クリスとスホ
「ねぇ、クリス。僕たち夫婦にならない?」
12人で活動が始まる前だったから、おそらく春頃だったか。スホはそんなことを言った。
いつも突拍子もないことを言い出すやつだとは思ってたけど、今度はそう来たか。というのが素直な感想。
「なぜ?」
「これからさ、12人での活動が増えるだろ?今まで僕はKのアッパでお前はMのアッパだったと思うんだけど、それだと12人の俺たちは二家族という感じになってしまうと思うんだ。そりゃあ俺たちは双子グループだけど、せっかく12人で活動するんだから1つの大きな家族になりたいと思わないか?だから、系譜を見直す必要があると思うんだ。韓国での活動が多くなるのは必然だけど、Kばかりが注目されるのは意味がないと思うんだ。だからお前がアッパで俺がオンマで俺たちは1つの家族になればいいと思ったんだけど。どうかな?クリス」
スホの特徴のひとつはやたら話が長いこと。それらの大半は俺には難しすぎて聞き取れない。もはや第2言語といっても差し支えないほどにこの国の言葉には慣れたが、彼の話は些か長すぎていつも途中で思考を放棄する。
今回だって要するに、俺が父親の役割でスホが母親の役割をする、まぁそういうことなんだろうと理解して「あぁ、いいんじゃないか?」と投げやりに返事をした。
「よかった!クリスならわかってくれると思ってたよ!」
無駄に爽やかな笑顔を浮かべて、スホは笑った。
「てことで、はい」
出されたのは一枚の紙。
「は?」
「何事にも形って大事だと思うんだ。大丈夫、本当に出すわけじゃないから。まぁ、出したところで受け取ってもらえないと思うけどな。あ、僕たちも一応国際結婚の部類に入るのかな?」
なんちゃって、と笑って出されたそれは『婚姻届』と書かれていた。
「なになに?二人してなにやってんの?」
ベッキョンが騒ぎ立てればわいわいと集まってくるのがこのグループだ。
「婚姻届?!誰?結婚すんの??」
「はぁ?なに言ってんだよ……ってホントだぁ!!」
「え、事務所は許したんですか??」
「んなわけないだろ!どうすんだよコレ!」
「ねぇ内緒?僕たちだけの内緒??」
がやがやと騒ぐ面々を前に、当のスホは「あ、いや」とか「えっと……」とか言葉を言い出せずにいる。
「……俺だよ」
見かねて集まる輪の後ろから声をあげれば、今度はこちらに一斉に視線が集まった。
「……た、隊長??」
「マジで?!すげぇ!」
「やっぱやる男だと思ったよ!!」
「相手は??どんな人??」
「めちゃくちゃ美人なんだろうなぁ」
「当たり前だろ!美人に決まってる!」
「いいなぁ~」
騒ぐメンバーに呆れつつも、俺は目の前の顔面蒼白の男を指差した。
「こいつ」
言うと、どうしたものか皆静まり返った。
「よかったな。お前ら今日から俺たちの息子だ。喜べ」
「……な、なにそれ」
どうにかこうにかといった感じでチャニョルが口に出すと、今度は皆一斉に笑い出した。
「い、いや、まぁ、本当に出す訳じゃないんだ。形上と言うか、ほら僕たち12人での活動になるし」
スホはおそらくさっき自分に言ったようなことを、今度はメンバーに話し始めた。
「なーんだ!」とか「くだらなっ!」とか「ヒョンらしいわ!」とか聞こえてくる中で、タオだけが「僕の両親ができたぁ!」と喜んでいて、スホはホッとしたのか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、書こうか」
スホは握っていたペンをこちらへと向けてきた。
みんなが見守る中受けとると、俺はペンを走らせた。ままごとと分かっていも、やはり緊張はするんだな、なんて突然降って沸いた婚姻届に苦笑した。
