〇〇とチェン
「ジョンデヤ~!!」
ベッキョンが宿舎に帰るなり、僕の名前を叫びながらドアのノックもせずに入ってきた。
「もーなんだよ、そんな声上げて」
ベッドの上から呆れ顔で迎えると、ベッキョンはヒヒヒと笑って「ほい」と真っ白な紙袋を差し出してきた。
「ん?」
「ハッピーバーズデー」
「……あぁ!」
それが僕への誕生日プレゼントだと分かったので、僕は喜んで受け取った。
「珍しいね、ベッキョンが当日にプレゼントくれるなんて」
「まぁな!」
えっへん、と胸を張るベッキョンが可笑しくて「雪でも降るんじゃない?」と窓の方を伺う素振りを見せると、「そんなこと言うやつにはやんねぇぞ!」って。
「うそうそありがたくもらうってば!」
開けていい?と聞きながらも僕は許可を待つ前に袋へと手をかけていた。
大きな白い袋の中には、また大きな白い箱。
それを取り出して、ふたを開ける。
「あ……!」
「んふふ、いいだろそれ」
「うん!格好いい!!」
中から出てきたのは真っ白なスニーカーだった。
「ん?でも、これどこのなの?」
「あーうーん、えーと……」
歯切れの悪いベッキョンを見上げて、首をかしげる。
「ほら……俺がやってるとこの……」
「あぁ!」
本当だ。スニーカーの履き口によく見るとロゴが小さく箔押しされている。
「今度スニーカーもコラボして出すって言うから、サンプルのやつ貰ってきた。お前好きそうだと思って」
「じゃあこれ……?」
「おう、非売品」
「マジで!?いいの?そんなのもらっちゃって!」
「クリエイティブディレクターなめんなよ」
「ははは!ありがとう!」
さすがだね、と笑いながらもベッキョンの優しさが身に染みるのは何故だろう。ふと心臓のやわらかなところに染み込んで、じわりと広がっていく。
「そんな泣くほどかよ」
そう言ってベッキョンは僕の目尻を乱暴に擦りあげた。
「泣いてないよ」
「嘘つけ」
「泣いてないもん……」
「レイヒョンからは……連絡来た?」
ベッキョンは僕の頭をぐりぐりと撫でまわしながら乱暴に、けれど伺うようにそう呟いた。
「……いや。もともと来るとも思ってないから……気にしてないよ!ヒョンだって忙しいんだからさ!」
ほら!またアルバム出すんだって!
ベッキョンにさっきまで見ていたスマホの画面を見せながら「すごいよね!」と笑顔を向ける。
僕のヒョンはすごいんだ。
格好よくて、優しくて、歌もダンスも作曲も、映画もドラマもバラエティーも。なんだってできるヒョンの信念は努力だから。僕らにすら知り得ないほどの努力を日々重ねている。
「そうは言っても恋人の誕生日だろ?」
「そうだけど?」
「だったら……」
「正論を言うやつは嫌いだって知ってるよね?」
「……ったく」
僕とヒョンは恋人かって?
