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番外編

side SH



「セフナー!!」


カランと音が鳴るなり声をあげて、タオが店に入ってくる。


「……うるさい」
「ごめんごめん!ヨルくんからメール来てさぁ、慌てて飛び出してきたの」


走ってきたのか向かいの席に座るなり、はぁはぁと息を調えると、タオはにっこりと笑顔を見せた。


「久しぶり」
「うん……」
「セフナ全然連絡くれないんだもん!もう振られちゃったかと思った!」


去年、高校の卒業を前に僕らは付き合い始めた。いわゆる記念告白、みたいな感じでヤケクソで告白したらタオはすごく驚いたあと「いいよ、付き合おう」と言ってくれた。
とは言え、僕らの進路は違いすぎて相手のことがまったく分からなくなってしまったのだ。僕の方は特に分からなくて、徐々に徐々に連絡がし辛くなっていった。そうこうしているうちに、タオは少しずつ撮影に声がかかるようになっていって。まったく別の世界に住むタオは、どんどん遠い存在に思うようになっていた。


「今日撮影は?」
「休み。ジム行ってちょうど帰ってきたとこにヨルくんからメール来て」
「そっか」
「フンは?大学の帰り?」
「うん……」


タオに会うのはいつぶりだろうか、と思い出していた。確か、雪が降る前。秋の終わりごろだ。



「久しぶりだな」

いらっしゃい、とマスターが注文を取りに来た。

「うん!マスターは相変わらずちっちゃいね!」
「うるせぇ」
「はは!」
「こないだ雑誌出てたの見たよ」
「ありがとう!」
「もう有名人だな」
「まだまだだってぇ!」


真冬だってのにタオはメロンフロートを頼んで、ご機嫌に笑顔を浮かべてる。
前はよく、ここで二人でメロンフロートを飲みながらテスト勉強をしたな、なんて。僕の頼んだメロンソーダはもう氷が溶けて薄くなっている。


「大学楽しい?」
「まぁまぁ。普通だよ」
「いいなぁ、女の子とかいっぱいいるんでしょ?」
「それは、まぁ。共学だし……」


いつから僕らはこんなにもぎこちなくなっちゃったんだろう。
タオがどんどん知らない人になっていく。
あの時、「卒業したって会えなくなる訳じゃないじゃん」なんて簡単に言ったけど、やっぱり少し甘かったのかな。って今更もう遅いんだけど。
1歩ずつ着実に夢へと近づいているタオが、僕には酷く大人に思えて仕方がなかった。


「ヨルくんたち元気だった?」
「うん、相変わらずだよ」
「そっかぁ……会いたかったなぁ」


残念そうに眉を寄せるタオを見て、あの頃タオがベッキョニヒョンを好きだったことを思い出す。やっぱり僕だけ何も進めてないような気がした。



「はい、お待たせ」


マスターがメロンフロートを持って来て、さっきと同じようにチョコレートを渡せば、タオはまた嬉しそうに表情を緩めた。


「フンも貰ったの?」
「うん、さっき食べちゃったけど」
「そうなんだ!」

美味しかった?と聞くので「うん」と答えた。


「セフナは?僕にくれないの?」
「え?だって会う予定なかったし」
「そうだけど……もう!冷たいなぁ」


本当にそう思ってるのか、口先だけなのか。
タオの考えてることは、いつだって分からないままだ。


「そういえば僕ね、」


この前引っ越したんだよ!とタオは相変わらず突飛なことを言う。


「そうなんだ」
「うん!」


なんで教えてくれなかったの?なんてことは言えた立場じゃないことは分かっている。


「それでさぁ……」
「なに?」


珍しくタオが口ごもって言うから不思議に思えば、「フンってまだ僕のこと好き?」って。
僕は、驚いて固まるしかなかった。


「僕たちってまだ恋人?」
「わかんない……」
「僕はね、まだフンのこと好きだよ。フンは?」
「僕は……」


好きかなんて分かんない。
だって今のタオのこと、知らなすぎるから。
どんどん遠い人になっていくばっかりなのに。好きかどうかなんて、どうやって考えればいいのか……


「もしさぁ、まだ僕のこと好きで恋人だって言ってくれるなら、アパートに一緒に住まないかなぁと思って」
「え……?」
「あのね、たくさん考えたんだ。少しでも一緒に居れる方法ないかなぁって。それでアパート借りることにしたの。僕はほら、バイトも映画の仕事も不規則でしょ?だからセフンも連絡しづらいのかなぁって」


フンの大学の近くなんだよ、って言ってタオは自慢気に笑みを浮かべる。
僕は……、僕は嬉しいやら恥ずかしいやらで、心臓がものすごく擽ったかった。


「……だったら勝手に決めないでよ」
「だって嫌だって言われたらショックだったし……」

「言うわけないじゃん……」



そんなこと。
言うわけない。

タオのくせに、そんなに考えてくれてたなんて。いつだって勝手に決めて、振り回して。それでも最後は笑って「フンが一番!」って言うから結局僕はすべて許してしまうんだ。



えへへ、と笑うあの頃と変わらないだらしない笑みを浮かべるタオを見て、やっぱり好きなんだろうと自覚するしかなかった。



カランとまた音が鳴って、照れ隠しみたいに視線をやると、マスターと親しげに話しているのはとても久し振りだったけど、見知った顔だった。あぁ、あの人まだ来てたんだ、なんて。あの垂れた眉はとても印象深い。



「ねぇ!じゃあさ、アパート行こうよ」


じゃりじゃりとメロンフロートをストローとスプーンでかき混ぜながらタオが楽しそうに言うので、僕は「そうだね」と小さく頷いた。


すでに、親に何て説明しようかな、とか考え始めてる僕の思考はこんなにも単純だったのかと思うとなんだかとても可笑しく思えた。


「どうかした?」
「いや?」
「あのね、フンに会ったら話したいこといっぱいあったんだ!全部聞いてくれる?」
「えー」
「聞いてよ!」
「ははは!いいよ」


シロクマで、こうして一緒に笑えれば、怖いことなんて何もなかったのかもしれない。



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