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繋がる、伝わる

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兄・ベッキョン

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「おまたせ!」


いつもの、購買の横のベンチで携帯ゲームをしているチャニョルに声をかけながら駆け寄る。


「おつかれ!」


チャニョリはいつだって感心に俺を待っていてくれる。少しだけ悪い気もしながら、それでも最近はチャニョリがいてよかったと思うことが増えているのも事実だ。
このまま本当の恋人になってしまえれば、どんなに楽だろう。


「ベッキョナ、大丈夫?」
「なにが?」
「うーん……やっぱ何でもない!」


帰ろうぜ!とチャニョルは自慢の歯を見せて笑った。


「そういえば、来週開校記念日で休みじゃん?」
「あぁ、そっか」
「うん。どっか出掛けない?」
「どっかって?」
「うーん、どこでもいいけど、デートしようよ」
「デート?」
「そ!付き合って初めてのちゃんとしたデートだから……初デート!?」


何がそんなに楽しいのか、チャニョリは全身ではしゃぎながらそう言う。
俺はそんなチャニョリの横で、デートねぇ、なんて苦笑した。


「あ……」

「え?」

下駄箱の手前で急に立ち止まったチャニョリに「なに?」と顔を向けると、チャニョリは気難しそうな顔で「あれ」と顎で廊下の向こうを指したので、釣られるようにその方向に目をやった。


「あ……」


ジョンデの先輩が、一人で歩いていたのだ。


「あ、お兄さん!」


先輩に"お兄さん"と呼ばれるのは、やっぱり変な気がする。


「どうも」
「今部活終わったの?」
「はい」
「じゃあジョンデくん知らないよね?」
「は……?」


「急にいなくなっちゃったんだよねぇ」なんて呑気に話す先輩に、俺はなんだか眩暈がしそうだった。


「何かあったんですか?」
「何か……あったとしたらジョンデくんの方じゃないかなぁ。若しくは君か―――」
「俺……?」
「そう。あの子に何かあったとしたら、それは君のことでしょ?」


違う?と先輩は内心の読めない顔で俺に聞く。
俺が──今の俺が、あいつのことなんて分かるわけねぇだろうが。あんたの方が知ってんじゃねぇのかよ!なんて苛つく心をしまってどうにか笑顔を作ろうとしたのに、その人は「ホントむかつくよね」と笑顔を向けるので俺は思わず先輩に飛びかかっていた。


「ベッキョナ……!」

俺を止めようとチャニョルが間に割り込む。

「どけよ!」
「ダメだって!」

チャニョルに羽交い締めにされている俺を見ながら先輩は身なりを直して口を開いた。


「僕はどうやったって君にはなれないんだよねぇ。だって結局僕は今あの子が何処にいるかも分からないんだから」


──どうせ探せるのは君だけなんでしょ?



ジョンデを探せるのは、俺だけ……?



「ジョンデくんさぁ、いつも君の話ばかりするんだよ?それも楽しそうに。すごく可愛いんだけど、なんていうか……ちょっとムカつくよね」


君は分かるでしょ?と先輩が笑顔でチャニョルに向かって言うと、チャニョルは微妙な顔で少しだけ笑った。


「双子って厄介だね」


そう呟いた先輩は、なんだか悲しそうな顔をしていた。

とにかく俺はジョンデを探さないと。


「チャニョリ、ごめん!」



俺は急いで校舎を飛び出した。




***



ジョンデへと回線を繋ぐのはとても久しぶりだ。
上手く繋げられるだろうか。
不安が胸を過る。


だけど本当は、繋がなくたって分かるんだ。
こんな時にジョンデが行く場所。
一人になっていじけるための場所。
いつも、俺が迎えに行く場所。




夕暮れ過ぎの公園は、子供たちもいなくて空になった遊具がひっそりと淋しそうに佇んでいる。
何度も二人で遊んだ場所。
あのブランコも、あのシーソーも。
いつも二人で遊んだ。
それでも何も寂しいことなんかなくて、ジョンデがいれば俺はいつだって楽しかった。


その公園の真ん中に鎮座するタコみたいな滑り台。その入り組んだ足の中。
土管みたいな空洞で、ジョンデは何かあるといつだってひとりで膝を抱えていた。


今だってそう。




「おい……」


屈んで覗き込みながら声をかける。
ジョンデはゆっくりと顔をあげた。


「ベッキョナ……?」
「お前の先輩に会って、急にいなくなったって言うから……」
「探してくれたの?」
「探すってほどでもねぇだろ。いつものとこなんだから」
「そっか……」