そんなの……もう即答できない。ろくに顔をあわすことも儘ならなかったこの2年。ヒョンも頑張ってるからと鼓舞しながら僕自信も走り続けてきた。僕らが優先しなければいけないのはいつだって目の前の仕事だったし、それについて不満に思ったこともなかったから。だから会えなくたって、連絡が来なくたって、なんとも思っていなかったんだけど。
どうしてだか想いが溢れたのは、年末の授賞式でのことだ。言うはずもなかったヒョンへの言葉。ギリギリまで堪えていたはずなのに、気づいたらマイクの前でヒョンに会いたいと願って、愛してると叫んでいた。
僕らの関係を知っているメンバーたちは控え室に戻るなり、みんな無言で肩を叩いてくれていたっけ。
次の日、ヒョンも僕らのことが恋しいと言ってくれたのを見たとき、僕は一人で膝から崩れ落ちるように泣いていて、こんなにまでも会いたかったのかと気づかされたんだ。
だけど、いくら会いたいと願ったって現実はいつだって厳しい。あのあといろんなタイミングで何度か顔をあわせはしたけど、それは恋人同士の時間ではなかった。
ヒョンと曲作りした時間が懐かしい。
狭い部屋で、ヒョンの作るビートに合わせてデモを録って。何十曲という数の曲を一緒に作業した。ヒョンはいつも僕の歌声を褒めてくれたし、僕は隣で作業するヒョンをこっそりと盗み見るのが好きだった。
初めてキスをしたのも、好きだと伝えたのも、ヒョンの作業部屋だった。薄暗い部屋でモニターの灯りに照らされながら僕らは愛を確認しあった。
僕とヒョンは、いつだって音楽で繋がっていた。
けれど今は一足飛びに遠くへ行ってしまったヒョン。追いかけるには、その背中を掴むには遠すぎるような気がして。画面の中のヒョンの姿が、なんだか知らない人に見えて悲しかった。
「ジョンデヤ~ジョンデヤ~」
今度はミンソギヒョンが呼んでいて、けれどその呼び方はまるで愛猫のタンを呼ぶときのようで、それに気づいた僕とベッキョンは二人で顔を見合わせて思わずクスクスと笑みが溺れた。
「あ、いた。ってなんだよ、二人して笑って」
「いや、別に。なぁ?」
ベッキョンが僕に同意を促すので僕もうんうんと頷くと、ヒョンは訝しげに僕らを見たあと、まぁいいやと話を変える。
「はい、これ」
「なに?」
「誕生日だろ?可愛い可愛いチェニが一人で寂しがってんじゃないかと思ってさ!」
「ヒョン……!」
いつだってなんだってヒョンにはお見通しだと、このヒョンは言う。お前よりもお前のことを知ってるんだからなって。だから隠し事なんかするなとまたそうやって世話を焼いて、僕は何も言い返せなくなるんだ。
受け取った封筒を開けると、ホテルの宿泊券が入っていた。ホテル名だけ見たって、これはかなり高そうだ。
「ヒョン、どういうこと?」
「んー。あいつ、明日帰ってくるってさ」
「え……?」
「お前も仕事オフだろ?レイのマネージャーにも頼んであいつの仕事もずらしてもらったからさ……」
ま、そういうこと。とニヒルな笑みを浮かべたヒョンに、僕は勢いよく抱きついていた。
「ヒョン!すごい!」
「だろ?」
よしよし、と宥めてくれる僕らの横から、ベッキョンは「結局またヒョンにいいとこ取られたじゃん」と拗ねたように呟いて、それがとても可笑しくて、僕らは結局3人で笑った。
ヒョンに、レイヒョンに会える。
しかもホテルで二人きり。
あぁ、これは。本当にあり得ない奇跡だ!!
昔はよく海外スケジュールのときとかホテルの同室で泊まったりしてたけど、最近はまったく一緒にならないから。しかもスケジュールではなくプライベートでというのも僕の心を弾ませる。
どうしよう、何を話そう。何をしよう。
時間なんてきっとあっという間だ。
話したいことなんて山のようにあるのに。
僕はその夜本当に寝れなくて。滅多なことじゃこんなことにならないのに、僕の心はウキウキと弾んで、結局明け方引きずり込まれるように眠りについた。
「じゃあ、行ってくるね」
マネージャーヒョンが気を利かせて迎えに来てくれて、僕はミンソギヒョンとベッキョンとギョンスに見送られながら宿舎を後にした。
「ヒョン、ありがとうございます」
「ん?俺?」
