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Sing a Song!

Track3 ; I need to be in love



ピーンポーン


もうすでに怒る気力も無くして、恒例となりつつあるチャイムの音に、ジョンデは眠い目を擦りながら玄関に駆け寄った。


「こんにちはー!」

やたら元気な声に驚きつつも、またしても知らない顔だ、と思わず眉間に皺が寄る。

「あ、お義兄さんですか?不束な兄ですがよろしくお願いします!ってことで、お金貸して?」

「は?」

捲し立てるように喋ると両手を差し出し頂戴のポーズをする。
この人は、いったい何者だろうか。
ジョンデはギギギと音が鳴りそうな勢いで首を傾げた。


「あの……」

「ベッキョン!?」


ジョンデが口を開きかけたとき、後ろから声が響いて振り返ると驚いた顔のレイが立っていた。

「ヒョン!はは!久しぶり!」

やっほー、と手をあげるその人に「ベッキョナ!心配してたんだよ!」とレイが駆け寄った。
なるほど。兄弟らしい。

「どこに行ってたの?何も言わないで」
「まぁ、ちょっとね」

いたずらっ子のように恥ずかしそうに笑う顔は、レイに似てるようで似てないようで、やっぱりどこか似てる気がする。


「で、この人がヒョンの彼氏?」

唐突に視線を寄越され、ジョンデは目を見開いた。

「ち、違うよ!」

レイが慌てて否定すると「じゃあどこにいるの?」と奥を探そうとする。

「とにかく上がってもらえば?」

弟ならば仕方ないと、ジョンデは小さくため息を溢して中へ案内した。





事情を説明されると「どうりで若いと思った!」と彼は笑う。

「年上って聞いてたからさ。改めて、先程は失礼しました!ひひ!」

レイの弟、ベッキョンは頭を下げたので、ジョンデは「気にしないで」と笑む。初対面でお金をせびるくらいだからどんな奴かと思ったが、それなりにちゃんとしているらしい。

「あ、ベッキョナごめん!行かないと!」

レイが時計を見て声を上げる。

「仕事?」
「うん」
「そっか!いってらっしゃーい!」

ソファーの上から手を降るベッキョンにジョンデもレイも開いた口が塞がらない。

「なに言ってんの?ベッキョナも出るんだよ?」
「またまた!」

冗談でしょ?とベッキョンが笑う。

「俺ここまで歩いてきて疲れたから、もう少しここにいる」

呆れ顔のレイに苦笑しながらもジョンデはうんうんと頷いて見せた。

「ごめんね」
「いいですよ。僕、夜までは用事もないし」

「ホントにごめん」とレイはすまなそうな顔をして部屋を後にした。



話をしてみると彼はとても人懐っこい性格で、さらに同い年ということもあって、あっという間に打ち解けた。
何だかどこかチャニョルに似てる気がするのは気のせいだろうか。
ジョンデは過った考えを、頭を振って振り落とした。


「どうしたの?」
「いや、なんでもない!それよりねぇ、レイさんのダンスってすごいの?」

ジョンデはずっと気になっていたことを尋ねた。

「ヒョンのダンス?見たことないの?めちゃくちゃかっこいいよ!」

自慢の兄なんだ!とベッキョンは胸を張る。

「へぇ。意外だね」
「意外?なんで?」
「だって、何て言うか、おっとりしてる感じするから想像つかなくて」

レイがダンサーだと聞いてから、ジョンデはずっと気になっていた。どんなに踊る姿を想像してみても、まったく想像できないのだから。そのくらい普段のレイは話す言葉も動きもスローな人間だ。

