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繋がる、伝わる

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俺には双子の弟がいる。
生まれたときからずっと一緒で、いつも俺の後をついて歩いていた、優しくてちょっとバカな弟。


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僕には双子の兄がいる。
生まれたときからずっと一緒で、いつも僕を引っ張ってくれていた、頼り甲斐があってちょっとお調子者の兄。


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兄・ベッキョン

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「ベッキョナー朝だよー」
「うぅーん、もうちょっと……」
「遅刻しちゃうって」
「今何時ー?」
「8時」
「……バカ!もっと早く起こせよ!!」


俺たちの朝は慌ただしい。
朝の弱い俺と、ちょっとのんびり屋の弟。高校までの道程を毎朝交互に自転車に二人乗りして激走する。


「今日はお前の番だろ!」
「えぇー!ベッキョナが寝坊したんじゃん」
「お前が早く起こさないからだろ!あぁー!もういい!貸しだからな!」

どんくさい弟に任せてたらこれは本気で遅刻する。そう踏んだ俺は、ジョンデを荷台に座らせて自転車のサドルに跨がった。

「お前、俺に漕がせるために起こさなかったんじゃないだろうな?」

ジョンデのにゃははと笑う大きな声は、風にのって朝の景色へと馴染んでいった。


校門を潜ればギリギリセーフ。さすが俺、なんて。息も絶え絶え教室へと向かう。

「ベッキョナ、今日部活?」
「おう、お前は?」
「うーんと、じゃあ待ってる」

そう言ってジョンデは満面の笑みを浮かべる。

俺はテコンドー部に所属してるので、放課後は主に部活だ。一方弟は帰宅部なので用事がなければ俺が終わるのを待っている。

「お前らホントいつも一緒だな」

そう言って笑ったのはクラスメートのチャニョル。

「そうか?」
「うん、よく飽きないな?」
「ま、生まれたときから一緒だからねー」

あいつは俺がいないとすぐにふらふらと居なくなる。野良犬を追いかけて隣町まで行ったり、知らないおばあちゃんと仲良くなって家でお茶してたり。要するに好奇心旺盛なのだ。居なくなっても大体は双子特有のテレパシーみたいなもので俺が見つけ出すんだけど。

俺がテコンドーを習い始めたのも、ジョンデのためだった。バカがつくほど優しい弟はよく近所の子からからかわれて苛められていた。だから俺はジョンデを守るために小学校に入ると同時に習い始めたんだ。
へらへらと笑うあいつの手を引くのは、俺の役目だった。守って引っ張っていかなきゃいけない存在。


「ジョンデって、確かにバカみたいに優しいもんなぁ」
「おい、俺の弟にバカって言うなよ」
「え、だっていつもベッキョナだって言うじゃん」
「俺はいいの!」
「ちぇっ。けちー」

チャニョルはいじけたみたいに背中を丸めた。

「ジョンデだったらそんなこと言わないのになぁ」
「……え、なにお前」

もしかして……

「ジョンデに手出したら……わかってんだろうな?チャニョル君」

ポキポキと指の関節を鳴らして威嚇する。ジョンデに近づくやつは俺の屍を踏んでから行きやがれ!!

