」

マスターの言葉に、ヒョンは「いい」と笑顔で首を振った。

「明日の仕込みあるし、発送もしなきゃいけないから」
「そっか、忙しそうだな」


レイヒョンは最近、少量だけどお菓子のネット販売も始めていた。やれる分だけだからとごく少量だけど、これが中々評判なのだ。
ヒョンの作るお菓子はどれも優しい甘さで美味しいから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
そしてもちろん僕も勉強の合間に梱包や発送を手伝ったりしている。


「じゃあヒョン!帰りますか」
「うん、そうだね」


席を立って荷物をもって、マスターや、ヒョンたちに挨拶をする。

「ごちそうさまでした!とっても美味しかったです!」
「たまにはこっちにも顔出せよ」
「はは!分かりました!じゃあお先に」


ドアの前で待ち構えているレイヒョンの元に駆け寄って手を繋ぐと、僕らはまたカランと音を立ててシロクマを後にした。
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