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大男と6人の小人(仮)

なんだろう、ピアノの音がする。
ぽろろんと楽しそうに飛び跳ねるような……


うん、そうだジャズっぽい。
このテンポ。リズムの刻み方。

それから、跳ねて転がり回るような歌い方。


昔、親父に教えてもらったっけ……


心地よいリズム。
楽しくなるような歌声。


あぁ、いい声だなぁ。
気持ち良さそう。本当に楽しそうだ。



と思ったのに……




あ……


あーぁ。




鳴り終わったそれが酷く物足りなく思えて、目の前の何かを掴むように目が覚めた。
パチパチと瞬きを繰り返して、ゆっくりと起き上がる。

見慣れない風景。見覚えのない部屋。


どこだ、ここ……



「あ、やっと起きたか、デカいの」


声の方を見やれば、リビングの一角にでかでかと鎮座する真っ白なグランドピアノ。そして楽しそうに笑う仔犬みたいに小柄な男。
こいつがさっきのやつ弾いてたの、か……?


「あ、あの……俺……」
「はは!覚えてないんだ?」
「はい……全く……」
「お前昨日公園で寝てたんだよ。風邪引きそうだったから俺が拾ってやった!」


重くて大変だったんだからな!とそいつはけらけらと笑う。


「感謝しろよ!」
「あ、あぁ……はい……ありがとうございました……?」
「ははは!」


昨日?公園……ってなんでだっけ……
思い出そうとしてもイマイチよく分からない。


てゆーか俺、誰だっけ……?





「なに言ってんのさー!」


"見つけた" の間違いでしょ?とさらにもう一人小柄な男が出てきてびくりと驚いて震えた。
下がり眉の華奢な男だ。
ここは一体どこなんだろう。
この二人の家?

俺は混乱する頭でただただ二人のやり取りを眺めた。


「はは!そうだっけ?」
「一人じゃ運べないからってわざわざ皆のこと呼び出してさぁ」
「ま、いいじゃん」
「もー!……あっ、そうだ!」
「なんだよ」
「またイシンヒョンのピアノ勝手に弾いてたでしょー!しかも朝っぱらから!」
「あ、はははははははは」


"イシンヒョン" という人もいるらしい……

二人でケタケタと笑いながら話す様は仔犬が2匹じゃれてるようにしか見えない。
こいつらは一体……

あ、じゃなくて、俺は一体……



「お、目覚めたのか?」


またしても別の男。そして小柄。
今度のやつは白くてなんかまぁるい。
全体的に、なんかまぁるい。
太ってる訳じゃないのに全体の作りがまぁるいんだ。
この人が、"イシンヒョン" ……?


「あ、はい……」
「朝からうるさくて悪いな」
「いえ……」
「気分は?」
「大丈夫です」
「そっか、よかった」


あ、コーヒーでも飲むか?と聞かれたので、遠慮なく「はい」と答えると、その男は嬉しそうに「待ってろ」と言ってキッチンへと消えていった。


「ソギヒョーン!」


下がり眉の男がキッチンに向かって声をかける。
あ、"イシンヒョン" ではないらしい。


「ギョンスはー?」


え、"ギョンス" ってのもいるのか……?
てゆーか、全部で何人いんだよ!


「お客さんの着替え買いに行ったよ」
「着替え?」
「うん、汚れてるし破けてるからって。もうすぐ戻ると思うけど」


"お客さん" って多分俺のことだよな……と思って服を見れば、確かにズボンの膝が大きく破れている。


「そっか、じゃあご飯はそれからだね!」
「だな。ジョンデもコーヒー飲むか?」
「もちろん!」


あ、下がり眉は "ジョンデ" っていうのか。


……じゃなくて、だから俺は誰なんだ!


「ただいまー」


あ、誰か帰ってきた。
もしかして、"ギョンス" ……?
さっき俺の着替え買いに行ってくれてるって言ってたような……


「あ!おかえりー!」


"ジョンデ" が廊下?の方にトタトタと走っていったかと思ったら、今度はきゃっきゃと笑いながら戻ってきた。
その後ろには、白目がぎょろりとしたまたしても小柄な男。
なんだなんだ、この家には小柄なやつしかいないのか!?


