平行線の2人
ジョンインの告白を断っても、あいつの態度は変わらなかった。やっぱり突き刺さる視線は鋭くて、気がつけばいつも隣にいる。それは、むしろ前より酷くなった気さえするほど。
うんざりだ、とこっそり溜め息をついたらうっかりミンソギヒョンに見つかった。
「なんだよ、でっかい溜め息ついて」
「はは、見られてました?」
「バッチリな」
「まぁちょっと、頭の痛いことが起きてまして」
「頭の痛いこと?」
聞いた方がいいのか?とミンソギヒョンに言われたので「聞かないでください」と苦笑した。
こんなこと、口にするのも憚れる。
よりによってメンバーだなんて……
「ま、言いたくなったらいつでも言えよ。ジョンイナも心配してたぞ」
「ジョンイナ……?」
僕は瞬間耳を疑った。
「あぁ、ジョンデに何かあったのかって聞かれたことあったから」
「それって……いつですか?」
「う~ん、結構前だよ」
結構前……?
あいつは、一体なんなんだ。
僕は瞬間怒りさえ覚えた。僕のまわりをこそこそと。何がしたいんだ!どうしろっていうんだよ!
「とにかく、俺でよければいつでも言えよ!」なんて肩を叩いてミンソギヒョンは男前に消えていった。
ジョンイナだって、ミンソギヒョンみたいに何かあるなら直接聞けばいいのに。告白以前にもっとなんかあるだろ!どいつもこいつも、好きだ好きだって散々言って、どうせ時間が経てば僕の前から消えるくせに……
そこまで考えて、また溜め息を吐いた。
もう涙は出ない。
「はぁ……ジョンイナ!」
「なに?」
「僕おまえの告白断ったよねぇ?」
「はい」
「なのになんで僕のまわりうろうろするの!?」
「は……?」
「は?じゃなくて!」
「別に気にしないでください。勝手にやってることなんで」
「そうじゃなくて!」
迷惑だって言ってるの!!
そう言うと、ジョンインは「迷惑、ですか」と肩を落とした。その表情は、なんだか全然らしくなくて、かわいい弟を傷付けたんだと思うとどうしよもなく胸が痛んだ。
なんで僕まで傷つかなくちゃいけないんだ。
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「ジョンイナ……あのさぁ、僕らってきっと似てると思うんだよね。譲れないものの大きさっていうのかなぁ。それが」
「譲れないもの……?」
「そう、ジョンイナにはダンス。僕には歌。それが自分の中の絶対的一番なんだ。僕たちはそれ以上のものは作れない。だからもしも付き合ったってうまくいかないと思うよ。こっちが見れない分さ、せめて相手はこっちを見てくれる人を選ばなきゃ」
なんてジョンデヒョンは得意気に答えた。
やっぱりズレてると思う。俺はそういうことじゃないと思うから。
「どうしてヒョンが決めるんですか?」
「え……?」
「俺の気持ちは俺の自由です。そうですよね?俺が誰を好きになろうとヒョンに指図される筋合いはないし、俺がヒョンをどんな風に好きかなんてヒョンに分かるわけないじゃないですか」
「ジョンイナ……」
「ずっと、ダンスより大事なものなんてないと思ってました。今もそう思ってます。でも気づいたんです。ヒョンを好きになって気づきました。同じ好きである必要はないって」
「……」
「ヒョンを好きな気持ちと、ダンスを好きな気持ちは全く別のものです。全く別の好きで、俺にとってダンスに代わるものがないように、ヒョンに代わるものもないと思ったんです。それじゃダメですか?」
そんな好きじゃ認められませんか?
言うと、ヒョンは考えて「屁理屈だよ」とつぶやいた。
「だってさ……僕はいつか絶対、ダンスっていう存在に負ける。そしたら僕はまたひとりになって、結局誰の一番にもなれなかったことに傷つくんだ」
「そんなの、それこそ屁理屈じゃないですか。未来のことなんてわからないのに」
「わかるよ、お前はダンスを捨てれない」
「捨てませんよ。ダンスもヒョンも」
「わかんないじゃん、そんなの……」
そこまで言うと、ジョンデヒョンは表情を歪めた。俺は思わず、はっとして気づけば責めるように口から言葉が溢れていた。
「泣きますか?」
「は……?」
「また泣きますか?泣くなら俺の前で泣いてください。じゃないと、慰められないんで」
「……分かったこと言うな!」
怒らせた、と気付いた時にはもうすでにバタンと大きな音が響いたあとで、ヒョンは自室のドアの向こうに消えていた。
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────泣きますか?
ってなんだよ。
何を知ってるって言うんだ。バカじゃないの。なんでそんなに構うんだよ。もう構わないでよ。どうせ居なくなるんだから。
僕はあの時───歌を諦めてもいいと思った。でも言えなかった。
そしたらヒョンはいなくなった。
あのヒョンが、僕を選ばなかったことに僕は心底腹が立っていたし、そんなヒョンのために僕が歌を捨てるなんて冗談じゃないと思った。怒りや悲しみは全部歌にぶつけたし、結局は歌うことが僕を救ってくれた。
だから僕は歌さえあればそれでいいと思った。いや、やっとそう思えるようになったんだ。
それなのに。
それなのに、今度はジョンインが僕に歌を捨てろと言う。どうしてみんなして僕を振り回すんだよ。
「ヒョン……」
ドア越しにジョンインの声が聞こえて、僕はそばにあったクッションを思いきりドアに向かって投げつけた。
ガタン、と音をたててぶつかったあと、ぽすりと床に落ちた。
「ヒョン、入りませんからそのまま聞いてください。ヒョンさっき、分かったこと言うなって言いましたよね?分かったことなんて言いません。分かりませんから。ヒョンが何を考えてるのかも分からないのに、分かったことなんて言えません。でも、分かりたいんです。ヒョンのこと好きだから。何を考えてるのか、何に悩んでるのか、知りたいと思います。俺で助けられることならいくらでも助けたいし、力になりたいです。そういう気持ちでいることもダメですか?」
ヒョンのこと考えるのも……ダメですか?
