キム四兄弟の話
大学の授業中、珍しくソギヒョンから電話がかかってきて、何事かと驚きそっと教室を抜け出して出ると、神妙な声で『オヤジが店で倒れて運ばれたから、とにかく病院へ来い』というものだった。
僕は急いで教室に戻ると、隣の席に座っていたギョンスに小声で事情を説明し、鞄を掴んで大学をあとにした。
* * * *
「これからどうしようね……」
兄弟四人で顔を突き合わせて、ミョニヒョンが涙声でそうこぼしたのは、父親の葬儀が終わった次の日のことだ。泊まっていた親戚の人たちを送り出して、みんなで店のテーブルで休んでいたときのこと。
「どうするっていっても、ヒョンたちは仕事だし俺とチェンヒョンだけじゃ……」
「うーん、だよねぇ……」
父は生前、この自宅に併設された古い店で喫茶店を営んでいた。
─── 惑星堂珈琲店 ───
父が僕たちに残したたったひとつの店だ。
僕らの母は末っ子のジョンインを産んだ二ヶ月後に亡くなったから、以来ずっと父がこの喫茶店をやりながら貧しいながらも僕ら四人を男手ひとつで育ててくれていた。
「店は別としてもお前たち二人にしておくのは心配だしなぁ……」
長男ソギヒョンが呟く。
上二人はすでに家を出て一人立ちしているので、今は父親と大学3年の僕と高校3年の末っ子ジョンインの三人暮らしだった。
「まぁでもチェニがいるからそれは大丈夫じゃない?」
「うん、家のことなら僕なんとかするよ?」
僕はヒョンたちに心配掛けまいと必死に笑顔を作った。
ソギヒョンは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ねぇ、学校ってどうなる?」
「えーっと確か、チェニは奨学金貰ってるし、ニニの学費は元々ヒョンが払ってるから問題ないよ……ってことでニニはしっかり勉強しなさい」
「えーー」
次男のミョニヒョンと末っ子ジョンインの会話を聞きながら、僕はこれからのことを思った。
とりあえずバイト増やさなきゃ、とか、もっともっと節約しなきゃ、とか。
ジョンインと二人だから僕がしっかりしなきゃ、とか。
そんなときだった。
四者四様に考えはあったようで、普段は寡黙な長男ソギヒョンが口を開いたのは──
「俺、この店やるよ」
「「「え……」」」
ソギヒョンは高校を卒業すると一番に家を出て、地元の建設会社に就職したから、入社してそろそろ10年目になるはずだ。
「いや、オヤジが倒れる前からずっと考えてたんだ。長男だしゆくゆくは俺がって。だからいい機会かと思って……」
オヤジの店潰したくないじゃん?って、ソギヒョンは淋しそうに苦笑をこぼした。
「でも……!」と声をあげたのは、やっぱりミョニヒョンで。
ソギヒョンとミョニヒョンは本当は1歳違いの年子だけど、母親の"面倒くさいから"という理由でミョニヒョンは小学校を早期入学して、以来ずっと二人は同学年として育ってきた。
そのせいか本人たちも双子のように振る舞うけれど、こういう時やっぱりソギヒョンは長男なんだなと思うことが多い。
「とにかく、そういうことで家に戻るから、頼むな」
ソギヒョンが戻ってきてくれるなんて僕は嬉しすぎて「やった」と小さく声をあげて喜ぶと、ミョニヒョンはイマイチ賛成していないようで、唇を尖らせていた。
* * * *
「ジョンデ……!」
「ギョンス」
「大変だったね」
法事の色々を終えて久しぶりに大学に出ると、ギョンスが僕を見つけて心配そうに声を掛けてくれた。
「少しは落ち着いた?何か手伝えることがあったらいつでも言って」
「ありがとう。けどソギヒョン……一番上のヒョンが戻って来てくれたんだ。店も継ぐって」
「惑星堂?」
「うん、だからとりあえずは大丈夫かな」
昔から父親のコーヒーを一番好きだったのも、店を一番手伝っていたのもソギヒョンだった。就職してからだってそう。だから店に関しては心配していないんだけど……