血気盛んにギロっと睨んだのにチャニョルはにやっと笑った。

「じゃあ、ベッキョンは?」
「……は?」
「ベッキョナだったらいいの?」
「な、何言ってんだお前っ!」
「何って……愛の告白?」

きゃっ恥ずかしい!って言ってチャニョルは両手で顔を隠した。ピンと張り出した耳は仄かに赤くなっている。

「ばーか」

言って形のいい頭をひと殴り。

「俺からしたら、ベッキョナだって守りたい存在なんだけどな……」

チャニョルが呟いた気がしたが、俺は聞こえないフリをした。



***


「ねぇ、ベッキョナ。そっち行ってもいい?」

おやすみと言ってベッドに入ったのに、二段ベッドの上段からジョンデは顔を垂らして笑っている。

「はぁー?」
「ね?いいじゃん、たまには」

言って降りてくると、俺のベッドへと入ってきた。俺たちは昔からたまにこうやって一緒に寝ている。

「ベッキョナのベッドあったかぁーい!」
「寒いから動くなよ!」

ジョンデはモゾモゾと動くと、顔をこちらに向けてぴたりとくっついた。ヒヒヒと笑顔を向けて。
俺たちは二卵性だから顔なんて似てないはずなのに、やっぱりどこか似てる気がするのは兄弟だから当たり前と言えば当たり前で。

「ねぇ、ベッキョナ。僕たちずっーと一緒だよね?」
「おう、もちろんじゃ!」

笑顔で抱き寄せて頭を撫でて「早く寝ろ」って言って。するとジョンデも笑顔で「おやすみ」って安心したように目を閉じる。
当たり前だろって。
双子だからとかじゃなく、俺がお前を愛してるから。だからそんなの当たり前だ。

俺はくっつくジョンデの頭に小さくキスを落として眠りについた。


ジョンデは俺の家族で弟で友達で半身で。なくてはならない存在で。ジョンデ以上に大事に想う奴を、俺は他に知らない。こいつ以上にかけがえのない存在なんていない。とても大事な俺の片割れ。




もぞもぞと動く気配で目が覚めた。

「うぅん……」

隣で丸まる物体を抱き締めて朝の挨拶をする。

「おはよう」
「……んー、おはよう……」
「今日は俺の方が早いな。はは」

いつもは寒い冬の朝もジョンデがいるから暖かくて幸せだ。





2時限目の終わり、数学の教科書を忘れたことに気付いて、隣の教室へと向かった。

「ジョンデやー」

教室に入るとジョンデは後ろの席のギョンスに頻りに話し掛けている。

「あ!ベッキョナ!どうしたの?」
「お前、数学の教科書持ってる?」

聞くと「あるよー」と机の中を漁り出した。

「ベッキョナ、君の弟うるさいんだけど」
「はは!可愛いだろ?うちの弟」
「……全然」

そうは言ってもこの二人が仲良いのを俺は知っているし、俺は違うクラスだから俺がいない間ギョンスにジョンデを任せてるのも確かだ。

「あった!」
「サンキュ」

渡された教科書を受け取って頭をひと撫ですれば、ジョンデは擽ったそうに笑った。


「あ!ベッキョナー!どこ行ってたんだよ」
「あぁ、ジョンデのとこ」

教科書忘れて、とたった今借りてきた教科書をチャニョルに見せる。
「ずりぃな双子は」なんて言ってチャニョルは笑った。

パラパラと捲ると、盛大に落書きだらけの俺の教科書とは違って隅っこの方に控えめに書いてあるイラストがなんともジョンデらしくて、小さく笑った。
そんなイラストですら愛しいと思う俺は、やっぱりイカれてるんだろうか。



***


放課後、部活を終えていつものように教室に迎えに行くと、そこはもぬけの殻だった。机の上に荷物は置いたままだから校内には居るんだろうと、耳をすませて感覚を研ぎ澄ませる。ジョンデの呼吸が聞こえるように、双子の力をフル稼働だ。

渡り廊下を通って特別棟の方へと吸い寄せられる。微かにピアノの音がして、重なるように聞こえたのは抜けるように響き渡るジョンデの綺麗な歌声だった。

音楽室か……

珍しいな、なんて思いながらドアに手を掛けようとしたその時、嵌め込みガラスの向こうに見えたのは、ピアノを弾く上級生と楽しそうに歌うジョンデの顔だった。
ジョンデにしてはやけに上手いピアノの音だなと思ってはいたけど、やっぱり本人ではなかったらしい。
ジョンデの、知らない上級生に向ける笑みを見て茫然と立ち尽くしていた。


