~エピローグ~
side MS
「おう、いらっしゃい」
カランと音が鳴って、いつもの客が入ってくる。
もうずっと馴染みの客だ。
「昨日はライブ付き合ってくれてありがとう」
「ううん、楽しかったし。また行きたいな」
「はは!じゃあまたあったらまた誘うよ」
「うん!」
いつものカウンター席に座って、その客はきれいな瞳を細めて、弧を描くように微笑む。
「で、今日はどうする?」
「うーん、甘いのが飲みたいからラテにしようかな」
「了解」
「あ、そうだ!あれやって」
「ん?」
首をかしげると彼は「ラテアート」と楽しそうに笑った。
この店の、俺の、一人目の客はこのルハンだった。あれから年月が過ぎたけど、相変わらず彼は俺の前に座っている。昼下がりの午後。
午前中に来店する近所の奥さん方の集まりもいなくなって、ふと客が途切れる合間。不思議とルハンが来るときは他の客は退けていた。のんびりと会話を交わして、穏やかな時間が過ぎる。たまにタイミングよくレイがケーキを持ってくると三人で話したりなんかして。もうすでに友人とも言えなくもないルハンとの時間は、一日の中で一番安心するときだ。
ラテアートか。
何を書こうかな、なんて考えながら機械を操作する。まぁ、オーソドックスにハートでいいか、とカップに注がれたコーヒーにゆっくりとミルクを落とした。
「どうぞ」
カウンターにカップを乗せるとルハンは一層目を輝かせた。
ゆっくりとカップに口をつけて幸せそうに飲む姿を見ると、ぽっと心に花が咲くのか分かる。
さて、今日も一緒に一息つくかと機械に向かって自分用のコーヒーを淹れた。
「ねぇ、マスター」
「んー?」
背中越しに声がして、入れ終わったカップを持ってカウンターに向かう。
「あのさ、プロポーズしても、いい?」
「は……?」
「だからプロポーズ」
「誰に?」
「マスターに」
「……誰が?」
「僕が」
「なんで?!」
「あはは!好きだから?」
「へ……?」
当たり前だけど、驚きのあまり固まった。
ちょっと脳みその処理能力が追い付かない。
「あ、そうだ!いいこと教えてあげる!」
そんな俺にルハンは目を輝かせてさらに言葉を続けた。
「100杯のコーヒーを一緒に飲むと、二人は恋に落ちるんだって」
「100杯……?」
「うん」
そんな話は聞いたことがない、と自分の手元を見ると白いカップが握られていて。
確かに、ルハンがいる時は客が引けてることもあってこうして一緒にコーヒーブレイクをすることが多いかもしれない。100杯どころかもっと沢山一緒に飲んでいる。
100杯のコーヒーで恋か……
なんて頭を悩ませていると「あははは!冗談だよ」とルハンはその綺麗な顔を歪めて盛大に笑った。
「冗談?あ……冗談か。そっか、冗談か……」
妙に気が抜けて肩を落とす俺。
なんだかな、って苦笑した。
「え?本気がよかった?」
「は?」
「だってハートなんて書いてくれるから」
「あぁ」
それか、って苦笑した。
なのに……
「本気がいいなら本気にしてあげようか」
ミンソガ、って呟くと今度はカウンター越しに身を乗り出して。しなやかに伸びてきた手はひんやりと俺の頬に当たる。
心臓がどくんと跳ねて。
見つめられる瞳は水の膜を張って、酷く綺麗だ。
「僕は本気でもいいよ?」
「え……」
「……結婚、しようか。僕たち」
普段は穏やかに笑む小鹿みたいな丸い瞳が真摯に見つめる先は自分。
キラキラとビー玉の様な瞳だと、今更ながらに思う。
「……結婚、って?」
俺たちは男同士じゃないか。
「一緒にいようって意味。ずっと。おじいちゃんになるまで」
僕のとなりでコーヒーを淹れてくれませんか?