「はは!そうなの!踊ると人が変わるんだ!」

けたけたと笑いながらベッキョンは言う。

レイは普段ちょっと天然なところがあるから、危なくて見てられないんだと。踊ること以外は本当にダメな人なんだと。すぐに人を信用して、何度も騙されてきたんだと。

クリスに引っかかるくらいだからきっとそうなんだろうとは思っていたが、やっぱりそうだったのかと少し申し訳なく思いながらも妙に納得した。



*


ベッキョンが帰って、ジョンデはいつものようにバーへと出掛けた。

「こんばんは」

マスターに挨拶をしてカウンターを覗くと「よぅ!」といつものようにチャニョルが挨拶をするのでそれに笑顔で返し、さらに今日はカウンターに座る客二人にも声をかけた。


「いらっしゃい。来てたんだ?」
「うん。今日も歌うんでしょ?」
「うん。ジョンイナも、いらっしゃい」

言葉を交わした白眼の大きな彼は音大時代の友達で声楽の勉強をしているギョンス。その隣に掛けるジョンインと呼ばれた無口で無愛想な彼は、そのギョンスの友人だ。

彼らはジョンデがこの店で歌いはじめたと聞いてから、たまに店を訪れている。

「楽しみにしてる」
「ありがと」


今日はどうしようかとジョンデは客席を見回した。先日とは打って変わって、若い人もいて適度に賑わっている。少しアップテンポの曲にしよう、とピアノの前に掛けた。

こんな日はメジャーな曲の方が喜ばれる。



When the night has come
And the land is dark
And the moon is the only light we'll see
No, I won't be afraid
Oh, I won't be afraid
Just as long as you stand Stand by me,
so Darling darling stand by me
Oh, stand by me Oh stand,
stand by me, stand by me

(夜が来て 周りが暗く
月の光しか見えなくなっても
いいや僕は怖くない
そう 怖くないのさ
ただ 君がそばにいてくれれば
だからダーリン ダーリン そばにいて
僕のそばに そばにいて欲しい)
"Stand by me"/Ben.E.King



映画の主題歌にもなった名曲。少年時代に死体を探して冒険した思い出を振り返るという、なんともノスタルジックな映画だ。ジョンデ自身そんなノスタルジーに浸れるほどまだ年はいってないが、メジャーで適度に盛り上がるこの曲はお気に入りの一曲だ。


そしてこのあと2曲ほど歌ったところでギョンスに声をかけた。

「久しぶりにどう?」

ギョンスは「えぇ?」という顔をしたが笑みが溢れてるあたり、本当に嫌がっている訳ではないらしい。

「マスター、いいですか?」

一応マスターにも確認すると、もちろんと笑顔で頷く。


何にしようか?
久しぶりにあの曲は?

二人で相談して音大時代によく練習した曲にした。


From a distance
the world looks blue and green,
and the snow-capped mountains white.
From a distance
the ocean meets the stream,
and the eagle takes to flight.

( 遠くから見れば 地球は青と緑
そして雪を抱いた山の白さにつつまれている
遠くから見れば 海は川と接し
そして鷲は自由に舞うように飛んでいる)
"From a Distance"/Bette Midler


伸びやかなギョンスの中低音とジョンデの優しい高音が重なって、とても綺麗なハーモニーになる。

歌い終わると照れくさそうにギョンスははにかんだ。そんな彼をジョンインは愛おしそうに見つめている。二人の視線が重なるのを羨ましくも微笑ましく、ジョンデは見やった。
きっと、この二人が想いを重ねる日もそう遠くはないだろう。
そんな彼らを横目にカウンターに掛けると、チャニョルがにぃっと微笑み返してくれて、ジョンデの心の中もじんわりと温まるのを実感した。