書き終えてスホに渡せば、やはり彼も緊張してるのか、いつも几帳面なその字は僅かに震えていた。
スホが書き終えて、ふぅと緊張を吐き出せばギャラリーからは「おぉぉぉ!!」なんて歓声が上がって、よくわからない高揚感に包まれる。
「ねぇ、証人欄は?」
チェンが気付いたのか声をあげた。
「誰でもいいなら俺書きたい!」
「僕もぉ!!」
次々と上がる声に促されるようにスホは微笑む。
「あぁ、それはもう決めてるんだ」
言ってゆっくりと辺りを見回した。
「誰?マネヒョン?」
「いや、違う」
視線の先は、長兄といわれる二人。
「ルハニ、シウミン」
「え?俺?」
「僕?」
きょとんととする二人にスホはペンを渡す。
「あぁ、お前ら二人は僕たち家族を見守る大事な役目だから。僕もクリスもリーダーとして頑張るけど、何分大家族だからな。お前たち二人にも支えてもらいたいと思って。もちろん二人も家族には違いないんだけど、息子と呼ぶには可笑しいだろ?だから、お前たちも家族だって意味で」
またしても長い説明のあと、あぁなるほど、と笑顔を浮かべて二人も証人欄にサインした。
「できたー!」
「でもそれ、どうするんですか?」
「ふふ。もう決めてあるんだ」
そう言うとスホは、ようやく完成したそれを持ってリビングの壁に貼った。
「今日から僕とクリスはお前たちの両親だ。だから何かあったときは遠慮なく言ってほしい。家族はひとつだ」
清々しい笑みを浮かべるスホは、眩しいくらいにいつも真っ直ぐだ。『we are one』というと挨拶も『サラハジャ』という掛け声も、他の誰かが言えば失笑しかされないようなことなのにスホが言えば真っ当に聞こえる。真っ直ぐな背筋も、眼差しも、彼にしか持ち得ないものなんだろう。
壁にかかるそれを見てると、不意にスホが近寄ってきた。
「なんか、懐かしいね。全然最近のことなのに」
「あぁ、怒濤のスケジュールだったしな」
「うん、確かに」
あれから12人での活動は余りある程の称賛を受け、毎日は目まぐるしく過ぎた。
「僕たち、ちゃんとアッパとオンマになれたかなぁ」
スホが呟く。
「さぁ?」
正直、お国柄なのか性格の違いなのか、スホが大事にする『家族』という意味合いが俺にはイマイチよくわからなかった。年端も行かない俺たちが何故家族とならなければいけないのか。グループはグループで、それ以上でもそれ以下でもない。年下の面倒を見ることはあっても、イコールそれが家族となる意味が、俺には図りかねていた。
だから、この婚姻届も。
「俺は別としても、お前はよくやったんじゃないか」
言うと「そう?」とスホは頬を赤らめた。
「クリスだって頑張ったじゃん。ラジオで歌ったりとか、あとMCもやったし。それに何ていうか、個人的なことだけど、クリスがいてよかった……」
「ん?」
「うちは人数も多いけど、その分リーダーも二人で。なんていうか、僕一人だったらできなかったと思うから。クリスが何かをやったとかそういうことじゃないんだけど、精神的な部分でお前に支えられたかな。クリスがいてくれてよかった。いつもありがとう」
相変わらずの透き通った声と真っ直ぐな視線で、相変わらずの長話をする。申し訳ないが、やっぱりお前の話は長すぎてよくわからない。
「そうか。じゃあ夫婦は愛し合うとするか」
「は……?」
それでも、家族というものが俺たちが愛し合う理由になるというのなら、それはそれでいいか、なんていい加減な納得をして。 脳内処理が追い付かないといった表情で固まるスホを抱えあげて、寝室のドアを蹴った。
「お前、軽すぎるな。もう少し食え」
「ちょっ、と……クリス?」
「なにか?」
「なにかじゃなくて!」
「なぁ、スホ……」
