このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Sing a Song!

「なんだか本当に急展開だね」
「うん、まぁ」
「でも頑張って。僕はずっと応援してるよ」
「ギョンスもね」


送別会、という程かしこまったものではないにしろ、マスターや仲間たちがジョンデとレイの新しい門出を祝ってパーティーを開いてくれたのは出立の二日前の日だ。二人の友人たちが一堂に会して、皆各々に二人に声を掛けていく。ジョンデはなんだか恥ずかしいような、むず痒いような、不思議な気分だった。


「しっかし、いつのまにかくっついてるんだもんなぁ」

そんなルハンの声に皆うんうんと頷いて視線を寄越すもんだから、ジョンデは思わずレイを見やった。そんな二人を見てチャニョルとベッキョンが呼応するように口を開く。

「人生って分かんないもんだよね」
「まぁ、いいんじゃない?幸せなんだから」
「俺はヒョンに置いてかれて淋しいけどー」
「俺がいるからいいじゃーん?」
「そういう問題じゃないしー」

ふざける二人にジョンデが交ざる。

「ベッキョナ!チャニョルはあげるから君のヒョン貰うね」
「はは、ははは!」

別に気まずいことなんて無いのに、とジョンデは思うのだけど、二人が後ろめたく思っていることをジョンデは知っているのだ。週末にバーで会うことは一度たりともなかったのに、たまたま平日に行ったときに鉢合わせた馴染んだ風なベッキョンの姿。あぁ、遠慮してるんだな、とその時ジョンデは直感で思った。


「あ!そうだ!そうだ!」

ぱちんと手を叩いてチャニョルが話をすり替えるように何かを思い出して、カウンターに背を向ける。なにかなぁ、とジョンデとベッキョンも一緒に奥を覗き込んだ。

これ、と言って取り出したのは1本シャンパンボトル。「チャニョルから?」とベッキョンが聞くと「いやいや」と首を左右に振る。


「この前クリスさんが置いていったんだ。二人に渡してくれって」
「クリスが?」
「直接じゃない方がいいだろうからって」

なんだよそれ、とジョンデはそばに来たレイと顔を見合わせて、思わず二人して吹き出した。

「じゃあ遠慮なくみんなで開けよう」

ジョンデが言うと、了解、とチャニョルは人数分のグラスを用意してコルクを開けた。
ルハンが「お前らは飲むなよ」とタオとセフンに言う。不貞腐れて口を尖らせる二人を見て、みんなで笑った。


そんな中、「じゃあ俺たちからも」と声を上げたのはミンソクだ。

「これ以外あげれるもんなんてないから」

そう言って差し出された紙袋を開けると色違いのバケットハットが二つ。ジョンデは頬を上げて喜んだ。

「わぁ!嬉しいです!ありがとうございます!」
「そんなに喜んでもらえると作った甲斐があったな。レイは帽子苦手なの分かってるけど、1個くらい記念に持っててもいいだろ?」

ミンソクは悪戯っ子のように笑みを浮かべる。

「そんなことないよ、僕も嬉しい」

大事にするね、とレイも笑った。

シャンパンがセフンとタオの未成年組を除いて全員分行き届いたことを確認して、みんなで乾杯をした。その音頭はマスターがとる。


「二人の有名人への第一歩に」

「乾杯!!」


グラスを掲げて、頭を下げて、笑って。
ありがたくて胸がつまる。
なんて幸せ者なんだろうと、レイとジョンデは二人で笑った。




「ジョンデ!なんか歌えよ!」

チャニョルが野太い声で叫んだ。

「そうだよ!お金とられるようになる前に聴いとかないとね!」

ルハンが笑いながら野次を飛ばす。
レイが肩を叩いて促すので、ジョンデはギョンスに視線を向けた。

「一緒に歌おうよ!暫く出来なくなるんだから」
「え、僕……?」

うんうん、と頭を縦に振ってピアノ椅子に座る自分の横に来るように促した。
はぁ、もう。なんて仕方なそうにしながらギョンスはやって来て、ジョンデは鍵盤に指を滑らせた。



The first time
we walked under that starry sky,
there was a moment
when everything was clear.
I didn’t need to ask or even wonder why, because each question is answered
when your near and I’m wise enough to know when a miracle unfolds,
this is the last time I’ll fall in love.