彼の笑顔は万能だ。どんな人にも平等に幸せを与える。
ジョンデにはそれが嬉しくもあり苦しくもあるのだけれど。



*



「よっ!」とレイのいるダンススタジオに顔を覗かせたのはルハンだった。


「どうしたの?仕事は?」
「生地の仕入れの帰り」

ルハンは恋人のミンソクと一緒に帽子店を経営している。ミンソクが作るお洒落で丈夫な帽子とルハンの王子様スマイルの接客は結構な人気だ。

今日はダンス教室も休みの日なので、休憩がてら近くの喫茶店へと向かった。


「いらっしゃ……」

言いかけて怪訝そうな顔をした店員はルハンの弟のタオだ。

「なんだよ、その顔はー。客じゃん!客!」
「イラッシャイマセー」
「棒読みすぎ!」

仲が良いのか悪いのか、レイはいつも考えあぐねるけど、きっと多分良いんだと思う。どちらかというと可愛い部類のルハンと、どちらかといわなくてもシャープな部類のタオの顔は似ても似つかない。
それもそのはず、二人に血の繋がりはないのだから。そのわりに性格が似てる気がするのは、育った環境が一緒だからだろうか。


「タオー!いつものー!」
「はいはい。あーっつい濃いぃーやつでしょ?」
「ビンゴ!」
「まったく。豆の良さが死んじゃうよー」
「いいのいいの。どうせ味なんか分かんないんだから。ミンソギが淹れてくれたコーヒー以外はぜーんぶ一緒だもん」
「はいはい」

レイが微笑ましく見ていた兄弟喧嘩がひとしきり済んだところで、席について本題に移された。ルハンが来た時点で内容の察しはついている。


「で?新しい彼はどう?」

「……は?」

だけどやっぱり彼は予想の斜め上を行くのか、とレイはポカンと呆けた。

「ジョンデくんだっけ?まぁちょっと頼り無さそうだけど、クリスよりはいい人そうじゃん」
「いや、別に、そんなんじゃないから」
「そんなんじゃなくたって、ひとつ屋根の下に一緒に住んでたら、芽生えないはずの感情も芽生えちゃいそうじゃん?」

楽しそうに話すルハンに、レイは怪訝な顔を向ける。

「やめてよ、ホントにそういうんじゃないんだから」
「えー!そうなの?面白くないなぁ」

そう言えば今度ね、ミンソクと旅行に行くんだー、とルハンの興味が移ったことにレイはこっそり胸を撫で下ろした。

にも拘らず、話が舞い戻ったのは、今度はその弟のせいだった。


「レーイー!クリス元気ー?最近来てくれないから寂しいんだよねぇ」


タオはシャープな顔付きとは反対に、酷く間延びしたしゃべり方をする。


「……お、おい!」


一瞬沈黙が包んでいきなりルハンが声を上げるもんだから、タオは目を白黒させた。そんなタオに今度はレイが飛び付いた。


「そうだ!タオ!ねぇクリス来なかった?!クリス!」


一緒に何度か来るうちにクリスはこの店を気に入って一人でもふらっと立ち寄るようになっていた。そして何故だかこのタオは、クリスにとても懐いていて(それはもう異常なほどに)そしてそんなタオをクリスも可愛がっていた。
だからもしかしたら、彼はふらっとここに立ち寄ったかもしれない。レイはそれを思い出したのだ。


「え、なに?どうしたの?」

目を白黒とさせてあたふたするタオの問い掛けにレイがぽつりと呟く。


「クリスね、どっか行っちゃったんだ……」


「えぇー!!レイ捨てられちゃったの?」

タオのストレートな言葉がレイの胸にぐさりと突き刺さった。「バカ!」とルハンがタオの脛を蹴ったのが見えた。

「ねぇ、タオや!最後にクリスが来たのっていつ?」

言われてタオは必死に思い返えす。

「えーっと1ヶ月くらい前、かなぁ。確かいつもみたいにふらっと一人で来たよ」
「1ヶ月か……その時何か変わったことなかった?」

「えっーと……1ヶ月前は……えっと……」


必死に思い返して思い返して、「あ……」とタオが呟いた声と重なるようにして今度は「ルハニヒョンだぁぁぁ!!!」という声が響いた。

声の主はタオの大学の友達、セフンだった。


「セフナ……、煩い」
「いいじゃないですか、久しぶりなんですから」

えへへ、と笑うこの男はルハンのことが大好きで大好きで仕方ないのだが、ルハンはまるで相手にしていない。

そんな二人を余所に、レイはタオに詰め寄った。


「タオや、何を思い出したの?」
「うーんと……いやぁ……」
「何でもいいから教えて!」
「でも……」
「いいから!」

とても言いにくそうにしてるところを見れば、何かあったのは間違い無さそうだ。今にも掴み掛かって胸ぐらを掴んで揺すって吐き出させたいくらいだが、レイは必死に堪えて問いただした。