よっこいせ、と丸まって手と膝をつくと、四つん這いになってジョンデに近づいた。


「ここもそろそろ限界だな」


久しぶりに来てみると、頭が天井に支えて自分達の成長を思い知る。昔はもっと余裕だったのに。



「ベッキョナ……」
「んー?」
「うん……」



ジョンデは隣に座る俺の肩に頭を乗せると、ぎゅっと腕に抱きついてきた。
あ、って思ったのに……
振りほどけないのは、この場所のせい?
いつもここで二人で遊んでた頃にタイムスリップでもしてしまったんだろうか。
馴染んだ体温が、じくりと身体に染み込んでいって、不覚にも泣きそうになった。


「ベッキョナ、ごめんね……」
「なにが?」
「うん……色々全部……」
「あぁ……」


悪いのは、きっと俺の方だ。
お前を好きな俺の方……

そっと触れたジョンデの髪の毛は軽やかに俺の指をすり抜ける。ぎゅと抱きつく腕に力を込めて、ジョンデは気持ち良さそうに瞼を閉じた。
相変わらず長い睫毛が綺麗に扇形に広がる。
どれもこれも俺の知っているもので、馴染んだもので、愛しく思うものだ。



何度か繰り返して髪の毛を梳いていると、ジョンデはそっと顔をあげた。


視線が絡まって、ゆっくりと唇が開かれる。



「僕だって、ベッキョニより大事なものなんてないよ……誰にも取られたくない……チャンニョリにだって……」



そう言って伏せられる目。


「やっぱり……ただの弟だなんて、悲しくて死にそう……」


潤んだ目もとを親指で擦ってやると、また視線が重なった。




あぁ、ごめん。


今度こそ、ごめんな───




俺はそっとジョンデの顔を上げると、ゆっくりと近づいて、その唇を塞いだ。


とにかく、避けられなかったことに安堵した。
ずっと触れたかったそれは、感触を味わうなんて余裕もなく、ただただ気持ちが溢れるばかりだ。

俺の気持ちが、想いが、全部流れ込めばいい。
俺がどんだけジョンデを好きか。
どんな風に好きか。
お前のそれと比べればいい。
兄弟の独占欲なんてクソ食らえだ。
俺たちはもともと1個の塊で、こうしてひとつになることの自然さを、存分に知って欲しい。




ゆっくりと離れて重なった視線の先、ジョンデの瞳は戸惑いの色を浮かべていた。


なぁ、どうして受け入れた?
お前はどうして受け入れたんだよ。
受け入れてどう思ったんだ?
頼むから聞かせてくれよ。


死刑宣告でも聞くように、俺はジョンデの瞳を見つめた。
ギリギリの感情で、ギリギリの理性で。
俺はやっぱりお前が好きだよ。
誰にも渡したくなんかない。


「ベッキョナ……」


呟くとジョンデはまた俺の腕にぎゅっと抱きついて顔を埋めた。


それからは一言も発することはなくて。
5分なのか10分なのか、それとももっとだったのか。とにかく長い時間をそうやって潰した。
馴染んだ体温と、馴染んだ心臓のリズム。
馴染んだぬくもり。




「帰るか」

「うん……」



帰ろう。
俺たちの、二人だけの小さな世界へ。

***



その日の夜は、久しぶりに俺のベッドで二人で眠った。
俺の腕から離れないジョンデを、複雑な思いで見つめる。やっぱり俺が欲しいのはこの体温だけだ。
誰に何と言われようと、どう思われようと、それだけは変えようのない事実で。

何も言わないジョンデのぬくもりから何かを感じ取ろうと、絡み付いたその手をぎゅっと握りしめて目を瞑った。




***


次の日の朝、俺はいつものようにチャニョリと待ち合わせて。
そして「ごめん」と言った。


「ごめん、チャニョラ」
「謝るなよ、もともとお試しなんだから!」
「そうだけど……」
「上手くいきそう?あぁ!昨日どうだった?って見つかったに決まってるか!あはは!」


チャニョルは、相変わらずバカみたいに笑う。
バカみたいに、それから気を使うみたいに。優しくて……呆れるほど優しくて、この笑顔に何度助けられたか知れない。
チャニョリの笑顔はいつも元気をくれるんだ。太陽みたいに、明るくて眩しくて、優しい。


「上手くいくかとか良く分かんないけど……ただ、やっぱり俺はアイツじゃないとダメみたいで……」
「そっか……」
「都合良く使ったみたいで、ごめん……」
「都合良くだなんて、俺の方が……あ、いや何でもない!とにかく、それでベッキョニの気が済むなら、俺はいいんだ」
「うん……」


チャニョリは、優しくて気が利いて楽しくて気が合うし、いい奴だなって思うし好きだと思う。
だけど、その好きとジョンデを好きな気持ちは、やっぱりどこか違うと思ったんだ。
独占欲だとか、庇護欲だとか。欲望にまみれた"好き"が俺の中にはどうすることもできない大きさで主張し続けてる。
それはもう、手に負えないほどの存在で。触れた瞬間に芯から痺れるような衝撃でもって俺を襲う。
俺は、消えてはくれないそれを抱えて、心中してもいいと思った。




