繋がる、伝わる
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友人・チャニョル
-----------
兄は、俺のことを「チャニョル」と呼ぶ。
弟は、俺のことを「チャンニョル」と呼ぶ。
まぁ俺はどっちだっていい。家族だって姉は「チャニョル」と呼ぶし、母は「チャンニョル」と呼ぶからどっちでもいいんだけど。
どちらかというと「チャンニョル」と呼ばれる方が好きかなって前にとりとめのない話の合間に言ったことをジョンデは覚えていて、それできっと「チャンニョル」と呼ぶんだなと思う。
ま、そんなやつだ。弟は。
兄の方は、そんな細かいこといちいち覚えてるわけないじゃん、俺の脳みそお前のためだけに使う訳じゃないし。とか平気で言うタイプ。
で、どっちに惚れちゃったかというと、兄・ベッキョンの方だ。
クラスが同じで一緒にいる機会が多いから、なんて言ってしまえばそれまでだけど、俺はベッキョンの不器用な優しさがことのほか好きだったりする。
必死に弟を守ろうとする姿だとか、必死に弟の面倒をみる姿だとか、必死に弟のことで悩む姿だとか。
弟絡みが多いのはベッキョンが弟バカだから、仕方ない。ジョンデのことになると何もかも歯止めが効かなくなるのだ。
まぁ、そこも可愛いんだけど。
で、その弟曰く、「ベッキョンはチャンニョリが好き」らしい。
らしい、というのはベッキョン自身が「らしい」と言っていたから。本人から「好きだ」と言われたわけではない。
ベッキョンは弟君のことが、「そういう意味」で好きだと思う。そして、弟君はイシン先輩という人と付き合っている。らしい。
これまた「らしい」というのは、振られた、という話を物凄く遠回しに聞いたから。でも納得なんかできないって話と一緒に。
で、俺はベッキョンが「そういう意味」で好きだから、俺のライバルは双子の弟ということになる。
勝算は、あまり期待していない。ただベッキョナが笑っててくれればそれで満足だから。
ベッキョナが辛そうな顔をしてるときや、SOSを出したときはいつでも駆け付けて笑顔にするのが、正にパッピーウイルスである俺の仕事だ。はは!
「あれ?こんな時間にどうしたの?」
放課後、階段を降りてくるギョンスを見つけて、思わず声を掛けた。
「ちょっと担任に呼ばれて」
「そっか!」
「君こそ、こんなところで何してるの?」
こんなところ、とは購買の隣に並ぶ自販機の前。
「うん、ベッキョニの部活終わるの待ってんの」
懲りないね、とギョンスは笑う。
ギョンスとは別に友達って訳でもないけど、ジョンデの友達なのでなんとなく友達だ。
友達の友達はみんな友達、の法則。
「暇なら話し相手してよ」
飲み物奢るから、と言うと、じゃあフルーツ牛乳、と返事が来たので嬉々として小銭を投下した。
ガコンと音がして黄色いパックのフルーツ牛乳が落ちてくる。それをギョンスに渡して、俺は急かさず自分のイチゴ牛乳を押した。
自販機の前のベンチに腰掛けて、パックからストローを取り外すと、その切っ先をかじりながら伸ばした。狙いを定めてブツンと突き刺さす。冷えたイチゴ牛乳が喉を通って、胃に収まる。思わず笑顔になった。
隣を見るとギョンスも僅かに笑みを浮かべていて、うん、満足だ。
「あれ?そういえばジョンデは?」
「あぁー、ジョンデは、ほら、」
言葉尻を濁して言えば、勘のいいギョンスはすぐに気づいて「あぁ」と溢した。
「それで君が待ってるの?」
「まぁ……」
「確認なんだけどさ、君たちって付き合ってる?」
「いや?」
「そう……」
付き合ってるどころか、多分ベッキョニは俺がベッキョニのことを好きなことも知らない。それでもいいと思っているけど。
「ま、弟離れの手伝いってとこかな」
「弟離れ、ね」
ふーん、なんて澄ましてフルーツ牛乳を飲みきるとギョンスは立ち上がって「じゃあ」と帰っていった。
きっちりフルーツ牛乳一本分だな、なんて思って苦笑した。
「よぅ!おまたせ!」
「あぁ、おつかれ」
部室棟の方から部活を終えたベッキョンがやって来て、連なって昇降口へと出た。正面玄関から校舎の脇に出て自転車を取りに行って、校門を出て少ししたところでベッキョンが後ろに跨がる。