「セフナが……」

言いづらそうに溢した言葉に、今度は一斉に視線がセフンの元に向く。


「え?」

「セフナぁ、この前クリスと何かしゃべってたよねぇ?」
「あぁ、スホヒョンと居たとき?」
「スホヒョン?」
「はい。ここで会ううちに仲良くなったんですけど。クリスさんが紹介しろって言うから紹介しましたけど?なんだか気が合ったみたいでとてもお似合いでしたよ!」

それがなにか?と言わんばかりの顔でキョロキョロとしながらセフンは答えた。


「…………セーフーナー!!!」


「なな何ですか!ルハニヒョン!怖いですよ!」
「お前、クリスはレイの恋人だって知らなかったのかよ!」

「…………へ?」


漸く事態を飲み込んだのか、セフンのただでさえ表情の乏しい顔から、さらに表情が消えていく。

「……ねぇ、セフナ。もしかして……その人、色白じゃなかった?」

そう、レイには思い当たる節があったのだ。

「えぇまぁ。透き通るみたいな、発光するみたいな色の白い人です」
「……そっか。やっぱりね」

レイは自嘲気味に呟いた。

クリスは色の白い人が好きだった。レイの肌ももちろん透き通るように白くて、クリスは口癖のように「絶対に焼くな」と言っていた。

それから、浮気相手もいつも色白な人だった。


──絶対に焼くなよ


新しい彼にも同じように言うんだろうか……


考えて、また胸が苦しくなった。



*


「おかえりなさーい」

ジョンデは趣味のレコードを漁りながらビールを飲んでいた。

「ただいま。今日は休み?」
「うん……って、どうしたんですか?」

上げた視線の先、帰ってきたレイの目は真っ赤に充血している。

「ううん。なんでもない」

レイは悲しそうに笑って呟いた。

何でもなくないのは一目瞭然だ。
だけど深追いするべきか、そっとしておくべきか。
考えたあげく、ジョンデは「レイさんも飲みます?」と持っていた缶ビールを掲げて見せた。それでも、うん、と頷いたので冷蔵庫から冷えたそれを取り出してレイの前に差し出した。


「レコード?」
「あぁ、えぇ。趣味なんです」

部屋の一角にあるレコードコーナーには父親から譲り受けたレコードプレーヤーとレコードがぎっしりつまった棚があって、ジョンデはそこで次に店で歌う歌は何にしようかと考えていたところだった。

「何か聴きます?」
「……うん」

ぎっしりと詰まったレコードの棚から一枚抜き出すと、そっと針を落とした。



I know I need to be in love
I know I’ve wasted too much time
I know I ask perfection of A quite imperfect world
And fool enough to think that’s What I’ll find

(わかってる 私は恋に落ちるべきね
わかってる 時間を無駄にしすぎたこと
完全無欠の愛を求めるなんて
私はなんておバカさんだったのかしら
それが見つかると思ってたなんて)
"I need to be in love(青春の輝き)"/Carpenters




「……わかったんだ」


不意にレイが呟いた。

「なにがですか?」
「クリスが一緒に出てった相手。でも、仕方なかったんだよ。だって僕には縛れなかったし。何より自由な関係でいたかったから」

でもそれは僕のエゴだったのかもしれない。

言ってレイは一筋の涙を溢した。
好きすぎて怖かったんだ、と。



とてもとてもキレイな涙を見つめて、ジョンデはいつぞやのようにそっと彼の震える背中を撫でた。







続く
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