ジョンインは、自分の意見をぶつけるように淡々と話す。いつもそうだ。この弟は言いたいことは必ず最後まで話す。なのに今の最後の一言は、らしくもなく歯切れが悪くて。思わず胸が詰まった。
「…………僕は歌を捨てれない。ジョンインより歌を優先するから絶対に上手くなんていかないよ。なのに分かってて付き合うなんてバカみたいじゃん」
「歌を捨てろなんて言いませんよ。俺だってダンスを捨てれないのに」
「お前が言わなくても、僕が捨てたくなるかもしれないじゃん!」
「捨てませんよ、ヒョンは」
だってヒョンにとって歌うことはヒョンそのものじゃないですか。
ドア越しに聞こえたジョンインのその言葉は、僕の心臓を抉るに十分なものだった。
歌うことは僕そのもの……
「ジョンイナ、そこまで言うなら教えてあげる。誰にも言ってなかったこと」
一呼吸ついて、僕は言葉を繋げた。
それは、誰にも言ってなかったこと。
「僕さぁ、クリスヒョンと付き合ってたんだ……って言ったらどうする?」
「は……?」
ジョンインが息を飲んだのが分かった。
「はは!驚いたでしょ?あのヒョンは僕を捨てたんだ。メンバーと付き合ったってろくなことないよ」
だからジョンインも止めなよ。
そこまで言うと、ガチャリとレバーが下がってクッションを押し退けドアが開いた。
「驚いた?」
「…………はい」
入ってきたジョンインは、目を見開いていて、正に驚いていた。
「もうさ、面倒くさいんだよねぇ。色々考えるの。やっと吹っ切れたところなのにさ。だから僕、しばらく恋愛はしないことにしてるの」
言うとジョンインは固まっていた口をゆっくりと開いた。
「……それでもいいです。でも俺がいることは忘れないでください。ヒョンが泣きたくなったときは俺を頼ってください」
「もう泣かないよ。てゆーか、なんで泣いてたの知ってるの!?」
「見ましたから。夜中にキッチンで泣いてたの」
あぁ、見られてたのか。なーんだ。
なんだかもうすべてがどうでもよくなって、小さく笑いがこぼれた。
誰にも言ってなかったクリスヒョンとのことも言って、こっそり泣いていたところも見られてて。もうホント、すべてがどうでもいい。
「ねぇ、ジョンイナ。僕さ、基本的に甘えたがりなんだよね。家じゃ娘みたいに育ったし。ジョンイナに出来る?ヒョンみたいに僕を甘やかすこと」
「ヒョンみたいに、ですか?」
「そう。クリスヒョンみたいに、可愛い可愛いって抱き締めてさぁ。無理でしょ?だってジョンイナも甘えん坊だもん。だからさ、そもそも無理なんだって。そういうことだよ」
そういうことなんだ。
そもそも、僕にジョンインは手に余る。ジョンインもきっとそう。歌を捨てるとか以前の問題。なんだ、簡単なことじゃん。なんてスッキリするはずが、どうしてか割り切れなくてモヤモヤとした。
「無理ってゆうか、同じ必要ありますか?」
ジョンインは真っ直ぐな視線を寄越して続けた。
「同じようにしなきゃいけないんですか?俺はクリスヒョンじゃないのに、あの人と同じように、ヒョンにしなきゃいけないんですか?そんなの、俺は嫌です」
「は……?」
「俺は俺のやり方でヒョンのそばにいますから。二人がどんなふうに付き合ってきて、どんなふうに別れたかなんて知らないし知りたくもないです。クリスヒョンの代わりになるつもりなんてないし、そんなに心広くないんで」
「…………ぷっ」
あはははは!
僕は思わず笑っていた。
そんなに偉そうに言うことかよ!
「生意気ー!!」
「知らなかったんですか?」
「知ってましたー!」
僕が笑うからジョンインも笑って。
はははって二人して笑った。
笑顔のジョンインは笑うとやっぱり可愛いなぁなんて思って、久しぶりにちょっと落ち着いた。ヒョンとのことを話したからかもしれないし、ジョンインが笑ったからかもしれない。とにかく少しだけ楽になれた。
きっと今の僕とジョンインは、どこまでいっても平行線なんだと思う。だけど今はそれでもいいような気がして。
そばにいてくれるって言うなら、その言葉を少しだけ信じてみようと思った。全部を知ってもそれでもそばにいてくれるなら。
「ヒョン、これきっと平行線ですね」
「…………ぷっ!」
「なんですか……!」
「いや、僕も今ちょうどそう思ったところだから」
「じゃあやっぱり似てるのかも知れないです」
そう言ってジョンインは急に抱き締めるから、僕は驚いて固まった。どくりと心臓が鳴って、どうしてか恥ずかしくなった。
ぎこちなく抱き締められた腕の中は、あのヒョンよりは頼りないような気がしたけど、あのヒョンよりは信じられるような気がして。いつか2本の線が重なればいいなぁ、なんて少しだけ思った。今はまだ絶対に言わないけど。
歌を捨てれない僕と、ダンスを捨てれないジョンインは、どこまで近づくことが出来るんだろう。
僕はジョンインを───可愛い弟を、好きになってもいいのかなぁ。
「ヒョン……ジョンデヒョン、好きです」
真っ直ぐに見つめられた視線を、僕は逸らすことができなかった。
おわり