俺にじゃなくてミンソクにだろ?とマネージャーヒョンは笑う。
「もちろんミンソギヒョンはありがたいですけど、ヒョンもこうやって僕らのために動いてくれてるでしょ?」
事務所の人間はみんな僕らの関係を知ってるとはいえ、表立って何かをするということはもちろんない。他のメンバーたちを扱うのと同じように扱ってくれて、目をつぶってくれているだけだ。だから僕もヒョンも会社やメンバーたちには迷惑を掛けないように、気を使わせないようにと細心の注意を払ってきた。
だからこういうことは初めてで。単純に嬉しいよりも、申し訳ないことの方が大きいような気がした。
「これは全部ミンソクがやったことだから、ジョンデは何も考えずにただそのプレゼントを受け取っときゃいいんだ」
「……はい、そうですね」
「じゃ、明日また迎えに来るから」と言い残してマネージャーヒョンはまた雑踏の中へと車を走らせていった。
受付で名前を言って、カードキーを受けとる。ふかふかの絨毯を踏みしめている足にはベッキョンから貰った非売品のスニーカー。
よし、と小さく呟いていてエレベーターに乗り込んだ。
最上階客室のドアを開けると、正面には一面の景色が広がっていた。
「すごい……」
ミンソギヒョンは一体どれだけ奮発してくれたんだ。他のメンバーや親しいマネージャーたちからカンパを受けるようなタイプではないから、きっと全部ヒョンが出してくれたんだろうと想像する。
まいった、また頭が上がらないな。なんて。
窓の前に張り付いて、近い空を眺めた。
さっきからドキドキと心臓がうるさい。
手持ちぶさたに隣の寝室へと向かうと、大きなキングサイズのベッドが鎮座していて、綺麗な色の天涯に包まれていた。
恐る恐るとそのベッドへと腰かける。
瞬間、経験したことのないほどのスプリングが僕を弾き飛ばした。
試しに大の字に広がって横になってみると、すっぽりと包み込まれるような安心感。
ヒョン、どんな格好で来るかな?とか、開口一番何て言うだろう?とか……天涯がぶら下がる天井をを眺めながら考えていると、寝不足だった僕の瞼はいつの間にかゆっくりと幕を下ろしていた。
“…………デ……ョンデ…………”
懐かしい声が聞こえる。
“…………ョンデ、この曲どうかなぁ?”
“……この曲歌ってみてくれる?”
“……さすが僕のジョンデ”
端正な横顔にあどけなさを覗かせる大好きなヒョンの笑窪。それがくっきりと出ていて、ヒョンが楽しそうなのがわかる。だから僕もヒョンの笑窪が好きなんだってことを思い出した。夢現な中、ヒョンが笑ってくれたのがわかる。僕は嬉しくてその度にふわふわと飛び出しそうになるんだ。
懐かしい日々。
ヒョンの隣は、僕の特等席だったあの頃。
「……ヒョ、ン……」
ゆっくりと開いた瞼をぱちぱちと何度か瞬いて、ぼんやりとした頭で考える。
僕、今何してたんだっけ……?
「あ、起きた?」
「ひ……ヒョン!!」
さっきまで夢で見ていたレイヒョンが目の前にいて、起き抜けの僕の頭はプチパニックだ。
「おはよう」
何てことない顔で近づいてきたヒョンは、当たり前のようにベッドへと乗り上げて僕の前まで来るとボサボサの髪の毛を解いてくれながら「会いたかったよ」と呟いていてキスをした。
「ヒョン……!」
ヒョンがいる!レイヒョンが!!
僕の大好きなレイヒョンが、二人きりで恋人の顔で。泣きそうな僕の顔を見ながら困ったように笑みを浮かべて……
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
夢にまで見たレイヒョンが目の前にいて、僕はたまらず抱きついていた。
「……ヒョン、僕も会いたかった……」
「うん」
「知ってるよね?会いたかったの」
「うん」
「ヒョンも会いたかった?」
「もちろん」
「毎日僕のこと考えてた?」
「当たり前でしょ」
ヒョン、ヒョンと僕はえぐえぐ泣いてしまって、こんな子供みたいな真似したくなかったのに。僕はまるで堪え性のないただの子供だ。
「ヒョンいつ来たの?」
「うーん、一時間くらい前かな」
泣き止んで落ち着くとリビングでコーヒーを飲みながらヒョンとくっついてソファーに座った。
1ミリだって離れたくないんだ。
