Liner Notes
「チャニョラ、この子達なんだけどさ」
社長のジュンミョンに呼ばれて、俺は事務所に来ていた。そして会議室で見せられた資料映像。
「これから売り出していく予定なんだけど、アレンジの技術がイマイチなんだ。いい曲作るんだけどね」
「へぇ、それで?」
「それで、チャニョルにプロデュースお願いできないかな、と思って……」
「うんまぁ、いいっすよ」
こうやってビーグルズ以外のバンドのプロデュースを頼まれることは、最近では珍しいことではなくなってきた。
全曲ではないにしろ、例えばアルバムの中の数曲だけ、とか。
それでも曲作りに携われるのは楽しいし勉強になるので喜んで引き受けてきた。
だけど、これからはそれが本業になっていくのかもしれない、と思ったのはつい最近ホームグラウンドであるビーグルズの解散を発表したからだ。
やむを得なかったんだと思う。
もうみんな、息をするのも苦しかったから。
きっとジョンデは特にそうだっただろう。一人で守っていたようなもんだったから。だから俺は、あの時──ジョンデが解散しようと言ったあの時、「そうだな」と頷くことしかできなかった。俺やベッキョンは、ビーグルズを終わらせることはできなかったと思うから ─────
ビーグルズを作ったのは、俺とベッキョンだった。高校一年の春、同じクラスになったベッキョンとすぐに意気投合して組みはじめたのが最初の最初。
初めは二人でただ遊びみたいに曲を作るだけだったのに、そこに当時3年で絶大な人気のあったルハニヒョンがベースボーカルとして入って、そのルハニヒョンがキーボードのイシンヒョンを連れてきて。俺達はあっという間に地元では有名なバンドとなった。
“ ビーグルズ ”と名付けたのはルハニヒョンだった。
最初はなんかもっとよくわかんないバンド名を付けてたんどけど、お前らビーグル犬みたいにうるさいな、って言って「ビーグルズって良くない?」と大口を開けて笑ったんだ。
ほら、ビートルズみたいだし、って。
ルハニヒョンはステージの上から盛り上げるのが最高に上手かった。目を惹く人ってのはこういう人のことを言うんだなってくらい誰からも好かれたし、バンドの顔として抜群に人気があった。
曲は主に俺とイシンヒョンが作った。
ヒョンは元々バンドを組む前から作曲が趣味だったみたいで、俺達は互いに刺激しあいながら曲作りにのめり込んだ。
───ヒョン、久しぶりに今晩どうですか?
───いいよ、僕も色々聞きたいし。ルハンも呼んでいい?
───了解です。じゃあ、この前と同じバーで。
事務所からの帰り道、イシンヒョンにメッセージを飛ばした。
久しぶりに会いたかったし、ちゃんと報告しないといけないと思っていたからだ。
イシンヒョンは今、実家の仕事を継いだあとIT関係の会社を起業してちょっとした有名人になっている。ビジネス誌からファッション誌まで。チャンイーシンといえば、今や時の人だ。俺は今でもたまに曲作りが煮詰まったとき相談にのってもらったりしている。
ルハニヒョンは一般企業のサラリーマン。一番人気があった人が一番関係ない仕事に就いているんだから、なんとも人生は分からないもんだ。
いつものバーに早めに入ると、馴染みの若いバーテンが笑顔で迎えてくれた。
「ヒョン、いらっしゃい」
「よう、ジョンイナ。あとから二人来るんだけどいい?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
なんにします?と聞かれたので、とりあえずビール、と頼んだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
差し出された琥珀の液体を口に含めば、ほろ苦い泡が喉を通り抜けて胃の中へと落ちていく。
「うまいな……」
「ありがとうございます」
寡黙にグラスを拭き始めたジョンインに向かって、俺は口を開く。
「ジョンイナ、解散しちゃった」
「えぇ、そうですね。淋しいですか?」
「どうだろうな……」
呟いた言葉は思ったよりも小声になっていて、俺の足元へとぽつりと落ちたような気がした。
このバーにはニ年くらい前だったか、珍しくレコーディングが上手くいった夜、打ち上げと称して四人で来たことがあった。
マネージャーもスタッフも誰もいなくて本当に四人だけで。
そうか、四人で飲んだのはあの時が最後だったのか。
「慰めてくれんの?」
「いいですけど」
「じゃあ今晩待ってるわ」
「分かりました」