(初めて二人で星空の下を歩いたとき
ある瞬間ですべてが分かったんだ
訊く必要もなかったし
不思議にすら思わなかった
君がそばにいるだけで
僕の答えはもう出てるから
奇跡が起きようとする時くらい
僕だってわかる
これが僕のする 最後の恋だって)
"The Last Time" / Eric Benet



揺ったりとしたR&Bのリズムが心地よくフロアに響く。二人で幾度も歌った歌も、歌い納めだと思えば自然に込み上げるものがあった。ギョンスの柔らかな中低音は、やっぱりすごく心地いい。この声とも当分交じれないのかと思うと、なんだか惜しいような気もした。

前に一緒に歌ったとき、ジョンインと視線を交わすギョンスを見て羨ましいと思いながらもチャニョルと視線を交わしたことを思い出した。でも今はレイがいて。レイと交わす視線は、それとは比べ物にならないほどに幸せで。新たな旅立ちに不安じゃないわけがない。でもレイが一緒なら。レイが隣にいるなら。

レイのために歌う限り、この声は渇れることがない。





「次はダンスタイムだ!」とチャニョルがDJさながら曲をかければ、今度はレイとジョンインが踊り出す。このバーには似つかわしくないような音楽も、今日だけは特別だ。

照れながらも前へ出たレイを見て、ジョンデは笑みを浮かべた。
緩く踊っていても躍動感溢れるダンス。馴染んでいるのが分かるほどに、それはレイのすべてで。全身で刻まれたリズムが身体中から溢れている。
あの日初めてレイのダンスを見て、自分も高く高く飛びたいと思ったことを思い出した。

フロアは最高に盛り上がって。そのうちにダンスをかじっているというタオとセフンも交じって。みんな各々に楽しんでいた。




「ギョンスや、」
「ん?」
「本当に、今までありがとう」
「なんだよ、急に」
「ふふ、なんとなくー」

フロアで踊るジョンインを見つめるギョンスに、そっと声をかける。腐っていたジョンデをずっと見捨てずにいてくれたただ一人の親友だ。ライバルだらけの音大で、落第者の自分を。


「きっと、君なら成功するさ」


そう呟いたギョンスの瞳は、とてもとても優しかった。





「ヒョン、よかったです」


ひとしきり踊ったレイにジョンインが声をかける。

「んー?なにが?」
「ヒョンの才能が埋もれてしまわなくて」

はは、とレイは笑った。


「アレックはずっと呼んでたんでしょ?ヒョンのこと」
「うんまぁ、そうなんだけどね」

タイミングというのは本当に不思議だとレイは思う。


「帰ってきたときはまたダンス教えてくださいね」
「なに言ってんの?ジョンインに教えることなんてないよ」
「あるって、たくさん」

あどけなく笑うジョンインはやはりまだ21歳の若者だ。


「ジョンインは海外を目指さないの?」
「うーん、まだここでやれることたくさんあるし」
「でもゆくゆくは?」


どうでしょうね、と笑ったジョンインが一瞬ギョンスへ視線を移したことにレイは気がついていたけど、そっか、とただ笑って受け流した。
夢を追い続けることが簡単じゃないことを、レイ自身が充分知っている。何かを追うためには何かを犠牲にしなければいけないと言っていたのは、同じスタジオの仲間だったテミンだ。学業を犠牲にしたテミンは今や一流ダンサーで各地を忙しく飛び回っている。レイはジョンインの将来が楽しみだと思った。


ひゃー!とかキャー!とか奇声を上げて騒ぐタオにベッキョンが引っ張られて、同じくテンションの上がったセフンにルハンが引っ張られて、最早ただのどんちゃん騒ぎだ。ふと見るとジョンデも楽しそうに交ざってて。レイはそれを微笑ましく見つめた。何をしてても可愛いと思うのは恋人の欲目だろうか。レイのにやける頬を見てジョンインは苦笑を溢した。


最後の最後にみんなで歌おうか、となってジョンデがピアノの前に座った。弾き始めた曲を聴いて、チャニョルがどこからかタンバリンを持ってくる。鍵盤の音に合わせて軽快なリズム音が鳴った。



I’m on the top of the world lookin’ down on creation
And the only explanation
I can find Is the love that
I’ve found ever since you’ve been around
Your love’s put me at the top of the world

(世界で一番高い所から見下ろしてる
その理由はただひとつ
あなたに教えてもらった愛があることよ
あなたの愛が私を世界で一番高い所に導いてくれるの)
"Top Of The World" / The Carpenters




世界で一番高いところへ、二人で────










帰り際、ジョンデはチャニョルの元へ駆けて行った。そんな姿を見送るレイの元へルハンが近寄ってくる。


「ついにロンドン行っちゃうんだな」
「うん、淋しい?」
「はは!清々する」

大口を開けて盛大に笑ったあと、うそ、とルハンは呟いた。

「淋しいに決まってんじゃん。でもレイはやっぱり行くべきだと思う」
「どうして?」
「だって、後悔してただろ?」
「うーん、どうなんだろう……」
「ま、どっちでもいいけど!」
「なにそれ!」

