番外編
side MS
「ハッピーバレンタイーン!」
開店前、いつもよりも甘い香りを連れてレイが元気に店のドアを開けた。
普段のケーキの配達は大体10時を目処に来てもらってるけど、毎年この日だけは特別に開店前に来てもらっている。
お客さんへ渡すチョコレートの納品のためだ。
「朝から悪いな」
「ぜんぜ~ん」
「ラッピングはね、昨日ジョンデにも手伝ってもらったんだぁ」
そう言って差し出された箱には、小さなフィルムの袋に2つずつチョコレートが入っていて、愛らしい色とりどりのリボンが掛けられていた。
「おっ!うまそうだ!」
「もちろん」
「そうだ!ジョンデにたまには店にも寄るように言っといて。お礼にコーヒーご馳走するって」
「わかった」
喜ぶよきっと、なんてレイは笑みを浮かべるけど、そもそもうちの客を取ったのはお前だろ、なんて別段思ってもないことが頭を過って苦笑した。
「なに?」
「いや、なんでもない」
あれから一年半。
何だかんだで、クリスたちのお陰か、二人は仲良くやっているらしい。幸せなのはいいこった。
開店の準備をしつつ、箱の中から1つ取り出して口に入れた。相変わらず優しい甘さで、コーヒーにもよく合いそうだ。
「おいしい?」
「あぁ、もちろん」
「よかった!」
レイは学生の頃もこんな風にバレンタインのたび、女子顔負けのチョコレートを配って歩いていた。誰に習ったわけでもないのにお菓子作りが得意で、クッキーやらマカロンやらマフィンやら、それこそケーキまで。俺やクリスはいつもおこぼれに預かっていたっけ、なんて懐かしい話。そもそもそれがきっかけで今があるわけだけど。
「じゃあ、またあとでケーキ持ってくるね」と言ってレイは店をあとにした。
開店は朝の9時。
午前中は大体近所のご老人や幼稚園送りのお母さんたちが集っていく。
その一人一人に今日はチョコレートのおまけ付きだ。「バレンタインのサービスです」なんて言えば、みな嬉しそうに笑顔をくれる。
それがまた、俺の活力になる。
そうして一段落ついたころ、いつものようにカランとドアベルが鳴って、ルハンが顔を出した。
「よっ!」
「いらっしゃい」
カウンター越し、何にする?と尋ねると、「カフェモカ」と言うので「今日は甘くないのをおすすめするけど?」と言うと、少し考えたあと「あぁ、バレンタインか!」と笑みを浮かべた。
常連の彼は毎年のイベントをすでに知っているのだ。
「あたり」
「じゃあ、普通にブラックのホットで」
「了解」
俺はその注文にモカはモカでも甘いカフェモカではなく、ちょうど入荷したてのモカ・マタリを挽いてドリップした。コーヒーの香りが優しく店内を包みこむ。
チョコレートを添えて出せば、ルハンは幸せそうに笑みをこぼした。
「調子どう?」
「ぼちぼちかなぁ。大きな変動は今のところ無さそうな感じ」
専業トレーダーの彼はコーヒーを飲むときでもスマホを手放さない。リアルタイムで数字やチャートやそんなのが並んでいるそれを常に目の端に留めているのだ。お気楽そうに振る舞ってるけど、実は寝れないときがあるのも俺は知っている。
あのあと俺たちがどうなったかって?