とにかく僕も、出来ることは頑張らないといけない、なんて。
大学の授業を終えるとその足でバイト先の居酒屋に出向いて店長に話をした。
葬儀はもう落ち着いたこと。
家計が心配だからシフトを増やしてほしいこと。
店長は「分かったけど、あまり無理するなよ」と肩を叩いて労ってくれた。
帰り際、バイトに出ていたチャニョルと会って「お前、大丈夫か!?」と盛大に抱き締められて、何度も頭を撫でられた。僕はちょっとだけホッとして、泣きそうになって、ぎゅっと小さくしがみついた。
チャニョルの低い声が心の隙間に染みたんだ。
「大丈夫だよ」と言うと、心がちくんと傷んた気がした。
家に帰るとジョンインが一人でぼんやりと店のカウンターに座っていた。
「ニニ……?」
「あ、チェンヒョン、おかえり」
「うん、ただいま」
僕の本名はキムジョンデだ。
だけど家族だけは僕のことをチェンと呼ぶ。誰がつけたのかも、詳しい由来も知らないけれど、星という意味だということはいつだか子どもの頃に誰かから聞いたことがある気がする。
「どうした?お腹空いた?」
元気のなさそうなジョンインが心配で、そっと近寄って覗き込む。
「いや……ヒョン。俺さ、今日学校から帰ってきて店に入った瞬間に思ったんだよね、オヤジ死んだんだなぁって……」
「ジョンイナ……」
「いつもはさぁ、学校終わって店に入ったらオヤジがこのカウンターの向こうで立ってて"おかえり"って言ってくれてたんだけど、今日は誰もいなくて。あぁ、本当にオヤジ死んだんだなぁって……悲しいよりも不思議なんだ。あの日もいつもと変わらず朝送り出してくれてたから。いつもと同じく帰ったらこの店手伝って、チェンヒョン帰ってきたらみんなでご飯食べて……って当たり前にずっと続くと思ってたから。当たり前なんてことないのにね……」
淋しそうにカウンターの内側の父親の定位置を眺めながらジョンインがぽつりぽつりと呟くように言葉を並べた。僕はぎゅっと心臓が潰れそうになって、座るジョンインの頭を抱え込むように抱き締めた。
僕らのマンネ、ジョンインはまだ高校生だ。
甘えん坊で、やんちゃ盛り。
「ジョンイナ……」
「ヒョン、俺大丈夫だよ。チェンヒョンがいるし、ソギヒョンとミョニヒョンだっているから。だから、」
淋しくなんかないよ、とジョンインは笑った。
僕は少しだけ救われたような気がした。
* * * *
ソギヒョンが仕事を終えてこの家に帰ってきたのは、夜も10時を過ぎた頃だった。溜まってしまった仕事を片付け、アパートに寄って当面の着替えを詰め込み家に帰ってきたのだ。
ソギヒョンがこの家を出たとき、僕は12歳だった。ジョンインに至ってはまだ8歳で。だから僕やニニはソギヒョンと住んだ記憶があまりない。と言っても、週末や休暇は帰ってきてたので兄弟仲は悪くはないけど。っていうか僕もニニもソギヒョン大好きだからとても仲はいいんだけど。
とにかく、僕はソギヒョンがこの家に帰ってきて惑星堂をやってくれることがとても嬉しかった。
「とりあえず今日上司と話したけど、やっぱり1ヶ月くらいはかかりそうだな」
「そうなんだ。じゃあ、それまでは休み?」
「そうだなぁ……」
ソギヒョンの晩酌に付き合いながら、3人で居間で喋るのもなんだか不思議な感じだ。
「ねぇ!ヒョンの引っ越しの荷造りしに行ってもいい!?」
ジョンインがヒョンの肴のアテのチーズを摘まみながら声を上げた。
「どうせ店ないなら俺暇だし」
「はは!ニニに出来るの?」
「任せて!」
「心配だなぁー。余計汚されそうだけど……」
ジョンインの部屋を見れば渋るヒョンの意見はごもっともで。僕も「確かに!」と笑った。
「だろ?あ!チェニも一緒ならいいけど?」