「ただいま戻りました」とその男が "ソギヒョン" に告げると「おかえり」とコーヒーカップを手にして振り返った。


「ギョンスも飲む?」
「いえ、先にご飯作っちゃいます」
「そっか。悪いな」


やっぱりその男が "ギョンス" で当たっているらしい。

ぼんやりとその光景を眺めていると、"ソギヒョン" がマグカップを手にして近づいてきた。


「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」


差し出されたそれを恐縮しながら受けとると、今度は "ギョンス" が買い物袋をガサガサと漁って「あの……サイズが分からないので、とりあえずスウェットで申し訳ないんですが……」と服を差し出された。


「今着ている服は、よければ洗ってほつれてるところ直しておきます。あとシャワー浴びるなら、その間に朝食作っちゃいますけど……」


言われてみれば何だか体が気持ち悪い気がする。
てことでとりあえず、ここはやっぱり甘えるべきでしょ!


「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

「ベッキョナー、バスルーム案内してあげて」
「あいよー」


このピアノの男は "ベッキョナ" と言うらしい。
楽しそうに前を歩く "ベッキョナ" のぴょこぴょこと揺れる旋毛を眺めながら、俺は声をかけた。


「あの……」
「んー?」
「さっきピアノ弾いて歌ってたのって、もしかして君?」
「ん?あぁ、そうだけど?」

寝てたのに聴いてたんだ?と彼はまた笑う。

「うん、寝ながら聴いてました。すごい楽しそうだなって」
「はは!」

じゃ、ここだから。とバスルームに案内されて、俺は遠慮なくシャワーを浴びた。



シャワーから上がってさっぱりとした頭でスウェットを着ると、丈が少し足りなくて思わず苦笑する。
まぁ、とりあえずいいか。
と思ったのに、さっきのリビングに戻って「シャワーありがとうございました」と頭を下げる俺を見て、みんなから盛大に笑われた。


「ギョンス!もっとデカいサイズなかったのかよ!」
「一応あった中では一番のやつだけど」
「まぁ仕方ないよね!僕たちには親しみのないサイズだし」
「そうそう。うちには縁のないサイズだから。って、あ、朝食よかったら……」


"ギョンス" が苦笑しながらダイニングの空席を指したので、何となく「ありがとうございます」と濡れた頭を掻きながら席についた。


どうぞ、と出されたのは焼きたてのトーストにサラダとスクランブルエッグという、なんともド定番の朝食。時計を見れば朝食と言うには遅い気もするけど、それでも香ばしい匂いを嗅げばグゥーとお腹が鳴ったような気がして一気に空腹を感じた。

「いただきます!」とトーストをかじろうとした瞬間、「朝から賑やかだねぇ」とドアを開けて人が入ってきた。

お?今度こそ "イシンヒョン" か……?


「あ!ミョニヒョンおはよー!」


"ジョンデ" が声をあげる。
うん、やっぱり "イシンヒョン" ではないらしい。


「あ、起きたんですね」


またしても色白で小柄な男だ。
涼やかな声でキリリとした顔立ち。
それにしても本当に小柄な男ばっかりだ、とさっきのスウェットの会話を思い返して苦笑した。


「あ、はい。ご迷惑お掛けしました」
「いやいや、僕は何もしてないし。運んだのは殆どミンソギとジョンデとイシンだから」


イシン……って "イシンヒョン" ?
ここまで来るともはやラスボス感が拭えない。
むしろ楽しみになってきている自分が可笑しくて、脳内で爆笑した。

とりあえず "ミンソギ" と "ジョンデ" に向かって頭を下げると、二人とも照れくさそうにはにかんだ。


「ところで、えっと……名前……」


"ミョニヒョン" が言うと "ジョンデ" が「あっ!!」と声をあげた。
さっきからよく通る声だ。


「え?なに?」
「名前、聞いてなかった!」
「は?」
「だから、お客さんの名前。誰も聞いてないよね?」
「はは!確かに!」
「あぁ、そういえば……ソギヒョンもですか?」
「うん。コーヒーに夢中になってて……」

「え?誰も聞いてないの?」


"ミョニヒョン" がみんなに視線をやると、みんなブンブンと首を横に振って、"ミョニヒョン" は仕方ないなぁ、と苦笑した。


「すみません、失礼なやつばっかりで」
「いえ……」
「あ、じゃあみんなで自己紹介でも……」
「そうだね」


そうして俺はここにいる5人の正式名称を知ることになった。
やっぱり "イシンヒョン" はまだいないらしい。

「で、あなたは?」

"ミョニヒョン" ことジュンミョンさんが俺に視線を向ける。


「えっと…………あの…………」


全員に視線を向けられて、じりじりと突き刺さっていく。


「…………誰でしょう……か……」



「は?」


空気が一瞬止まった気がした。



「……分からないんです」






「記憶喪失じゃない?」



まさしくラスボスの登場だった。



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