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〇〇とチェン

お前の激情は入道雲みたいだ、とヒョンは言う。


さっきまで凪いでいたっていうのに、急に激しい雨を降らせるみたいに爆発するだろ?って。
「それじゃあ僕はただのワガママみたいじゃないですか」って言ったら、「お前はいつも良い子すぎるからそれでちょうどいい」って。
それに、「そんなことするのヒョンにだけです」って膨れっ面で抗議する僕に、ヒョンは、「そうしてくれると嬉しいな」って存外に真剣な面持ちで言うから、僕の心臓は三センチほど飛び上がった。






─── エイプリルフールの逆襲 ───




「クリスヒョン、好きです!」


リビングのドアを開けるなり朝から、俺の目の前に立ちはだかったビョンベッキョンはそう口を開いた。


なんの話だろうか。


呆然と佇む視界の隅で、俺たちの末っ子であるオセフンが笑いを堪えながらスマホを構えているのが見えた。

あぁ、悪戯か。

そりゃそうだ。こんな朝からリビングに入ってくるのを待ち構えるような告白なんてあるわけがない。
告白とは、もっと神聖なものだ。

ならば、どんな類いの悪戯だろうと考えて、今日が4月1日であることを思い出した。

その名を "エイプリルフール" という。


そう、目の前の弟の為のような日だ。


普段はわりと最後まで寝てるタイプのくせに、こんな日だけは早起きなのかと考えて、くだらなさが可愛く思えた。


「あぁ……俺もだ、ベッキョナ。やっと想いが通じたんだな。ヒョンは嬉しいよ」


目の前の肉付きの良いウエストを抱き抱えれば、ベッキョンは「ヒョ、ヒョン!?」なんて慌てて手で突っぱねた。リビングの隅でついに声を堪えきれなくなったセフンに視線を向ければ、ヒョン、グッジョブ!なんて親指を上げている。


「悪趣味だな」
「そう?楽しくない?」

次だれ来るかなぁ、とセフンは楽しそうにスマホを持って構え直した。



そうして何人かがやって来て、その度にベッキョンは告白をし、セフンはスマホのカメラを構えた。
大抵はすぐに気づいて笑っていたけど、ジュンミョンは少し引っ掛かってしまったらしく、「そのうち痛い目みるよ!」と怒りながら冷蔵庫を開けていた。


そしてその忠告が現実となったのが、もう一匹のビーグル、パクチャニョルが来たときだ。

ベッキョンはこれまでと変わらず「チャニョラ、好きだ!」と勢いよく告白をし、目を見開いて真っ赤になったチャニョルを見て、言ってはいけないことを言ってしまったと自覚したのか、物凄い勢いで自室へと去っていき、チャニョルは慌ててそれを追いかけていった。
セフンは相変わらず悪趣味に動画を撮っていて、貴重な動画撮れた!と丁重に保存しているし、ジュンミョンは「だから言ったのに」と呆れていて、ギョンスは「今度それでチャニョルを揺すろう」と末っ子に入知恵していた。


コーヒーの匂いがして振り向くと、ほんとバカだよね、とジョンデがコーヒーを飲みながら俺に向かって笑うので、俺は「そうだな」と相槌を返した。

今日はエイプリルフールだ。




エイプリルフールなんてのは、それに気づくまでの時間が大事なわけで、午後になる頃にはそんな子供だましの遊びには誰も興味がない。


「そういえば今朝のやつ、ヒョンも言われたんですか?」とジョンデが移動中の車の中で聞いてきた。「あぁベッキョナか」と返すと、ジョンデは興味深そうに「そうそう!」と頷く。


「言われたよ。だから俺も好きだって返してやった」
「あはは!なにそれ!僕も見たかったー。あ!セフン動画持ってるかなぁ」
「あぁ、撮ってたよ」
「じゃああとで見せてもらおーっと」


ふんふん、なんて鼻唄を歌いながらジョンデはスマホを操作しはじめる。セフンにメッセージでも飛ばしてるんだろうか。それからそれも終わったのか、今度は動画を漁りだしてイヤホン越しに次々と再生していた。

とても、楽しそうだ。
結局はこういう姿が好きなのだ、と思う。
いつも楽しそうで、見てるだけでいつの間にやらこちらまで楽しくなる。
プラスのエネルギーを持つ男。
チャニョルは "優しすぎる" と言った。
セフンは "母親のようだ" と。
世話好きで、優しい男。
キムジョンデとはそういう男だ。


けれどそれは時として急に激しい雨を降らせるのだと気づいたのはいつだったろうか。
溜まった感情は呼吸できなくなるほど自身の首を絞めるのか、出口を求めて苦しそうに当たり散らすんだ。
そういうときのジョンデは、何もかも気に食わない、とはっきりと顔に書いてある。
それは大抵俺たちの部屋で。俺たち以外は誰もいなくて。そこでジョンデは俺に当たり散らし、気分が悪い!と布団にもぐる。俺はジョンデの好きなアロマを焚いて電気を消すんだ。そうすると、朝起きると元の笑顔のジョンデに戻っている。


それが、ギリギリの状態でまわっている俺たちの現状だった。


優しくて笑顔を絶やさない世話好きの弟は、心の中で小さな雨雲を飼ってるのだろう。もくもくと増殖したそれはやがて強靭なエネルギーを蓄え、通り雨のように激情を降らす。

俺はびしょ濡れになってジョンデのそれを受け止める。
そんな役目もいいと思った。
俺はそんなジョンデが好きだったから。



夜、スケジュールや練習を終えて宿舎に戻ると、みんな各々の時間を過ごし始める。ゲームや風呂や筋トレや。紅茶を入れてティータイムなんてのはルハンとイーシンで、作曲を始めたり、夜食を作ったり。
俺は、自室へと戻った。

そこには同室者のジョンデがいて、ベッドに寝転がりながらスマホを操作していた。そうやって新しい音楽を探すのが好きだと前に言っていた。


「ヒョン、もう寝る?電気消そうか?」
「いや、まだ早いだろ」


時刻はまだ23時台。
これから夜が始まる頃だ。
俺も自分のベッドに腰掛けてスマホを弄った。最近の流行り、コレクションの新作、映画、ファッション、音楽。引っ掛かるものはあるだろうか、と。そうしてファンのメッセージ。エゴサーチなんて時もある。とにかくそんなことをしながら時間を潰して、俺は時計を見た。


なぜ、今日なんだろう。


23:56


朝起きたときは何も考えてなかったはずだ。


23:58


だとすればベッキョンの今朝のあの悪戯のせいで。
こんな悪戯にもならないこと、失敗するか成功するかなんて誰にもわからないのに。


「ジョンデ、」


俺はその名前を呼んでいた。



「なぁに、ヒョン」と顔を上げる。



「好きだ、お前が」



ぴりりと空気が固まった様な気がした。
真剣なトーンで言うと、ジョンデはスマホから顔を上げ、固まった。

それからふにゃっと笑うので、俺は無言で視線をずらす。

ジョンデも釣られるように視線をずらすと、点滅するデジタル時計。

その明かりが写し出す数字は、


"00:02"



え、っとジョンデは固まった。



今日はエイプリルフール、の次の日。




「じゃあそういうことだから。おやすみ」



布団を捲って潜り込むと背中を向けて眠りについた。

静まり返った室内でジョンデがごそごそと動く音がする。
やがて電気が消えて、眠ったのだと思った。



とりあえず終わり
(続けばいいなぁ……)
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