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繋がる、伝わる

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兄・ベッキョン

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高三の進路を決めるとき、どうせだから家を出て二人で暮らそうと言ったのは俺だったけど、もう少しあとの方がいいよと言ったのはジョンデだった。


こういう時、俺は短絡的な考え方だし、ジョンデはわりと慎重派だ。


ジョンデと俺とでは成績が違いすぎるから、同じ大学が無理なことはとうに分かり切っていた。だからこそ俺たちの行く大学の、例えば中間地点とかそういう場所で二人だけでアパートを借りて住みたいと思っていたんだ。さすがに両親と同じ屋根の下で何度も体を重ねられるほど神経が図太いわけじゃない。しかしながら、俺だって健全な男子高生なわけで、そんなに我慢を強いられるのも体に悪いってわけで。だから俺が導き出した答えは悪い提案ではなかったと思うんだけど。

だけどジョンデは、すぐに『うん』と返事はしなかった。

何だよ、結局また俺ばっかりかよ、ってヘソ曲げそうになった時に、「だからさぁ」とジョンデは笑ったのだ。


「いきなり1年生から出るっていうのは大学と二人暮らしと慣れるのにも大変だし、きっとお父さんとお母さんも許してくれないと思うんだよね。それで、ここならどうかな?」


ジョンデが示した大学は、俺の入れる頭で、尚且つ俺の希望に近い学部。で、家から通える範囲。
そしてジョンデが目指すといった大学は、ジョンデが希望する学部のある、けれど家から電車で一時間の大学。


「お前、こんな遠くに通えるのかよ」
「うん、僕は大丈夫。何とか頑張るよ。それでね、」


ここ、っと俺の方に出した大学のパンフレットを指さしてジョンデがイヒヒと笑った。

「ベッキョナの大学、2年からここのキャンパスになるんだ」

それは、ジョンデの目指す大学のすぐ近くのキャンパスだった。

「だからさ、ベッキョナが留年しないでちゃんと進級できたら二年からはきっと二人暮らしできるよ!」
「さすが俺のジョンデ!!やっぱお前頭いいなぁ!」
「ふふふ。これならきっとお父さんとお母さんも許してくれると思うんだよね」





***




そんなわけで、あの公園で初めてキスをしてから3年。
俺たちはやっと正真正銘の二人だけの空間を手に入れた。



「ベッキョナ―、起きないの?」


毎朝ジョンデの甘い声に起こされる俺は、世界一の幸せ者だ。


「そんなの、家にいる時から変わらないじゃん」
「違うよ。たってほら、こうしてすぐに抱きしめてキスできるじゃん?」
「ふふ、そうだね。ところで今日朝からバイトだって言ってなかった?」
「……バカ!もっと早く起こせよ!!」
「起こしたけど起きなかったんじゃん」


こんな光景はやっぱりあの頃と変わっていないのかもしれない。




俺は慌てて着替えて自転車に跨って、バイト先の本屋へと急いだ。



「おはようございまーす」
「あ、おはようございます。今日もまたギリギリっすね」
「うっせぇ」


バイト仲間のジョンインにロッカールームで蹴りを入れながら制服に着替える。


「今日なんだっけ?」
「企画展の入れ替え」
「まじか……なんでこんな日曜日の朝っぱらから俺は本屋でバイトなんかしてんだろうなぁ」
「金稼ぐためって言ってませんでした?」
「そうだけどさ。休みの日くらい昼まで寝てたいじゃん」
「休みの日じゃなくても昼まで寝てるって言ってませんでした?……って、痛って!」


無口そうに見えて減らず口のジョンインにまた蹴りを入れて、俺たちは店へと出た。







夕方、バイトを終えて俺はジョンインとファストフード店に寄った。
どうせ今日はジョンデもいないのだ。大学のサークルの後輩と資料を探しに行くと言っていた。知らない人間関係が増えていくっていうのは本当に嫌なもんだけど、ジョンデだって俺の大学やバイト先の人間は知らないし、今目の前にいるジョンインのことだって知らないんだ。大学に入りたての頃はそういうちょっとしたことでケンカもしたけど、結局今はお互い以上の存在は居やしないのだから、ということで落ち着いた。それに、嫉妬するということはそれだけ相手のことが好きということに他ならないということを知ったから。

