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繋がる、伝わる

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兄・ベッキョン

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あのセフンというヤツに嫉妬したのは事実だった。だからって昔みたいに無闇に怒ったり束縛したりそんなことはしないけど、気に食わないのは正直なところで。


あのジョンデを見上げる視線は、いつかの先輩を思い起こさせた。

酷く熱の籠った視線で見つめていて。いくらジョンデにその気がなくたって、そんなヤツがいつもジョンデの近くにいるのかと思うと気が狂いそうになる。

結局、いつだって少しだけ後ろめたいと思っているからかもしれない。誰にも言えない関係だから。自慢するように、声を張り上げて好きだと叫ぶことは許されないことを3年の内に俺は自然と学習していた。高校のころはチャニョルやギョンスや、そしてあの先輩も。自然と理解して受け入れてくれる人が周りにいたけど、本当はそうじゃないって。
あの頃俺たちは恵まれていただけだったんだ。

だからこそあのセフンという男だったら、きっと俺よりはまともな関係でいれたのかもしれない、なんて。
二人で開けた扉は正しかったのか、今でもたまに迷うときがある。
あんなにも渇望していたものだったのに。




「ヒョン、」
「あぁ?」
「ヒョンって恋人いるんですか?」



いつものバイト中。ではなくて、今は夕方からのバイトに向かう途中だ。駅でたまたまジョンインに会って、一緒に並んで歩いていたとき。


「何、急に」
「いや、こないだ聞かれたから聞き返しただけです」
「なんだ」
「で?」
「うんまぁ、いるけど……」


ジョンデの顔がボワンと浮かんで思わずにやけそうになった頬に力を込めた。


「へぇ、意外……」
「は?なんで?」
「だってそんな話全然聞かないですもん。ヒョンから出てくるのって弟さんの話ばっかりだし」
「ん?まぁそうか」


こういう場合、いるって言わないほうがいいのか?
いやでも、いないとは言いたくないしな。


「遠距離とか?」
「いや」


ふーん、とジョンインは興味があるのかないのかよく分からない反応をする。
まぁ、興味ないんだろうけど。

それからこんな時、ジョンデはなんて答えているのか今更ながら気になってしまった。大学の友達には、あのセフンには、なんて言っているんだろうか。
きっと「いない」って答えてるんだろうけど。
今日帰ったら聞いてみようと思う。
どっちの答えでもいいけど、何となく「いる」と答えていてほしい様な気がするのは、やっぱりただの束縛心なんだろうな。


「ヒョン!」


思考が飛びかけていた俺の腕をジョンインが乱雑に掴んだ。


「え?何?」
「車、危ないから」


言われてみれば、たった今車が横を通り過ぎていった。


「悪い、ありがとう」
「ヒョン小さいから簡単に吹き飛ばされますよ」
「ばーか」


俺たちは向き合ってくすくす笑って、曲がり角を曲がった。


すると ─────




「……ベッキョナ!?」




人は思っても見ないところで会うと、こんなにも驚くらしい。


「ジョンデ……!」


心臓が飛び出そうなほどの驚きで一瞬固まって、それから二人して破願して。
「ビックリした!」って同時に叫んでやっぱり笑った。


「なんでこんなとこにいるんだよー!」
「サークルのOBの人がこの近くで働いてて、見学させてくれるって言うから」
「あぁ、なんだ。それにしてもビビったわ!」
「ホントだね!曲がったら急にベッキョナいたから心臓飛び出るかと思った!」
「ははは!」


思っても見ないところで、思っても見ないタイミングで、ジョンデとこうして会うと今でもやっぱり嬉しくなるから、俺の恋は何年経っても覚めないんだなと自覚するしかない。



しかし。しかしだ。



すっと隣に視線を移すと、あのセフンが不機嫌そうに視線を寄越していて。我が物顔でジョンデの横にいるそいつを見て俺の嫉妬心がじわじわと沸いていくのが分かった。


「こないだ、ジョンデのこと送ってくれたんだろ?悪かったな」


けん制を仕掛けたのは俺の方だった。
ジョンデはきっと後から大人げないって笑うんだろうな。


「……いえ。僕が送りたかっただけなんで」


そんな牽制に気付いたのかセフンも応戦してきたようで、俺たちの視線はきっと中間地点でバチバチと火花を散らしていたに違いない。


「セフナ?」
「ヒョン?」


そんな俺たちを見てか、ジョンデとジョンインが同じように首をかしげた。


「あ……あぁ!ジョンイナ、こいつジョンデ!」
「ヒョンの双子の弟?」
「そう!似てないだろ?」
「そうっすね、全然似てない。ベッキョニヒョンのが可愛いし」

「…………」



まさか。


まさかまさか。

ジョンインがそんな爆弾を落とすなんて俺は思ってもいなかったんだ。
数度瞬きをしてジョンインを見上げると、ムカつくくらいイケメンな顔でジョンインはにやりと笑った。
それから恐る恐るとジョンデに視線を移す。
何もないみたいな無表情で、輝きのない瞳で、ジョンデは立っていた。ちなみに俺は、この顔が怒ってるときの顔だということを知っている。