ベッキョンの自転車は帰りは弟に明け渡してるので、最近はこのスタイルが定着した。
弟君はもう帰っただろうか。
それともまだ音楽室かな。
「あー疲れたぁ」
「はは!お疲れお疲れ!よくやってるよなぁ」
「ほんとだよ。もっと褒めろ」
「わぁー!すごいです!ベッキョン様!」
わはは、と笑いながらベッキョンを送り届ける。この日常は、俺が手に入れたかったもののうちのひとつ。
チャニョラー、なんて言いながらベッキョンはべったりと背中に寄りかかって。伝わる体温は、本当はいつでも少しくすぐったい。
「なぁー、」
「んー?」
「やっぱりさぁ、」
「うん」
「付き合ってたら、キスとか当たり前にすんだよなぁ……」
「え?あっ!!わぁ!ごめん!」
急な問いかけに、ハンドルがぐらついた。
おい!ちゃんと運転しろ、とか言われながらいつかのようにべしんと背中を叩かれる。
「ごめんごめん!」
「なんかやだなぁ……あの先輩、手早そうだし」
「そうなの?」
「うん……」
あらら。ベッキョンはすっかり落ち込みモードだ。まぁ、前にも一度衝撃の現場を見ちゃってるので仕方ない。あのときの荒れ様といったら凄かった。なんて思い出して少しの溜め息。
「なぁ、する?俺らもしてみる?」
キュッとブレーキをかけて停まり振り向いて伝えれば、ベッキョニは不思議そうな顔で「なにを?」とこぼした。
「だから、キス」
「は?するかバカ」
「ですよねー。はは」
ま、わかってたけど。
ちょっとだけ期待しちゃった自分がバカみたいで、あはは、なんて笑いながら前を向き直してペダルに足を掛けた。なのに。
「……や、でも、」
──してみっか。
考え込むようにベッキョンが呟くので、結局また慌てて振り向いた。
「え?」
「や、だから、まぁ。すればなんか分かるかもしれないし……」
「あー、」
なんか理由が残念な感じ。
「うーん……」
「ダメ?」
「いやぁ、ダメって訳じゃないけど……」
いいんだろうか、こんなノリでキスなんかしちゃって。と思うのはきっと間違いじゃないはず。自分から話振っといてナンだけど。
「あーもー!どっちだよ!するのか、しないのか」
はっきりしろ!なんて煮え切らない俺の背中を叩かれてしまえば、流石に答えはひとつだった。
「え?や!し、します!させてください!」
「はは!なんだそれ」
「だって……」
ベッキョンは笑いながらぴょんと自転車の荷台から降りると、その脇に立った。俺も自転車のスタンドを立てて、ベッキョンの方を向く。
あれ?こんなに小さかったっけ?なんて少し不思議に思った。
「どうすればいい?」
「あー、じゃあ目瞑って」
了解、と呟いてベッキョンは垂れ目の瞼を閉じた。
これはチャンスなのかな。
それとも……
目を瞑った表情からでもワクワクしてるのが伝わって、なんだか妙に複雑だ。
だってこれは、恋人のキスじゃ、ない。
「なぁ、そういえば、チャニョリってそもそもキスしたことあんの?」
目を瞑ったままベッキョンが口を開く。
「まぁ。」
「ふーん。なぁ、それより、まーだー?」
「あ、あぁ、ごめん!」
かくして俺は、よく分からずも押しきられるようにベッキョンにキスをした。
いつもぺらぺらとよく動く唇は、思っていたよりもずっと、やわらかだった。
---------
兄・ベッキョン
---------
キスなんて、意外と普通だった。
普通に唇と唇がくっついただけ。なんかもっとドキドキしてパラダイスみたいなのを想像してたけど、案外普通。むにって感じ。
あー、なのになんでこんなにモヤモヤしてるんだろう。
ただいま、とジョンデが帰ってきた声が聞こえて、いつもの足音で階段を昇る音がする。
きっと目を瞑ってたって分かる。ジョンデの足音。俺はそれをベッドに寝転びながら聞いていた。
「ベッキョナー、ただいまー!」
「んー、おかえりー」
ごろごろと寝転がりながら携帯ゲームに興じる俺を横目に、ジョンデは鞄を下ろし着替え始めた。今日もやっぱり、健やかだ、と思う。真っ直ぐで、健全だ。
それなのに、あの先輩とはキスとかしてるんだよなぁ、なんて俺の思考は物凄く不健全なことを考える。
