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繋がる、伝わる

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弟・ジョンデ

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「えっと、ベッキョニが今日は別々に帰ろって言うので、待つ必要がないので先に帰りますね」
「ベッキョニって、お兄ちゃんだっけ?」
「そうです。双子の」
「そっかぁ。寂しいなぁ」
「ん?」

放課後、いつの間にか音楽室で一緒に過ごすことの多くなったイシン先輩に、僕は断りの挨拶をするため音楽室を覗いた。

「だってそしたら僕、また一人でピアノ弾いてなくちゃいけないんだよ?」
「うーん、そしたら僕も一緒にいますか?」
「それはだめ」
「へ……?」

用もないのに一緒に残ってたらダメだとイシン先輩に言われて僕は少し……いや、とてもガッカリして不満顔だ。いつも楽しく歌ったり喋ったりしてたっていうのに。

「ふふ。ジョンデくんの口、尖っててアヒルさんみたい」
「もー!僕、真剣に傷ついてるんです!」
「はは!だってあんまり可愛かったから、つい」

イシン先輩は多分3.5次元くらいを生きる人。
僕らとはちょっとだけ異空間にいる。でも僕はそんな先輩をとても気に入っている。

「僕ね、最近ちょっと思うんだ」
「なんですか?」
「ジョンデくんは妖精さんなのかなぁって」
「えー!なんですかそれ」
「だってほら、ちょっと何て言うか、ヒラヒラしてて可愛いから」

お歌を歌う妖精さん。

そう言ってイシン先輩は笑う。
ほらね、ちょっとだけ次元が違うでしょ?
アヒルだったり妖精だったり。話がふわふわしてるんだ。

「先輩、そんなことよりなんか弾いてくださいよー」
「ピアノ?何がいい?」
「うーん、気分で!楽しいやつ!」

僕がリクエストすればイシン先輩はさっきまでのふわふわはどこ吹く風で途端に感性でピアノを弾きこなす。僕は先輩のピアノが好きだ。


結局先輩といつもみたいに遊んで、折角だからとイシン先輩と駅まで一緒に帰ることにした。先輩が電車通学だということをはじめて知った。

「ねぇ、双子ってどんな感じ?」
「うーん……」

僕はこの質問を今までも色んな人に何度もされてきたけど、いまだに答えが見つからない。一番近い言葉があるとするなら。

「分身?」
「はい、分身です。生まれたときから嬉しいときも悲しいときもいつも一緒なので。ベッキョナがいなかったら、きっと僕はダメダメです」

言って笑顔を向けると、先輩も嬉しそうに笑っていた。

僕にとってベッキョナは、兄弟であり友達であり、自分自身だ。ベッキョンが嬉しいと僕も嬉しいし、ベッキョンが悲しいと僕も悲しい。

「ベッキョナはすごーく格好いいんです!」
「へぇー」
「僕が困ったりしたらすぐに来て助けてくれるし、あ!歌も上手なんです!それにベッキョナが喋ることはいつも面白いし、友達もたくさんだし、でもお調子者でちゃっかりしてるからいつも僕が損な役回りになったりするんですけどね」

うんうん、とイシン先輩は僕の止まらない話を笑顔で聞いてくれていた。

「大好きなんだね」
「はい!」

僕はベッキョナが大好きだ。





「ジョンデや~!」

部屋で宿題を片付けていると、風呂上がりのベッキョンがドアを開けるやいなや、駆け寄って抱きついてきた。ベッキョンが甘ったれた声を出すときは、決まって頼み事をするときだ。それも勉強絡みの。

「なぁに?」
「英文の訳終わった?」

ほらね。
石鹸の匂いを振り撒きながらぎゅうぎゅと背中から抱き付いてきて、首元にかかる髪の毛がくすぐったい。

「風呂入ってるときに思い出してさ!明日俺当たるんだよ!なぁ、どうしようジョンデ!!」
「えー!!……へへ、しょうがないなぁ」

でも、結局僕は見せちゃうんだけどね。だってベッキョナ可愛いし。

「サンキュー!ジョンデ好きだー!」
「もー、調子いいんだからー」

早速とばかりに写しだすベッキョンの髪の毛に、僕は後ろからドライヤーをあてる。僕はベッキョナの髪の毛が大好きだ。さらさらしていて指通りが気持ちいいから。僕の髪は癖っ毛だからものすごーく羨ましいんだけど、ベッキョナの垂れた目元にはさらさらの髪の毛がよく似合うから仕方ない。だから、ベッキョナの髪の毛を乾かすのも好きだ。


