〇〇とチェン
170904 甘い金髪 ベクチェン
キムジョンデが、金髪になった。
その知らせは、瞬く間に学部中を駆け巡った。
それは、大学2年の初夏のことだった。
**
お陰様でまだ蝉は鳴き始めていないけれど、太陽が高度を増す午後には茹だるような暑さが纏わりつくようになって。学部棟へ向かって構内を歩きながらじっとりと吹き出した汗を拭うようにコメカミに手をやったとき、俺は呆気に取られて思わず固まった。
「あ、ベッキョナ!今日も暑いねぇ」
白いシャツを着たキムジョンデがトートバッグを肩に提げながら、大きく手を振って近づいて来たのだ。
「……ちょ、おま……お前、ど、どうしたんだよ!それ!!」
地毛か!?とその金糸に染まった毛を掴んで問うと、ジョンデは照れ臭そうに笑いながら「似合う?」とはにかんだ。
「に、似合うっていうか何て言うか……その……ビビった……」
あはははは!と快活な笑い声が灼熱の青空のもとに響く。
俺は目眩がしそうだった。
だって俺の知ってるキムジョンデはこんな……突拍子もなく金髪にするような奴ではなかったから。
どちらかと言うと、いつも赤やらピンクやらに染めるのは俺の方で、ジョンデはせいぜい茶髪がいいところ。
いつだか、お前ももっと染めてみたら?と聞いたとき、確か「僕はいいよ」と言っていた。
なのに、なんでまた急に……
「しかし思いきったな……」
「…………暑いから気分転換っていうかー、ちょっとしたイメージチェンジっていうの?そういうのも含めて。まだ自分でも見馴れないんだけどさ!」
いつものように目を細めて笑うジョンデの髪は太陽の光が反射して、キラキラと光る細い糸のようで、とても綺麗だ。
ふわふわと、柔らかくて甘そう。
金髪になったキムジョンデは、酷く甘そうな雰囲気になった。
「え……ジョンデ!?」
「あ、チャニョラ!ふふ、どう?」
同じ授業を取ってるチャニョルがギョンスと一緒にやって来て、ジョンデを見るなり二人して自慢の目ん玉をひん剥いて固まった。
そんな様子を笑いを堪えながら見ていると、やっぱり先に口を開いたのはギョンスで。いつも大体じっと見つめた後にぼそりと口を開くんだけど、今日もやっぱりそうだったらしい。
「似合うよ、うん……ジョンデらしくて、その、すごくいい」
そう言ってギョンスはジョンデの髪の毛を掬って見たあと、ふわりと撫でた。
ジョンデは擽ったそうに目を細めて。その赤らめた頬を見た瞬間、黒い渦が俺の脳内を埋め尽くした。
なんだこれは。
キムジョンデの人気は、急激に上がった。女子からはもちろんのこと男子からも上がったことに対して、初めのうちはみんなで冷やかして笑っていたけど、徐々に笑えなくなっていったのは、あの色男で有名なイーシン先輩がジョンデに目をつけつけたからだ。
学食やらテラスやら、ジョンデを見つけては近づいてくる先輩に、俺はむしゃくしゃとして要らぬことを何度も口にした。
今だってほら。
「ホント物好きだよな、あの人」
「あの人?」
「イーシン先輩」
「あぁ。ホントだよねぇ」
あの先輩を思い出したのか、くすりと笑うジョンデの横顔が何だかとても楽しそうに見えて、俺は少しだけ気分が悪くなる。
「お前の方はどうなんだよ」
「どうって?」
「その気、あるのんじゃねぇの?」
「なに言ってんの!あるわけないじゃん」
なに考えてのんのベッキョナ、って笑いながらも心外だという目を向けられた。
心外なのはこっちだ。
そんなことを言って、お前はきっとどこぞの男に抱かれるんだろう?って。
キムジョンデの色気は、そんな気だけはするほどに夏の暑さよりもずっと湿気を帯びている。
「折角だから一回くらい相手してもらえば?」
「は……?」
ぬるりと滑り出た言葉に、ジョンデが酷く腹立たしそうにしたのは、一瞬のうちに理解した。
「本気で言ってんの?」
「あぁ。お前だって満更でもないんだろ?」
「……なにそれ最悪」
ジョンデはぼそりと呟いて、俺の前から消えてしまった。
