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盲目の人

※見えない目撃者のパロディですが、映画のネタバレにならないように映画とは内容を変えてます。
※あとベクペンさん、なんかすみません!


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俺が、弟の夢を奪ったのは、俺が夢だった警察官になった年のことだった。


血の繋がらない弟、ジョンデ


最愛の ───





****
side M



弟の夢だったバンドのライブが終わって、その打ち上げの後、迎えに来てほしいなぁなんていつもの甘えた声で電話があって。仕方ないなぁと迎えに行った時。助手席に上機嫌のジョンデを乗せて。最高に幸せな瞬間だったよ!なんて興奮ぎみにしゃべるジョンデを横目に見て苦笑していたら、飛び出してきた野良犬に気付くのが遅れて。避けようと焦ってハンドルを切ったら、対向車のトラックとぶつかった。


ジョンデは、車外へ放り出されて。
以来病院のベッドに眠ったままだ。


昔から仲のいい兄弟で、互いの夢を応援しあっていた。
俺は、ジョンデの夢どころか、未来もすべて壊した。



その事故の後遺症で、俺は視力を失った。警察に復職してもいいと言われたけど、弟をこんな状態にしておいて自分だけ夢を追うのは気が引けて警察も辞めた。



あの事故から3年が過ぎて、俺は覚えた点字で翻訳の仕事をするようになった。どうにかご飯は食べられるようになったけど、心の中は今でもぽっかりと穴が空いていて、視力を失ったはずなのに夢の中ではいつでもジョンデが笑っていて、その度に涙がこぼれた。
ジョンデが助かるなら視力なんて要らないと思ったのに。脳みそが勝手に映し出すんだ。



眠り続けるジョンデ。
あの屈託のない笑顔も、甘えるような仕草も、もうずっと見ていない。
この先俺はもうそれを見ることは出来ないし、かと言って俺のせいで一向に目覚めないジョンデを、握る手の感触だけで判別しなきゃいけないことも辛くなって、俺は病院に見舞いに行くことも出来なくなった。



「ベク!おいで」
「わん!」



盲導犬として俺の相棒になってくれたベクは、盲導犬のくせによく鳴くやつだ。もちろん外で仕事中は鳴かないけど、こうして家で二人でいるときはよく鳴いて俺の淋しさを紛らわせてくれる。「いい子だ」と撫でてやると、また「わん!」と鳴いた。



「ごめん、今日は留守番なんだ。母さんが迎えに来るからいい子で待ってろよ」
「くーん」



母親は犬を毛嫌いしている。
元々だったような気もするし、あの事故からのような気もする。
どちらにしても盲導犬を飼うことを反対していたことは確かで、だからこそ俺は飼うことにしたんだ。あの家を出るために。



それでも月に1度は母親が迎えにきて、俺はあの家に帰される。
家族の形なんてあの事故以来もう何もないのに。




ピンポンとインターホンが鳴って、母親の迎えを知らせた。


俺は支度をしてベクの頭を撫で、ベクが出ていかないようにリビングのドアを閉めた。



「いらっしゃい」
「ちゃんとしてる?」
「うん、問題ないよ」


母親の肩を掴んで白杖を持つとマンションを後にした。
タクシーに乗って向かったのは前まで家族で住んでいた家。俺と母親と、継父とジョンデ。子連れ同士の再婚で、10年間だけだけれど四人で住んだ家。
継父はあの事故以来この家へは寄り付かなくなった。今はもう病院のベッドで眠るだけのジョンデの面影が見えるのが辛いからか、はたまたそんな目に遭わせた俺の面影が見えるのが辛いからか。前者ならば俺と同じだな、なんて思う。結局今は、この大きな屋敷には母親がぽつりと残されただけになってしまった。



家に着いていつものように記憶を頼りに二階へと上がる。廊下の右側が俺の部屋。その向かいの左側がジョンデの部屋。その左側の部屋へと入ると、そこには今も変わらずにジョンデがいるような気がした。
『ヒョン!』って言って笑って、楽しそうに歌うジョンデ。この棚の上には、俺があげたラジカセ。手を滑らせて歩くと無機質なそれに当たって、胸が締め付けられた。