「起こしてくれればよかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから」
「だって昨日寝れなかったんだもん」
一人で何してたの?と問えば、ヒョンは「それ」とデスクに広げてあるノートパソコンを指した。
「作曲?」
「うん」
「聴く?」
「うん!!」
あぁ、懐かしい。この感じ。
ヒョンがノートパソコンを持ってきて、えっとね、と操作する。
「さっき作ってたのはこれ」
流れ出す電子音は、都会的なのに暖かくて、独特なリズムを弾き出す。
一緒になって体を揺らして、操作するヒョンの横顔を盗み見た。
あの頃と何一つ変わらないヒョンの横顔。
本当に楽しそうに作業するんだ。
「なんか、昔みたい……」
「そうだね」
「またヒョンと一緒に曲作りたいな……」
「そうだね……あ、今日作ろうか?今から二人で」
レイヒョンが顔を上げて僕の方を見ると、どうする?という顔で視線を寄越す。
「もちろん!」
結局僕らは積もった話をするよりも、二人で音楽を作っていた方が何倍も気持ちが伝わるんだということを知っていたから。
僕らはいつでも音楽で繋がっていた。
あの狭い作業部屋で、曲を作りながらキスをして愛を囁いた。
付き合う前からずっと僕とヒョンを繋ぐものは音楽で、僕はヒョンが作業する姿が好きだったし、ヒョンは僕の歌声が好きだと言ってくれていた。だから僕はヒョンの作るまっさらなデモ音源に仮歌をいれる作業が好きだったし、それは僕だけの特権のようで嬉しかった。
そんな気持ちが互いに愛に変わっていったときも、それはとても自然なことだった。
こうやってまた久しぶりにヒョンと二人で作業をすると、際限なくあの頃の記憶が蘇ってくる。ヒョンを意識し始めた頃や、二人でいることに戸惑いを感じたこと。自分の気持ちを持て余してヒョンにぶつけたこと。いつだって僕らの間には音楽があった。
「一人で作業をしてるとさ、いつもジョンデのことを思い出すんだ。それでふと隣を見たら誰もいなくて悲しくなる。けど夢のためだから……」
「わかってるよ。ヒョンがどう思ってるかは分からないけど、僕はヒョンが思ってるよりもずっとずっとヒョンとのこと応援してるから」
「ありがとう」
見つめあった瞳は嘘偽りのないもので。
「一人で作ってたって、僕の音楽にはいつもジョンデがいるんだ。分かるよね?」
そう言ってヒョンは僕の唇にキスを落とした。心臓が苦しくて。好きが溢れ出してしまいそうで。僕は離れていくそれを追いかけずにはいられなかった。
「ヒョン……っ!」
抱きついてキスをして、差し入れた舌を絡めあって。どろどろに溶け合ってひとつになってしまいたいと思ったことは今までも数知れず。
「いつもごめんね」
「それは言わない約束」
「うん……」
3年前の誕生日のあと交わした僕らの約束。
悪いことはなにもしてないんだからもう謝らないでって。胸を張ってヒョンはヒョンの仕事をしてくださいって言ったんだ。だから僕もヒョンの仕事を応援するって。
なのに最近はあまりにも遠くへ行ってしまったからっていじけて……あんな風にステージ上で叫んでしまうほど、寂しかった。
「次のアルバムに入る曲もジョンデを思って作ったんだよ。分かるよね?伝わってると思ってたんだけど」
一生懸命にしゃべるヒョンが可愛くて。
あぁ、僕は何も分かってなかったのだと気づく。ヒョンはこんなにも僕を思ってくれていたっていうのに。それはいつだってヒョンの曲を聴けばヒョンと繋がれるということだったんだ。
ヒョンが曲を作り続ける限り、僕はずっと愛されている。
「ヒョン、幸せだよ?とても」
「いつか二人で曲を出そう」
「うん……」
「いっぱい曲をつくって二人だけのフルアルバム」
「フル?」
「うん、だめ?」
くすくすと笑って、またキスをして。
曲作りは一旦休止して、誰にも邪魔されない天涯の中へと移動する。
ミンソギヒョン、素敵なプレゼントをありがとう。
ベッキョンの靴はその辺に脱ぎ散らかしちゃったからあとでちゃんと揃えるね。
レイヒョンからのプレゼント?
「昨日アルバム発売の発表したでしょ?」だって。
最高なプレゼントに囲まれて、僕は最高に幸せだ!