ま、キスなら俺も今日したし。
どうってことなかったそれを思い出して、心臓がむず痒くなった。
「ベッキョナ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ボーッと考えながらジョンデを見ていた視線を慌てて反した。
「なぁ、」
「んー?」
「その……お前なんであの人と付き合おうと思ったの?」
「あぁ、イシン先輩?」
「そう」
「うーん……何でだろう?好きだと思ったから?」
「なにそれ。他にないのかよ」
「他にっていったって、それが一番重要でしょ?」
「まぁ、そうだけど」
変なベッキョナ、って言ってジョンデは笑った。
「その……不安とか迷いとか、なかった?」
「うーん、だって僕も好きだと思ったし」
「ふーん。なんか簡単なんだな……」
「そんなもんでしょ」
「そっか……」
好きだと思ったから、なんて言い切れるジョンデが正直少し羨ましかった。
俺だってお前が好きだったのに……
「あ!!もしかしてチャンニョリと付き合うことにしたの!?」
「は!?」
不意の質問に驚くと「もしかして図星?」なんて笑われて、イライラなのかモヤモヤなのか、黒い感情が覆う。
「だーかーらー、ベッキョナはチャンニョリと付き合うべきなんだって!」
ジョンデヤ、俺お前のこと好きだって言ったよな?あの先輩と付き合って浮かれて忘れちゃったのかよ。俺がお前にキスしようとしたこと。押し倒したこと……
「……風呂入ってくるわ」
むしゃくしゃした感情を引き連れて、俺は部屋をあとにした。
***
風呂に入りなから考え事をするのは、もはや癖のようになってきた。
考えることはいつも同じ。
あの時ジョンデが言ったこと。
別の気持ちって何だろう……
ジョンデの中にある先輩を好きな気持ち。
俺の中にあるチャニョリに対する気持ち。
ジョンデの中にある俺を好きな気持ち。
俺の中にあるジョンデを好きな気持ち。
どう違って、どうだったら正解なんだ。
どうだったらジョンデは分かってくれる?
どれだけ考えても分からなくて、結局いつも考えるのを放棄してしまう。
俺はチャニョリが好きだって言うけど、どういう気持ちが正しい好きなのか分からない。
キスしたって分からなかった。
ただひとつ分かることは、ジョンデにとって俺は、兄以上の存在にはなれないってこと。
双子なんて、結局はただの兄弟だ。
---------
友人・チャニョル
---------
朝一番にベッキョンからLINEが来て一気に眠気が吹っ飛んだ。
"お前、俺と付き合う気ある?"
昨日のキスを思い出して寝るに寝られず明け方まで布団の中でゴロゴロとしていて、明け方少しだけ眠って、眠いなぁなんて欠伸をかましていた俺は、その一文に思わずスマホを手から落とした。
ピロンっと尚も音が鳴って、"どうなんだよ"とアイツらしい文章で急かされる。
"とりあえず、学校行って話そう"
そう返すのがやっとだった。
一体、昨日から俺の身には何が起こっちゃってるんだろう。こんなの……青天の霹靂だ!
とにかく俺は急いで学校へ向かった。
「……お、おはよ!」
教室に入ってきたベッキョンに大きく手を振ると、いつもの顔で……いや、いつもより少し元気無さそうな顔で、ベッキョンはこっちを見た。
バクバクと跳ねる心臓に寝不足も相まって、俺の脳ミソはふわふわと揺れる。
「おぉ……」
「ベッキョナ、今朝のやつだけど……」
「うん」
「どういう意味?」
「どうって、そのままの意味に決まってんだろ」
「それは分かるけど……急だったから。何かあった?」
そうは言っても大方予想はついてるんだ。
ベッキョニを動かすのはいつだって弟君なんだから。
「別に、なんもないけど……いくら考えたって分かんないから」
「分かんない?」
「お前と付き合ったら何か分かんのかなって……昨日キスしてもやっぱり分かんなかったから……ジョンデがさ、お前と付き合うべきだって言うんだよ」
あぁ、やっぱりジョンデだ。
「俺の分かんないことが、あいつには分かるみたい。だから……」
「そっか。じゃあさ、」
───お試しで付き合ってみる?
