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Sing a Song!

Track5 ; Rainy Days And Mondays



その瞬間、レイはジョンデの顔が強張ったのがわかった。


深夜にタオが来て。ベッキョンが戻ってこないと泣いて。惚れっぽいあの子は今までもよくこんなことはあったから、あぁまたか、なんて簡単に考えてたけど。だけどジョンデの下がり眉がさらに下がって、いつもは楽しそうに丸くする目が微かに揺れて。

レイの胸はぞわりと騒いでいた。





「ベッキョナ……昨夜だけどさ、どこ行ってたの?タオが心配してたんだよ」

休憩中にいつもの喫茶店にベッキョンを呼び出して問いただした。
向かいに座る彼は酷く重そうな頭で。
それは聞かなくとも二日酔いと分かるほどだ。

「あのあともう一軒行ったらさ、飲みすぎちゃって。チャニョラの家近いっていうから泊めてもらった」
「ベッキョナ……」
「だ、だってさぁ!大型犬みたいな目で見られちゃったら断れなくてさぁ!しょうがないじゃん?」

別にまだ何もしてないよ!と必死に言い訳するベッキョンに、はぁ、とレイは溜め息を溢した。

「チャニョルは絶対にダメだからね」
「はぁ?なんで?」
「なんでも!」

腑に落ちない顔をしてるベッキョンに釘を刺して、レイはスタジオへと戻った。

幸か不幸か今朝の件でジョンデがチャニョルに寄せる想いに、レイはなんとなく気付いてしまったのだ。
思い返せば、四人で飲んでいたときの彼へ向ける目線やチャニョルと話すベッキョンを見やるときの悲しそうな表情でも。それは容易に分かりそうなものだった。


レイは考える。
いつも何処か諦めたように寂しそうに笑うジョンデの笑顔。
優しく暖かいのに切ない歌声。
何が彼をそうさせているのか。


レイは小さく決意した。








「ただいまー!」

勢いよくドアが開いてレイが帰ってきた。
いつもののんびりとした声ではないことに気づいて、ジョンデは晩御飯の支度をしていた手を止めて振り向いた。

「お、おかえりなさい」

どうしたんですか?なんて聞こうとしたのに、遮るようにレイが先に口を開いた。

「ジョンデの好きな人ってチャニョル?」
「は……?」
「ねぇそうだよね?」

いきなりの核心を突いた質問に、ジョンデの心臓は驚き跳ねた。

「……な!なんなんですか、いきなり!」
「僕ね、ジョンデには幸せになってもらいたいと思って!だからもしそうなら協力しなくちゃでしょ?」

やっぱり強引な人だなぁ、と困惑する。

「いいですよ、そんなの。子どもじゃあるまいし」
「でも……」


それより今夜は鍋ですけどいいですか?なんて口を開こうとしたとき、


ピーンポーン


いつもの間延びしたチャイムが鳴って、忙しい家だなあぁ、なんてやっぱり苦笑した。




「はぁーい!今開けますよー」

そう言いながらジョンデがドアを開けると、そこにはルハンが立っていて。

「ワイン貰ったから一緒に飲もうと思って」

なんて、のんきに喋る。

何?鍋?と鼻を鳴らしながらズカズカと上がり込むルハンが、ジョンデはやっぱりちょっと苦手だと思った。

「ちょっと、おい!ルハナ!」

ルハンがいなくなったそこから声が聞こえて振り返ると、玄関に取り残されてるのはまたしても知らない人。

レイが来てから知人が増えた気がするのは良いことなのか何なのか。
こっそり溜め息を溢してジョンデは「どうぞ」と促した。


「あ!こちらミンソクね!僕の恋人」
「なんか、すみません」
「いえ、鍋は大勢の方が美味しいですから」

ジョンデです、と挨拶を交わして室内へと戻ると、レイとルハンはすでに楽しそうに話し込んでいた。

今日は寒いからと鍋にして良かった。
やっぱり鍋は大勢の方が美味しい。


「どう?二人の生活は。うまくやってる?」
「うん、楽しいよね?ジョンデ」
「はい、まぁ」

他愛もない話をしながら四人で鍋をつついてワインを空けた。
ストレートな物言いのルハンはやっぱりちょっと苦手だけど、恋人だというミンソクはまぁ普通に良さそうな人で、少しだけ胸を撫で下ろす。