あはは!と二人して笑ったあと、ルハンはふとレイを見つめて口を開いた。

「でもさ、いい顔で笑うようになったよ」
「そうかな……」
「幸せそう」


ルハンがあまりにも真っ直ぐに視線を寄越すから、レイは恥ずかしくなって思わずジョンデの方を見やった。するとジョンデもちょうどレイの方を見ていて、くしゃりと笑って手を振る。レイも応えるように笑みを返した。
そんな小さなやり取りが、酷く幸せに思えた。


「帽子屋儲かったらミンソクと遊びに行くから、そん時は泊めてね」
「もちろん!」

「あ!俺も~!」


弾んだ声で抱きついてきたのは、弟のベッキョンだった。


「もちろん!みんな遊びに来て。それからベッキョナ、パパとママのことお願いね」
「まかせて!こう見えて俺、頼りになる弟だよ?」

ベッキョンが胸を張って言えば、ルハンが「どこがだよ!」と言うので、みんなして笑った。






たくさんのプレゼントを抱えてジョンデとレイは帰路についていた。
月は丸くて、繋いだ手は暖かい。


「楽しかったね」
「はい、はしゃぎすぎました」
「いいんじゃない?暫く出来ないんだから」
「そうですよね!」


ジョンデはふと立ち止まって、レイを見つめる。


「僕と行くこと……後悔してませんか?」
「どうして?」
「だって……」


みんなと離れちゃうし……


ずっと気がかりだったこと。
少しだけ、心に引っ掛かってちくりとしていた。もしかして無理矢理付いて来させようとしてしまったのではないだろうか。レイの居場所は今の場所なんじゃないだろうか。そんな気掛かりをこの一ヶ月ずっと忙しさにかまけて、見ないふりしていた。


「でもジョンデはいるでしょ?それにアレックもいるし、仲間もいる」


ロンドンにも知り合いはたくさんいるよ、とレイは笑った。


「ジョンデが心配に思うことじゃないよ。僕はまたアレックの元で踊れることになって感謝してるくらいなんだから」


レイの言葉はいつだって真っ直ぐで嘘がない。だからジョンデはいつだって信じてこれた。
だからそう、これも信じよう……
幸せな未来のために。



「そうですね!じゃあ二人で世界で一番高いところを目指しましょう!」
「うん!」


ふわりと笑った顔は、満月の明かりに照らされて、一層優しげで、楽しげで、力強さに溢れていた。

ジョンデは思う。
この笑顔と共にあれば、きっと怖いことなど何もない。







空港カウンターに着いて、出立の手続きをして。時間があるから喫茶店でも寄ろうか、とレイがジョンデの手を引く。
どこも混んでますね、なんて話していたら「ヒョーーーン!」と聞き知った声がして二人して振り返った。


「ベッキョナ!」
「ヒョン!良かった!見つかって」
「見送りいいって言ったのに」
「だってほら、大事なヒョンだしね。母さんたちにも行けって言われたから」


あはは!と元気よく笑うベッキョンの少し後ろにはチャニョルがいて、「よ!」とジョンデに向かって手をあげた。


「ありがとう、来てくれて」
「付き添いだけどな!」
「ふふ、知ってる」
「いや俺はジョンデを見送りに来たんだよ!気を付けてがんばれ!」
「ありがとう」

お別れの握手をしようとチャニョルが差し出した手は握らずに、ジョンデはそのままチャニョルに抱きついた。ふわりとまわされた腕は酔っ払って絡んだあの日以来だ。
自分のものにはならなかった優しい腕。かつて欲しくて欲しくて仕方がなかったこの腕。今は不思議な気分で、けれど穏やかにそれを受け止める。

ひひ、と笑って。


「チャニョリの作ったジントニックが飲めなくなるのはちょっと寂しいね」
「そんなの、戻ってきた時いつでも作ってやるよ」

ぽんぽんと頭を撫でられて、ジョンデはくすぐったそうに笑う。

「ありがと。ね!それより、伝えてくれた?」

チャニョルの腕から離れると、ジョンデは送別会の帰り際、チャニョルに頼んだことを思い出した。

「ん?あぁ、行くって言ってた」
「よかった」
「本当によかったのか?」
「もちろんだよ」



チャニョルとジョンデが、ベッキョンとレイが、それぞれに最後のお別れを惜しんでいたとき、ジョンデは遠くから見知った男の姿を目に止めた。

「あ、来た……」

小さく呟くと、ジョンデはチャニョルとベッキョンの腕を勢いよく掴んで、「ちょっとあっちのショップ見てきますね!」とレイに声を掛ける。
レイは急なことにぽかんと呆けて固まった。