サラハジャ。
終わり
12人で活動が始まる前だったから、おそらく春頃だったか。スホはそんなことを言った。
いつも突拍子もないことを言い出すやつだとは思ってたけど、今度はそう来たか。というのが素直な感想。
「なぜ?」
「これからさ、12人での活動が増えるだろ?今まで僕はKのアッパでお前はMのアッパだったと思うんだけど、それだと12人の俺たちは二家族という感じになってしまうと思うんだ。そりゃあ俺たちは双子グループだけど、せっかく12人で活動するんだから1つの大きな家族になりたいと思わないか?だから、系譜を見直す必要があると思うんだ。韓国での活動が多くなるのは必然だけど、Kばかりが注目されるのは意味がないと思うんだ。だからお前がアッパで俺がオンマで俺たちは1つの家族になればいいと思ったんだけど。どうかな?クリス」
スホの特徴のひとつはやたら話が長いこと。それらの大半は俺には難しすぎて聞き取れない。もはや第2言語といっても差し支えないほどにこの国の言葉には慣れたが、彼の話は些か長すぎていつも途中で思考を放棄する。
今回だって要するに、俺が父親の役割でスホが母親の役割をする、まぁそういうことなんだろうと理解して「あぁ、いいんじゃないか?」と投げやりに返事をした。
「よかった!クリスならわかってくれると思ってたよ!」
無駄に爽やかな笑顔を浮かべて、スホは笑った。
「てことで、はい」
出されたのは一枚の紙。
「は?」
「何事にも形って大事だと思うんだ。大丈夫、本当に出すわけじゃないから。まぁ、出したところで受け取ってもらえないと思うけどな。あ、僕たちも一応国際結婚の部類に入るのかな?」
なんちゃって、と笑って出されたそれは『婚姻届』と書かれていた。
「なになに?二人してなにやってんの?」
ベッキョンが騒ぎ立てればわいわいと集まってくるのがこのグループだ。
「婚姻届?!誰?結婚すんの??」
「はぁ?なに言ってんだよ……ってホントだぁ!!」
「え、事務所は許したんですか??」
「んなわけないだろ!どうすんだよコレ!」
「ねぇ内緒?僕たちだけの内緒??」
がやがやと騒ぐ面々を前に、当のスホは「あ、いや」とか「えっと……」とか言葉を言い出せずにいる。
「……俺だよ」
見かねて集まる輪の後ろから声をあげれば、今度はこちらに一斉に視線が集まった。
「……た、隊長??」
「マジで?!すげぇ!」
「やっぱやる男だと思ったよ!!」
「相手は??どんな人??」
「めちゃくちゃ美人なんだろうなぁ」
「当たり前だろ!美人に決まってる!」
「いいなぁ~」
騒ぐメンバーに呆れつつも、俺は目の前の顔面蒼白の男を指差した。
「こいつ」
言うと、どうしたものか皆静まり返った。
「よかったな。お前ら今日から俺たちの息子だ。喜べ」
「……な、なにそれ」
どうにかこうにかといった感じでチャニョルが口に出すと、今度は皆一斉に笑い出した。
「い、いや、まぁ、本当に出す訳じゃないんだ。形上と言うか、ほら僕たち12人での活動になるし」
スホはおそらくさっき自分に言ったようなことを、今度はメンバーに話し始めた。
「なーんだ!」とか「くだらなっ!」とか「ヒョンらしいわ!」とか聞こえてくる中で、タオだけが「僕の両親ができたぁ!」と喜んでいて、スホはホッとしたのか嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、書こうか」
スホは握っていたペンをこちらへと向けてきた。
みんなが見守る中受けとると、俺はペンを走らせた。ままごとと分かっていも、やはり緊張はするんだな、なんて突然降って沸いた婚姻届に苦笑した。