「ねぇ、今日一緒に寝てもいい?」
「はは!なに急に」
「うーん、一緒に帰れなかったから甘えたい気分?」
「ジョンデ君は甘えん坊ですねぇ」
「ですねぇ」

はははって笑いあって、僕らはその晩ベッキョナのベッドに一緒に潜った。

ベッキョナは僕にちょっとだけヒョンぶる。
だけど、そんなところが可愛いと思ってるのはきっと知らない。僕が甘えると喜ぶからベッキョナを甘やかすために、僕はベッキョナに甘えるのだ。ヒヒ。




***


「あ、来た!僕の妖精さん」
「もー、それやめてくださいよー」


イシン先輩は今日も3.5次元だ。
音楽室のドアを開けるやいなやそう言って、ピアノ椅子に座った先輩が嬉しそうな笑顔でおいでおいでと手を振るので駆け寄ると、ぎゅーっと腰に手を巻き付けられて抱き締められた。いきなりで驚いたけど、何だか嬉しくてドキドキする。僕はお腹の位置にある先輩の頭をいい子いい子となでなでした。
ベッキョナと違って少し癖のある柔らかな髪の毛。ベッキョナと違って力強くてがっしりとした腕。ベッキョナと違って馴染んでない体温。
こんな風にぎゅーってするのはベッキョナだけだから、何だか妙に馴れなくてドキドキする。なのに、ちょっとだけ……いや結構嬉しい。

「せんぱーい!どうしたんですか?」
「うん、あのね、折角捕まえた僕の妖精さんを逃がさないようにするにはどうしたらいいか考えてたの。ねぇ、ジョンデくんも一緒に考えて?」
「先輩、僕どこにも逃げないですよ?」
「えぇー?本当に?」
「はい!」

それよりも早くピアノが聴きたいです。そう言うとイシン先輩は「あぁ、そっか」ってあっさり腕を外した。さっきまでの体温が急に無くなって、僕は何だか寂しいような気がしたけどきっと気のせいかなぁ、なんて。



「ジョンデやー」

ベッキョナが部活を終えて迎えに来た。もうそんな時間か、と少しだけ残念に思う。でも、先輩に視線を向けるとにっこりと笑顔を浮かべたので僕もにっこりと笑う。

「じゃあ、僕帰りますね」

言うとイシン先輩も立ち上がって僕の頭をなでなでして、首筋、というか耳の裏あたりにちゅっとキスをした。

「もー、何するんですかぁ!悪い先輩ですね」
「ふふ。また明日も来てね、僕の妖精さん」
「あはは!まだ言ってるしー」

僕は先輩にお辞儀をすると鞄を掴んでベッキョンの元へと走った。


「ベッキョナ?」

ぼけっと突っ立っているベッキョンの前で手を振る。

「──ん?あ、あぁ。ごめん」
「ふふ、変なの」

行くか、と手を引かれたので僕はその腕に抱き付いた。


「なぁ、お前……先輩と付き合ってんの?」
「へ?付き合ってないよ?」
「……そっか」

自転車を漕ぐベッキョンがちょっと元気なくて、どうしたんだろうと頭を捻る。僕はベッキョナの背中にぎゅっと抱き付いた。ベッキョンが元気ないと僕も元気がなくなるから。元気になってね、のおまじない。




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兄・ベッキョン

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「なぁ、チャニョラー」
「んー?なんですか?ベッキョンさん」
「お前、キスってどう思う?」

言うとチャニョルはちょうど口に含んでいたお茶を吹き出した。

「バカ!きったねぇだろ!!」
「あ、いや、だってベッキョナが!!」
「なんだよ、俺のせいかよ」

慌てるチャニョルに、俺は昨日音楽室で見た光景を話した。これはどういうことなのか、と。昨夜ベッドに入ってからもずっとあの、先輩からキスされてるジョンデのことが頭を埋め尽くして、一睡もできなかった……というわけでは流石にないが、なかなか寝付けなかったのは事実だ。お陰であれからずっと上の空で。

