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繋がる、伝わる

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弟・ジョンデ

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『チャニョルと付き合うことにした』


そう言ったときのベッキョンの顔は、何だか複雑な表情を浮かべていた。


僕は、そっか!よかったね!って笑って抱き締めて、ちょっとだけ淋しい気がしたけど気にしないことにして喜んだ。

だってそれが正しい道で、進むべき方向だもの。
僕はベッキョンの幸せを誰よりも願ってるし、それを叶えてくれるのがあのチャンニョリなら何の問題もない。アイツは絶対にベッキョニを傷つけたりしないから。


「先輩!ベッキョンにね、恋人ができたんです!」
「お兄さん?」
「そう!僕も知ってるヤツですごくいいヤツだから嬉しくて!」
「そっか。ジョンデくんが嬉しいなら僕も嬉しいよ」


イシン先輩は綺麗な笑顔を浮かべながら抱き締めて喜んでくれた。


「これで僕だけの妖精さんになった」
「ふふ、なんですかそれ」
「ひみつ」


僕も先輩の背中に腕をまわす。
やっぱり、ベッキョニとは違う体温。


「僕はね、意外と嫉妬深いんだ」
「えー?そうなんですか?」
「そう。だから気を付けて」
「気を付けるって、何の心配があるっていうんですか」
「分からないならいいんだけどさ……できれば一生分からないでいて欲しいし……」
「もー!やっぱり先輩は3.5次元ですね!」


あはは、と笑うとそっと重ねられる唇。
甘くて、溶けそうで、幸せになる。

僕も、ベッキョンも、みんな幸せで僕は本当に幸せだと思った。





***


幸せだと思ったよ。
その時は本当に。

だってこんなことになるなんて知らなかったし。



「明日から朝チャニョリと一緒に行くから」
「え……?」


ベッキョンは僕に冷たくなった。
あのベッキョンが。


何よりも誰よりもずっと僕を一番に優先してくれていたベッキョンが。僕よりもチャンニョリを選ぶようになったんだ。

夜ベッキョニの布団に潜り込んだときも「チャニョリに悪いから出て」って冷たい声で言われて、抱きつこうとしてもさらりと交わされた。

チャンニョリと付き合い始めたんだから当たり前か!って頭では分かっているのに淋しくて。
だって付き合い始めたからって僕たちが離れなきゃいけない理由なんてないはずでしょ?


僕たちは繋がってるはずなんだから。





***



「ねぇ、先輩はいつからピアノ始めたんですか?」


いつもの放課後、僕は習慣のように音楽室で先輩との時間を過ごす。
晴れない心は、先輩といれば少しだけ楽になる。


「んー、小学校に入ったときかな。友達に誘われて」
「へぇ!あ!ベッキョニもね、小学校からテコンドーやってるんですよ!」


真新しい胴着を着た小さなベッキョニを思い出して思わず笑みが溢れた。


「始めた理由分かります?」
「うーん、なんだろう……なに?」
「ふふ。僕を守るためです。可愛いでしょ?僕どんくさかったから小学校に入ったらいじめられて。それでそいつらやっつけるのにって始めたんですよ!しかもすごいのが、始めて1ヶ月も経たないうちにそのいじめっ子やっつけちゃったんです!」
「へぇ、すごいね!」
「はい!なんと相手は倍くらい体の大きい子なんですよ!でもその時相手の子怪我しちゃって、僕と母さんと3人で謝りに行ったんです。それなのにベッキョニ全然謝らなくて。それどころか『だってこいつがジョンデいじめるから!』って言い出して。仕方ないから僕と母さんと二人ですっごい謝ってやっと許してもらったんです」
「はは、可愛いね」
「はい!でもそのあとお父さんとテコンドーの師範にすっごい怒られてましたけどね。それで可哀想でまた僕が必死に謝ったっていうエピソードつきです」


くくく、と笑えば「ホント仲いいんだねぇ」なんて先輩はのんびりと笑う。


「そりゃあ双子ですから!」
「何だっけ……分身?」
「そうです!分身!」


僕の分身───、半身のベッキョナ。




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兄・ベッキョン

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チャニョルと付き合い始めて、何が変わったかと言われれば何も変わってない。

要するに、まだ何も分からないままだ。


ただ、ジョンデから切り離された日常は、酷く楽に思えた。苦しくて、歯痒くて、しんどかった毎日。そりゃあ家では顔を合わせるけど、前ほど濃くはない。
あいつに触れてしまえば忽ちにあの感情が蘇りそうで、そうした接触を断ってるってのもひとつの理由。

こんなにずっとアイツの体温を感じないでいることなんて、生まれてこのかた一度もなかった。
俺の中のジョンデへ繋がる回線も切ってるので、本当に切り離されている。
たまに発作のようにジョンデの眠る布団に手を伸ばしそうになって、そういう時はチャニョルにメッセージを飛ばした。





「あ、ジョンデのお兄さん……?」


職員室からの帰り、廊下で呼ばれて振り返ると、そこにいたのは今一番会いたくない人だった。ジョンデに触れることが許されてる人。


「あ……どうも……」


人見知りなんてしない俺がどうしても苦手な人だ。
その目で見られると、俺が必死に隠してる邪な気持ちなんてあっさりと見透かされてそうで、怖くて反らしたくなる。


「ジョンデがねぇ、いつも君の話してるから、なんか僕も知り合いな気がしちゃって」
「そうなんですか……」
「ジョンデと双子だなんてズルいなぁって」
「そうですか……?」
「うん、僕が双子になりたかったよ!なんてね」