『ジョンデは歌が上手いな』
『そう?』
『うん、歌手になれるよ』
『へへ、そうかなぁ?』


『ヒョン!今度みんなでバンドを組むことになったんだ!』
『そうか、すごいな!がんばれよ!』
『うん!ヒョンも必ず警察官になってね!正義の味方になるんでしょ?』
『あぁ、そうだな』



この部屋で、たくさんの話をした。
たくさんの夢を語って、たくさんの励ましをしあった。



あのとき、俺がちゃんと前を見て運転していれば、こんなことにはならずに済んだんだ。俺が……
弟一人も守れないやつが、他人を守れるはずなんてない。



「ミンソク?」
「母さん……」
「ここにいたのね……ミンソク、」



ため息混じりの母の声が聞こえる。



「あれは事故だったのよ。あなたが悪いわけじゃない。お願いだからそんな風に責めないで……」


棚についていた俺の手を握って母は言う。
俺のせいじゃないと。
あれからもう何度も何度も言われてきた。けれどそう言われる度に、俺のせいだと責められているような気がして、心臓が潰れそうになった。



結局、俺はこの家が苦しくなって逃げ出した卑怯ものだった。
俺自身の視力を失ったのをいいことに、母親からもジョンデからも目を反らした。



「ベク、ただいま」
「わん!」



尻尾を振って駆け寄ってくるベクを抱き締めて、顔を埋める。
今はベクだけが俺の心を慰めてくれる。
俺は、慰められたいのか、と自嘲した。



「はは!擽ったいって!」



べろべろと俺の顔を舐めてくるベクを制して、そのままデスクへと向かった。翻訳の仕事が残っている。


ラジオをかけると、ジョンデが好きだった歌が流れた。



****
side L



スケート場で仲間たちとインラインスケートの練習をしていると、突然の雨に襲われた。ぽつりぽつりと降りだした雨はあっという間にバケツをひっくり返したような雨に変わって、仲間たちと解散して俺は急いで雨宿りのためコンビニへと向かった。


通り雨なら立ち読みでもしてれば止むだろう、なんて。
適当な雑誌を掴んでパラパラと捲る。ぼんやりと窓の向こうに目をやると、道路向かいのタクシー乗り場が混雑していた。あぁ、帰宅ラッシュの時間か。家路を急ぐ人達が、突然の雨に降られて次々とタクシーへ乗り込んでいく。人々がベルトコンベアーに乗せられたようにどんどんとタクシーに吸い込まれていく中、目についたのは一匹の犬だった。
こんな雨の中、犬連れでタクシー?なんて思ったけど、どうやらそれが盲導犬だと気づいたのは、その犬がいつだかテレビで見たハーネスを着けていたから。そしてそれと同時に、あぁだからか、と思った。
列の前方にいるのに、さっきから何度もタクシーを横取りされている。
そうしている間にもどんどんとタクシーは客を乗せていき、出払ってしまったタクシーをいつまでも待つように、その人は静かに佇んでいた。




「そんなんじゃいつまでたっても帰れないんじゃない?」




雨が小降りになったので帰るついでに、タクシー乗り場の屋根の下、声を掛けてみた。
多分面白半分、哀れみ半分。


「はい?」


意外と高い声で返事をしたその人は、俺の方を向いたけど視線は重ならない。


「タクシー。みんな横から取られてたよ」
「あぁ、分かってます」
「分かってたの!?じゃあなんで!?」
「この通り、見えないんで。タクシーが停まった音が聞こえても、俺が乗っていいタクシーなのか分からないし」
「そんな……じゃあ俺が捕まえてあげる!」
「え……?」
「タクシー。君が乗るタクシー捕まえてあげるから、ちょっと待ってて」


そう言って俺は車道へと飛び出した。
けれど走る車を目で追ってタクシーを探せど、さっきの通り雨で出払ってるのかなかなか来やしない。やっと来たと思っても実車中だったりして、苛立ちで思わず小さく舌打ちをした。