こう見えて、俺だって成長してるんだ。



「ジョンデや……じゃなくてジョンイナ、」
「はい?」
「お前彼女とかいるの?」
「いませんけど」
「ふーん、もったいねぇな」
「別にダンス命なんで。っていうか、何回間違えば気が済むんですか」
「だって似てるんだもん、しょうがないじゃん」
「別にいいんですけど、一度も会ったことない人に毎回間違われるこっちの身にもなってくださいよ」
「はは!じゃあ今度会わせてやろうか?」
「別に、ヒョンの弟に会ったって何の得もないんで」
「冷たいねぇ、ジョンインくんは」



冷めかけたポテトを頬張って、サイダーで胃に流す。のど元を炭酸が刺激して、思わず肩を竦めた。
ジョンインは付き合いやすい男だ。面倒見のいいチャニョルとは正反対で割と自分勝手だけど、気負わない性格が好きだし、意外と周りを見ているのかバイトに入りたてでまだ不慣れだった頃、気が付くと影でよく助けてくれていた。


「ジョン……イナ、ってなんだよ!今度はちゃんと間違わなかっただろ」
「いや、別にいいんですけどね」

で、今度は何か?とばかりにポテトをくわえながら視線を上げる。
お前のそういう目つき、怖いから!


「お前って兄弟いるの?」
「今度は兄弟ですか。いますよ、上に一人兄が」
「あー、ぽいな!お前弟っぽいもん!」
「そうですか?だからってベッキョニヒョンの弟ではないですけどね」
「はは!分かってるって!むしろ俺の弟の方が何倍も可愛いからな!」



って、そんなこと考えてたら早くジョンデに会いたくなってきた。

俺は、塩のついた指を舐めてスマホを取り出し、トークルームを開いた。


『何時に帰ってくる?』
『もうすぐ帰るよ』
『了解。じゃあ俺も帰るわ』


三年経とうが、愛は変わらず。
俺にとっては文字すら愛おしいんだ。


「ヒョン、にやけてますよ」
「え?あぁ、悪い!ごめん、俺もう帰るわ!」


これ食っていいよ、と差し出したポテトの箱の中身には既に少ししか残っていなくて、ジョンインは不機嫌そうに顔を歪めた。


「じゃ、お疲れ!」


俺は急いで自転車に跨って、アパートを目指した。



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弟・ジョンデ

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ベッキョンからのメッセージを見て、一緒に買い物に来ていたサークルの後輩セフンをちらりと見た。
資料を探すという目的はすでに達成されていて、どうしようかとぶらぶらしていた時だったから。きっとどちらかが『ご飯でも』と言えばそのまま食べて帰る流れなんだろうけど。でも僕にはベッキョンからのメッセージが届いていて、それを足蹴にするという選択肢はないのだ。


「セフナ、じゃあそろそろ帰るね」
「え?」
「なに?」
「いや、ご飯とか食べて帰らないんですか?」
「うん、ベッキョナが待ってるっていうから」
「そう、ですか……」


あぁ、傷つけたかな、と思った。
見るからにシュンとうなだれてしまったセフンを見て、少しだけ胸に刺さる。

この後輩が、僕を良く慕ってくれているのを知っている。
″民俗学サークル″という、一般的にはよく分かんない様な僕らのサークルに入ってくれたセフンは、背が高くてイケメンなのに引っ込み思案で。もったいないよ、と笑いかけたらすごく懐かれた。僕は人見知りなセフンが兄のように慕ってくれて嬉しかったので、僕も弟のように甲斐甲斐しく世話を焼いたりした。セフンも、大学で時間が空くといつもサークル部屋で勉強している僕を見つけては一緒にいるようになって、サークルの先輩たちからは「もしかして付き合っているのか」とからかわれたりもした。

