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僕らの関係



休み明け、デビュー準備の練習は本格的なものに入り、一層の厳しさを増した。練習室はピリピリとしたムードで全員が神経質になっていた。
僕はいつまでたってもダンスが苦手で何度も注意を受けたけど、ミンソギヒョンやルハニヒョン、そしてもちろんイーシンが最後まで力になってくれたおかげで、どうにか形にすることができた。
みんなで目標をひとつにして汗をかくことは、とても気持ちが良いんだと知った。


だけどひとつだけ気になることがあるとすれば、それはイーシンとウファニヒョンやルハニヒョン中国人メンバーの仲の良さだろうか。宿舎で共に生活をするようになって色々なものが見えてきたせいか、それらほんの些細なことが、とても気になるようになった。長らく一緒に生活してるのだから当たり前と言えば当たり前だし、異国の地で頑張ってるんだからそうなるのは当然だとわかってはいるんだけど。その結束の強さが羨ましく思えて仕方がなかったんだ。


「ミンソギヒョンはそう思うときありませんか?」


同じ韓国人のミンソギヒョンに聞けば、「うーん、まぁわかるけど」と苦笑する。


「そんなこと気にしたって仕方ないだろ。俺たちはただあいつらが孤立しないように、寂しい思いをしないように、気にかけてやることしかできないし」

それに、と言葉を続ける。

「向こうで活動するようになったら、今度は俺らの方が外国人になるから、きっと俺たちもそうなるよ」

そう笑って最後に、「Mの韓国人メンバーがお前で良かったよ」と付け足したミンソギヒョンは最高に格好良かった。


「そうですね。僕もそう思います」


無駄なことは考えない。
僕らはまだやるべきことが山のようにあるんだから。




そうしてやがて、僕らは「チェン」と「レイ」という新しい名前を手に入れた。
それは僕らの、更に新しい関係の幕開けだった。




どうにかデビューに漕ぎ着けて、怒濤のような移動とスケジュールをこなして。目まぐるしく回る毎日。僕は徐々に「イーシン」という名前を忘れていった。
二人でゆっくり話をする機会なんてほとんど無かったし、あったとしてもそれは仕事の話だったからイーシンにではなく「レイヒョン」にする話だった。
夢だった世界だ。不満があったわけではない。だけど不安だったんだ。僕の中の「イーシン」という人が消えてしまいそうで、なんだか少し寂しかった。

僕にとってイーシンは、内側の人で。僕の大事な親友だった。心の支えで、癒しだった。それを僕は、気付けば失っていたんだ。



寂しいのだ、と気付いたのはデビュープロモーションが一段落した頃。
届かない手紙も、鳴らないメールも。当たり前と言えば当たり前なんだけど。物足りなさが僕を不安にした。
イーシン、いやレイヒョンは、ストイックなほどに完璧を求めていつも練習に励んでいた。僕も歌にダンスに、発音の慣れない中国語に。懸命に練習を重ねるしかなくて。デビューしてからも上手くいくか常に不安だったから、それを拭うためには練習しかなくて、みんながみんなそうだった。


だけど、そうして一段落してみると、ぽっかりと心に穴が空いたようで……



どうした?大丈夫か?と声をかけてくれるのは決まってミンソギヒョンだった。同室のウファニヒョンも気にしてくれている様子ではあったから、おそらくミンソギヒョンに何か言っていたのかもしれない。なんせウファニヒョンには手の掛かるマンネがいたから。役割分担?そんなのあるのかなと思ったけど、家では僕の担当は専らお母さんだったことを思い出して、僕はなんだか苦笑した。



「なんかあった?」
「……?何もないですよ?今日も元気です」
「そ。ならいいけど」


いや、あったのだ。
間違いなく何かはあった。明確に言葉にできないだけで。
挙げるならば僕の心に波風を立てるとすればそれはいつだってイーシンだ。「レイヒョン」という人間が内側へ篭れば篭るほど、僕は不安になっていった。そしてそれがピークに達していたのかもしれない。


「もしかして、イシンのこと?」


ミンソギヒョンから出た名前に、僕は思わず心臓が跳ねて固まった。


「な、なんでですか?」
「いや、言わないでおこうと思ったんだけどさ、前にイシンから言われたことがあったんだ」
「なんて……?」
「ジョンデは僕の大切な人だからお願いね、って」


瞬間、僕の頭は真っ白になっていた。


「どういう意味?って聞いたらナイショって言われたんだけどさ。お前が入って結構最初の頃だったから不思議に思ってたんだよね」


「そう、ですか……えっと、ヒョンは『縁』て信じます?」


「縁?」
「そう、縁です。巡り合わせとか、そういうのあるじゃないですか」
「あぁ。信じるよ。信じるって言葉が正しいのかわからないけど、あると思う。俺たちがこうしてひとつのグループになったのも何かの縁だろ?」

「じゃあ……、運命は?」
「運命?って運命の出会いとかそういう意味?」
「そうです」
「うーん、まだよく分かんないな」
「ですよね」


僕は何となく苦笑した。
だって僕があの時思った「運命」は、とても神秘的なもので、なんの形もなかったから。信じるには漠然としすぎていた。


「その運命が、お前とあいつなの?」
「さぁ、どうでしょう」


間違いなく言えることは、あの頃も今も、頑張らないと繋がれない関係ということだけだ。
強固に感じていたそれは、とてもあやふやなものだった。



あ、そうか。
頑張らないと繋がれないのか。




僕はその時やっと答えを導きだした気がした。

だったらシンプルに。頑張ればいい。


気付けばミンソギヒョンに「ありがとうございます!」と言って部屋へと駆け出していた。ヒョンは何があったのか不思議そうな顔をしていた。




部屋に戻った僕はペンと紙を取り出して机に向かう。ウファニヒョンは傍らで、こちらも不思議そうな顔をしていた。



**


『To. 张艺兴』



書き慣れた名前に、心がふわりと暖かくなる。


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こんにちは。お元気ですか?
久しぶりに書く手紙は、なんだか妙に気恥ずかしいです。
僕は最近とても忙しくしていました。
なぜなら、夢にまで見たアイドルになったからです!
すごいでしょ?
グループのみんなはとても優しくて、とても幸せです。

