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Liner Notes


その日、深夜のスタジオで、長い沈黙を破るように「もういいんじゃない?」と言ったのは、ボーカルのジョンデだった。


「どういうこと……?」
「うん、だからさぁ、解散しよう。僕たち」


「は……?ちょっと待てよ!」


思わず立ち上がったギターのベッキョンの腕をドラムのチャニョルが掴んで、「そうだな」と呟いた。




その瞬間、『ビーグルズ』は解散が決まった。



結成から12年、デビューしてわずか6年目のことだった。




*****


映画『少年』で有名なバンド ” ビーグルズ ” 解散!

メディア発表から一夜明けると、俺達の周りはかつてないほどの騒ぎになっていた。
ネットニュースに踊る『解散』の文字。
こういう時に俺たちのイメージって分かるんだな、と移動車の中でネットニュースを斜めに読みながら呟く。

ビーグルズは、この見出しのとおり、ひとつの映画で有名になった。
ベースのギョンスが出演し、バンドとして主題歌も担当した映画。
あの曲を作っていた時は全員が数年後にこんなことになるとは思ってもいなかった。
チャニョルが作った曲にみんなでアレンジを加えて。みんな徹夜で作業した。大変だったけど、楽しかった記憶だけが残る。

みんなが作り出す音楽が好きだったから一緒にやってたのに、"音楽性の違いで解散"だなんて皮肉なもんだね。とあの後ジョンデは笑っていた。

「ヒョン。ごめん、こんなことになっちゃって」

後部座席から運転しているマネージャーのミンソクに向かって呟いた。

「いや。お前らが決めたんなら仕方ないよ」
「うん……あ、ジョンデにさ、筋トレばっかすんなよって言っといて」
「ははは、了解」

さぁ着いたよ、とミンソクがテレビ局の車寄せに車を停めた。

「本当にNGなしで大丈夫?」
「うん、いいよ。任せて」
「わかった」

ミンソクは苦笑しながら荷物を持ち上げたので、俺は「じゃあ行きますか!」と声を上げた。



「お?今日はホットな人が来てますよ!」

仰々しく司会者が話を振る。

「ん?誰ですか?」
「君だよ、君!ベッキョンさん!」
「あぁ、僕ですか!」

解散発表の翌日に生放送のテレビ出演が入っていたのは、大きな誤算だった。

事務所の社長であるジュンミョンが、翌日生放送の仕事をねじ込んでいたことにスタッフが気付いたのは、マスコミ各社にファックスを送った直後のことだった。知り合いのプロデューサーに頼まれていたのを伝え忘れていたらしい。青ざめて頭を抱えるジュンミョンに、「別にいいですよ」と俺は即答した。どのみちメディアは自分の担当なのだ、と腹を括ったからだ。

「凄いタイミングで出演してくださったようで、我々も驚いているんですけど」
「いやぁ、社長がすっかり忘れてたみたいで。ははは!」
「忘れていた!?すごい社長ですね!大丈夫なんでしょうか」
「はい、うっかり社長なんですよ!ですから何でも聞いてください。答えられることは答えますので」

スタジオの隅では、スーツを着た小柄で童顔な、けれどきりりとした目付きのミンソクが、いつものようにその目を細めて苦笑していた。

「ケンカとか不仲とか、そんなのは全然なくて。本当に音楽性の違いって感じなんです」
「以前から話し合ったりとかしてたんですか?」
「話し合うってほどでもないですけど、曲作りとかしながら徐々にって感じで」
「一部ではギョンスさんの俳優活動とかベッキョンさんのバラエティ進出が原因じゃないかとか言われてますけど」
「ははは!それはないですよ!みんな応援し合ってますから!」

もう、何が本当かなんて分からなかった。
そもそも俺自身もなぜ解散なのか分かってないのに、説明なんてできるわけがない。

ジョンデが終わりにしようと言ってチャニョルがそれに同意した。
ギョンスもずっと黙っていたけど、結局は解散に頷いた。
俺だけが最後まで反対していた。
社長とミンソクに報告する時、チャニョルは本当に上手く説明していた。
俺の中を上滑りしていくほどに。
だからはっきりとした解散理由が、俺にだけはよく分からなかった。

楽屋に戻ると、ミンソクが「お疲れ」と言って苦笑を浮かべながら肩を叩いて労ってくれた。
なんだか良く分からないけど、無性に泣きたいと思った。

「ヒョン、時間あるならスタジオ寄ってくれない?」
「スタジオ?」
「うん、ギター弾きたくなっちゃった……」
「あぁ、分かった。次まで一時間くらいあるからいいよ」
「ありがと」

次の仕事までの狭間、寄ってもらったのは通い馴れたスタジオ。

社長が用意してくれたこのスタジオは、四人の遊び場だった。
いつもみんなで曲を作ったり練習したり。楽しかった思い出がよみがえる。
けれどその内にギョンスの俳優の仕事が忙しくなり、俺自身もバラエティの仕事も忙しくなって。
だからなのかチャニョルもいつの間にか自宅に機器を揃えて作曲してくるようになっていた。

ジョンデがこのスタジオに一人で通っているというのを俺はミンソクから聞いて知っていた。知っていて、気づかないふりをしていたんだ。
俺だってバンドのためにTVに出て仕事してるんだ、なんて言い聞かせて。
メンバーが変わっていく姿をジョンデはこのスタジオでどう思っていたんだろう。