おわり
20180921 #HappyChenDay
ベッキョンが宿舎に帰るなり、僕の名前を叫びながらドアのノックもせずに入ってきた。
「もーなんだよ、そんな声上げて」
ベッドの上から呆れ顔で迎えると、ベッキョンはヒヒヒと笑って「ほい」と真っ白な紙袋を差し出してきた。
「ん?」
「ハッピーバーズデー」
「……あぁ!」
それが僕への誕生日プレゼントだと分かったので、僕は喜んで受け取った。
「珍しいね、ベッキョンが当日にプレゼントくれるなんて」
「まぁな!」
えっへん、と胸を張るベッキョンが可笑しくて「雪でも降るんじゃない?」と窓の方を伺う素振りを見せると、「そんなこと言うやつにはやんねぇぞ!」って。
「うそうそありがたくもらうってば!」
開けていい?と聞きながらも僕は許可を待つ前に袋へと手をかけていた。
大きな白い袋の中には、また大きな白い箱。
それを取り出して、ふたを開ける。
「あ……!」
「んふふ、いいだろそれ」
「うん!格好いい!!」
中から出てきたのは真っ白なスニーカーだった。
「ん?でも、これどこのなの?」
「あーうーん、えーと……」
歯切れの悪いベッキョンを見上げて、首をかしげる。
「ほら……俺がやってるとこの……」
「あぁ!」
本当だ。スニーカーの履き口によく見るとロゴが小さく箔押しされている。
「今度スニーカーもコラボして出すって言うから、サンプルのやつ貰ってきた。お前好きそうだと思って」
「じゃあこれ……?」
「おう、非売品」
「マジで!?いいの?そんなのもらっちゃって!」
「クリエイティブディレクターなめんなよ」
「ははは!ありがとう!」
さすがだね、と笑いながらもベッキョンの優しさが身に染みるのは何故だろう。ふと心臓のやわらかなところに染み込んで、じわりと広がっていく。
「そんな泣くほどかよ」
そう言ってベッキョンは僕の目尻を乱暴に擦りあげた。
「泣いてないよ」
「嘘つけ」
「泣いてないもん……」
「レイヒョンからは……連絡来た?」
ベッキョンは僕の頭をぐりぐりと撫でまわしながら乱暴に、けれど伺うようにそう呟いた。
「……いや。もともと来るとも思ってないから……気にしてないよ!ヒョンだって忙しいんだからさ!」
ほら!またアルバム出すんだって!
ベッキョンにさっきまで見ていたスマホの画面を見せながら「すごいよね!」と笑顔を向ける。
僕のヒョンはすごいんだ。
格好よくて、優しくて、歌もダンスも作曲も、映画もドラマもバラエティーも。なんだってできるヒョンの信念は努力だから。僕らにすら知り得ないほどの努力を日々重ねている。
「そうは言っても恋人の誕生日だろ?」
「そうだけど?」
「だったら……」
「正論を言うやつは嫌いだって知ってるよね?」
「……ったく」
僕とヒョンは恋人かって?
