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クリスとスホ

「明日、出掛けないか?」


そう言われたのは一日のスケジュールが終わって宿舎に入るときだった。

みんなでわいわいと中へ入ろうとして「ちょっと」と腕を掴まれた。メンバーたちは気にせず中へと入っていって、俺たちだけがドアの前に残った。

クリスは、明日は午後からだから朝に散歩でもどうか、って。


「あぁわかった」
「後でメールする」
「うん」


そんな些細なやり取りをして中へ入る。
なんてことない振りをしながら靴を脱いでメンバーたちを追いかけた。



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一緒に朝の空気を吸うのがいいんじゃないかと、そんなことを考えたんだ。
ピンと張り詰めた朝の空気。
気持ちのいい空。
二人の時間なんて限られてるし、何よりあいつのことを思うと、他のメンバーには知らせられなかった。だから。


「おはよう」

涼やかなその声は朝によく似合う。
早朝にベッドを抜け出して、二人して宿舎を出た。
通りの喫茶店でパンとコーヒーをテイクアウトして漢江沿いをのんびりと歩いた。
途中ジョギングする人や犬の散歩をする人と何度かすれ違って、朝の風景に馴染んでいることを実感する。
適当な場所に座って川を眺めながらパンをかじった。会話なんか特になくて。それでも隣にジュンミョンがいるというだけで満ち足りた朝だ。



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朝のデート、と呼ぶにはあまりにも色気がなくて、それにクリスが普段通りすぎて。期待に胸を高鳴らせていた自分がとても恥ずかしくなった。
俺たちが堂々と恋人をやれる場所なんて、きっとこの世にはないのかもしれない。
そんなことは分かってるはずなのに。
あまりにも釈然としなくて、マンションのドアの前、俺はクリスの腕を掴んで背伸びすると、掠めるように唇を重ねた。
クリスは一瞬だけ目を丸くして、それから柔らかに笑みを浮かべる。

あぁ、俺の。俺の好きな人。

大きな手に頭を撫でられて。愛おしそうに見つめられて。溶けそうなほど幸せだ。




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静かにリビングに入ると、ミンソクが一人でコーヒーを淹れていた。


「ん?あれ?出掛けてたのか?」
「あぁ、ちょっとな」
「二人で……?」
「あぁ」


見ればジュンミョンは気まずそうに笑みを引きつらせている。


「そう」

飲む?とコーヒーを指差してミンソクは言ったけれど、手元にはテイクアウトしたコーヒーの飲みかけがあって、掲げて見せれば「そっか」と返された。



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誰かに、たとえメンバーであったとしても誰かに、見つかってしまえばそれは終わる関係で。
俺たちは今、『個』よりも『チーム』だから。
そんな危うい関係になんの意味があるのかと考えたりもするけど、一度掴んだ腕の感触は手放せなかった。

失う怖さならあの日からずっとある。
怖くて怖くて仕方ないはずなのに、一方でスリルみたいなものを感じてる自分がいて。
こうして危ない橋を渡ろうとしてる自分に酷く嫌悪した。



ミンソクの目を見た瞬間、俺は笑顔を張り付けて自室へ引き返すので精一杯だった。



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「なんかあるのか?」


ジュンミョンがそそくさと部屋へ引き返して行ったのを、ミンソクは不思議そうに見ていた。


「なんか?」
「や、なんか様子がおかしいから」
「なんか、か……」

あったらどうするんだ?、なんてずるい聞き方にミンソクは「事と場合によるだろ」なんて至極全うなことを言うので「確かにそうだな」と笑った。


もしもの時には、俺が守るだけの話だ。



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その時は、呆気なく来た。

注意力が散漫になっていたんだ、とか、気が緩んでいたんだ、とか数え上げればキリがない。どうしてもっと用心していなかったんだろう。


「ヒョンたち二人、なんか怪しい気がします」


一番最初に声をあげたのはマンネだった。
ルハンが「あーうんうん」と頷いて、ビーグルラインは騒ぎ立てて、タオはセフンに「どういうこと?」としきりに質問していた。

クリスを見やれば苦笑を浮かべていて。あぁ、こいつはうっかりすれば言っちゃうなって。タオあたりに攻め立てられればきっと普通に言っちゃうだろう。だから俺は必死で声をあげたんだ。


「何言ってんだよ!そんなわけないだろ!」
「あれ?違うんですか?僕その辺の読みは外れないんですけど」


どうなんですかクリスヒョン、とセフンは面白そうに今度はクリスに詰め寄った。


「残念ながら違うな。からかうのもいい加減にしろ」


予想に反してクリスの低い声が真剣なトーンでゆったりと流れて。それは期待に添うような答えだったのに案外笑えない。


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「ねぇウーファン、こういうことは間違えちゃいけないと思うよ」


そう言ったのはイーシンだった。

「僕たちは別に敵じゃないんだから」

言葉の真意を掴めず視線を返すと、イーシンはジュンミョンの方を見やった。
釣られるように見たジュンミョンは、気丈に振る舞っているが、その瞳は哀しげに揺れている。

あぁ、傷つけた。

咄嗟にそう思った。
こいつは隠す方を選んだのだからとそれに従ったが、それがすべて正しいわけではないらしい。そういえばジュンミョンは頭と心が釣り合わない代表みたいな奴だった。

僕たちは敵じゃない、か。


「え、なになに?どういうこと?」とチャニョルが俺やジュンミョンやイーシンを交互に見ていると、今度はミンソクが口を開く。

「俺もそう思うかな」


ジュンミョンを見れば不安にたじろいでいた。他人の心情には敏感なのに、自分の事となれば途端にうまく話せなくなる。俺の好きな人はそんなやつだった。

俺はジュンミョンを見つめた。



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こんなときでも、簡単に傷ついてしまえる自分が嫌だった。
気丈に振る舞おうとすればするほど、ぼろぼろと綻びが出てきて。


そっと、クリスの手が肩に触れた。


「いや、そうだな。お前たちは敵じゃない。だから隠す必要もない、か」


だよな?と俺を見る。


────そうだ、俺たちは付き合ってる。


クリスの低い声が響いて。
瞬間、僅かに静まり返った。

あ、言っちゃった、って。
俺は弟たちの顔が見れなかった。


「何か言いたいことがあるなら俺に言え。その代わり、メンバー以外には秘密にしてほしい」


おねがいします、とクリスは頭を下げた。


クリスが頭を下げるだなんて、俺も含め、きっと全員が驚いている。
それほどまでに真剣な思い。

みんなが息を飲むのが分かった。






「……言いたいことなんて、別にないですよ」


ジョンデが静かに口を開く。
驚いて顔を上げれば、みんなうんうんと頷いていた。最後にマンネたちの笑顔が見えて。


……よかった。

ほっとすると力が抜けて、ふにゃりとへたりこみそうになったところを支えてくれたのは、やっぱりクリスで。

みんなが認めてくれた以上に、クリスが宣言してくれたことの方が嬉かっただなんて、リーダー失格だろうか。



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矢面になるのは俺ひとりで十分だ。
ジュンミョンには、まっすぐに背筋を張っていてほしかった。
後ろ指差されるような付き合いなのは自覚がある。でも、だからこそ、指されるなら俺ひとりで十分なんだ。


「リーダーがこんなことで悪いが、迷惑はなるべくかけないようにする」
「迷惑だなんて……」
「そうですよ、迷惑だなんて思ってないです!」


ありがたい言葉が降ってきて、不覚にも目頭がじんとした。



なぁ、ジュンミョナ。
こんな弟たちがいて、俺たちは幸せだな。





おわり
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