チャニョルは聞くや否や「なるほどねぇ」なんて腑抜けた相づちを打つ。

「ベッキョナは弟バカだから」
「……悪いかよ」
「全然!俺はそんなベッキョナが好きだから気にしないよ!」

なんだそれ。

「チャニョリが気にしようが気にしまいが別にどっちでもいいんだよ」
「いやん、寂しい!」

チャニョルが笑ってふざけるから、気持ちは少しだけ軽くなった。

とは言え、俺の屍を踏んでから行きやがれ!なんて威勢の良いことを言っていたわりに、実際には戸惑いの方が大きくて。もやもやと。胸の中を覆う不安。ジョンデは付き合ってないって言ってたけど。嫉妬?そりゃあ勿論。なんたって俺のジョンデなんだから。ジョンデに触れていいのは俺だけだ。俺だけのはずなんだ。


「おい!パクチャニョルー!」

と、その時廊下からチャニョルを呼ぶ声がかかった。「お客さんだよー」と言っているので釣られるように見やると、顔を赤くした女子がもじもじと立っているので、あぁ、また告白か。なんてため息をひとつ。
チャニョルは何だかんだ言ってもモテるのだ。そんなの腑に落ちないけど、事実こうやってたまに呼び出されている。

「ベッキョナ、ちょっと待ってて」

そう言って立ち上がって駆け出すデカい背中を俺はぼんやりと眺めた。チャニョルは優しい。優しくて笑顔でハッピーウイルス。でも、こういうときのチャニョルは一切笑わない。女子の顔が悲しそうに歪む。チャニョルは何事もなかったかのように席に戻ってきて話を始めた。その顔にはもう笑顔が戻っていて。「そういえばさっき授業中にさぁ」なんて話始めるので、俺はそれを遮るように口を開いた。

「お前、なんでいつも断るの?」
「えっ?」
「告白しても瞬殺されるって有名だぜ?」

少しは考えてやればいいじゃん、なんて続けたらチャニョルの顔からは笑顔が消えた。

「……考えてどうにかなるもんなの?」
「は?」
「だから、ベッキョニは告白されたら、考えてどうにかなるもんなの?」
「あ、いや……」

例えば今、俺も誰かに告白されたとしたら。俺はジョンデが好きだからきっと断るだろう。ジョンデを好きなまま誰かの気持ちを受け入れることなんてきっとできないから。ということは、チャニョルも……?

「お前、もしかして好きなやつでもいるの?」
「んー、あー、ベッキョナは知らなくていいよ」
「なんだよそれ!俺たち親友じゃん」

冗談混じりに小突くと、チャニョルは哀しそうに笑った。俺に隠し事するなんて、と思うのにそれ以上は何も言えなくて。
ジョンデもチャニョルも、近頃は何だか少しだけ遠い。

なぁ、ジョンデ。
俺ちょっと笑えないんだけど。





「ベッキョナ、元気ない?」

ベッドに寝転がって考え事をしてると、ジョンデが風呂から上がってきて覗き込んできた。

「んー?そんなことないよ」

言っていつものように笑えども、心の中はもやもやで埋め尽くされている。

「嘘だぁー。僕に嘘ついたってわかるんだからね?」
「はは、さすがだな」
「当たり前でしょ?双子なんだから」

俺はただ、ジョンデを失いたくなくて。一番でいたくて。なのに何もできないただの臆病者で。

「なんかあった?」
「んー……別に、大したことじゃないって」
「……チャンニョリの、こと?」

ジョンデは少し寂しそうに笑った。

ジョンデもチャニョルも、そして俺も。
どうして楽しく笑えなくなったんだろう。

「うん、まぁーそれも含めて色々かな」
「一言で言えない感じ?」
「そんなとこ」

なんだか、歯車が狂い始めている気がする。



***


部活を終えていつものように、けれど最近はうんと重くなった足を音楽室に向ける。

「ジョン、デ……」

最後まで言葉になったかは分からない。
音楽室のドアに手を掛けようとした刹那、嵌め込みガラスの向こうに見えたのは……


キスをするジョンデの姿だった。



遠慮がちにあの人の服の裾を掴んで、甘んじて唇を受け止めているジョンデが、酷く遠い人に見えて。
そのまま、その場を去っていたのは無意識のうちだった。気付いたときには昇降口でしゃがみこんでいたから。

え、なんで?どうして?
なんなんだ?どういうことなんだ?

信じられない思いで、心臓の辺りを掴んだ。そこはバクバクとあり得ないほどに騒いでいて。はは、俺このまま死ぬかもしんない。なんて。全然笑えない。


「ちゃ、チャニョリ……!」

そうだ、あいつを呼び出そう!