「ベッキョナー!」
「……うるさい」
その席を埋めるようにやって来たチャニョルに、俺は意味もなく悪態をついていた。
あれ以来、ジョンデは俺と口を利いてくれないどころか、目も合わせてくれなくなった。
そしてキムジョンデの隣には、イーシン先輩がいることが多くなって、やっぱりあの二人デキてるんじゃない?なんて下世話な噂がついて回るようになると、ジョンデに手を出そうとする輩は徐々に減っていった。そんなことにもムカついて。
つまんない意地が、どんどんと膨れ上がる。
「いつまで喧嘩してるの」
「別に、喧嘩ってわけじゃ……」
夏もそろそろ終わるって言うのに、変わらない俺たちの関係に嫌味を言うのはいつもギョンスだ。
「あいつが頑固なだけだし……」
本当は俺だって、前みたいにまた仲良くしたいけど折れないのは向こうだし。なんて自分自身に言い訳をして。
「あいつが?君もだろ」
ギョンスの一言は、いつだって真っ直ぐで嘘がない。その分図星を刺されたときの鋭利さといったら、そりゃもう流血モノで。なんで俺ばっかりこんな気持ちにならなきゃいけないんだ、ってそう思う気持ちが既に図星ということなんだろう。
「そういえば、ジョンデこの前あの先輩に付き合おうって言われたらしいよ」
「は……?」
「あとは、君がどうするかだね」
いつにもまして厭らしげに笑ってギョンスは言う。
俺は心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けたって言うのに。なんでそんなにお見通しなんだよ。
「ついでに言ったら、ジョンデはもうとっくに答えを出してたみたいだけど」
答えって、あの先輩と付き合うとかいうやつか……?
気がつくと、俺は大学の構内を一直線に走り出していた。
本当に、どうしてか俺はジョンデと知り合って以来ずっとあいつは俺のものだと思っていたんだ。俺の感知する範疇にいて、俺を優先してくれて、なんだって「しょうがないなぁ」って笑ってくれて。俺も「しかたねぇなぁ」って笑って。お互いが一番だと思ってた。
なのに、あの……金髪にしてきたあの日以来、ジョンデは徐々に俺のものじゃなくなっていく感覚がした。手を離れていく、遠くへ行ってしまう感覚。正直、ジョンデが何を考えているのか分からなかった。だから俺は、あの日あんなことを言っちゃたんだと思う。ジョンデが怒ると分かっていて。むしゃくしゃして仕方がなかったから。金髪にして浮かれているジョンデも、それに近づくあの先輩も。
俺を、心の狭いやつにしたのは、キムジョンデ。お前だ。
「……おい」
「……ベッキョナ!?」
「ちょっとこっち来い」
相変わらず甘そうな金糸をふわふわと揺らしてイーシン先輩と話しているところに割り行った俺は、肩で息をしながら勢いよくジョンデの腕を掴んだ。
「なに!?急に!!」
「いいから」
「ちょっと!!先輩、すみません!!」
「うん、またあとでねぇ」
花壇に腰掛けるイーシン先輩は俺に引っ張られるジョンデに笑顔で手を振っている。
呑気なもんだな、なんてまた俺の苛立ちが増した。
空き教室に連れ込んでドアを閉めると、ジョンデは怒ったように俺の手を振りほどいた。
「なに!?先輩に失礼じゃん!」
開口一番それかよ。
「お前さ、あの人と付き合うの?」
「は……?」
「告られたんだろ?」
「ベッキョナには関係ないじゃん……僕も、満更じゃないみたいだし?」
あぁ、やっぱり根に持ってるな、というのはすぐに分かった。
苛立つ表情を見て湧き上がる衝動は、抱きしめたいというそれでしかないんだ。
そういう言い方をする時、ジョンデは大抵が拗ねている時で。要するにそれは、事実ではないということ。そういうことが分かってしまうほどには、俺は今までジョンデを見てきていたらしい。
「なぁ、ダメって言ったら?」
「え?」
「俺が、あの先輩と付き合うのはダメだって言ったら……それでも付き合う?」
ジョンデは目を見開いていた。