愛用のギターを抱えて音を鳴らす。

すぐそばで、みんなの笑い声が、鳴らす音が、聞こえてくるようだった。
あの頃の懐かしい匂いがふわりと香った気がした。

社長と話し合ったとき、解散ライブはしないことにした。
どういう顔でお客さんの前に立ったらいいのか分からないとジョンデが言ったから。
俺もそうだな、と思った。

でもやっぱり、最後にみんなで一回くらいやりたかったかも、なんて今更ながらに頭を過る。

「ベッキョナ……?」

スタジオのドアが開いて入ってきたのは、やっぱりジョンデだった。

「よっ」
「珍しいね」
「まぁ、ちょっとギター触りたくなって」
「やめるとなったら惜しくなった?」
「はは、そんなとこ」
「今日のテレビ見たよ」
「あぁ、」
「売れっ子は大変だね」
「まぁね」

解散、と決めてからメンバー間でも何となくよそよそしくなった。
俺はそれが一番、寂しかった。

「僕さ、ベッキョナのギター大好きだったよ」
「そう」
「うん。歌っててとっても気持ちいいんだ。だから、テレビの仕事が一杯で聴けなくなっていったのがすごく寂しかったな……」

すでに過去の話になっているのか、ジョンデは懐かしむように口にする。
それから、でもバラエティに出てる時のベッキョンも凄い面白いから好きだよ!と付け足して笑った。
何が悪いとか、誰が悪いとか、そんなのはないことは十分に分かっている。

「おまえ、後悔してない?」
「何を?」
「解散」
「……全然!」
「そっか」

落ち着いたら今度飲みに行こうなんて話している時、ミンソクから電話がかかってきて次の仕事を知らせた。

「仕事?」
「うん、収録」
「そっか……がんばってね!」
「ん、サンキュ」

バタン、と重たい防音扉が閉まって、俺とジョンデの間を隔てた。

ビーグルズを解散した俺たちは、この後どんな場所へ向かっていくのだろうか。
ジョンデは、ギョンスは、チャニョルは、俺は。

純粋に音楽だけを楽しんでいたあの頃には、きっともう戻れないんだろう ───

揺れる車窓を眺めながら俺はひとり、目を瞑った。



*****



デビューが決まったのは、大学3年の春のことだった。
2年の冬に出たイベントで優秀賞を受賞して、今の事務所から声をかけて貰った。
そして、そのちょうど一年前。


「こいつ、ジョンデって言うんだ!うちのボーカルにどうかと思って!」

チャニョルの父親が趣味でやってるスタジオに、俺は初めてジョンデを連れて行った。
俺たちが大学1年の終わり頃のことだった。

「は……?」
「だから、ボーカル!この前見に行った友達のライブに出ててさ、思わずスカウトしてきちゃったんだよ!」

俺の話を聞いていて目を丸くしていたチャニョルは「ちょっと来い」と勢いよく俺の腕を掴んで、スタジオの外へと引っ張った。

「どういうことだよ」
「どうってだから、」
「いるじゃんボーカル」
「いや、俺は仮でしょ?」
「仮じゃないし。俺ベッキョナの声好きだっていつも言ってんじゃん。なんでそんな勝手なことすんだよ」
「いやいや、そうは言っても俺元々ギターだし」
「元々って、俺は最初の最初からベクがボーカルやればいいって言ってたじゃん。ルハニヒョンいたからやってなかったけど」
「いやいや、そうだけどさぁ。とにかく一回アイツの声聞いてみろって。マジすげぇから!俺なんて比じゃないよ?」

チャニョルは全然納得していなかったけど、スタジオに戻るとイシンヒョンがとりあえず一曲合わせてみようよと言ってくれたので、俺たちはジョンデが歌えると言う曲を一曲合わせてみた。
結果として、イシンヒョンまでもがジョンデの声を気に入ってしまい、チャニョルが渋々折れる形でジョンデはビーグルズにボーカルギターとして加入が決まった。

当時のメンバーはドラムのチャニョルとベースのギョンスとリズムギター兼キーボードのイシンヒョンとリードギター兼ボーカルの俺。
そこにジョンデがボーカルギターとして加わったので、俺はまた大好きなリードギターに専念できることになったし、イシンヒョンはキーボードを弾くことが多くなった。

そうやって5人での新生ビーグルズが誕生した。

ちなみにチャニョルがジョンデを認めたのは、加入から一月後のことだ。

結成当時ボーカルだったルハニヒョンのためにイシンヒョンが作った曲を、ジョンデが最高に格好よく歌いこなしてくれたのを聴いた時。
ドラムを叩き終えたチャニョルが目ん玉ひん剥いて驚いたあと、いつものでっかい笑顔で笑ったのだ。
その瞬間、俺たちを纏う空気が一変したのを覚えている。

それからチャニョルとイシンヒョンは競うようにジョンデのために曲を作るようになったし、俺やギョンスはコーラスを合わせるのが楽しかった。

俺たちはみんなバラバラの大学だったけど、チャニョルの親父のボロスタジオに毎日のように集まっては、笑いながら曲を作ったり練習したりした。

土埃が舞う匂いが懐かしく胸を覆う。



続く
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