それはまぁ……
「今日来る?」
「うーん、早く閉めれれば」
「わかった、待ってるね」
順調といえば順調に交際を重ねてるわけで。
プロポーズ、なんて大それたことを言っていたわりに、ごく平凡に恋人関係を続けている。まぁ、本当に結婚できる訳ではないから当たり前なんだけど。それでもルハンとはこうして店でコーヒーを飲み、他愛のない話をして、変わらない毎日を送っていて。きっとそれはこれから先も変わらないのだろう。なんて。
話をしながらゆっくりとコーヒーを飲んだあと、ルハンはロンドン市場が始める前に店をあとにした。
それから間もなくして顔を出したのは、チャニョルとベッキョンだ。
そしてなんと去年の春からは、そこにセフンが交ざることもしばしば。
始めて三人で店に来たとき驚く俺に、同じ大学に入ってきたんだと説明してくれたのはベッキョンで。セフンは「たまたまです」と恥ずかしそうに笑っていた。
「マスター!ハッピーバレンタイン!!」
「おう、お前らチョコ沢山貰ったか?」
「それがさぁ、聞いてくださいよマスター!!」
ベッキョナのやつさぁ、とチャニョルが力説し始めたのをよそに、セフンとそれから当のベッキョンは呆れ顔でさっさと席に座り始めた。
「ハッピーバレンタイーン!」
開店前、いつもよりも甘い香りを連れてレイが元気に店のドアを開けた。
普段のケーキの配達は大体10時を目処に来てもらってるけど、毎年この日だけは特別に開店前に来てもらっている。
お客さんへ渡すチョコレートの納品のためだ。
「朝から悪いな」
「ぜんぜ~ん」
「ラッピングはね、昨日ジョンデにも手伝ってもらったんだぁ」
そう言って差し出された箱には、小さなフィルムの袋に2つずつチョコレートが入っていて、愛らしい色とりどりのリボンが掛けられていた。
「おっ!うまそうだ!」
「もちろん」
「そうだ!ジョンデにたまには店にも寄るように言っといて。お礼にコーヒーご馳走するって」
「わかった」
喜ぶよきっと、なんてレイは笑みを浮かべるけど、そもそもうちの客を取ったのはお前だろ、なんて別段思ってもないことが頭を過って苦笑した。
「なに?」
「いや、なんでもない」
あれから一年半。
何だかんだで、クリスたちのお陰か、二人は仲良くやっているらしい。幸せなのはいいこった。
開店の準備をしつつ、箱の中から1つ取り出して口に入れた。相変わらず優しい甘さで、コーヒーにもよく合いそうだ。
「おいしい?」
「あぁ、もちろん」
「よかった!」
レイは学生の頃もこんな風にバレンタインのたび、女子顔負けのチョコレートを配って歩いていた。誰に習ったわけでもないのにお菓子作りが得意で、クッキーやらマカロンやらマフィンやら、それこそケーキまで。俺やクリスはいつもおこぼれに預かっていたっけ、なんて懐かしい話。そもそもそれがきっかけで今があるわけだけど。
「じゃあ、またあとでケーキ持ってくるね」と言ってレイは店をあとにした。
開店は朝の9時。
午前中は大体近所のご老人や幼稚園送りのお母さんたちが集っていく。
その一人一人に今日はチョコレートのおまけ付きだ。「バレンタインのサービスです」なんて言えば、みな嬉しそうに笑顔をくれる。
それがまた、俺の活力になる。
そうして一段落ついたころ、いつものようにカランとドアベルが鳴って、ルハンが顔を出した。
「よっ!」
「いらっしゃい」
カウンター越し、何にする?と尋ねると、「カフェモカ」と言うので「今日は甘くないのをおすすめするけど?」と言うと、少し考えたあと「あぁ、バレンタインか!」と笑みを浮かべた。
常連の彼は毎年のイベントをすでに知っているのだ。
「あたり」
「じゃあ、普通にブラックのホットで」
「了解」
俺はその注文にモカはモカでも甘いカフェモカではなく、ちょうど入荷したてのモカ・マタリを挽いてドリップした。コーヒーの香りが優しく店内を包みこむ。
チョコレートを添えて出せば、ルハンは幸せそうに笑みをこぼした。
「調子どう?」
「ぼちぼちかなぁ。大きな変動は今のところ無さそうな感じ」
専業トレーダーの彼はコーヒーを飲むときでもスマホを手放さない。リアルタイムで数字やチャートやそんなのが並んでいるそれを常に目の端に留めているのだ。お気楽そうに振る舞ってるけど、実は寝れないときがあるのも俺は知っている。
あのあと俺たちがどうなったかって?
それはまぁ……
「今日来る?」
「うーん、早く閉めれれば」
「わかった、待ってるね」
順調といえば順調に交際を重ねてるわけで。
プロポーズ、なんて大それたことを言っていたわりに、ごく平凡に恋人関係を続けている。まぁ、本当に結婚できる訳ではないから当たり前なんだけど。それでもルハンとはこうして店でコーヒーを飲み、他愛のない話をして、変わらない毎日を送っていて。きっとそれはこれから先も変わらないのだろう。なんて。
話をしながらゆっくりとコーヒーを飲んだあと、ルハンはロンドン市場が始める前に店をあとにした。
それから間もなくして顔を出したのは、チャニョルとベッキョンだ。
そしてなんと去年の春からは、そこにセフンが交ざることもしばしば。
始めて三人で店に来たとき驚く俺に、同じ大学に入ってきたんだと説明してくれたのはベッキョンで。セフンは「たまたまです」と恥ずかしそうに笑っていた。
「マスター!ハッピーバレンタイン!!」
「おう、お前らチョコ沢山貰ったか?」
「それがさぁ、聞いてくださいよマスター!!」
ベッキョナのやつさぁ、とチャニョルが力説し始めたのをよそに、セフンとそれから当のベッキョンは呆れ顔でさっさと席に座り始めた。