「あ、ベッキョナ!」

こちらに気付いたのか、ジョンデは駆け寄ってきてガラリとドアを開けた。

「終わったの?」
「お、おう!」

「じゃ、帰ろっか」と言ってから自分の荷物が教室に置いたままのことを思い出したのか、「あっ!」と声を上げたので、「ほれ」と持っていた鞄を差し出せば「さすが!」と笑って抱き付いてきた。

「いいから自分で持てよ」
「はは!ごめん!」

ジョンデは鞄を受け取るとピアノの方に振り返った。

「じゃあ先輩、僕帰りますね」
「うん、気をつけて」
「先輩も暗くならない内にちゃんと帰ってくださいねー」
「ありがと。またおいで」

そう言って手を振るその人にジョンデも笑顔で手を振り返して綺麗にお辞儀する。その人の視線がゆったりと俺をとらえて微笑んだので、俺も小さく会釈した。


「あの先輩、誰?お前の知り合い?」
「うん、今日知り合いになった」
「先帰って良かったの?」
「うん、元々ベッキョナが終わるまでって言ってたから」

すごくピアノが上手でね、と嬉しそうに話すジョンデを見て、なんだか妙な不安にかられる。




ジョンデを好きだと思い始めたのはいつ頃だっただろう。
布団に潜ってジョンデが眠る二段ベッドの背板を眺めた。
もう思い出せないな、なんて自嘲して無意味な気持ちに蓋をする。だって俺達は双子で、友達よりも恋人よりも、それからただの兄弟よりも繋がりは強いんだ。これ以上はないほどに繋がってるっていうのに、これ以上を求めてなんの意味があるって言うんた。例えばキスもその先も、俺はしたいと思うけど、すればきっとジョンデは泣くんだろうななんて思えば、それは決して起こしてはいけない行動で。越えてはいけない線で。

だけど初めて、今日初めて、音楽室で上級生と楽しそうに笑うジョンデを見て言い知れぬ不安が胸を覆った。





「元気ないじゃん」


最近部活が終わって迎えに行くといつもあの先輩と一緒にいるジョンデのことを考えながら休み時間にぼーっとしていたら、毎度のごとくチャニョルが寄ってきた。

「そんなことないけど……」
「あるよ、ある!ベッキョナが元気ないと俺寂しいじゃん?」
「はは!バーカ」

こうしてチャニョルとふざけあって笑えば、ジョンデのことばかり考えて沈んでいた気持ちが少しだけ持ち上がる。

「なんかあった?もしかしてジョンデ?」なんてチャニョルに核心を突かれて、動揺したのがすぐにバレた。
あくまでも、ただ少し気になっただけだというスタンスで話をしたのに何を察したのか、自称ハッピーウイルスはニィっと自慢の歯を見せる。


「なるほどねぇ。ベッキョン君は相変わらず弟君に甘いねぇ」
「や、別に甘いとか……」
「甘いじゃん、十分」
「余計なお世話じゃ!」

笑って言い返したら、チャニョルは「あ、そうだ!」と声をあげた。

「なに?」
「ベッキョナ!この際だから、余計なお世話させてよ!」
「は?」
「今日待ってるからさ、一緒に帰ろうぜ」
「……なにそれ」
「弟離れという名のデートの誘い!」

言っちゃった!なんて両手で顔を覆って恥ずかしがる。
なんだ、このバカは。

「だってさぁ、毎日毎日行きも帰りもジョンデと一緒でさぁ。たまには俺だってベッキョナと帰りたいじゃん?」
「いや、聞かれても」

疑問形にされたって、そんなん同調しかねるだろ。

けどまぁ、いつもの可愛いジョンデじゃなくて、たまにはこのデカいのと帰るのもいいか、なんて考えて了承してみた。

「マジで!?」
「うん、いいよ」
「やったぁ!やっとベッキョナが振り向いてくれた!!」

今日は赤飯だ!なんて言いかねないくらい喜ぶチャニョルを見て、このまま流されるのもまぁ悪くないか、なんて笑う。



ジョンデに自転車の鍵を渡して、俺はチャニョルの自転車の荷台に跨がった。
前にいるのはいつもの華奢な背中じゃなくて、広くてがっしりとした背中。「しっかり掴まって」なんて言うもんだから、思いっきりお腹に手をまわして。チャニョルは「うげっ!」と潰れた蛙みたいな声を出すから可笑しくて笑った。