「あの……」
「はい?」
「いいです。大丈夫ですから」
「大丈夫って、それじゃあ君は永久に帰れないじゃん」


なぁ?と犬に向かって問えば、くーん、と悲しそうに鼻を鳴らした。


「ベク、今仕事中だろ!」


急に声をあげて叱る姿を見て、思わず固まった。


「なに……?」
「すみません……仕事中は無闇に鳴いちゃダメだから」
「そんな……!こいつだって早く帰りたいだけだろ」
「でも、盲導犬は無闇に鳴いちゃいけないんです」
「とにかくさ、早くタクシー拾うから、もう少し待ってて!」


雨は弱まったといえどまだ降り続いていて、俺の上着もリュックも髪の毛も、しとどに濡れ始めていた。
それでもとにかく放っておけなくて、俺はタクシーを捕まえるために車道の端で手を上げ続けた。




ようやく1台のタクシーが捕まった頃には、俺の体は冷えてずぶ濡れになっていた。風邪引くかもな、なんても思いつつも、「さぁどうぞ」と腕を掴むと、その人はびくりと震えて、それから「これよかったら使ってください」って差し出されたハンカチ。
ブルーとイエローのチェック。きちんと洗濯されてアイロンがかかっているそれを遠慮することも叶わないほどするりと手に掴まされて、「そのまま捨てていいですから」って。


その人は「ありがとうございました」って頭を下げて、タクシーの中へ消えていった。



少年みたいな真っ白でふくふくした頬っぺたを持つ盲目の男。
少し高い声と、犬を叱るときの鋭い声。華奢な身体。ふわりと揺れたつむじ。四隅の揃った綺麗なハンカチ。
にこりとも笑わなかったその強ばった表情が、俺の脳裏にきっちりと記憶された。





***




「ヘックション!」
「うわ!風邪?感染さないでよ!?」
「うるさいなぁ」


年下のスケート仲間のタオは、くしゃみをする俺を怪訝な顔で見る。
あのあと案の定風邪を引いた俺は、それでも吹き飛ばすためにスケート場へ来ていた。


「あぁー、具合悪い」
「だったら寝てればいいじゃん」
「寝てたらますます悪くなりそうなんだもん」
「そんなこと言って、怪我とかしないでよね!大会だってもうすぐあるのに」
「わかってるよ」


来る途中に買ってきた風邪薬をポカリで流し込んで、俺はスケート靴に履き変えた。



ふらふらよろよろ



やっぱりまともな練習にならないのか?いやいや、風邪くらい動いてれば気合いで治るだろ。ふらふらとローラーを滑らせてスケート場を走る。ふわふわしていた身体のせいか、10センチくらい浮いているみたいだ。



「やっぱ帰りなよ~」
「はぁ?」
「怪我したら大変だよ?」



タオの横槍に「大丈夫だって!」と返そうとした瞬間、案の定と言うべきか、俺はバランスを失って尻餅をついていた。



「ほらぁ!」
「…………あぁもう!分かったよ!今日はやめだ!!帰って寝る!!」


はぁ、とため息をひとつ吐いて、むしゃくしゃとしながらスケート靴を脱いでリュックへとくくりつけた。

あーもー、上手くいかないなぁ!!



****
side M



「ベク?どうした?」



出版社で打ち合わせを終えて帰る途中、いつものタクシー乗り場へ向かうはずが、ベクがおかしな方向へと誘導した。
なんだ?なにかあったのか?
仕事中なのにらしくもなく強引に引っ張る姿に困惑しながらついていくと、今度はあるところで急に止まって、「わん!」と鳴いた。
だから仕事中は無闇に鳴くなって言ってるだろ。


「ベク?どうした?何かあるのか?」


屈んで声をかければ、誰かいるのか近くで人の気配を感じて、わずかに身構えた。


「ベク……?」
「え、」


聞き覚えのある声がベクを呼ぶので反射的に答えると、「こないだの人じゃん」って、力なく笑う声。


「もしかして、この前タクシー拾ってくれた人……?」
「はは、多分ね」


聞こえてくる声の高さからして、恐らく今その人はベンチに寝転んでいる。
そして苦しそうな声。


「あの……どうしたんですか?」
「なにが?」
「何か苦しそうな声なんで……どこか怪我でもしてるんですか?」
「怪我?怪我なんてしてないよ。ちょっと具合悪くて休んでるだけ……」