我ながらバカなことを言ったと思う。
そんなことは分かってるんだ。
でもさ、そもそも弟バカで弟君を好きなベッキョニを好きになっちゃったんだから、仕方ないと思うんだよね。最初から勝算なんて無かったんだから。だからベッキョニが頼りたいって思ってくれるなら、その手を掴むのが俺の役目じゃん?
勝てないものの大きさに嘆いたって仕方ないんだ。
あぁー、俺やっぱバカなのかなぁ。
「お試し……?」
「そう。お互いにダメだと思ったらすぐに言うこと」
「お前そんなんでいいのかよ」
「俺?俺はほら、大好きなベッキョニの力になれるなら大歓迎だし!」
「……好きでもないのに?」
「どっちが?」
「どっちも」
「だから、俺はベッキョニのこと大好きだっていつも言ってんじゃん!」
「そういう好きじゃなくて……!」
そういう好きなんだけどな、とはまだ言えなくて。
「ま、いいじゃん!リハビリだよ」
そう言って笑うと、ベッキョンはホッとした様に肩の緊張を解いた。
「キスした責任とらなきゃ!」
「バーカ」
付き合いだしたからって、俺たちの関係は変わらない。まぁ、お試しだし。それでもベッキョンの隣を許されたようで俺は嬉しかった。
昼休み、当たり前に昼飯を一緒に食べること。放課後、当たり前に待って一緒に帰ること。今までだってしてたけど、少しだけ特別な気がする。それが俺だけの感情だったとしても、すぐに終わりを迎えるとしても、今だけは楽しみたい。
優しくてナイーブなベッキョンの隣を。
***
「チャニョラー」
「んー?」
「今日部活休みだって」
顧問の病欠って意味わかんねぇよな!と笑うベッキョンに「じゃあデートする?」と問えば、妙に頬を染めるので勘違いしそうになった。
「たまにはパーっと遊ばないと!」
「……だな!ゲーセン行こう、ゲーセン!」
「おぅ!」
ベッキョンが俺といて笑ってくれるだけで本当に幸せになるから、簡単な幸せだなぁと思う。最近は気を使ってか、ベッキョンもジョンデの話をしなくなった。何日か前からは、朝の登校も俺としてる。
ひとつずつゆっくりと近づければいい。
それで、ちゃんと特別になれたとき俺の気持ちを言おうと思う。
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友人・チャニョル
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兄は、俺のことを「チャニョル」と呼ぶ。
弟は、俺のことを「チャンニョル」と呼ぶ。
まぁ俺はどっちだっていい。家族だって姉は「チャニョル」と呼ぶし、母は「チャンニョル」と呼ぶからどっちでもいいんだけど。
どちらかというと「チャンニョル」と呼ばれる方が好きかなって前にとりとめのない話の合間に言ったことをジョンデは覚えていて、それできっと「チャンニョル」と呼ぶんだなと思う。
ま、そんなやつだ。弟は。
兄の方は、そんな細かいこといちいち覚えてるわけないじゃん、俺の脳みそお前のためだけに使う訳じゃないし。とか平気で言うタイプ。
で、どっちに惚れちゃったかというと、兄・ベッキョンの方だ。
クラスが同じで一緒にいる機会が多いから、なんて言ってしまえばそれまでだけど、俺はベッキョンの不器用な優しさがことのほか好きだったりする。
必死に弟を守ろうとする姿だとか、必死に弟の面倒をみる姿だとか、必死に弟のことで悩む姿だとか。
弟絡みが多いのはベッキョンが弟バカだから、仕方ない。ジョンデのことになると何もかも歯止めが効かなくなるのだ。
まぁ、そこも可愛いんだけど。
で、その弟曰く、「ベッキョンはチャンニョリが好き」らしい。
らしい、というのはベッキョン自身が「らしい」と言っていたから。本人から「好きだ」と言われたわけではない。
ベッキョンは弟君のことが、「そういう意味」で好きだと思う。そして、弟君はイシン先輩という人と付き合っている。らしい。
これまた「らしい」というのは、振られた、という話を物凄く遠回しに聞いたから。でも納得なんかできないって話と一緒に。
で、俺はベッキョンが「そういう意味」で好きだから、俺のライバルは双子の弟ということになる。
勝算は、あまり期待していない。ただベッキョナが笑っててくれればそれで満足だから。
ベッキョナが辛そうな顔をしてるときや、SOSを出したときはいつでも駆け付けて笑顔にするのが、正にパッピーウイルスである俺の仕事だ。はは!