「だって!ヒョン、どうする!?」
「うーん、今日さ、バイトのシフトたくさん入れて貰うように頼んだから、あんまり休みないかも~」
「えー!」
兄弟の中で誰よりも大人っぽい見た目とは裏腹にジョンインが末っ子らしく育ったのは、きっと父親をはじめ家族全員が甘やかしてきたからだ。
今だって、高三にもなって足をバタつかせて膨れっ面をしている。
「チェナ、」
「なーにー?」
「何かお金でも必要なの?」
「なんで?」
「だって今シフト入れて貰うように頼んだって……お金いるならヒョンに言えばいいんだよ?」
心配そうに顔を傾げるヒョンに「そんなんじゃないよ~!」と笑った。
「お金はあった方がいいかなって思っただけ!だってこれからどうなるか分かんないでしょ?お店も休みだし」
「チェナ……いいんだよお前たちは。チェニとニニは自分たちの学校のことだけ考えてなさい。お金のこととか家のこととか店のこととか、そういう難しいことは俺とジュンミョニとで考えるんだから」
「ヒョン……」
「それに、チェニが帰るのが遅くなったら、その間ニニは一人で待ってなきゃいけなくなるんだよ?」
「あ……そっか……」
今日の店でのジョンインの顔を思い出す。
酷く寂しそうだったあの表情を……
こくりと頷くと、ソギヒョンは優しく頭を撫でてくれた。こういうところがソギヒョンは長男なんだと思う。
結局僕は、次の日またバイト先に顔を出して、やっぱり今まで通りのシフトに戻してくださいと店長に頭を下げた。
店長は苦笑していたけれど、分かったよ、と了承してくれた。
今まで通り───平均すると週三日程度、僕は大学が終わると居酒屋のバイトに出た。
しばらくは帰ってくると相変わらずジョンインは暇そうに本を読んでいたけど、そのうちに僕のシフトを聞きつけてミョニヒョンが仕事を早く終えて家に居てくれるようになった。ジョンインが一人で淋しくないように。
そんなわけで最近は四人で晩御飯を囲むことが増えているし、何だかんだとミョニヒョンも泊まっていくので、父さんがいた時よりも賑やかかもしれない。
僕は急いで教室に戻ると、隣の席に座っていたギョンスに小声で事情を説明し、鞄を掴んで大学をあとにした。
* * * *
「これからどうしようね……」
兄弟四人で顔を突き合わせて、ミョニヒョンが涙声でそうこぼしたのは、父親の葬儀が終わった次の日のことだ。泊まっていた親戚の人たちを送り出して、みんなで店のテーブルで休んでいたときのこと。
「どうするっていっても、ヒョンたちは仕事だし俺とチェンヒョンだけじゃ……」
「うーん、だよねぇ……」
父は生前、この自宅に併設された古い店で喫茶店を営んでいた。
─── 惑星堂珈琲店 ───
父が僕たちに残したたったひとつの店だ。
僕らの母は末っ子のジョンインを産んだ二ヶ月後に亡くなったから、以来ずっと父がこの喫茶店をやりながら貧しいながらも僕ら四人を男手ひとつで育ててくれていた。
「店は別としてもお前たち二人にしておくのは心配だしなぁ……」
長男ソギヒョンが呟く。
上二人はすでに家を出て一人立ちしているので、今は父親と大学3年の僕と高校3年の末っ子ジョンインの三人暮らしだった。
「まぁでもチェニがいるからそれは大丈夫じゃない?」
「うん、家のことなら僕なんとかするよ?」
僕はヒョンたちに心配掛けまいと必死に笑顔を作った。
ソギヒョンは怪訝そうな表情を浮かべる。
「ねぇ、学校ってどうなる?」
「えーっと確か、チェニは奨学金貰ってるし、ニニの学費は元々ヒョンが払ってるから問題ないよ……ってことでニニはしっかり勉強しなさい」
「えーー」
次男のミョニヒョンと末っ子ジョンインの会話を聞きながら、僕はこれからのことを思った。
とりあえずバイト増やさなきゃ、とか、もっともっと節約しなきゃ、とか。