そんなの……もう即答できない。ろくに顔をあわすことも儘ならなかったこの2年。ヒョンも頑張ってるからと鼓舞しながら僕自信も走り続けてきた。僕らが優先しなければいけないのはいつだって目の前の仕事だったし、それについて不満に思ったこともなかったから。だから会えなくたって、連絡が来なくたって、なんとも思っていなかったんだけど。
どうしてだか想いが溢れたのは、年末の授賞式でのことだ。言うはずもなかったヒョンへの言葉。ギリギリまで堪えていたはずなのに、気づいたらマイクの前でヒョンに会いたいと願って、愛してると叫んでいた。
僕らの関係を知っているメンバーたちは控え室に戻るなり、みんな無言で肩を叩いてくれていたっけ。
次の日、ヒョンも僕らのことが恋しいと言ってくれたのを見たとき、僕は一人で膝から崩れ落ちるように泣いていて、こんなにまでも会いたかったのかと気づかされたんだ。
だけど、いくら会いたいと願ったって現実はいつだって厳しい。あのあといろんなタイミングで何度か顔をあわせはしたけど、それは恋人同士の時間ではなかった。
ヒョンと曲作りした時間が懐かしい。
狭い部屋で、ヒョンの作るビートに合わせてデモを録って。何十曲という数の曲を一緒に作業した。ヒョンはいつも僕の歌声を褒めてくれたし、僕は隣で作業するヒョンをこっそりと盗み見るのが好きだった。
初めてキスをしたのも、好きだと伝えたのも、ヒョンの作業部屋だった。薄暗い部屋でモニターの灯りに照らされながら僕らは愛を確認しあった。
僕とヒョンは、いつだって音楽で繋がっていた。
けれど今は一足飛びに遠くへ行ってしまったヒョン。追いかけるには、その背中を掴むには遠すぎるような気がして。画面の中のヒョンの姿が、なんだか知らない人に見えて悲しかった。
「ジョンデヤ~ジョンデヤ~」
今度はミンソギヒョンが呼んでいて、けれどその呼び方はまるで愛猫のタンを呼ぶときのようで、それに気づいた僕とベッキョンは二人で顔を見合わせて思わずクスクスと笑みが溺れた。
「あ、いた。ってなんだよ、二人して笑って」
「いや、別に。なぁ?」
ベッキョンが僕に同意を促すので僕もうんうんと頷くと、ヒョンは訝しげに僕らを見たあと、まぁいいやと話を変える。
「はい、これ」
「なに?」
「誕生日だろ?可愛い可愛いチェニが一人で寂しがってんじゃないかと思ってさ!」
「ヒョン……!」
いつだってなんだってヒョンにはお見通しだと、このヒョンは言う。お前よりもお前のことを知ってるんだからなって。だから隠し事なんかするなとまたそうやって世話を焼いて、僕は何も言い返せなくなるんだ。
受け取った封筒を開けると、ホテルの宿泊券が入っていた。ホテル名だけ見たって、これはかなり高そうだ。
「ヒョン、どういうこと?」
「んー。あいつ、明日帰ってくるってさ」
「え……?」
「お前も仕事オフだろ?レイのマネージャーにも頼んであいつの仕事もずらしてもらったからさ……」
ま、そういうこと。とニヒルな笑みを浮かべたヒョンに、僕は勢いよく抱きついていた。
「ヒョン!すごい!」
「だろ?」
よしよし、と宥めてくれる僕らの横から、ベッキョンは「結局またヒョンにいいとこ取られたじゃん」と拗ねたように呟いて、それがとても可笑しくて、僕らは結局3人で笑った。
ヒョンに、レイヒョンに会える。
しかもホテルで二人きり。
あぁ、これは。本当にあり得ない奇跡だ!!
昔はよく海外スケジュールのときとかホテルの同室で泊まったりしてたけど、最近はまったく一緒にならないから。しかもスケジュールではなくプライベートでというのも僕の心を弾ませる。
どうしよう、何を話そう。何をしよう。
時間なんてきっとあっという間だ。
話したいことなんて山のようにあるのに。
僕はその夜本当に寝れなくて。滅多なことじゃこんなことにならないのに、僕の心はウキウキと弾んで、結局明け方引きずり込まれるように眠りについた。
「じゃあ、行ってくるね」
マネージャーヒョンが気を利かせて迎えに来てくれて、僕はミンソギヒョンとベッキョンとギョンスに見送られながら宿舎を後にした。
「ヒョン、ありがとうございます」
「ん?俺?」
俺にじゃなくてミンソクにだろ?とマネージャーヒョンは笑う。