驚いて、固まって。何言ってんのベッキョナ。って顔に書いてある。
「てゆーかさ、そもそも僕たち喧嘩してたんじゃないの?」
「いや、まぁそうなんだけど……」
そんなこと言ってる場合じゃないし、とかとか。
「とにかくさぁ……、お前いい加減俺んとこ戻ってこいよ」
「なにそれ」
「だから、あの先輩じゃなくて、俺にしろって……」
照れ隠しに俯いた視界の中には、泥で汚れた爪先が、アテもなくリノリウムの床を蹴っている。
「それがいいって……」
「……なんだよ。先輩と付き合えって言ったり、俺にしろって言ったり」
「先輩と付き合えなんて言ってないし!」
顔を上げると、目の前に立つジョンデは呆れたみたいな顔をしていた。
「言ったじゃん、相手してもらえって」
「それは……!!」
「冗談でもそんなこと言うな!僕がどれだけ傷ついたと思ってんだ」
「いやだって、それは。お前が金髪になんてしてくるから……調子が狂ったっていうか……」
「はぁ?僕のせい!?」
「いや、そういうわけじゃ……!」
「折角ベッキョナのために金髪にしたのに!!」
「え、おれ!?」
こっからのジョンデの愚痴は、そりゃあもう、長いってもんじゃなかった。
俺が可愛いって言ってたアイドルがみんな揃いも揃って金髪で、このふわふわの髪の毛に顔埋めてちゅーしたいとかなんとか。あぁ、言ったかもね。俺、うん。言っただろうね。ってそんなのいちいち覚えてないほどどうでもいいことだったんだけど。
とにかくお得意のデカい声でワーワーと捲し立てるもんだから、俺は結局ジョンデの腕を引いて、ドンッと倒れ込んできた身体を抱きしめた。
「少し黙れよ」
「……ベッキョナに言われたくない」
「うるせぇ」
首筋に埋もれたジョンデの金糸。そこに俺はそっとキスをした。
「お前やっぱ金髪にして正解だったな」
「へ……?」
「キスしたくなった」
「なにそれ、ずるい……」
持ち上げた頭、重なる視線。
「なぁ、笑ってみて」
「え……?」
「いいから、ほら。笑え」
目の前のジョンデは恥ずかしそうに頬を染めてはにかんだ後、ニコっと俺の好きな笑顔を浮かべた。
心臓が大きく跳ねる。
俺は、照れ隠しのように、目の前の唇を塞いだ。
金髪のキムジョンデは、見た目通り酷く甘い。
ふわふわの綿菓子のように甘くて、あぁ、俺はきっと虫歯になるな。なんて頭の隅で思った。
おわり
キムジョンデが、金髪になった。
その知らせは、瞬く間に学部中を駆け巡った。
それは、大学2年の初夏のことだった。
**
お陰様でまだ蝉は鳴き始めていないけれど、太陽が高度を増す午後には茹だるような暑さが纏わりつくようになって。学部棟へ向かって構内を歩きながらじっとりと吹き出した汗を拭うようにコメカミに手をやったとき、俺は呆気に取られて思わず固まった。
「あ、ベッキョナ!今日も暑いねぇ」
白いシャツを着たキムジョンデがトートバッグを肩に提げながら、大きく手を振って近づいて来たのだ。
「……ちょ、おま……お前、ど、どうしたんだよ!それ!!」
地毛か!?とその金糸に染まった毛を掴んで問うと、ジョンデは照れ臭そうに笑いながら「似合う?」とはにかんだ。
「に、似合うっていうか何て言うか……その……ビビった……」
あはははは!と快活な笑い声が灼熱の青空のもとに響く。
俺は目眩がしそうだった。
だって俺の知ってるキムジョンデはこんな……突拍子もなく金髪にするような奴ではなかったから。
どちらかと言うと、いつも赤やらピンクやらに染めるのは俺の方で、ジョンデはせいぜい茶髪がいいところ。
いつだか、お前ももっと染めてみたら?と聞いたとき、確か「僕はいいよ」と言っていた。
なのに、なんでまた急に……
「しかし思いきったな……」
「…………暑いから気分転換っていうかー、ちょっとしたイメージチェンジっていうの?そういうのも含めて。まだ自分でも見馴れないんだけどさ!」
いつものように目を細めて笑うジョンデの髪は太陽の光が反射して、キラキラと光る細い糸のようで、とても綺麗だ。