ぎちりと掴まった背中はジョンデとは違う体温と匂いがして、とても不思議だった。揺れないようにとゆっくり漕いでるのが伝わる。相変わらず無駄に優しいやつだ。
いつもはジョンデの世話を焼いて目を光らせているのに、チャニョルといると妙に気が抜けるのは、こいつが世話好きでなんでもやってくれるからだろうか。世話を焼かれるのはイマイチ慣れない。なのに心地いい気もするから、どれだけ優柔不断なんだと心の中で笑った。


「チャニョリは何で彼女作んないんだ?」

そういえば、と背中越しに声をかけると、キキーっとブレーキ音を効かせて急停止した。お陰で俺はチャニョルの背中に顔面をぶつけた。

「痛ってぇ!危ねぇじゃん!!何すんだよー!」
「え、や、だって……ベッキョナが……」
「ん?」
「あ、いや、なんでもない!ごめん!大丈夫?」

チャニョルが振り返って心配顔を向けるから「だいじょばない!ハンバーガー奢り!」と小突いた。



その日は結局バーガーショップに行ってカラオケ行って、俺の歌声聴きやがれってな具合に熱唱しまくって、家に着いたらもう9時を過ぎててどっと疲れが出た。でもまぁ……

はぁー!楽しかった!

部屋に戻るとジョンデは机に向かって宿題を片付けていて。相変わらず真面目なやつだ。そんなところはどうして似なかったのかと母さんがいつも嘆いているくらいなんだけど。

「あー!おかえり」
「あぁ、うん。ただいま」
「遅かったねぇ。いいなぁ、」

僕も行きたかったと唇を尖らせるジョンデに「また今度な」なんて適当な相づちをして制服から着替えた。

「ねぇ、そういえばさ、今日カラオケ行った?」
「ん?うん行ったけど」
「あぁーやっぱり!」

悪い悪いと、頭を撫でるとジョンデはくすぐったそうに笑う。

「全然勉強手に付かなかったじゃーん」
「お前だって最近部活中いっつも音楽室で歌ってるんだからおあいこだろ?」
「え?あ、そっか!ごめーん」

俺たちの歌はいつも共鳴する。どちらかが気持ちよく歌うと必ずと言っていいほどもう片方の脳内にも流込んでくるんだ。記憶にある限り子供の頃からずっと。いつだか別々の場所で全く同時に同じ歌をぴたりと歌っていたのを親に指摘されて気がついた。瞬間的に相手の声が流れ込んでくるんだ。だから俺たちはいつでも同じ歌を歌っていた。ジョンデは高く清んだ声で、俺はそれよりいくらか低くハスキーな声で。
そんなふうに共鳴し合うのが特別な繋がりを現しているようでとても好きだ。


「ベッキョナー!淋しかったからくっつくー!」

にゃははと笑いながらジョンデが抱きついてくる。運動をしないジョンデは変わらず痩せっぽっちだ。

「ねぇ、チャンニョリって可笑しいんだよ」
「は?何が?」
「んー、なんかね、今日廊下で会ったんだけど、すっごい嬉しそうな顔でいきなり、ごめんなって謝るの。だから、なんで?って聞いたら、弟君は知らなくていいって」
「なんだそれ」
「でしょ?可笑しいよね」

あの野郎、俺のジョンデに近づきやがって。
明日絶対絞めてやる!



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