「そういえば、ベッキョナまた彼氏出来たの?」

ルハンがこんにゃくを頬張りながら口にする。
瞬間、仄かに空気が凍りついたのが分かって、レイが動揺しながら返した。

「え……な、なんで?」
「なんかさぁ、タオがびーびー泣いて煩いんだよねぇ。あいつベッキョナ大好きじゃん?だからまた帰ってこなくなったらやだぁーってさ」

今日朝帰りしたんでしょ?と続けたルハンに、ジョンデはジョンデで、やっぱりか、なんて痛む心臓に気づかないフリをするので精一杯だった。

「……や、そんなことないよ!そんなことないから、ね?ジョンデ、大丈夫だから!」

場の空気を壊そうと慌てるレイに「なんで僕に言うんですか」と笑顔を張り付けて誤魔化した。
だって……、とレイは口ごもる。

そんな二人のやり取りを見て、今度はルハンが口を挟んだ。

「え、なに、ベッキョナのこと好きなの?」
「なわけなじゃん!」
「だって…」

「ジョンデが好きなのはチャニョルの方!!」


あ……、としばらくの沈黙ののち、「そろそろ帰ろうか」と声を上げたのはミンソクだった。ルハンもさすがに居たたまれなかったのか「そうだね」とそそくさと退散する。


どうしてこうもみんなして無神経なんだろうか。
それは今まで誰にも打ち明けたことのない小さな小さな想いだったのに。それを土足で踏み荒らされて。


「……ごめん」
「いいです、別に」

しゅん、と音がしそうなほどに項垂れるレイを放ってジョンデはテーブルを片付け始める。

「でも……」
「いいです。その代わり、もうこの話はしないでください」

片付けようとシンクへ置いた食器を見て、なんだか溜め息をひとつ溢した。

「洗い物、お願いします」


そう押し付けて、自室へと籠った。



ベッドに横たわっると、ぐるぐると絡まっていた沢山の言葉がひとつずつ解れていく。

昨日ベッキョンはやっぱりチャニョルの家に泊まったのか。


急速に近付いただろう二人を思い浮かべて溜め息が溢れた。
これは横入りでもなんでもない。ずっと行動を起こさなかった自分が悪いのだ。友人というポジションに甘んじていた自分が。だからベッキョンに腹をたてるのはお門違いで、ましてやレイもルハンも悪くない。悪いのは自分なのだ。そう思うのに、ジョンデは泣きそうに苦しくて仕方なかった。


週末、チャニョルの顔を見れるだろうか。
チャニョルの前で歌えるだろうか。


これは、失恋なんだろうか。







恐れていた週末は呆気ないほど早く来た。ジョンデは、いつも通りに、と何度も心の中で繰り返してドアを開ける。


「こんばんは」


いつも通りマスターに挨拶をして、恐る恐るとカウンターを覗くと、いつものようにチャニョルが笑顔で迎えてくれた。
心臓がきゅっと締め付けられる。

「よっ!」
「……あ、あぁ」

ぎこちなく笑みを返して、その後はもう、チャニョルを見ることはほとんど出来なかった。
歌に集中しようと頑張れば頑張るほど、ピアノは間違えるわ声は伸びないわで、散々な出来だった。



数曲歌って、いつものようにジントニックを出されたカウンターに座ったけど、チャニョルの顔はやっぱり見れない。

「どうした?元気ないじゃん」
「……そんなことないよ!」

チャニョルに掛けられた声に、ジョンデは慌てて笑みを貼り付けた。

「そうか?歌も調子悪そうだったけど」

些細なことに気付いてくれたことが嬉しくて心臓が踊った。なのに……どうしてそんなことに気付くんだよ、と心の中で悪態をつく。


自分のことなど見てくれないくせに。


「寝不足かなぁ?」

昨夜DVD見ちゃって。

おどけて見せたけど、チャニョルは真剣な顔で「なんか悩みあるなら言えよ」なんて言うもんだから、余計に切なくなった。




帰宅したころにはジョンデの頭はガンガンと鳴り響いていた。アルコールは大して取ってもいないのに、たくさんの言葉がぐるぐると駆け巡る。

そうか、言葉に酔ってるのか。

たくさんの言葉たちが煩くて煩くて仕方ないのだ。苦しくて、情けない。自棄になって目を瞑ったが、眠気は中々訪れなかった。







明け方やっとどうにか浅い眠りについて目を覚ますと、窓の向こうでは太陽が昇りきっていて、ジョンデは鏡に映る自分を見て深く重い溜め息をついた。頭痛は治まらないし、目の下にはくっきりとした隈。