「あれ?こんな時間にどうしたの?」
放課後、階段を降りてくるギョンスを見つけて、思わず声を掛けた。
「ちょっと担任に呼ばれて」
「そっか!」
「君こそ、こんなところで何してるの?」
こんなところ、とは購買の隣に並ぶ自販機の前。
「うん、ベッキョニの部活終わるの待ってんの」
懲りないね、とギョンスは笑う。
ギョンスとは別に友達って訳でもないけど、ジョンデの友達なのでなんとなく友達だ。
友達の友達はみんな友達、の法則。
「暇なら話し相手してよ」
飲み物奢るから、と言うと、じゃあフルーツ牛乳、と返事が来たので嬉々として小銭を投下した。
ガコンと音がして黄色いパックのフルーツ牛乳が落ちてくる。それをギョンスに渡して、俺は急かさず自分のイチゴ牛乳を押した。
自販機の前のベンチに腰掛けて、パックからストローを取り外すと、その切っ先をかじりながら伸ばした。狙いを定めてブツンと突き刺さす。冷えたイチゴ牛乳が喉を通って、胃に収まる。思わず笑顔になった。
隣を見るとギョンスも僅かに笑みを浮かべていて、うん、満足だ。
「あれ?そういえばジョンデは?」
「あぁー、ジョンデは、ほら、」
言葉尻を濁して言えば、勘のいいギョンスはすぐに気づいて「あぁ」と溢した。
「それで君が待ってるの?」
「まぁ……」
「確認なんだけどさ、君たちって付き合ってる?」
「いや?」
「そう……」
付き合ってるどころか、多分ベッキョニは俺がベッキョニのことを好きなことも知らない。それでもいいと思っているけど。
「ま、弟離れの手伝いってとこかな」
「弟離れ、ね」
ふーん、なんて澄ましてフルーツ牛乳を飲みきるとギョンスは立ち上がって「じゃあ」と帰っていった。
きっちりフルーツ牛乳一本分だな、なんて思って苦笑した。
「よぅ!おまたせ!」
「あぁ、おつかれ」
部室棟の方から部活を終えたベッキョンがやって来て、連なって昇降口へと出た。正面玄関から校舎の脇に出て自転車を取りに行って、校門を出て少ししたところでベッキョンが後ろに跨がる。
ベッキョンの自転車は帰りは弟に明け渡してるので、最近はこのスタイルが定着した。
弟君はもう帰っただろうか。
それともまだ音楽室かな。
「あー疲れたぁ」
「はは!お疲れお疲れ!よくやってるよなぁ」
「ほんとだよ。もっと褒めろ」
「わぁー!すごいです!ベッキョン様!」
わはは、と笑いながらベッキョンを送り届ける。この日常は、俺が手に入れたかったもののうちのひとつ。
チャニョラー、なんて言いながらベッキョンはべったりと背中に寄りかかって。伝わる体温は、本当はいつでも少しくすぐったい。
「なぁー、」
「んー?」
「やっぱりさぁ、」
「うん」
「付き合ってたら、キスとか当たり前にすんだよなぁ……」
「え?あっ!!わぁ!ごめん!」
急な問いかけに、ハンドルがぐらついた。
おい!ちゃんと運転しろ、とか言われながらいつかのようにべしんと背中を叩かれる。
「ごめんごめん!」
「なんかやだなぁ……あの先輩、手早そうだし」
「そうなの?」
「うん……」
あらら。ベッキョンはすっかり落ち込みモードだ。まぁ、前にも一度衝撃の現場を見ちゃってるので仕方ない。あのときの荒れ様といったら凄かった。なんて思い出して少しの溜め息。
「なぁ、する?俺らもしてみる?」
キュッとブレーキをかけて停まり振り向いて伝えれば、ベッキョニは不思議そうな顔で「なにを?」とこぼした。
「だから、キス」
「は?するかバカ」
「ですよねー。はは」
ま、わかってたけど。
ちょっとだけ期待しちゃった自分がバカみたいで、あはは、なんて笑いながら前を向き直してペダルに足を掛けた。なのに。
「……や、でも、」
──してみっか。
考え込むようにベッキョンが呟くので、結局また慌てて振り向いた。
「え?」
「や、だから、まぁ。すればなんか分かるかもしれないし……」
「あー、」
なんか理由が残念な感じ。
「うーん……」
「ダメ?」
「いやぁ、ダメって訳じゃないけど……」
いいんだろうか、こんなノリでキスなんかしちゃって。と思うのはきっと間違いじゃないはず。自分から話振っといてナンだけど。
「あーもー!どっちだよ!するのか、しないのか」