何言ってるんですか、と僕は笑った。

だって僕にはベッキョナという大切な大切な、兄弟であり、友だちであり、片割れで半身の恋人がいるのだから。



「じゃあ、ヒョンのアパートまでついて行ってもいいですか?」

セフンは淋しそうに笑う。

「なんで?遠回りだよ?」
「遠回りしたい気分なんで」
「……まあいいけど。でも家には上げないからね」
「別にいいです」


そう言ってセフンは僕の肩に腕をまわす。
前にヒョンの家に遊びに行きたいと言われた時、僕はセフンに「兄と住んでいるから無理だ」ときっぱりと答えていた。
僕は僕らの世界に誰も入れるつもりはないし、ベッキョンより優先するモノなんて何もない。
あの時に気づいたから。そのことに、もう迷いなんて一つもない。


「 " ベッキョンさん " ってジョンデヒョンと双子なんですよね?」


セフンは石ころを蹴飛ばしながら呟く。


「そうだよ」
「似てる?」
「いや、二卵性だから。似てるのは背格好くらいなもんかな」
「へぇ。どっちがモテますか?」

いたっずらっぽく笑って振り向いたセフンの顔は、妙に子供染みていて、時たまセフンは悪戯をする小学生みたいな顔をする。

「どうだろうね。でもベッキョナの方が社交的だから」
「ふーん。でも、」


── 僕はジョンデヒョンの方が好きです。


ぎくりとした。
不意に放たれたその真っ直ぐな言葉に。
だから僕は慌てて笑顔を乗っけるしかなくて。


「はは!会ったことないじゃん」
「会ってなくても分かります」
「そうなの?」
「はい」


じゃあ、ここだから。と、タイミングよくアパートに着いたことに意味もなく感謝したくなった。


「ヒョンの部屋はどれですか?」
「あそこ。二階の端だよ。電気ついてるからベッキョナも帰ってるみたい」

じゃあね、とセフンに別れを告げた。気を付けて帰るんだよ、と。
手を振って外階段を登って、玄関の前でチャイムを鳴らすとベッキョンが迎えてくれた。


「おかえり」
「だだいま」
「遅かったな」
「うん、セフンに送ってもらいながら歩いてきたから」
「ふーん」


ちらりと外を見ると、街頭に照らされながらセフンがいまだにこちらを見上げていて。
僕が、「あ……」っと呟くと釣られるようにベッキョンも外を見て、同じようにセフンを見つけていた。僕はなんだか気まずいような気がして、世界を遮るようにガチャンと慌ててドアを閉めた。


「セフンって、あいつ?」
「うん」
「ふーん。イケメンだな」
「怒った?」
「怒る様な事したの?」
「いや」
「じゃあ怒んない。ムカつくけど怒んない」


しゃがんで靴を脱ぐ僕を見下ろしながら、ベッキョンは唇を尖らす。
そんな姿が可愛くて思わずにやけると、ベッキョンは感づいたのか気まずそうに頭を掻いた。


「ベッキョナ、お腹空いたね!なんか食べた?」
「あぁ、ジョンインと帰りにポテト食べたけど、」
「えぇ!ズルいなぁ」


そう言いながら、ただいまのキスをする。
おやすみのキスも、おはようのキスも、いってきますのキスも。全部ここに住み始めてから始めた習慣だ。


「ジョンデ、」
「ん?なに?」
「セフンって……いや、何でもない!あ、飯より先に食ってもいい?」
「え?」


何を?と言い切る前に、僕はベッキョンに押し倒されていた。



どうせ今までだって2人部屋だったんだから狭くていいよと言って決めた部屋はワンルームの、ベッドを置いたらいっぱいになっちゃうような部屋で。そこに無理やりダブルのマットレスを置いたから、それ以外にはほとんどスペースがない。
わずかに空いたスペースにテーブルを置いて、そこでご飯を食べたり勉強をしたりしている。ちなみにベッキョンはほぼベッドに寝転がってゲームをしている。
とにかくつまりは、玄関からキッチンの脇を通ってもつれるように転がり込めばベッドはすぐそこということで。
あまりにも即物的なところが、僕たちは結構気に入っていて、いつもいいムードになるより先に二人して笑ってしまうのだ。


「ねぇ、やっぱりこの部屋ちょっと狭すぎない?」
「そこがいいんじゃん!ほら、バンザイして」

ベッドの上でベッキョナに服を脱がされて、あっという間に二人とも裸で。僕は、寒い寒いと布団に潜り込むとベッキョンも中に潜り込んできて、あの公園のタコみたいな滑り台の足の中みたいに身を寄せ合ってクスクスと笑った。