これが、俺自身が導きだした答えだ。



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弟・ジョンデ

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「ベッキョナ、僕放課後先輩に話そうと思う」


昼休みに、クラスメイト達からこっそり隠れてベッキョニとお揃いのお弁当を食べていたとき、僕はずっと考えていたことを口にした。


「なにを?」
「なにをって……」


理科室の隅で壁沿いに座って並んで。胡座を組むベッキョナの横に膝を立ててピタリと座った。
ちょっとでも離れればベッキョニはひとりでどこかへ行っちゃいそうで。怖くて堪らなかったんだ。

もう二度と僕を置いていかないで。
ベッキョナを感じれないなんて、やっぱり僕は死んでしまいそうだよ。



「付き合えない、って……」
「は……?」
「もう逃げないって昨日決めたんだ」


僕はベッキョニからもう逃げない───


真っ直ぐに目を見て伝える。

双子とか、家族とか。
誰が大事とか、誰を好きとか。
どんな好きとか、どう好きだとか。


それは変えられない事実と、変えようのない真実だった。


見えてなかったのは僕で。
都合よくすり替えたのも僕で。

僕は、ベッキョニがいないと生きていくこともできない弱虫だったんだ。


「うん、そっか……」


絡めた指先から伝わる体温。
流れてくる想い。

「俺も、チャニョリと別れた……」
「うん……」


僕たちは、ただ元の場所へと戻っていく。




***


「あ、来たんだ?」


放課後、音楽室のドアを開けると、ピアノを弾いていた手を止め、先輩は振り向いた。


「先輩……」
「もう来ないかと思ってた」
「そんな……」
「行っちゃうんだね」


先輩は少しだけいじけたように口を開く。


「すみません……」


大好きだった人。
大好きだと思った人。
初めてベッキョニ以外で感じた温もり、匂い、心臓のリズム。
二人で過ごした放課後の音楽室。
すべてが好きだった。愛おしかった。


「僕、ちゃんと先輩のこと好きだったのにな……」


でも、ベッキョニ以上には選べなかった。
分かってみれば簡単なことで。
ベッキョニと先輩。その二つの好きに違いなんてなかったんだ。


「ふふ、最後にそんなこと言うなんて意地悪だね」
「すみません……」
「気づいてないの?」
「……?」
「ジョンデくんが話す話はいつもお兄さんのことばかりだったんだよ?」
「え……」
「僕は嫉妬深いって言ったでしょ?」


先輩はいつものように綺麗に笑う。
僕が好きだった笑顔で。


「でもさぁ、双子のお兄さんが相手じゃ、いくら僕でも勝てないのかなって。双子なんだから絆が強くて当たり前だって思ってたんだけどね。僕はやっぱり、僕だけを見てくれる人がいいみたい。それに僕はお兄さんにはなれないから。君がいつもどこかで探し求めてるお兄さんがやっていた役割を、僕は君が望むようにはしてあげられない。残念だけど、」


もうこれ以上言わせないで、と先輩は目を伏せた。



「先輩……」



僕は、この優しい人を傷つけた。
本当は傷つく必要なんてなかったのに。


何を選ぶとか、誰を選ぶとか……
本当は誰も選びたくなんてなかった。
選べと言ったのはベッキョニだけど、その手を掴んだのは僕。あの公園で。ベッキョニを繋ぎ止めるために、僕はあの唇を受け入れた。その瞬間、すべてがどうでもよく思えたんだ。
ただ二人だけの世界で、生きていたいって。
それは小さな狂気の始まりだった。
僕の中に眠っていた小さな小さな狂気。
その始まり。



***



「なんでこんなにぴったりハマるんだろう……」


狭い狭い二段ベッドで僕らは裸で抱き合った。
深夜二時に押し殺した声。
事後の余韻は、馴染んだ体温も匂いも心臓のリズムも、すべてを初めてのものに変えた。
体中から大好きが溢れだして、流れる出るのを堰き止めるようにベッキョナに抱きついた。


「先輩だってぴったりハマると思ったのに、ベッキョナには敵わないや」
「そんなの、母さんの腹ん中で10ヶ月もこうしてたんだから当たり前だろ」
「はは……そっか……」
「それに、俺たちは元々1個の塊だったんだ。1個の塊が2つになった。だから1個に戻るだけ」
「塊かぁ……あれ?僕たち二卵性だよねぇ?」
「バレたかぁ」


くすくすと声を殺して笑いあう。
ベッキョナの垂れた目じり。つるりと白い肌。低くかすれた声。同時に歌う歌。掴んではいけなかった、手。



苦しくて、切なくて。
しんどくて、刹那的。

でも飛び切り愛おしくて甘ったれたこの小さな世界で、僕たちはずっと、二人きりで生きるんだ。

それが、溢れて流れでる僕たちの感情の、たったひとつの行き場なのかもしれない。






おわり
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160422完結
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