ふわふわと、柔らかくて甘そう。
金髪になったキムジョンデは、酷く甘そうな雰囲気になった。
「え……ジョンデ!?」
「あ、チャニョラ!ふふ、どう?」
同じ授業を取ってるチャニョルがギョンスと一緒にやって来て、ジョンデを見るなり二人して自慢の目ん玉をひん剥いて固まった。
そんな様子を笑いを堪えながら見ていると、やっぱり先に口を開いたのはギョンスで。いつも大体じっと見つめた後にぼそりと口を開くんだけど、今日もやっぱりそうだったらしい。
「似合うよ、うん……ジョンデらしくて、その、すごくいい」
そう言ってギョンスはジョンデの髪の毛を掬って見たあと、ふわりと撫でた。
ジョンデは擽ったそうに目を細めて。その赤らめた頬を見た瞬間、黒い渦が俺の脳内を埋め尽くした。
なんだこれは。
キムジョンデの人気は、急激に上がった。女子からはもちろんのこと男子からも上がったことに対して、初めのうちはみんなで冷やかして笑っていたけど、徐々に笑えなくなっていったのは、あの色男で有名なイーシン先輩がジョンデに目をつけつけたからだ。
学食やらテラスやら、ジョンデを見つけては近づいてくる先輩に、俺はむしゃくしゃとして要らぬことを何度も口にした。
今だってほら。
「ホント物好きだよな、あの人」
「あの人?」
「イーシン先輩」
「あぁ。ホントだよねぇ」
あの先輩を思い出したのか、くすりと笑うジョンデの横顔が何だかとても楽しそうに見えて、俺は少しだけ気分が悪くなる。
「お前の方はどうなんだよ」
「どうって?」
「その気、あるのんじゃねぇの?」
「なに言ってんの!あるわけないじゃん」
なに考えてのんのベッキョナ、って笑いながらも心外だという目を向けられた。
心外なのはこっちだ。
そんなことを言って、お前はきっとどこぞの男に抱かれるんだろう?って。
キムジョンデの色気は、そんな気だけはするほどに夏の暑さよりもずっと湿気を帯びている。
「折角だから一回くらい相手してもらえば?」
「は……?」
ぬるりと滑り出た言葉に、ジョンデが酷く腹立たしそうにしたのは、一瞬のうちに理解した。
「本気で言ってんの?」
「あぁ。お前だって満更でもないんだろ?」
「……なにそれ最悪」
ジョンデはぼそりと呟いて、俺の前から消えてしまった。
「ベッキョナー!」
「……うるさい」
その席を埋めるようにやって来たチャニョルに、俺は意味もなく悪態をついていた。
あれ以来、ジョンデは俺と口を利いてくれないどころか、目も合わせてくれなくなった。
そしてキムジョンデの隣には、イーシン先輩がいることが多くなって、やっぱりあの二人デキてるんじゃない?なんて下世話な噂がついて回るようになると、ジョンデに手を出そうとする輩は徐々に減っていった。そんなことにもムカついて。
つまんない意地が、どんどんと膨れ上がる。
「いつまで喧嘩してるの」
「別に、喧嘩ってわけじゃ……」
夏もそろそろ終わるって言うのに、変わらない俺たちの関係に嫌味を言うのはいつもギョンスだ。
「あいつが頑固なだけだし……」
本当は俺だって、前みたいにまた仲良くしたいけど折れないのは向こうだし。なんて自分自身に言い訳をして。
「あいつが?君もだろ」
ギョンスの一言は、いつだって真っ直ぐで嘘がない。その分図星を刺されたときの鋭利さといったら、そりゃもう流血モノで。なんで俺ばっかりこんな気持ちにならなきゃいけないんだ、ってそう思う気持ちが既に図星ということなんだろう。
「そういえば、ジョンデこの前あの先輩に付き合おうって言われたらしいよ」
「は……?」
「あとは、君がどうするかだね」
いつにもまして厭らしげに笑ってギョンスは言う。
俺は心臓が止まりそうになるほどの衝撃を受けたって言うのに。なんでそんなにお見通しなんだよ。
「ついでに言ったら、ジョンデはもうとっくに答えを出してたみたいだけど」
答えって、あの先輩と付き合うとかいうやつか……?