はっきりしろ!なんて煮え切らない俺の背中を叩かれてしまえば、流石に答えはひとつだった。
「え?や!し、します!させてください!」
「はは!なんだそれ」
「だって……」
ベッキョンは笑いながらぴょんと自転車の荷台から降りると、その脇に立った。俺も自転車のスタンドを立てて、ベッキョンの方を向く。
あれ?こんなに小さかったっけ?なんて少し不思議に思った。
「どうすればいい?」
「あー、じゃあ目瞑って」
了解、と呟いてベッキョンは垂れ目の瞼を閉じた。
これはチャンスなのかな。
それとも……
目を瞑った表情からでもワクワクしてるのが伝わって、なんだか妙に複雑だ。
だってこれは、恋人のキスじゃ、ない。
「なぁ、そういえば、チャニョリってそもそもキスしたことあんの?」
目を瞑ったままベッキョンが口を開く。
「まぁ。」
「ふーん。なぁ、それより、まーだー?」
「あ、あぁ、ごめん!」
かくして俺は、よく分からずも押しきられるようにベッキョンにキスをした。
いつもぺらぺらとよく動く唇は、思っていたよりもずっと、やわらかだった。
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兄・ベッキョン
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キスなんて、意外と普通だった。
普通に唇と唇がくっついただけ。なんかもっとドキドキしてパラダイスみたいなのを想像してたけど、案外普通。むにって感じ。
あー、なのになんでこんなにモヤモヤしてるんだろう。
ただいま、とジョンデが帰ってきた声が聞こえて、いつもの足音で階段を昇る音がする。
きっと目を瞑ってたって分かる。ジョンデの足音。俺はそれをベッドに寝転びながら聞いていた。
「ベッキョナー、ただいまー!」
「んー、おかえりー」
ごろごろと寝転がりながら携帯ゲームに興じる俺を横目に、ジョンデは鞄を下ろし着替え始めた。今日もやっぱり、健やかだ、と思う。真っ直ぐで、健全だ。
それなのに、あの先輩とはキスとかしてるんだよなぁ、なんて俺の思考は物凄く不健全なことを考える。
ま、キスなら俺も今日したし。
どうってことなかったそれを思い出して、心臓がむず痒くなった。
「ベッキョナ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
ボーッと考えながらジョンデを見ていた視線を慌てて反した。
「なぁ、」
「んー?」
「その……お前なんであの人と付き合おうと思ったの?」
「あぁ、イシン先輩?」
「そう」
「うーん……何でだろう?好きだと思ったから?」
「なにそれ。他にないのかよ」
「他にっていったって、それが一番重要でしょ?」
「まぁ、そうだけど」
変なベッキョナ、って言ってジョンデは笑った。
「その……不安とか迷いとか、なかった?」
「うーん、だって僕も好きだと思ったし」
「ふーん。なんか簡単なんだな……」
「そんなもんでしょ」
「そっか……」
好きだと思ったから、なんて言い切れるジョンデが正直少し羨ましかった。
俺だってお前が好きだったのに……
「あ!!もしかしてチャンニョリと付き合うことにしたの!?」
「は!?」
不意の質問に驚くと「もしかして図星?」なんて笑われて、イライラなのかモヤモヤなのか、黒い感情が覆う。
「だーかーらー、ベッキョナはチャンニョリと付き合うべきなんだって!」
ジョンデヤ、俺お前のこと好きだって言ったよな?あの先輩と付き合って浮かれて忘れちゃったのかよ。俺がお前にキスしようとしたこと。押し倒したこと……
「……風呂入ってくるわ」
むしゃくしゃした感情を引き連れて、俺は部屋をあとにした。
***
風呂に入りなから考え事をするのは、もはや癖のようになってきた。
考えることはいつも同じ。
あの時ジョンデが言ったこと。
別の気持ちって何だろう……
ジョンデの中にある先輩を好きな気持ち。
俺の中にあるチャニョリに対する気持ち。
ジョンデの中にある俺を好きな気持ち。
俺の中にあるジョンデを好きな気持ち。
どう違って、どうだったら正解なんだ。
どうだったらジョンデは分かってくれる?