ジョンインと二人だから僕がしっかりしなきゃ、とか。
そんなときだった。
四者四様に考えはあったようで、普段は寡黙な長男ソギヒョンが口を開いたのは──
「俺、この店やるよ」
「「「え……」」」
ソギヒョンは高校を卒業すると一番に家を出て、地元の建設会社に就職したから、入社してそろそろ10年目になるはずだ。
「いや、オヤジが倒れる前からずっと考えてたんだ。長男だしゆくゆくは俺がって。だからいい機会かと思って……」
オヤジの店潰したくないじゃん?って、ソギヒョンは淋しそうに苦笑をこぼした。
「でも……!」と声をあげたのは、やっぱりミョニヒョンで。
ソギヒョンとミョニヒョンは本当は1歳違いの年子だけど、母親の"面倒くさいから"という理由でミョニヒョンは小学校を早期入学して、以来ずっと二人は同学年として育ってきた。
そのせいか本人たちも双子のように振る舞うけれど、こういう時やっぱりソギヒョンは長男なんだなと思うことが多い。
「とにかく、そういうことで家に戻るから、頼むな」
ソギヒョンが戻ってきてくれるなんて僕は嬉しすぎて「やった」と小さく声をあげて喜ぶと、ミョニヒョンはイマイチ賛成していないようで、唇を尖らせていた。
* * * *
「ジョンデ……!」
「ギョンス」
「大変だったね」
法事の色々を終えて久しぶりに大学に出ると、ギョンスが僕を見つけて心配そうに声を掛けてくれた。
「少しは落ち着いた?何か手伝えることがあったらいつでも言って」
「ありがとう。けどソギヒョン……一番上のヒョンが戻って来てくれたんだ。店も継ぐって」
「惑星堂?」
「うん、だからとりあえずは大丈夫かな」
昔から父親のコーヒーを一番好きだったのも、店を一番手伝っていたのもソギヒョンだった。就職してからだってそう。だから店に関しては心配していないんだけど……
とにかく僕も、出来ることは頑張らないといけない、なんて。
大学の授業を終えるとその足でバイト先の居酒屋に出向いて店長に話をした。
葬儀はもう落ち着いたこと。
家計が心配だからシフトを増やしてほしいこと。
店長は「分かったけど、あまり無理するなよ」と肩を叩いて労ってくれた。
帰り際、バイトに出ていたチャニョルと会って「お前、大丈夫か!?」と盛大に抱き締められて、何度も頭を撫でられた。僕はちょっとだけホッとして、泣きそうになって、ぎゅっと小さくしがみついた。
チャニョルの低い声が心の隙間に染みたんだ。
「大丈夫だよ」と言うと、心がちくんと傷んた気がした。
家に帰るとジョンインが一人でぼんやりと店のカウンターに座っていた。
「ニニ……?」
「あ、チェンヒョン、おかえり」
「うん、ただいま」
僕の本名はキムジョンデだ。
だけど家族だけは僕のことをチェンと呼ぶ。誰がつけたのかも、詳しい由来も知らないけれど、星という意味だということはいつだか子どもの頃に誰かから聞いたことがある気がする。
「どうした?お腹空いた?」
元気のなさそうなジョンインが心配で、そっと近寄って覗き込む。
「いや……ヒョン。俺さ、今日学校から帰ってきて店に入った瞬間に思ったんだよね、オヤジ死んだんだなぁって……」
「ジョンイナ……」
「いつもはさぁ、学校終わって店に入ったらオヤジがこのカウンターの向こうで立ってて"おかえり"って言ってくれてたんだけど、今日は誰もいなくて。あぁ、本当にオヤジ死んだんだなぁって……悲しいよりも不思議なんだ。あの日もいつもと変わらず朝送り出してくれてたから。いつもと同じく帰ったらこの店手伝って、チェンヒョン帰ってきたらみんなでご飯食べて……って当たり前にずっと続くと思ってたから。当たり前なんてことないのにね……」
淋しそうにカウンターの内側の父親の定位置を眺めながらジョンインがぽつりぽつりと呟くように言葉を並べた。僕はぎゅっと心臓が潰れそうになって、座るジョンインの頭を抱え込むように抱き締めた。