それから、僕がアイドルになりたいと思ったきっかけを、イーシンには話していなかったことに気がつきました。
きっかけは、あなたです。
イーシンがたくさんの手紙の中で、僕に音楽の素晴らしさを教えてくれたのです。
イーシンの好きなものは、いつからか僕の好きなものにもなりました。
イーシンの夢は、いつからか僕の夢にもなりました。
僕はあなたに少しでも近づきたかったんです。

あなたは僕らのことを「何かの縁で繋がってるんだね」と言いましたよね。
だけど僕はその時「縁」ではなく「運命」だと思いました。
だけどそれは神秘的なものなんかではなく、もっと必死に手繰り寄せたようなもの。
なのに最近、僕は忙しさにかまけて手繰り寄せる努力をしていなかったように思いました。
それで久しぶりに手紙を書いてみたのです。
あはは。
僕が手繰り寄せた先はイーシンに繋がってるでしょうか?
きっと繋がってると信じてます。
そしていつか、手繰り寄せなくてもいいくらい近くになればいいなとも思っています。

久しぶりに書く中国語での手紙は、やっぱりぎこちなくてちゃんと伝わっているのか不安です。
伝わることを祈って。

イーシンが幸せでありますように。


金鍾大
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ひどく甘酸っぱい気持ちに浸りながら書き上げた手紙を、僕はイーシンがシャワーを浴びている隙にいつも持ち歩いている鞄へと入れた。いつ読まれるかは分からないけど、待つのは昔から得意だ。返信をもらえるかなんて分からない。イーシンのことだから、口頭で何かを言いに来るかもしれない。それでも、その時はきっと「レイヒョン」ではなく「イーシン」だから、それならそれでもいいと思えた。


イーシンがその手紙を見つけたのは、多分翌日の移動車の中。何の気なしに鞄を開いて朝に放り込んだスマホでも取り出そうとしたときだろう。何かを見つけた瞬間に、すごい勢いで振り返ってこっちを見たんだ。僕は驚いて、でもすぐに気づいて、ただふにゃりと笑いかけた。


「どうしたんだよイーシン」って隣で眠そうなルハニヒョンが中国語でぼやいて、「なんでもない」とすぐに前を向いていた。

宛名に書いた字で、すぐに僕だって分かったのかな?だったらいいな。僕はイーシンの字ならすぐにわかるから、イーシンもそうだったらいい。それだけで僕らの時間の証明になるから。


その日、僕のもとに一通のメールが届いて。
夜、二人でベランダに出た。




「ビックリしたよ」
「はは!でしょうね」
「ここまで来て敬語使う気?」
「だって宿舎だし。誰に聞かれるか分からないじゃないですか」

ね?レイヒョン、と笑うとイーシンは悲しそうな目を向けた。


「僕は別にバレたっていいけど。ジョンデはどうしてそんなに隠すの?」
「うーん、だって秘密って素敵じゃない?」
「……僕はね、あの手紙嬉しかったよ。久し振りのジョンデからの手紙。ちゃんと伝わった。君がどうしてこの世界に来たのかも。すごく驚いてすごく嬉しかった。僕らは最近確かに忙しかったけど、でもね?だからって僕は君とのことを忘れたりなんかしないよ。どんなに忙しくたって君と近づく努力を怠ったりなんかしない。だって、」


手繰り寄せた先は、ちゃんと繋がってるから───


そう言ってイーシンは笑った。



眩しくて。眩しくて嬉しかった。



「どうして秘密にしたかったか、知りたい?」

「うん」

「うーん、だってさ、二人だけで秘密を共有するのって、なんか特別っぽいでしょ?」


ふふ、と笑って何となくうつ向いた。


「僕の中でイーシンはずっと特別な人だったから、僕もイーシンの中で特別な人でいたかったんだ。ただの我が儘なんだけど。僕はそうやってイーシンと繋がってたかった。でも、秘密って寂しいんだね」



僕は最近やっとその事に気づいた。
寂しくて不安で、複雑。



「ねぇ、僕の名前を呼んで?」
「イーシン?」
「そう、イーシンって。前みたいに」
「……イーシン?イーシン」
「ジョンデ、僕はいつもジョンデが幸せでありますようにって祈ってるよ。僕がソウルに来たとき君がいつも助けてくれたように、僕もいつも君の助けになりたいって思ってる。僕にとって君は秘密なんかなくたって、ずっと特別な人だ」



胸が、苦しかった。
真剣な表情で語るイーシンの眼差しが真っ直ぐに心臓に突き刺さって、泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。


僕は「うんうん」と頷いて、イーシンが「よしよし」と頭を撫でてくれたとき、堪えていたはずの涙がついに一筋だけ溢れて、それでもやっぱり堪えるように、僕は奥歯を必死に噛み締めた。
イーシンはやっぱり、優しい瞳でやわらかに笑っていた。



僕らは頑張らなくても、特別な関係になれるのかな。





僕とイーシンの関係は、みんなが知っているよりもずっとずっと複雑で、特別で、愛情に溢れている。




おわり
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