こんな自分に歌なんて歌えるんだろうか。

けれど、それでも自身を支えるのはやっぱり歌しかなくて。ジョンデは、はぁ、とまた溜め息をついて頭痛薬を流し込んだ。







「こんばんは」


マスターに挨拶をしたのに答えるように駆け寄ってきたのはチャニョルの方だった。

「おいジョンデ、大丈夫か?」
「え?あぁ、うん」
「相当顔色悪いけど……」
「大丈夫だよ」

そう言って笑って見せたのに、チャニョルはやっぱり心配顔だ。ジョンデは無理矢理笑顔を向けて、マスターに挨拶をして、ピアノに向かった。

これ以上チャニョルに優しくされれば本当に後戻り出来なくなる。



Desperado,
why don't you come to your senses?
You been out ridin' fences for so long now
Oh, you're a hard one
I know that you got your reasons
These things that are pleasin' you
Can hurt you somehow

( ならず者よ
意識を取り戻さないのかい?
外の柵の上に長い間腰かけたままで
ああ 君はやっかいだね
何か理由があるのは知ってるよ
君を喜ばせている事が
君を傷つける事だってあるのさ )
"Desperado"/The Eagles



気分に任せて歌った歌に、酷く落ち込んだ。なんて耳障りなBGMなんだろう。こんなんじゃ聴いてくれるお客さんの酒も不味くなるのに。なんて頭を過って本日何度目かも分からない溜め息をまた溢した。

自分は思いの外、二人のことを受け入れられてないらしい。そして、それほどまでにチャニョルのことが好きだったのか、と考えて自嘲した。
可能性なら既にないことは分かっている。チャニョルがベッキョンに向ける笑顔はそんなだった。それでも、ジョンデは消化しない想いを抱えて、再び鍵盤へと向かう。

今は歌うことだけが自分を別世界へと連れ去ってくれることを知っているから。






カウンターに戻って出されたいつものジントニックを一気に飲み干した。

「なぁ、本当にどうしたんだよ」
「なにが?」
「らしくないじゃん」

ジョンデはとても苛々した。
何も知らないくせに、と。飲み干したジントニックが身体中を駆け巡って、ぐらりと視界が揺れた。


「……らしい?らしいって何?チャニョルは僕の何を知ってるの?僕のことなんて興味もないくせに」
「な……、そんな、」

「もう一杯ちょうだい!」

半ば絡むようにおかわりを要求する。
目の前で心配顔でこちらを覗く男のその大きな瞳が、もう自分を映さないことが酷くやるせなかった。
今夜はやけに酒の回りが早いなぁなんて思いながらも、痛む胸をどうにかしたくて更に酒を飲んだ。
この期に及んで店を出れない自分に嫌気がさした。



「……トイレ」

椅子から立ち上がると、一気に酔いが回ったのかフラついてカウンターに手を着いた。

「おい、大丈夫か?!」

「平気だって」というジョンデの言葉を遮って「俺も付いてく」とチャニョルはカウンターから出てくる。

やめてよ、優しくするな。

何度も頭の中を回ったのに、言葉にはならなかった。
チャニョルが支えてくれた腕は少しだけ強引で力強くて。その甘い痺れは振り払うことが出来なかった。



その腕に抱えられてトイレに行くと、ジョンデはその手を掴んでチャニョルと向き合った。


「ねぇ、チャンニョラ」
「んー?どうした、吐くか?」

「───僕と、キスしてよ」



大きな瞳を揺らして固まるチャニョルを置いて、ジョンデはふらつく足で店を後にした。




外は雨がちらついていて、時刻を見ればてっぺんを越えていた。
口ずさんだ歌は雨の音に重なる。


What I've got they used to call the blues
Nothing is really wrong
Feeling like I don't belong
Walking around some kind of lonely clown
Rainy days and Mondays always get me down...

(こういう感じを、昔の人はブルーな気分って言ったんでしょうね
別に何も間違ったことなど起きてはいないけれど
自分には居場所がないように感じるの
彷徨い歩く孤独な道化師のように
雨の日と月曜日はいつも私を憂うつにする)
"雨の日と月曜日は"/ Carpenters






そうだ、頭痛薬を飲んだんだった。


薬のあとの酒は不味いよな、なんて思い出しながら不可抗力のような酔いに泣きたくなった。


ジョンデは同じ歌を繰り返すように何度も小さく口ずさみながらのろのろと家路に着いた。







続く
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