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Sing a Song!

Track2 ; Please Mr. Postman



ピーンポーン


毎日毎日なんなんだ!
ジョンデが怒りをあらわに眠い目を擦りながら玄関に辿り着く前に、光の速さでレイが玄関へと駆け寄っていた。

「クリス?!」

しかしドアの向こうに居たのは大柄でニヒルな笑みを浮かべるクリスではなく宅急便を抱えたおじさんで。項垂れるレイを横目に「あー、はいはい」とジョンデはそれを受け取った。

「残念ですけど、僕が頼んでた楽譜ですね」

クリスがここに来ることなんて、きっともうないのに。ましてや連絡がくることなんて。ジョンデとクリスの関係はそんな馴染んだものではない。それでも再びここに来るとしたなら、それは今の恋人と別れた時だろうか。なんて考えたものの、荷物を綺麗に持っていったくらいだから今回ばかりはそうそうに戻ってくることはないだろうな、とも思っていた。


「ねぇレイさん、もし今クリスが帰ってきたらどうするんですか?」
「どうするって?」
「だってその…一方的にいなくなったじゃないですか。許すのかなぁと思って」

ジョンデが問うと、レイはにこやかな笑みを浮かべる。

「許すもなにも、戻ってきてくれたら僕はそれだけでいいんだ」
「え?」
「だって僕が必要だってことでしょ?僕はそれだけで幸せだよ」

言ってレイは笑顔を浮かべた。

ジョンデは驚いていた。こんなに純粋に人を好きになったことがあっただろうか、と。そして自分もいつかそんなふうに思われてみたい、と。その相手がチャニョルであればさらに幸せなんだけど。なんて彼の笑顔を思い浮かべたものの、何言ってんだか、と苦笑して廊下を後にした。



*


本当なら新居の片付けに充てるために、とレイは三日ほど仕事の休みを取っていた。
しかしジョンデの部屋に間借りすることになったため、結局たいした引っ越しにもならなくて、レイはやっぱり仕事に行こうかなんて考えていた。

でもな……


思い悩んだ末、向かった先はクリスとよく一緒に行った公園。
程よく大きな木が植樹されていて、その葉が作る木陰で二人してよく微睡んだ。本が好きなクリスはその木に凭れて読書をし、そんなクリスの厚みのあるどっしりとした肩にさらにレイが凭れて昼寝をした。
それは、優しくて温かな時間だった。


キョロキョロと見渡しては、彼のカケラが落ちていないか探した。
もしかしたらまたどこかの木の下で本でも読んでるかもしれない。連絡のつかないクリスを探すには、二人で行った場所を片っ端からまわるしかない。そう思ったのに、二人で行った場所なんて数えるほどしか無いことに気付く。


──許すのかなぁと思って


レイはふと今朝のジョンデの言葉を思い出していた。

そもそも、許すも許さないも、初めから怒ってなどいないのだ。そんな態度をとれるほど、クリスに対して意見をしたことがない。レイにとってクリスはすべてだった。

昔から性に対して関心が薄かったレイは、男も女も、否、抱く方も抱かれる方も。それこそすべてを相手に任せてきた。気持ちよければそれでいいというより、ただ相手の要求に応えられることが嬉しかったのだ。相手が気持ち良さそうにしてる顔を見て初めて自分も達することができた。その頃のレイは、踊っている時とセックスをしている時だけが、生きていると思えたほど。
そんなレイに「もっと自分を大事にしろ」と言ったのはクリスで。あの大きな手で、低い声で、優しく愛されるたび泣きそうになった。

誰かを愛するということを、初めてクリスに教わった。

だからクリスの優柔不断な浮気癖は分かっていたけど、戻ってきてくれさえすればそれでよかったのだ。それに、いつも戻ってきてくれるクリスにある種の自信のようなものも持っていたから。クリスと過ごす暖かな時間は、まるで夢の中のようで。彼がそんなふうに自分を置いていくなんて信じられなかった。

きっとまた迎えに来てくれる。

そう信じて疑わなかった。


レイは昨夜ジョンデが歌ってくれた曲を思い出しては、鼻唄混じりに口ずさんだ。



*


店についてピアノの前、ジョンデは昨夜レイにせがまれて歌った後に彼が見せた涙を思い出していた。

それはそれはとても綺麗な涙で、知りもしない感情なのに自分まで泣きそうで切なくなった。それと同時に、あんなに綺麗な涙を流すレイを捨てたクリスが理解できなかった。それなのに、今朝のようにあんなに勢いよく走らせるのだから。

何より、戻ってきてくれるだけでいい、と言わしめるクリスが何だか少し憎らしく思えて。ジョンデは小さく笑った。



( Stop ) Oh yes, wait a minute Mr Postman
( Wait ) Wait Mr Postman

Please Mr Postman look and see
If there's a letter in your bag for me
Why's it takin' such a long time
For me to hear from that boy of mine

(ちょっと待って、ミスター・ポストマン
待って、ミスター・ポストマン

ミスター・ポストマン 良く探してみて
バッグの中に 私宛ての手紙は無いかしら?
ずっと長い間待ってるのよ
彼から来る私宛ての連絡を)
"Please Mr. Postman"/Carpenters



ジョンデは歌いながら今朝のレイを思い出していた。
あれはまるで飼い主を待つ飼い犬のようだ、と。


「楽しそうだな?」
「そう?そんなことないけど」
「いや、何て言うか、歌声が弾んでたよ」
「そうかなぁ?いつも通りどけど」

カウンターでチャニョルに問われて、大袈裟に否定してみせる。

「なんかいいことでもあった?」
「うーん、」

ジョンデは考える振りをして、「どっちかって言えば悪いことかな」と笑った。

「なんだよそれ」

あはは、と大袈裟に笑うチャニョルの笑顔が好きだ。
飾らない笑みは見てる方まで楽しくなる。

「彼女でも出来たのかと思った」
「えぇー!ないよそんなの。チャニョルと違って僕モテないもん」
「そう?お前の歌聴いたら誰でもイチコロだと思うけど……」

俺が女だったら間違いなくイチコロだわ、何て言うチャニョルに喜んでいいのか悪いのか、心境はえらく複雑だ。それでも、とりあえず嫌われてはいないんだろう、などと最大限ポジティブに受け取ってみる。

「ま、そのくらいお前の歌が好きってこと」

にぃーと大きな笑顔を向けるチャニョルに釣られてジョンデも上がり気味の広角をさらに上げて笑顔を作った。


この飛び切りの笑顔だけで、幸せだ。
今はまだ、この笑顔だけがジョンデの歌う理由だから。



「ありがと」


言って笑顔を向けると、心臓の辺りがじんわりと温かくなるのが分かった。





続く
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