「もちろんミンソギヒョンはありがたいですけど、ヒョンもこうやって僕らのために動いてくれてるでしょ?」
事務所の人間はみんな僕らの関係を知ってるとはいえ、表立って何かをするということはもちろんない。他のメンバーたちを扱うのと同じように扱ってくれて、目をつぶってくれているだけだ。だから僕もヒョンも会社やメンバーたちには迷惑を掛けないように、気を使わせないようにと細心の注意を払ってきた。
だからこういうことは初めてで。単純に嬉しいよりも、申し訳ないことの方が大きいような気がした。
「これは全部ミンソクがやったことだから、ジョンデは何も考えずにただそのプレゼントを受け取っときゃいいんだ」
「……はい、そうですね」
「じゃ、明日また迎えに来るから」と言い残してマネージャーヒョンはまた雑踏の中へと車を走らせていった。
受付で名前を言って、カードキーを受けとる。ふかふかの絨毯を踏みしめている足にはベッキョンから貰った非売品のスニーカー。
よし、と小さく呟いていてエレベーターに乗り込んだ。
最上階客室のドアを開けると、正面には一面の景色が広がっていた。
「すごい……」
ミンソギヒョンは一体どれだけ奮発してくれたんだ。他のメンバーや親しいマネージャーたちからカンパを受けるようなタイプではないから、きっと全部ヒョンが出してくれたんだろうと想像する。
まいった、また頭が上がらないな。なんて。
窓の前に張り付いて、近い空を眺めた。
さっきからドキドキと心臓がうるさい。
手持ちぶさたに隣の寝室へと向かうと、大きなキングサイズのベッドが鎮座していて、綺麗な色の天涯に包まれていた。
恐る恐るとそのベッドへと腰かける。
瞬間、経験したことのないほどのスプリングが僕を弾き飛ばした。
試しに大の字に広がって横になってみると、すっぽりと包み込まれるような安心感。
ヒョン、どんな格好で来るかな?とか、開口一番何て言うだろう?とか……天涯がぶら下がる天井をを眺めながら考えていると、寝不足だった僕の瞼はいつの間にかゆっくりと幕を下ろしていた。
“…………デ……ョンデ…………”
懐かしい声が聞こえる。
“…………ョンデ、この曲どうかなぁ?”
“……この曲歌ってみてくれる?”
“……さすが僕のジョンデ”
端正な横顔にあどけなさを覗かせる大好きなヒョンの笑窪。それがくっきりと出ていて、ヒョンが楽しそうなのがわかる。だから僕もヒョンの笑窪が好きなんだってことを思い出した。夢現な中、ヒョンが笑ってくれたのがわかる。僕は嬉しくてその度にふわふわと飛び出しそうになるんだ。
懐かしい日々。
ヒョンの隣は、僕の特等席だったあの頃。
「……ヒョ、ン……」
ゆっくりと開いた瞼をぱちぱちと何度か瞬いて、ぼんやりとした頭で考える。
僕、今何してたんだっけ……?
「あ、起きた?」
「ひ……ヒョン!!」
さっきまで夢で見ていたレイヒョンが目の前にいて、起き抜けの僕の頭はプチパニックだ。
「おはよう」
何てことない顔で近づいてきたヒョンは、当たり前のようにベッドへと乗り上げて僕の前まで来るとボサボサの髪の毛を解いてくれながら「会いたかったよ」と呟いていてキスをした。
「ヒョン……!」
ヒョンがいる!レイヒョンが!!
僕の大好きなレイヒョンが、二人きりで恋人の顔で。泣きそうな僕の顔を見ながら困ったように笑みを浮かべて……
「遅くなったけど、誕生日おめでとう」
夢にまで見たレイヒョンが目の前にいて、僕はたまらず抱きついていた。
「……ヒョン、僕も会いたかった……」
「うん」
「知ってるよね?会いたかったの」
「うん」
「ヒョンも会いたかった?」
「もちろん」
「毎日僕のこと考えてた?」
「当たり前でしょ」
ヒョン、ヒョンと僕はえぐえぐ泣いてしまって、こんな子供みたいな真似したくなかったのに。僕はまるで堪え性のないただの子供だ。
「ヒョンいつ来たの?」
「うーん、一時間くらい前かな」
泣き止んで落ち着くとリビングでコーヒーを飲みながらヒョンとくっついてソファーに座った。
1ミリだって離れたくないんだ。
「起こしてくれればよかったのに」
「気持ち良さそうに寝てたから」
「だって昨日寝れなかったんだもん」