落ち着け、俺。って何度も言い聞かせて、とにかく出てこい、ともう帰宅済みのチャニョルを呼び出した。はは、ありえねぇ。泣きそうだし。




「ベッキョナー!!」

学校近くの公園にチャニョリを呼び出すと、驚いた様子で走ってきた。

「……おう」
「ど、どうした?」
「うん……」

沈黙が訪れて、けれど頭の中は忙しない。

ジョンデが、遠くなっていく。
俺の、ジョンデが……
ジョンデは俺より、あの人を選ぶんだろうか。
ありえない。そんなこと、ありえない。
虚しさが胸を覆う。



なかなか話さない俺の隣で、チャニョルはずっと不安そうに、けれど優しく寄り添っていてくれた。

「……別に何でもないんだけどさ……ただ呼び出しただけ!悪かったな!」

漸く笑顔を向けた俺に、チャニョルは辛そうな笑みを返えした。

「なんでチャニョリが泣きそうなんだよ」
「だって、ベッキョナが……」
「また俺かよ」

はは!って笑えば、チャニョリは更に眉を下げて大きな手で頭を撫でるから、なんだか無性にむず痒くて恥ずかしくて、やっぱり泣きそうになった。

「……お前、なんでそんなに優しいんだよ。バカじゃねぇの」
「はは、そうかもね!ほら、俺ハッピーウイルスだから!」

その時俺は、にぃーっと歯を見せて笑うチャニョルに、とてもとても救われた。



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弟・ジョンデ

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ベッキョナの部活が終わるのを待つため、いつものように音楽室に来ていた。

「妖精さん、元気ないの?」
「うーん、ベッキョナが元気ないから……」

ここ最近、ベッキョナの様子がおかしい。何か思い悩んでるみたいに考え込んでることが多くて。夜もあまり寝れていないことを知っている。

「本当に、繋がってるんだね」
「繋がってる、のかなぁ……」

ベッキョナはチャンニョリのことで悩んでると言っていた。ちょっとだけ僕には分かる。多分ベッキョナはチャンニョリが好きだ。

ベッキョナに好きな人ができることは良いことだけど、ちょっとだけ寂しい。だってベッキョナはいつも僕を一番にしてくれてたから。ベッキョナの一番じゃなくなるのは、寂しい。でも、いつまでも僕ばっかりじゃなくて、もっとベッキョナの人生を楽しんで欲しいとも思っていて……なんだか僕の心は複雑だ。

「じゃあさ、ジョンデくん。僕の一番になるっていうのはどう?」
「へ……?」

イシン先輩は立ち上がってふわりと僕を抱き締めた。腰にまわる腕は優しい。
ちゅっとまた耳の裏にキスされて、何だか顔が赤くなる。

「僕の一番になったら寂しくないよ?」

それが良いと思うんだけどな、と先輩は呟いた。僕の心臓はバクバクと気が狂ったみたいに音を鳴らして、思考能力を奪う。

「せ、先輩……僕のこと、好きなんですか……?」
「うん。僕の妖精さんって言ったでしょ?」

妖精さんがイコール好きな人になるのかは分からないけど、僕は既にそっと先輩のシャツの裾を掴んでいた。

ドキドキ ドキドキ

はは、僕の心臓煩いや。

ベッキョナと違う腕に抱き締められる。
ベッキョナと違う匂いに包まれる。
ベッキョナと違う体温を受け入れる。

馴染んでないものなのに、こんなに心地いいものがあるなんて。双子じゃないのにピタリとハマる身体があるなんて。僕は知らなかった。


そうして僕は、その唇を受け止めた。




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兄・ベッキョン

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「ベッキョナー!!!」

ジョンデは帰るや否や玄関から大きな声を上げた。その声に、俺の心臓は一気に慌てる。
文句ぷんぷんな様子で部屋に入ってきたジョンデの姿を捉えると、先程の姿がフラッシュバックした。

「なんで先帰っちゃったの?せっかく待ってたのに!!」
「え?あぁ、わりぃ」

忘れてたわ、なんて適当に誤魔化すと、ジョンデは頬を膨らませて怒って見せた。とは言え、本気で怒ってないのは目を見ればすぐに分かるんだけど。

「もー!!部活で蹴られ過ぎて頭おかしくなっちゃったんじゃないの!?」
「はは、そうかもな」
「心配したんだからね!」

ちゃんと笑えてるだろうかと心配になった。
楽しそうに怒るジョンデを見て、でもあの人と一緒にいれて良かったんだろ?なんて嫉妬剥き出しのことを考えていたから。ジョンデが笑えば笑うほど、幸せな気分なのが伝わってきて、落ち着けたはずの嫉妬心がまたむくむくと沸き上がる。


これは、壊しちゃいけない壁だ。
越えてはいけない線だ。

ジョンデの困り顔なんて見たくないだろ?
今度こそ本当に口も利いてもらえなくなるぞ?
分かってんだろベッキョン!