書き終えてスホに渡せば、やはり彼も緊張してるのか、いつも几帳面なその字は僅かに震えていた。
スホが書き終えて、ふぅと緊張を吐き出せばギャラリーからは「おぉぉぉ!!」なんて歓声が上がって、よくわからない高揚感に包まれる。
「ねぇ、証人欄は?」
チェンが気付いたのか声をあげた。
「誰でもいいなら俺書きたい!」
「僕もぉ!!」
次々と上がる声に促されるようにスホは微笑む。
「あぁ、それはもう決めてるんだ」
言ってゆっくりと辺りを見回した。
「誰?マネヒョン?」
「いや、違う」
視線の先は、長兄といわれる二人。
「ルハニ、シウミン」
「え?俺?」
「僕?」
きょとんととする二人にスホはペンを渡す。
「あぁ、お前ら二人は僕たち家族を見守る大事な役目だから。僕もクリスもリーダーとして頑張るけど、何分大家族だからな。お前たち二人にも支えてもらいたいと思って。もちろん二人も家族には違いないんだけど、息子と呼ぶには可笑しいだろ?だから、お前たちも家族だって意味で」
またしても長い説明のあと、あぁなるほど、と笑顔を浮かべて二人も証人欄にサインした。
「できたー!」
「でもそれ、どうするんですか?」
「ふふ。もう決めてあるんだ」
そう言うとスホは、ようやく完成したそれを持ってリビングの壁に貼った。
「今日から僕とクリスはお前たちの両親だ。だから何かあったときは遠慮なく言ってほしい。家族はひとつだ」
清々しい笑みを浮かべるスホは、眩しいくらいにいつも真っ直ぐだ。『we are one』というと挨拶も『サラハジャ』という掛け声も、他の誰かが言えば失笑しかされないようなことなのにスホが言えば真っ当に聞こえる。真っ直ぐな背筋も、眼差しも、彼にしか持ち得ないものなんだろう。
壁にかかるそれを見てると、不意にスホが近寄ってきた。
「なんか、懐かしいね。全然最近のことなのに」
「あぁ、怒濤のスケジュールだったしな」
「うん、確かに」
あれから12人での活動は余りある程の称賛を受け、毎日は目まぐるしく過ぎた。
「僕たち、ちゃんとアッパとオンマになれたかなぁ」
スホが呟く。
「さぁ?」
正直、お国柄なのか性格の違いなのか、スホが大事にする『家族』という意味合いが俺にはイマイチよくわからなかった。年端も行かない俺たちが何故家族とならなければいけないのか。グループはグループで、それ以上でもそれ以下でもない。年下の面倒を見ることはあっても、イコールそれが家族となる意味が、俺には図りかねていた。
だから、この婚姻届も。
「俺は別としても、お前はよくやったんじゃないか」
言うと「そう?」とスホは頬を赤らめた。
「クリスだって頑張ったじゃん。ラジオで歌ったりとか、あとMCもやったし。それに何ていうか、個人的なことだけど、クリスがいてよかった……」
「ん?」
「うちは人数も多いけど、その分リーダーも二人で。なんていうか、僕一人だったらできなかったと思うから。クリスが何かをやったとかそういうことじゃないんだけど、精神的な部分でお前に支えられたかな。クリスがいてくれてよかった。いつもありがとう」
相変わらずの透き通った声と真っ直ぐな視線で、相変わらずの長話をする。申し訳ないが、やっぱりお前の話は長すぎてよくわからない。
「そうか。じゃあ夫婦は愛し合うとするか」
「は……?」
それでも、家族というものが俺たちが愛し合う理由になるというのなら、それはそれでいいか、なんていい加減な納得をして。 脳内処理が追い付かないといった表情で固まるスホを抱えあげて、寝室のドアを蹴った。
「お前、軽すぎるな。もう少し食え」
「ちょっ、と……クリス?」
「なにか?」
「なにかじゃなくて!」
「なぁ、スホ……」
サラハジャ。
終わり