気がつくと、俺は大学の構内を一直線に走り出していた。
本当に、どうしてか俺はジョンデと知り合って以来ずっとあいつは俺のものだと思っていたんだ。俺の感知する範疇にいて、俺を優先してくれて、なんだって「しょうがないなぁ」って笑ってくれて。俺も「しかたねぇなぁ」って笑って。お互いが一番だと思ってた。
なのに、あの……金髪にしてきたあの日以来、ジョンデは徐々に俺のものじゃなくなっていく感覚がした。手を離れていく、遠くへ行ってしまう感覚。正直、ジョンデが何を考えているのか分からなかった。だから俺は、あの日あんなことを言っちゃたんだと思う。ジョンデが怒ると分かっていて。むしゃくしゃして仕方がなかったから。金髪にして浮かれているジョンデも、それに近づくあの先輩も。
俺を、心の狭いやつにしたのは、キムジョンデ。お前だ。
「……おい」
「……ベッキョナ!?」
「ちょっとこっち来い」
相変わらず甘そうな金糸をふわふわと揺らしてイーシン先輩と話しているところに割り行った俺は、肩で息をしながら勢いよくジョンデの腕を掴んだ。
「なに!?急に!!」
「いいから」
「ちょっと!!先輩、すみません!!」
「うん、またあとでねぇ」
花壇に腰掛けるイーシン先輩は俺に引っ張られるジョンデに笑顔で手を振っている。
呑気なもんだな、なんてまた俺の苛立ちが増した。
空き教室に連れ込んでドアを閉めると、ジョンデは怒ったように俺の手を振りほどいた。
「なに!?先輩に失礼じゃん!」
開口一番それかよ。
「お前さ、あの人と付き合うの?」
「は……?」
「告られたんだろ?」
「ベッキョナには関係ないじゃん……僕も、満更じゃないみたいだし?」
あぁ、やっぱり根に持ってるな、というのはすぐに分かった。
苛立つ表情を見て湧き上がる衝動は、抱きしめたいというそれでしかないんだ。
そういう言い方をする時、ジョンデは大抵が拗ねている時で。要するにそれは、事実ではないということ。そういうことが分かってしまうほどには、俺は今までジョンデを見てきていたらしい。
「なぁ、ダメって言ったら?」
「え?」
「俺が、あの先輩と付き合うのはダメだって言ったら……それでも付き合う?」
ジョンデは目を見開いていた。
驚いて、固まって。何言ってんのベッキョナ。って顔に書いてある。
「てゆーかさ、そもそも僕たち喧嘩してたんじゃないの?」
「いや、まぁそうなんだけど……」
そんなこと言ってる場合じゃないし、とかとか。
「とにかくさぁ……、お前いい加減俺んとこ戻ってこいよ」
「なにそれ」
「だから、あの先輩じゃなくて、俺にしろって……」
照れ隠しに俯いた視界の中には、泥で汚れた爪先が、アテもなくリノリウムの床を蹴っている。
「それがいいって……」
「……なんだよ。先輩と付き合えって言ったり、俺にしろって言ったり」
「先輩と付き合えなんて言ってないし!」
顔を上げると、目の前に立つジョンデは呆れたみたいな顔をしていた。
「言ったじゃん、相手してもらえって」
「それは……!!」
「冗談でもそんなこと言うな!僕がどれだけ傷ついたと思ってんだ」
「いやだって、それは。お前が金髪になんてしてくるから……調子が狂ったっていうか……」
「はぁ?僕のせい!?」
「いや、そういうわけじゃ……!」
「折角ベッキョナのために金髪にしたのに!!」
「え、おれ!?」
こっからのジョンデの愚痴は、そりゃあもう、長いってもんじゃなかった。
俺が可愛いって言ってたアイドルがみんな揃いも揃って金髪で、このふわふわの髪の毛に顔埋めてちゅーしたいとかなんとか。あぁ、言ったかもね。俺、うん。言っただろうね。ってそんなのいちいち覚えてないほどどうでもいいことだったんだけど。
とにかくお得意のデカい声でワーワーと捲し立てるもんだから、俺は結局ジョンデの腕を引いて、ドンッと倒れ込んできた身体を抱きしめた。
「少し黙れよ」
「……ベッキョナに言われたくない」
「うるせぇ」
首筋に埋もれたジョンデの金糸。そこに俺はそっとキスをした。
「お前やっぱ金髪にして正解だったな」
「へ……?」
「キスしたくなった」
「なにそれ、ずるい……」
持ち上げた頭、重なる視線。
「なぁ、笑ってみて」
「え……?」
「いいから、ほら。笑え」
目の前のジョンデは恥ずかしそうに頬を染めてはにかんだ後、ニコっと俺の好きな笑顔を浮かべた。
心臓が大きく跳ねる。
俺は、照れ隠しのように、目の前の唇を塞いだ。
金髪のキムジョンデは、見た目通り酷く甘い。
ふわふわの綿菓子のように甘くて、あぁ、俺はきっと虫歯になるな。なんて頭の隅で思った。
おわり