俺はあなたになりたかった───


なんてね……



「ベッキョナー!終わったー?」


チャニョルに呼ばれて我に返った俺は、先輩に頭を下げて逃げるようにその場を離れた。


「知り合い?」
「あー……ジョンデの先輩」
「あぁ!あの人なんだ」
「知ってんの?」
「まぁイケメンだし、わりと有名」
「そうなんだ……」


有名人なのか……俺ホント何にもしらねぇや。


「まったく、すごい双子だな!」
「は?なんで?」
「だって校内の二大アイドル捕まえちゃってんじゃん!」
「二大?」
「そ!俺とあの先輩!」


おどけて笑うチャニョルをどついて二人して笑った。
そうやって、チャニョルはいつだって俺を笑わせてくれる。ありがたくて……少し申し訳ない。ホントなら可愛い子と並んで歩いてるはずのヤツなのに……


「そういえばさ、お前好きな人いるんじゃなかったっけ?」


誰に告られたって瞬殺してしまうような、考える隙もないような、そんな好きな人……いるんじゃなかったのかよ。


「それ今言う?」
「だって、俺とこんなことしてたら、上手くいくもんも上手くいかなくなっちゃうじゃん」
「あぁー、いいんだよ別に。元々上手くいかないものだから」
「ふーん……」


人妻とか!?なんて笑うと、違うし!とチャニョルも笑った。


チャニョルに想われるやつはきっと幸せだ。




「上手くいきそうになったらいつでも言えよ?綺麗に身引いてやるから」
「はは、そうなるといいね」


チャニョルのこぼれ落ちそうなほど大きな目は、少しだけ悲しそうに見えた。

なぁチャニョラ、俺たちってもしかして似た者同士なのか?


叶うことのないジョンデへの想いがふわりと蘇って、心臓がつきんと痛んだ。


「今日さ、帰りどっか寄ってく?」
「部活あるけど」
「そのあと!」
「うーん、ゲーセンなら!こないだの続きしようぜ!」
「りょーかい!」


俺は、チャニョルを好きになりたい。



***



「お待たせー!」
「おつかれー!」


部活が終わって急いでチャニョルの元へ走った。髪ボサボサじゃん!なんて笑いながら頭を撫でられて、びくりと肩が震えた。チャニョルはそんな俺を見て可笑しそうに笑った。


「……なんだよ」
「別に。可愛いなぁと思って」
「バーカ」
「いいじゃん、恋人のこと可愛いと思ったって」
「お試しだろ」
「いいのいいの」


そう言ってチャニョルはにやりと笑うとキョロキョロと辺りを見回して、がばりと俺を抱き締めた。

心臓がとくりと跳ねる。


「……なにこれ」
「まぁまぁ、いいから」
「……よくない。誰かに見られたらどうすんだよ」


お前の好きなヤツとかさぁ。


「誰もいないって」


ぎゅっと力を込められて伝わった体温に、俺はあろうことかジョンデを思い出して、じわりと泣きそうになった。


もうずっと、あいつに触ってない。



溢れだすこの感情の正体を、ジョンデは勘違いだって言ったけど、じゃあなんでこんなにも溢れだしてくるんだよ。

溢れて溢れて、流れ出すこの感情の正体を、お前は分かってるっていうのかよ。
俺がお前のことを、好きで好きでどうしようもないこの感情をさぁ。


チャニョルに抱き締められながら、ジョンデを想った。

流れた涙はチャニョルの制服に吸いとられて。ゆっくりと撫でられる背中の手があまりにも温かくて、俺はしばらく動くことすらできなかったんだ。





「……ごめん」


ぐすんと啜った鼻水の音で、泣いてたことなんてきっとバレバレだ。いや、その前に震える肩とこの真っ赤な目でバレてるな。


「大丈夫……?」
「……うん」


チャニョルの前で泣くのは二度目だ。
一度目はジョンデがあの先輩とキスしてるのを見たとき……
思い出すとさらに涙が滲んだ。
鼻の奥がツンとする。


「ベッキョナ……」


チャニョルの低い声に呼ばれて見上げると、ゆっくりと伸ばされる手。
滲む涙を親指で拭われて、大きな手は俺の頬を包み込んだ。

見つめられる大きな目は、やっぱり今も泣きそうで。


だから何でお前が泣きそうなんだよ……



ピンと張った空気は、ずしりとした重さで纏わりつく。



ゆっくりと顔が寄ってきて、徐々に閉じられる瞳に釣られるように、俺の瞼も閉じていく。
ゆっくりと唇が塞がれた。


この前とは全然違うキス。


触れてるだけなのに、チャニョルが俺をホントに好きなんじゃないかって勘違いしそうになるような、そんなキス。


するりと流れた涙は、なんの涙なんだろう……






ガタンッ!と音がして、慌てて離れた。
誰かに見られたかもと思うと、ぶわっと嫌な汗が一気に吹き出る。

チャニョリと視線を合わせたあと同時に音のした方を見やったけど、そこにはもう誰もいなかった。


嫌な予感が胸を覆う。


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