どれだけ考えても分からなくて、結局いつも考えるのを放棄してしまう。
俺はチャニョリが好きだって言うけど、どういう気持ちが正しい好きなのか分からない。
キスしたって分からなかった。
ただひとつ分かることは、ジョンデにとって俺は、兄以上の存在にはなれないってこと。
双子なんて、結局はただの兄弟だ。
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友人・チャニョル
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朝一番にベッキョンからLINEが来て一気に眠気が吹っ飛んだ。
"お前、俺と付き合う気ある?"
昨日のキスを思い出して寝るに寝られず明け方まで布団の中でゴロゴロとしていて、明け方少しだけ眠って、眠いなぁなんて欠伸をかましていた俺は、その一文に思わずスマホを手から落とした。
ピロンっと尚も音が鳴って、"どうなんだよ"とアイツらしい文章で急かされる。
"とりあえず、学校行って話そう"
そう返すのがやっとだった。
一体、昨日から俺の身には何が起こっちゃってるんだろう。こんなの……青天の霹靂だ!
とにかく俺は急いで学校へ向かった。
「……お、おはよ!」
教室に入ってきたベッキョンに大きく手を振ると、いつもの顔で……いや、いつもより少し元気無さそうな顔で、ベッキョンはこっちを見た。
バクバクと跳ねる心臓に寝不足も相まって、俺の脳ミソはふわふわと揺れる。
「おぉ……」
「ベッキョナ、今朝のやつだけど……」
「うん」
「どういう意味?」
「どうって、そのままの意味に決まってんだろ」
「それは分かるけど……急だったから。何かあった?」
そうは言っても大方予想はついてるんだ。
ベッキョニを動かすのはいつだって弟君なんだから。
「別に、なんもないけど……いくら考えたって分かんないから」
「分かんない?」
「お前と付き合ったら何か分かんのかなって……昨日キスしてもやっぱり分かんなかったから……ジョンデがさ、お前と付き合うべきだって言うんだよ」
あぁ、やっぱりジョンデだ。
「俺の分かんないことが、あいつには分かるみたい。だから……」
「そっか。じゃあさ、」
───お試しで付き合ってみる?
我ながらバカなことを言ったと思う。
そんなことは分かってるんだ。
でもさ、そもそも弟バカで弟君を好きなベッキョニを好きになっちゃったんだから、仕方ないと思うんだよね。最初から勝算なんて無かったんだから。だからベッキョニが頼りたいって思ってくれるなら、その手を掴むのが俺の役目じゃん?
勝てないものの大きさに嘆いたって仕方ないんだ。
あぁー、俺やっぱバカなのかなぁ。
「お試し……?」
「そう。お互いにダメだと思ったらすぐに言うこと」
「お前そんなんでいいのかよ」
「俺?俺はほら、大好きなベッキョニの力になれるなら大歓迎だし!」
「……好きでもないのに?」
「どっちが?」
「どっちも」
「だから、俺はベッキョニのこと大好きだっていつも言ってんじゃん!」
「そういう好きじゃなくて……!」
そういう好きなんだけどな、とはまだ言えなくて。
「ま、いいじゃん!リハビリだよ」
そう言って笑うと、ベッキョンはホッとした様に肩の緊張を解いた。
「キスした責任とらなきゃ!」
「バーカ」
付き合いだしたからって、俺たちの関係は変わらない。まぁ、お試しだし。それでもベッキョンの隣を許されたようで俺は嬉しかった。
昼休み、当たり前に昼飯を一緒に食べること。放課後、当たり前に待って一緒に帰ること。今までだってしてたけど、少しだけ特別な気がする。それが俺だけの感情だったとしても、すぐに終わりを迎えるとしても、今だけは楽しみたい。
優しくてナイーブなベッキョンの隣を。
***
「チャニョラー」
「んー?」
「今日部活休みだって」
顧問の病欠って意味わかんねぇよな!と笑うベッキョンに「じゃあデートする?」と問えば、妙に頬を染めるので勘違いしそうになった。
「たまにはパーっと遊ばないと!」
「……だな!ゲーセン行こう、ゲーセン!」
「おぅ!」
ベッキョンが俺といて笑ってくれるだけで本当に幸せになるから、簡単な幸せだなぁと思う。最近は気を使ってか、ベッキョンもジョンデの話をしなくなった。何日か前からは、朝の登校も俺としてる。
ひとつずつゆっくりと近づければいい。
それで、ちゃんと特別になれたとき俺の気持ちを言おうと思う。
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