吐息混じりの声は、辛そうなのに隠すみたいに無理した声で。
思わず手を伸ばして当たった頬は、火傷しそうなほど熱くなっていた。


「あっつい……!」
「そう?」
「こんなところでなにやってるんだよ!あんた死にたいのかよ!」
「はは、大袈裟だなぁ。大丈夫だって。あぁ、それよりタクシー?また捕まえてあげようか?」


相変わらずぐったりとした声でその人は笑いながら言うから、俺は思わず声を張り上げていた。


「タクシーくらい自分で捕まえられます!てゆーか俺よりあんたが先だろ!」
「あはは、怒らないでよ」
「あ!もしかして……こないだの?」
「は?」
「この前の俺のせいですよね?雨の中タクシー停めてくれたから」
「違うよ、日頃の不摂生」
「だとしても俺のせいだ」
「なんでだよー」


とにかく病院に、と言うと、「それだけは絶対やだ!」と死ぬほど拒否られた。


「病院の匂いとかマジだめなんだって」
「子供かよ」
「とにかく大丈夫だから。寝てれば治るし」
「だとしてもここで寝てたら治るものも治らないだろ!」


あぁ、こんな時、心底目が見えないことを悔しく思う。
人ひとり助けることすら今の俺には容易でないんだ。元警察官?聞いて呆れる。



「とりあえず、そこから動かないでくださいね!」



とにかく、俺はタクシーを捕まえるためにタクシー乗り場へと戻ることにした。



「ベク、タクシー乗り場」


タクシー乗り場でタクシーを拾った俺は、運転手に手伝ってもらってそいつをタクシーに乗せた。

盲人と、犬と、病人───
多分俺たちは迷惑極まりない客だったと思う。





タクシーに乗せるとますますぐったりして、その人は俺の肩に寄りかかった。
伝わる体温が熱さを増してる気がする。
とにかくどうしたもんかと考えて、結局俺のマンションまで運ばせて、運転手には多めに金を払った。といっても「うちは介護タクシーじゃないんだけどね」と嫌味を言っていた運転手はそもそもがいつもより高い金額を要求していたことを知っている。メーターが見えないことに漬け込まれるのはいつものことだし、それでもいつもは文句を言うけど、今日だけはその言葉に従って、尚且つ熨斗まで付けてくれてやった。




「とりあえず俺んちで申し訳ないですけど、あんたの家よりは看病しやすいので」
「看病?」
「だって俺のせいで風邪引かせちゃったし……」
「はは、まだそんなこと気にしてんだ」
「そこにベッドあるので寝てください」
「え、いいよ」


いいよ、と遠慮しつつもソファーに座ったらしいその人の声は、酷く力なくて。


「ここまで来て遠慮されても困ります。とりあえず熱が下がったら帰ってくれて構いませんから」


そう言って、俺は氷水で冷やすもの準備をするため台所に向かった。
氷嚢、とかあっただろうか。
しまった場所を忘れてしまえば、探し出すことも容易じゃない。


結局氷水でキンキンに冷やしたタオルを準備して台所を出た。


「ベク、お客さんは?」


そう言うとベッドの方へと案内してくれるベク。どうやらちゃんとベッドに寝てくれたらしい。


ベッドの脇に座って、額の辺りを探す。ペタペタと触れば「冷たっ」と声が聞こえて「ごめん」と小さく謝った。


「ここ」


火傷しそうに熱い手が俺の手を掴んで、額へと誘導される。


「俺のおでこはここ」
「あ、あぁ……」
「はは、気持ちいや。俺やっぱ熱あったのかな……」
「あと、これ」


ベッドサイドの引き出しを開けて、体温計を差し出すと、「あぁ体温計ね」ってその人は受け取った。
脇に挟んでるのか、衣擦れの音が響いた。


「ねぇ、名前は?」
「え……?」
「俺、名前も知らない人に看病されるの嫌なんだけど」
「あ、あぁ。ミンソク……です」
「ミンソクかぁ。いい名前だねぇ。俺はルハン。いい名前でしょ?」