「そうですか?僕はジョンデヒョンの方が可愛いと思いますけど」


いやいや、だから。
お前もやっぱりそうくるのかよ。

視線をずらすとジョンデの隣で、やっぱり当たり前みたいに立っているセフンが素直に気にくわないと思った。


「ちょっとセフナ?何言ってんの?」
「別に。思ったこと言っただけですけど」
「いや、俺もそう思うよ。ジョンデ可愛いし」
「もー!ベッキョナ」


仕方なそうに笑うジョンデを見て、ほらやっぱり、ジョンデの方が全然可愛いじゃんって言おうとしたら、割ったのはやっぱりジョンインだった。


「そろそろバイト遅れますよ」
「え?あ、あぁ……そうか!そうだな!じゃあ行くか!」
「はい」
「ってことでジョンデ、じゃあ家でな」
「うん。頑張ってね」


そう言って手を振って、振り返った瞬間ジョンインに肩を組まれて。
あ、ヤバいってちょっと思った瞬間、ジョンデがまた俺の名前を呼ぶから、俺は反射的に振り向くと、駆け寄ってきて「いってらっしゃい」って言って、それから俺の唇に触れるだけのキスを落とした。


「早く帰ってきてね」
「あ、あぁ……うん」


じゃあね、って軽やかに駆けていくジョンデの後ろ姿を見ながら俺の思考は完全に停止していた。

だってジョンデは……外では絶対にそういうことはしないから。



「ヒョンの恋人って弟さんだったんですね」ってジョンインが事も無げに言うから、俺は気がつくと放心状態のまま「うん」と頷いていた。


つまんないな、とジョンインが呟いたような気がしたけど、俺にはよく聞こえなかった。



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弟・ジョンデ

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ベッキョナは僕のだ。




……と、思った瞬間、もう周りのことなんて頭になかった。

あまりにも当たり前みたいにベッキョンの横にいるヤツが気に食わなかったんだから仕方ない。そもそも出会い頭に会ったときから、あいつは馴れ馴れしくベッキョナの腕を掴んで笑っていた。そうしてあの肩にまわされた腕。チャニョリだってそんなことしてなかったのに。

そう思ったら、もう止まらなかった。




とにかく僕は、モヤモヤズキズキする心臓を抱えて「ごめん、行こっか」とセフンに笑顔を向けた。するとセフンは案の定というかポカンと口を開けていて。一瞬何が起こったのかを必死に飲み込もうとしているようだった。


「ヒョン、ベッキョンさんって双子のお兄さんなんですよね?」
「うん、そうだよ」
「そう……ですか……随分仲良いんですね」
「まぁね」


世の中にはチャニョルやギョンスの様に都合よく僕たちを理解してくれる人なんていないことは、よく分かっている。



このモヤモヤは僕のだろうか。
それとも、ベッキョンのだろうか。
僕のならベッキョンにも伝わっていればいい。
そうして僕らはまた、僕らだけの世界へと堕ちていくんだ。

そんなことを思いながら僕は無言になったセフンの横を歩いた。
僕はもう一生、ベッキョンから抜け出せなくていい。



***


ベッキョンがバイトから帰ってくるまで、僕はずっと狭い廊下の壁に寄りかかって体育座りで玄関の前で待っていた。

ぽろぽろと零れ落ちた僕の感情は、もう部屋中を埋め尽くしていたから。息苦しくて仕方なかったんだ。


一秒でも早くベッキョナに会いたい。


今もあいつと一緒にバイトしてるのかと思うと気が狂いそうで。
こんな時、僕は僕の狂気が恐ろしくなる。




タンタンタン、と靴の音が聞こえた。

あぁ、この音はベッキョナだ。
僕のベッキョナ。
足音が大きくなるにつれて、僕の心臓も高鳴っていく。


「来たっ……」


ドアの前で足音が止まると、ベッキョナがドアノブを掴むよりも早く僕はドアを押し開けた。


「おかえり!」


ビックリしたのか目を丸くして、それから分かっていたよと言うようににやりと笑う。
その顔を見て、僕もにやりと笑った。


「ただいま」


そう言った次の瞬間には、ベッキョンは僕の腕を掴んでいて、唇を塞がれていた。


「んっ……んん……」


息が上がるほど激しいキス。
乱暴で、それから優しいキス。

帰るなり玄関でこんなに激しいキスをする双子は、世界中を探しても僕たちだけかもしれない。
それでもいいような気がした。
誰に許されなくても。
こうしてベッキョナに愛されてさえいれば。



息が苦しくなった頃、僕がベッキョナのシャツの裾をぎゅっと握ると、ゆっくりと唇は離れた。
それから至近距離で見つめて、ふっと小さく笑う。くすぐったくて幸せだ。
そうしてベッキョナの首もとに顔を埋めた僕の頭を、ベッキョナは優しく撫でてくれた。



「……わかってる?」
「あぁ、」
「そっか……僕も同じだよ」
「うん」


そう頷いていてベッキョナは、ははっ、と小さく笑った。
僕らは双子だから、考えてることなんて簡単に分かるんだ。


お互いに嫉妬して、お互いに宥めあって、
お互いに欲して、お互いに奪い合う。


「好きだよ……」
「あぁ……」


それは小さな愛の言葉で、けれど零れ落ちたその言葉で溺れられるくらいにはこの部屋中にあふれかえっている。


息苦しくて、心地よい。
幸せで、ちょっとだけ残酷だ。



「ねぇ、今後もし、色んな事がどうにもならなくなったらどうする?」
「そんなの、ジョンデ連れて逃げるに決まってんじゃん」
「そっか……さっすがベッキョナだね!」
「当たり前だろ」



ねぇ、ベッキョナ。僕たちずーっと一緒だよね?



子供の頃から交わしていた約束は、意味を変えて今も僕たちを繋ぐ。


ありふれた小さな約束。
けれど一番大きな約束。


僕たちは一緒に生まれたんだから、死ぬ時も一緒だということ。
しわくちゃのおじいさんになるまで、僕たちはきっとずっと一緒だ。






おわり
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