一人で何してたの?と問えば、ヒョンは「それ」とデスクに広げてあるノートパソコンを指した。
「作曲?」
「うん」
「聴く?」
「うん!!」
あぁ、懐かしい。この感じ。
ヒョンがノートパソコンを持ってきて、えっとね、と操作する。
「さっき作ってたのはこれ」
流れ出す電子音は、都会的なのに暖かくて、独特なリズムを弾き出す。
一緒になって体を揺らして、操作するヒョンの横顔を盗み見た。
あの頃と何一つ変わらないヒョンの横顔。
本当に楽しそうに作業するんだ。
「なんか、昔みたい……」
「そうだね」
「またヒョンと一緒に曲作りたいな……」
「そうだね……あ、今日作ろうか?今から二人で」
レイヒョンが顔を上げて僕の方を見ると、どうする?という顔で視線を寄越す。
「もちろん!」
結局僕らは積もった話をするよりも、二人で音楽を作っていた方が何倍も気持ちが伝わるんだということを知っていたから。
僕らはいつでも音楽で繋がっていた。
あの狭い作業部屋で、曲を作りながらキスをして愛を囁いた。
付き合う前からずっと僕とヒョンを繋ぐものは音楽で、僕はヒョンが作業する姿が好きだったし、ヒョンは僕の歌声が好きだと言ってくれていた。だから僕はヒョンの作るまっさらなデモ音源に仮歌をいれる作業が好きだったし、それは僕だけの特権のようで嬉しかった。
そんな気持ちが互いに愛に変わっていったときも、それはとても自然なことだった。
こうやってまた久しぶりにヒョンと二人で作業をすると、際限なくあの頃の記憶が蘇ってくる。ヒョンを意識し始めた頃や、二人でいることに戸惑いを感じたこと。自分の気持ちを持て余してヒョンにぶつけたこと。いつだって僕らの間には音楽があった。
「一人で作業をしてるとさ、いつもジョンデのことを思い出すんだ。それでふと隣を見たら誰もいなくて悲しくなる。けど夢のためだから……」
「わかってるよ。ヒョンがどう思ってるかは分からないけど、僕はヒョンが思ってるよりもずっとずっとヒョンとのこと応援してるから」
「ありがとう」
見つめあった瞳は嘘偽りのないもので。
「一人で作ってたって、僕の音楽にはいつもジョンデがいるんだ。分かるよね?」
そう言ってヒョンは僕の唇にキスを落とした。心臓が苦しくて。好きが溢れ出してしまいそうで。僕は離れていくそれを追いかけずにはいられなかった。
「ヒョン……っ!」
抱きついてキスをして、差し入れた舌を絡めあって。どろどろに溶け合ってひとつになってしまいたいと思ったことは今までも数知れず。
「いつもごめんね」
「それは言わない約束」
「うん……」
3年前の誕生日のあと交わした僕らの約束。
悪いことはなにもしてないんだからもう謝らないでって。胸を張ってヒョンはヒョンの仕事をしてくださいって言ったんだ。だから僕もヒョンの仕事を応援するって。
なのに最近はあまりにも遠くへ行ってしまったからっていじけて……あんな風にステージ上で叫んでしまうほど、寂しかった。
「次のアルバムに入る曲もジョンデを思って作ったんだよ。分かるよね?伝わってると思ってたんだけど」
一生懸命にしゃべるヒョンが可愛くて。
あぁ、僕は何も分かってなかったのだと気づく。ヒョンはこんなにも僕を思ってくれていたっていうのに。それはいつだってヒョンの曲を聴けばヒョンと繋がれるということだったんだ。
ヒョンが曲を作り続ける限り、僕はずっと愛されている。
「ヒョン、幸せだよ?とても」
「いつか二人で曲を出そう」
「うん……」
「いっぱい曲をつくって二人だけのフルアルバム」
「フル?」
「うん、だめ?」
くすくすと笑って、またキスをして。
曲作りは一旦休止して、誰にも邪魔されない天涯の中へと移動する。
ミンソギヒョン、素敵なプレゼントをありがとう。
ベッキョンの靴はその辺に脱ぎ散らかしちゃったからあとでちゃんと揃えるね。
レイヒョンからのプレゼント?
「昨日アルバム発売の発表したでしょ?」だって。
最高なプレゼントに囲まれて、僕は最高に幸せだ!
おわり
20180921 #HappyChenDay
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