よろしく、って手を差し出したつもりだったのか、その人 ── ルハンは反応しない俺の手を無理やり掴んで握手を交わした。
じっとりと熱い手が、力なく触れる。



ピピッと鳴って、体温計が計測を知らせた。



──38度6分




「へぇ、これ喋るんだ」


自動で喋る体温計に驚いたのか、ルハンは感心気味に声を上げる。
そんなことより思ってた以上の高熱に慌てて、俺は思わず息を止めた。



「何そんな悠長なこと言ってるんだよ!黙って寝てください!俺、お粥作ってきますから、それ食べて薬飲まなきゃ」
「はは、そうだねぇ~」



朦朧としているのか、徐々に力なくなっていく声。
俺は、はぁ、とため息をひとつ吐いてまた台所へと戻った。





それからお粥を食べさせて、薬を飲ませて、もう一度眠りに就いたのを見計らって、今日出版社で打ち合わせた内容を纏めるために、机についた。
原稿を広げて校正箇所をチェックしていく。
ベッドの方からは他人の気配。
誰かがいる安心感。
何故だかとても気分が落ち着いていた。


あぁそういえば、ジョンデが部屋にいるときもこうだった。




****
side L



「うわぁっ!!」



なんだかふわふわといい気持ちで寝ていたのに、足の裏をざらりと妙な体温で舐められて、俺は慌てて飛び起きた。


「わん!」


足元を見れば、犬がわさわさと尻尾を揺らして楽しそうにこちらを見ている。思わず飛び起きた態勢のまま固まっていると「あぁ、起きました?」って高い声。


「体調どうですか?」
「え?あ、あぁ、うん何とか」
「熱計ってください」
「え?あ……はい」


なんて朝から挙動不審なんだ、俺は。
言われた通り昨夜ベッドサイドに置いた体温計を掴みながら、飼い主が見えないのをいいことに犬に向かって殴る振りをすると、そいつは遊んでくれてると思っているのか相変わらず楽しそうに笑っていて、なんだかまったく……



──ピピッ 36度9分



「よかった、だいぶ下がりましたね」
「あぁ、もう全然大丈夫!ありがとう」
「いや、まだちょっと……」
「このくらい大丈夫だって!」


ほら、と腕を伸ばして見せたところで、あぁこの人見えないんだっけ、なんて苦笑して。気まずくてそのまま少し身体を伸ばした。



「ご飯、食べれそうですか?」
「うん大丈夫」
「じゃあまたお粥で申し訳ないんですけど……」


そのままダイニングに案内されて、熱々のお粥をいただいた。



「家事とか出来るんだ」
「一応、一人暮らしなんで」
「全然見えないの?」


目の前に手を翳してみたけれど、やっぱり反応はない。


「まぁ」
「若いのに大変だね」
「若い……?」


何気ない会話でそんなことを言ったら、酷く驚かれた。
だってどう見たって年下だろうし。


「若いよね?」
「いや、多分そんなに変わらないと思いますけど……」
「またまたぁ!確かに童顔だってよく言われるけど、これでも結構いってるんだって」


笑いながら言うと、「童顔かどうかは知りませんけど」と前置きをして、ミンソクは話を続ける。


「20代半ばくらいですよね?背は170後半、それから痩せ形」
「は?なんで分かるの!?あー!ホントは少し見えてるとか!?」
「見えないけど、声の質や発せられる高さとか、そういうので大体わかります」
「マジかよ。あたり、大当たりだよ!」
「そう、じゃあやっぱり同じくらいで間違いないです。俺も25なんで」
「え……」



その言葉に俺は今度こそ絶句した。



「同い年かよ……詐欺でしょそれ……」



とにかく、衝撃的な事実は、俺たちの距離を縮めるには十分な材料だったようで。以降、なんとなく俺たちは親しくなった。



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