「レイ!」


酷く懐かしい声に呼ばれて思わず振り返る。
それは反射条件のようなものだった。


「クリス!?」


なぜなら、かつての恋人がそこにいたから。

「え!どうしたの?」
「ジョンデに呼ばれてな」
「え?ジョンデ?ジョンデならさっきあっちに……」

そう言ってジョンデたちが行った方向を指差そうとした時、その手は呆気なく掴まれた。

「最後まで聞け。ジョンデに呼ばれて、お前に会いに来た」
「え……」
「ちゃんと最後に話をしろって。でないと、自分が迷惑だってさ」
「ジョンデが……?」
「あいつは俺にはいつも厳しいんだ」


はは、と笑った顔はとても懐かしかった。
愛して止まなかったクリスの笑顔。


「───すまなかった」
「え……」
「約束を破って。どんな酷い罰でも受けるよ」
「そんな、罰だなんて……」
「恨まれて当然のことをした自覚はある」


恨んだことなど一度もない。
昔ジョンデにも言った通りだ。

あの日、なにも言わずに自分の前から消えた恋人。あの部屋で……ジョンデと過ごしたあの部屋で、ずっと待っていた人。
だけど、そのお陰でレイはジョンデと知り合えた。そしてこうして念願だったロンドンへと行けるのだ。
今ならあの時より更に恨むはずなどない。


「別に、最初から恨んでなんてないよ」

呟いてレイは笑った。

「それより、」

──ジョンデと出会わせてくれてありがとう。


クリスはほっとしたように穏やかな笑みを浮かべた。その昔、暗闇から自分を救い出してくれたその人。あんなにまで頑なに想っていたのに、今はお互いに穏やかに笑い合えることが、とても不思議でそして幸せに思えた。それもきっとジョンデがいたから。


「そうか。幸せなんだな」
「うん、とっても」
「なら言い分けはしない。だから、これだけは受け取ってほしい」

そう言って渡されたのは、かつて一緒に貯めてた1冊の通帳。

「向こうでも使えるようにしといたから」
「え……」
「何かと入り用だろ?持ってて損はない」
「でも……」
「もともと半分はお前の金だったんだから気にするな」

あとの半分は餞別と慰謝料、だなんて笑うもんだから、レイは反応に困ってしまう。


「ロンドンでも頑張れよ。俺はお前のファンなんだから、ファンの期待を裏切ったら承知しないからな。あ、ジョンデのファンでもあるからジョンデにもそう言っといてくれ」

「……うん、わかった」
「幸せになれよ」
「クリスもね」


こんな風に再会できる日が来るなんて、思ってもみなかった。こんなにも穏やかに対峙できる日が来るなんて。


ゆったりと差し出されたジョンデとは違う大きな手を、レイはしっかりと握った。






「……もういいんじゃない?」
「え、まだもうちょっと様子見ようよ」
「や、でも……あ!」


ドタドタと柱の影から崩れてきた三人組を見てレイとクリスは笑う。


「ちょっと!押したの誰だよ!」
「え、俺じゃないよ」
「もー!バレちゃったじゃん!」

チャニョルとベッキョンが言い合いをしながら歩いてきて、その後ろをジョンデが笑いながら付いてくる。


「あ!クリスさんですか!?」

ベッキョンが一目散に駆け寄って声をかけて、「レイの弟のベッキョンです!」と笑顔を作った。

「ちょっと、ベッキョナ!」

引き留めるチャニョルの声も空しく、ベッキョンはクリスを繁々と観察して、ジョンデに向かって口を開いた。

「ジョンデと違ってえらいイケメンだな!」
「それが何かー!?」
「ヒョン、本当にジョンデでいいの!?」
「ちょっとー!!」

あはは!とみんなで笑うと、「ジョンデがいいんだよ」とレイは笑みを溢す。
ジョンデも幸せそうに笑い返すと、「ごちそうさまです」とベッキョンは結局苦笑した。






気づけば出立の時間は迫っていて、レイとジョンデはみんなに大きく手を降り、ゲートを潜った。




二人の未来は動き出したばっかりで。どんな未来が待っていようと、繋いだこの手さえ離さなければ、どんなことだって乗り越えられる。



さぁ、歌おう!
愛する人のために!





Sing
Sing a song

Let the world sing along
Sing of love there could be
Sing for you and for me

(歌おう
歌を歌おう

世界中のみんな一緒に
ありったけの愛の歌を歌おう
あなたと私のために歌おう)
"Sing" / The Carpenters





おわり
12/16ページ
スキ