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第一章

side BH



大学に入って一番仲良くなったのは、パクチャニョルという大型犬だ。犬種はおそらくゴールデンレトリバー。人懐っこくて、柔和な性格をしている。でかい図体のくせにビビりで、でも優しい性格だ。首輪は付いてないから、かろうじてまだ野良犬。かろうじてっていうのは、大きな目がなかなかに愛嬌があってみんなの人気者だから、だからきっと、直に飼い主は現れるだろうってこと。



「ベクー!!おはよー!」
「お前は朝からテンション高ぇな……」
「だって今日はベッキョナと同じ講義だし!」


おいおい、その長くてふさふさな尻尾を振るな!邪魔んなるだろ!


チャニョルの隣を歩くと、いつも視線の多さに驚く。それは今でも変わらない。だから俺は一緒に歩きたくないのに、チャニョルがいつも付いてくるから。
それに並んで歩けばコンパスが違うから、どうしたって俺の足は早足になる。


どうせ俺はポケットサイズのウサギだよ!!


ちょっと仲良くしたらすぐに懐かれちゃって。「いつも一緒だね」なんて周りからは言われて。

だから俺は飼い主じゃないし。
首輪なんかやらねぇよ。



とは言っても、バカなチャニョルと遊ぶのは楽しかったり。だってバカ犬が好きな俺はもっと大バカだし。


だからまぁそんなわけで、パクチャニョルは俺の親友だ。

……今のところ。






「なぁ、帰りシロクマ寄ってく?」
「うーん、まぁ、いいけど」


シロクマってのは、駅に行く途中にある商店街の片隅にある喫茶店のこと。だいたい俺たちの溜まり場だ。



カラン

「いらっしゃい」


小柄で童顔のマスターが意外と高い声で挨拶をするその店で、俺たちはいつも時間を潰してた。


「コーラで」
「じゃあ、俺も」
「あのさ、うち一応珈琲専門店なんだけど」


マスターが渋い顔をして、俺が「へへ、ごめんね」って笑って。それがいつもの流れ。


「早く珈琲飲めるようになれよー」


お子ちゃま、って笑われる。だけど、俺たちよりお子ちゃまの客は他にもいるだろ。あのたまにいる高校生とか。




「つか、お前コーヒー飲めるよな?」


マスターがカウンターに戻ったのを見計らって小声で尋ねた。
前に缶コーヒーを飲んでいたような……


「あぁ、飲めるけど?」
「なんでいつもコーラ?マスターあんなにコーヒー頼めって言ってんのに」
「……そんなのベクとお揃いがいいからに決まってんじゃーん!!」


言ってまた尻尾を振る。
待て!店内なんだから大人しくしろ!
言っておくがここはドッグカフェではない。ただの喫茶店だ。

ベッキョナー!ベッキョナー!って低い声で吠えて。ドウドウって宥めて。
だから、俺は飼い主になった覚えはないっての。




「あ、そう言えばさ、ギョンスがハコ押さえるから、また対バンやんないかってさ。ベクどうする?」
「え?マジ?」
「うんうんマジ」
「やるやる!そんなのやるに決まってんだろー!」
「だよなー!そう思ってもうオッケー出しといた」


悪戯っ子みたいな目で笑うチャニョルがちょっと格好いいと思ったのは内緒だ。絶対に!



ギョンスはチャニョルの高校の同級生で、その頃は一緒にバンドを組んでたらしい。今はそれぞれ別のバンドを組んでて、俺は今そこのボーカル。ギターもちょっとだけチャニョルに教えてもらったけど、まだまだ簡単なコードをかき鳴らす程度だ。



「今さ、新曲作ってんだー」
「お?マジで?」
「うん!ライブまでには完成させるから、歌ってくれるよな?」
「もちろんだろ!」


チャニョルの曲はいつもハッピーな曲が多いから好きだ。それに何より歌ってて楽しいし。
前回のライブは三ヶ月くらい前。シロクマでばったりギョンスと会ってノリで決まった。客はほとんど身内だったけど楽しかったな。


「あー、俺もギター練習しないとなぁ」
「がんばれ!教えるから。ベクは指も長いし向いてるよ」
「そうかなぁ……」


ギョンスってやつはすごく面白い。言葉は少ないけど、からかうと真顔で返ってきたりして。だから俺もギョンスのことは好きだ。
それになにより歌もとても上手い。俺なんかよりよっぽと安定してるし、なによりスタジオでチャニョルとセッションしてるのを聴いて度肝を抜かれた。長年一緒にやってただけあって息がピッタリというか。お互いのリズムがピタリと合ってる感じで。俺はまだチャニョルとそこまでなれてないから、嫉妬したってのが正直なとこ。入れない壁のようなものが、そこにはあったんだ。



「でもさ、俺ベクのギターも好きだよ?」
「掻き鳴らしてるだけなのに?」
「うん」


チャニョルは笑う。


「技術は確かにまだまだだけど、俺は絶対にベクのギターには勝てないなって思う」
「なんで?」
「ボーカルの弾くギターには、どんなに頑張っても勝てないんだよ」


意味がわからなくて頭を傾げると、「可愛いなぁ」って笑われた。


「うっせ!」
「はは!……ボーカルの弾くギターはさ、歌に寄り添ってるから。だから俺がどんなに頑張っても勝てないの」


だから自信を持ちたまえって、目の前の大型犬が、にーって自慢の歯を並べて笑う。
ホント音楽バカだなぁって。ちょっとだけときめいた。


「あ!今ときめいちゃった??」
「うっせ!んなわけあるか!」
「またまた~!隠さなくていいんだよベッキョンさん?」
「ときめいてないから隠す必要もないの!」




ギャーギャー騒いでいるといつの間にか時刻は夕方で、カランという音と共に高校の制服を来た男の子が入店した。俺が、あっ、て顔して手を振ると彼も小さく頭を下げて離れた席に座る。いつもギョンスの横にいる子だ。
眠そうな半開きの目で、席に着くや否やうつ伏せになって。



「あの子、いつも眠そうだよな」


言って、チャニョルと小さく笑った。



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