言ってルハンは穏やかに笑った。
「あなたが、好きです」
「……本気?」
「ミンソクが本気なら……」
親指で頬を撫でられて、沸騰する頭。
あぁ、お客さん来ちゃうかなぁとか、来ないでほしいなぁとか。
それでも、
外せない視線の先に、遠い将来、シワだらけの二人が一緒にコーヒーを飲んでいる姿がぼんやりと浮かんだ。
おわり
「おう、いらっしゃい」
カランと音が鳴って、いつもの客が入ってくる。
もうずっと馴染みの客だ。
「昨日はライブ付き合ってくれてありがとう」
「ううん、楽しかったし。また行きたいな」
「はは!じゃあまたあったらまた誘うよ」
「うん!」
いつものカウンター席に座って、その客はきれいな瞳を細めて、弧を描くように微笑む。
「で、今日はどうする?」
「うーん、甘いのが飲みたいからラテにしようかな」
「了解」
「あ、そうだ!あれやって」
「ん?」
首をかしげると彼は「ラテアート」と楽しそうに笑った。
この店の、俺の、一人目の客はこのルハンだった。あれから年月が過ぎたけど、相変わらず彼は俺の前に座っている。昼下がりの午後。
午前中に来店する近所の奥さん方の集まりもいなくなって、ふと客が途切れる合間。不思議とルハンが来るときは他の客は退けていた。のんびりと会話を交わして、穏やかな時間が過ぎる。たまにタイミングよくレイがケーキを持ってくると三人で話したりなんかして。もうすでに友人とも言えなくもないルハンとの時間は、一日の中で一番安心するときだ。
ラテアートか。
何を書こうかな、なんて考えながら機械を操作する。まぁ、オーソドックスにハートでいいか、とカップに注がれたコーヒーにゆっくりとミルクを落とした。
「どうぞ」
カウンターにカップを乗せるとルハンは一層目を輝かせた。
ゆっくりとカップに口をつけて幸せそうに飲む姿を見ると、ぽっと心に花が咲くのか分かる。
さて、今日も一緒に一息つくかと機械に向かって自分用のコーヒーを淹れた。
「ねぇ、マスター」
「んー?」
背中越しに声がして、入れ終わったカップを持ってカウンターに向かう。
「あのさ、プロポーズしても、いい?」
「は……?」
「だからプロポーズ」
「誰に?」
「マスターに」
「……誰が?」
「僕が」
「なんで?!」
「あはは!好きだから?」
「へ……?」
当たり前だけど、驚きのあまり固まった。
ちょっと脳みその処理能力が追い付かない。
「あ、そうだ!いいこと教えてあげる!」
そんな俺にルハンは目を輝かせてさらに言葉を続けた。
「100杯のコーヒーを一緒に飲むと、二人は恋に落ちるんだって」
「100杯……?」
「うん」
そんな話は聞いたことがない、と自分の手元を見ると白いカップが握られていて。
確かに、ルハンがいる時は客が引けてることもあってこうして一緒にコーヒーブレイクをすることが多いかもしれない。100杯どころかもっと沢山一緒に飲んでいる。
100杯のコーヒーで恋か……
なんて頭を悩ませていると「あははは!冗談だよ」とルハンはその綺麗な顔を歪めて盛大に笑った。
「冗談?あ……冗談か。そっか、冗談か……」
妙に気が抜けて肩を落とす俺。
なんだかな、って苦笑した。
「え?本気がよかった?」
「は?」
「だってハートなんて書いてくれるから」
「あぁ」
それか、って苦笑した。
なのに……
「本気がいいなら本気にしてあげようか」
ミンソガ、って呟くと今度はカウンター越しに身を乗り出して。しなやかに伸びてきた手はひんやりと俺の頬に当たる。
心臓がどくんと跳ねて。
見つめられる瞳は水の膜を張って、酷く綺麗だ。
「僕は本気でもいいよ?」
「え……」
「……結婚、しようか。僕たち」
普段は穏やかに笑む小鹿みたいな丸い瞳が真摯に見つめる先は自分。
キラキラとビー玉の様な瞳だと、今更ながらに思う。
「……結婚、って?」
俺たちは男同士じゃないか。
「一緒にいようって意味。ずっと。おじいちゃんになるまで」
僕のとなりでコーヒーを淹れてくれませんか?
言ってルハンは穏やかに笑った。
「あなたが、好きです」
「……本気?」
「ミンソクが本気なら……」
親指で頬を撫でられて、沸騰する頭。
あぁ、お客さん来ちゃうかなぁとか、来ないでほしいなぁとか。
それでも、
外せない視線の先に、遠い将来、シワだらけの二人が一緒にコーヒーを飲んでいる姿がぼんやりと浮かんだ。
おわり