堪えて、



「ベッキョナ、あのね、」



堪えて、堪えて、



「僕、先輩と付き合うことにした」




パーンと弾ける音が聞こえた気がした。



瞬間、俺はジョンデを抱き締めていた。
抱き締めてそして、頭を掴んで顔を寄せる。
驚いて見開いている目を見つめて、唇を寄せようと顔を傾けた。


「……ベッキョナ!」


触れる直前、「これは違うよ」とジョンデが呟く。


「違わねぇよ!」

違わねぇ。俺はジョンデが好きで、誰にも渡したくない。だから違う訳ない。

俺は勢いのままジョンデをベッドへと押し倒した。ジョンデは少しだけ眉を下げて悲しそうな目で俺を見上げる。


「……違う。違うよ。僕たちはこんなことしちゃダメなんだ」

ねぇ、ベッキョナ聞いて。とジョンデは続けた。

「僕だって、ベッキョナのこと大好きだし大事だけど、イシン先輩といるとドキドキするんだ。ベッキョナを好きな気持ちとは別の気持ちで、僕は先輩が好き……」


ジョンデの口からあの人の名前が溢れた瞬間、無意識に眉間に皺が寄ったのか、ジョンデは俺の眉間に手を寄せて、ね?と言う。


「ジョンデ……」


切なくて、苦しい。
どこか遠い所では分かっていたのかもしれない。分かっていて認めたくなくったのかもしれない。認めてしまえばジョンデは俺だけのジョンデじゃなくなってしまうから。そんなのは嫌だったから。


「でもっ!……俺はジョンデが好きだし、誰にも渡したくない」


溢れそうな涙を必死に堪えて、ジョンデを抱き締めた。何処にもやらない。誰にもやらない。俺たちはずっと一緒なんだろ?

すがり付くように抱き締めた腕に力を込めると、ふわりとジョンデの腕が背中にまわって、びくりと震えた。

「ベッキョナ、僕たちはずっと繋がってるよ」
「繋がっ、てる……?」
「うん、一生。ベッキョナが大事な人じゃなくなることなんてない。それに……」

ベッキョナもそうでしょ?


ジョンデは優しい声で呟いた。


「チャンニョリのこと。好きなんじゃない?」


俺は何も言えなくて。ジョンデを力いっぱい抱きついた。噛み締めた涙はなんの涙だったんだろう。


近すぎて見えないもの、とは何か。

ジョンデの気持ち、か。
チャニョルの気持ち、か。

それとも、俺の気持ち、か。

とにかく、泣きたい気持ちでいっぱいだった。





「なぁ……」

教室でチャニョルを捕まえて呟く。

「ん?」
「俺、チャニョリのことが、好きなんだって」
「……は?」
「ジョンデが言ってた」

俺昨日ジョンデに振られて傷心だから慰めろよ。なんて言ったら、その大きな身体で抱き締められて。

あぁー、ちょっとだけホッとする。

悔しいけど、それが事実なのかもしれない。


「お前、優しいな」
「ベッキョナには特にね」
「なんだよそれ」
「愛情表現?」

何だかよく分からない話をしながらも背中を、頭を撫でてくれた手が酷く優しくて、不覚にも泣きそうになった。


ジョンデはあの人を選んだ。

でも俺たちは繋がってると。俺を好きな気持ちとは別の気持ちであの人が好きだと。ジョンデはそう言っていた。そして、俺もそうだと。ジョンデを好きな気持ちとは別の気持ちでチャニョルのことが好きだと。ジョンデが言うからきっとそうなんだろう。まだよく分からないけど。ひとつだけ分かることは、このチャニョルの腕の中が、思っていたより心地いいこと。


俺は漸く涙を流せた。


やっぱりジョンデには敵わない。


繋がる心、伝わる気持ち。





終わり
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