「僕、途中でお腹鳴るかも」
「パンでもつまみながらする?」
「バカ!」


叩こうとした腕は掴まれて、そのまま覆いかぶさられて縫い付けられて、あとは慣れた手順であっという間に唇を塞がれる。
ベッキョンの長くて綺麗な指が、僕の体を這っていく。
耳が弱いとか、乳首が弱いとか。どこをどうするといいとか。僕をより敏感な身体にしたのは、この兄で。
やっぱり手を取るように僕のことは分かってしまうのが、こんな時はちょっとだけ悔しいような気がした。


「あっ……!やぁだ!ねぇ、そこっ!ダメだってばぁ!」
「ジョンデや、可愛いな」


一向に聞いちゃいない僕の訴えを無視して、ベッキョンの指はどんどんと深部へと突き進んでいく。
使い切った潤滑剤の本数はもう何本になるんだろうか。
吐き出して口を縛ったゴムの個数は。

そんな下世話なことがなんとも言えなく嬉しいんだ。


今日もまた新しいゴムの封を切ってベッキョンが僕の中に押入って来る。
ぐっとこらえる痛みにもだいぶ慣れた。
見上げるとベッキョンは優しく笑みを浮かべていて、胸いっぱいに幸せが広がった。
上がる呼吸。同じに響く心音。馴染んだ肌、体温、身体。
これらは全部僕のもので、幸せと同時に強烈な独占欲が湧き上がってくる。


僕たちは、同じお腹の中から生まれたけど、別々だったからこうして抱き合うことができるんだ。
正しくも美しくもない関係だけど、僕はベッキョナがいればそれでいい。



お父さんとお母さんは、僕たちの関係にいつ気付くのだろうか、と考えることがある。
今はいいかもしれないけれど、ずっとこのままでいる違和感。それに両親はいつ気付くのだろうかって。その時僕らはどうなるのだろう。きっと今度は強烈な罪悪感が僕らを襲う。幸せだった世界は一転して、僕ら家族は不幸のどん底へと落ちていくのかもしれない。
それでも、それでもこの手は離せないから、今のうちから「ごめんね」とベッキョンに謝った。



「なに?急に」
「ううん、なんでもない」

シャワーを浴びたベッキョンが、いまだベッドでぐったりとしている僕の横に座って頭を撫でてくれた。
幸せだ、僕は。幸せ。
ベッキョンがいるから、僕は幸せ。


***


「あ、ヒョン、いた」
「あぁ、セフナ」

大学の昼休み、僕はいつものようにサークル部屋でコンビニパンを齧っていると、これまたいつものようにセフンがやってきた。


「ねぇ、こないだヒョンのアパートに行ったときにいた人がベッキョンさん?」
「うん、そうだよ」
「ふーん」


セフンは買ってきた缶コーヒーをゆるく振って、パチンとプルタブを押し上げた。


「ベッキョンさんって、ヒョンのお兄さんなんですよね?」
「うん、双子のね」
「ですよね」
「あ!似てなくてビックリしたんでしょ!?」
「え?あ、あぁはい。似てなくてびっくりしました」
「はは!昔から言われてるから、もう慣れてるけどね」


だってベッキョナは可愛らしい奥二重の垂れ目だけど僕はくっきり二重の釣り目だし、ベッキョナはふわりとしたサラサラのストレートだけど僕は固めのくせ毛だし、ベッキョンは全体的にまるい脂肪体質だけど僕は脂肪のつきにくい筋肉体質だし、それ以外にも指の形や、眉の形や、似ているところを探す方が難しいんじゃないかってくらいに僕らは似ていないから、昔からいつも言われてきたことだ。
本当はどちらかは貰われっ子なんじゃないかと、大人たちはよく僕らをからかったりもしたっけ。
でも、僕らの違うところは、ちゃんと両親のそれぞれから上手に譲り受けたところで。何よりも心が繋がっていることが、僕らをちゃんと双子だと納得させてくれていた。心で繋がっている。見えない何かで僕らはずっと繋がっているんだ。
それはきっと、血とか細胞とか遺伝子とか、そういうものも含まれている。




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