戯れにこいつと寝るようになったのはいつからだったか。恋人と呼べるほどちゃんとした関係ではない。ただなんとなく、疲れたときにジョンインは俺の懐へと潜り込んでくれて、それがなんとも言えなく心地よかった。そうしてだらだらと続いているだけの関係。
「いらっしゃいませ」
「よっ!」
先に来たのはルハニヒョンだった。
「お久しぶりです!相変わらずイケメンの無駄遣いですね」
「はは!余計なお世話だ」
「だって俺、いまだに芸能界でもヒョンほど格好いい人見たことないっすよ」
「お世辞どーも」
久しぶりに会ったルハニヒョンは、相変わらず雑誌から飛び出してきたみたいな容姿なのに、世の中のサラリーマンと同じような平凡なスーツを着ていて、やっぱり何度見てももったいないような気がする。
「こんなとこで飲んでていいの?」
「なんで?」
「だって今話題の人じゃん、お前たち」
「あぁー、まぁ別に……」
「で、なんかあった?」
それは、面倒見のいいヒョンらしい言い方だった。
「いえ、何も」
「何も、って……何もないのに解散しないだろ」
「何もないから、解散なんですよ……続ける理由が何もないから」
「ふーん、そっか……」
グラスのまわりの水滴が、つーっと軌道を作ってコースターへと滑り落ちていく。
「ヒョンが名前を付けてくれたバンドなのに、勝手になくしちゃってすみません」
「はは!いつの話してんだよ。もうとっくにお前ら四人のもんだっただろ」
「そうですね」
「それに、俺がいたのなんてほんの1年半くらいなもんだし」
ルハニヒョンは大学に入ると大学のバンドと掛け持ちしはじめて、予定が合わなくなったビーグルズからは正式に抜けた。その穴を埋めるためにビーグルズにはベースのギョンスが加入して、ボーカルはベッキョンが担当するようになったんだ。『新生ビーグルズ』なんて呼べるほどのものではない。なぜならそれは、ジョンデが入ってきたときこそがそうだから。
正直俺は、ベッキョンの声が好きだった。
このまま俺達はベッキョンの声でやっていくもんだと思っていたから、わざわざボーカルを探したりなんかもしなかったし。
なのに、そのベッキョンが連れてきたのがジョンデだったんだ。
結果から言えば、ジョンデの加入がビーグルズを大きく方向転換したわけだから大正解だったんだけど、それでも俺はベッキョンの声が好きだった。
「こんばんは~」
懐かしいのんびりとした声が聞こえてドアの方を振り向くと、イシンヒョンの柔らかな笑顔が見えた。
「あ、ヒョン!こっちこっち!」
カウンターから手を振るとイシンヒョンは俺よりもルハニヒョンに向かって笑顔を向けた。この二人は昔から仲が良かった。ルハニヒョンがバンドを抜けたあとでも何だかんだと連絡を取り合っていて。俺がいまだにこうしてルハニヒョンと会うことができるのは、これも単にイシンヒョンのお陰だ。
「チャニョラ、大丈夫?」
席につくなりイシンヒョンは俺の顔を覗き込んで心配そうな顔を向けた。
「えぇ、心配かけてすみません」
「いや、そんなのはいいんだけど。ただみんなどうしてるかなってそれだけが心配で……」
「みんな……多分変わらないです。とりあえず今は、今まで通り目の前のことをやるだけって感じで」
「そっか……」
「何もないから解散なんだって」
「え……?」
ルハニヒョンがさっきの俺の言葉を繰り返す。
「みんなで続ける理由が何もないから、だから解散」
「そっか……」
寂しいね、とイシンヒョンは呟いた。
そっか、寂しいのか。
はっきり言って今はまだ、寂しいのか悲しいのか、すっきりなのかさっぱりなのか、全然わからない。きっとこれからじわじわと実感していくのだと思う。
「他のメンバーとは連絡とりました?」
「いや、チャニョルだけ」
「俺も」
そうですか、と言うとイシンヒョンは苦笑を浮かべて「いつの話してるの?」と小さく呟いた。
その昔、イシンヒョンがまだバンドにいた頃、ヒョンとジョンデは付き合っていた。
多分ジョンデが加入して3ヶ月も経たない頃からイシンヒョンがバンドを抜けるまでの約一年。
付き合っていただろう当時も、それから何年も経った今も、どちらからもはっきりとは聞いてないので真相はいまだに分からないけど、それは俺たちの間ではある種の暗黙の了解なようなものだった。
だれも触れてはいけないタブー。
それが、この二人の過去だ。
唯一知っていることは、イシンヒョンが抜けたときジョンデが酷く荒れていたということ。
きっとそれがすべてだったんだと思う。
どうしようもなく無力だったあの頃のすべて。
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