僕らのマンネ、ジョンインはまだ高校生だ。
甘えん坊で、やんちゃ盛り。
「ジョンイナ……」
「ヒョン、俺大丈夫だよ。チェンヒョンがいるし、ソギヒョンとミョニヒョンだっているから。だから、」
淋しくなんかないよ、とジョンインは笑った。
僕は少しだけ救われたような気がした。
* * * *
ソギヒョンが仕事を終えてこの家に帰ってきたのは、夜も10時を過ぎた頃だった。溜まってしまった仕事を片付け、アパートに寄って当面の着替えを詰め込み家に帰ってきたのだ。
ソギヒョンがこの家を出たとき、僕は12歳だった。ジョンインに至ってはまだ8歳で。だから僕やニニはソギヒョンと住んだ記憶があまりない。と言っても、週末や休暇は帰ってきてたので兄弟仲は悪くはないけど。っていうか僕もニニもソギヒョン大好きだからとても仲はいいんだけど。
とにかく、僕はソギヒョンがこの家に帰ってきて惑星堂をやってくれることがとても嬉しかった。
「とりあえず今日上司と話したけど、やっぱり1ヶ月くらいはかかりそうだな」
「そうなんだ。じゃあ、それまでは休み?」
「そうだなぁ……」
ソギヒョンの晩酌に付き合いながら、3人で居間で喋るのもなんだか不思議な感じだ。
「ねぇ!ヒョンの引っ越しの荷造りしに行ってもいい!?」
ジョンインがヒョンの肴のアテのチーズを摘まみながら声を上げた。
「どうせ店ないなら俺暇だし」
「はは!ニニに出来るの?」
「任せて!」
「心配だなぁー。余計汚されそうだけど……」
ジョンインの部屋を見れば渋るヒョンの意見はごもっともで。僕も「確かに!」と笑った。
「だろ?あ!チェニも一緒ならいいけど?」
「だって!ヒョン、どうする!?」
「うーん、今日さ、バイトのシフトたくさん入れて貰うように頼んだから、あんまり休みないかも~」
「えー!」
兄弟の中で誰よりも大人っぽい見た目とは裏腹にジョンインが末っ子らしく育ったのは、きっと父親をはじめ家族全員が甘やかしてきたからだ。
今だって、高三にもなって足をバタつかせて膨れっ面をしている。
「チェナ、」
「なーにー?」
「何かお金でも必要なの?」
「なんで?」
「だって今シフト入れて貰うように頼んだって……お金いるならヒョンに言えばいいんだよ?」
心配そうに顔を傾げるヒョンに「そんなんじゃないよ~!」と笑った。
「お金はあった方がいいかなって思っただけ!だってこれからどうなるか分かんないでしょ?お店も休みだし」
「チェナ……いいんだよお前たちは。チェニとニニは自分たちの学校のことだけ考えてなさい。お金のこととか家のこととか店のこととか、そういう難しいことは俺とジュンミョニとで考えるんだから」
「ヒョン……」
「それに、チェニが帰るのが遅くなったら、その間ニニは一人で待ってなきゃいけなくなるんだよ?」
「あ……そっか……」
今日の店でのジョンインの顔を思い出す。
酷く寂しそうだったあの表情を……
こくりと頷くと、ソギヒョンは優しく頭を撫でてくれた。こういうところがソギヒョンは長男なんだと思う。
結局僕は、次の日またバイト先に顔を出して、やっぱり今まで通りのシフトに戻してくださいと店長に頭を下げた。
店長は苦笑していたけれど、分かったよ、と了承してくれた。
今まで通り───平均すると週三日程度、僕は大学が終わると居酒屋のバイトに出た。
しばらくは帰ってくると相変わらずジョンインは暇そうに本を読んでいたけど、そのうちに僕のシフトを聞きつけてミョニヒョンが仕事を早く終えて家に居てくれるようになった。ジョンインが一人で淋しくないように。
そんなわけで最近は四人で晩御飯を囲むことが増えているし、何だかんだとミョニヒョンも泊まっていくので、父さんがいた時よりも賑やかかもしれない。