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〇〇とチェン

160128 僕らの日常 レイチェン



寒いですね、ってジョンデが言ったから今日は初雪記念日───なんてね。



そもそも今日は初雪でもなんでもないし、雪だって止んでいる。

それでも沿道には、もう何日も降り続いていた雪がこんもりと山になっていて、並んで歩ける道幅もない程だし。足を踏み出す度に、じゃくじゃくと氷と雪の音がして。スニーカーに染みるのも無視して、やっぱり僕らはじゃくじゃくと歩く。
さっき手を繋ごうとしたらジョンデに「転んだら危ないからダメです」と断られた。マフラーに鼻先を埋めるジョンデは、切りたての頭が寒そうだ。


「なんで冬なのに切っちゃったの?」
「あぁ、髪ですか?」
「うん」
「ふふ。なんとなくです」


なんとなく、か。


僕がこの制服を脱ぐまで、残りおよそ一年。
今年は僕も受験生だし、あまり一緒にいれないかもしれない。


「春休みになったらさぁ、映画でも行かない?」
「うん、いいですよ」


ヒョン見たいのあるんですか?と少し後ろからかかる声に僕は振り向いて「ないけどデートと言ったら映画かなぁと思って」と言うと、ジョンデも立ち止まって可笑しそうに笑った。


「えー!デートと言えば遊園地じゃないですか?」
「だって寒いし」
「そっか、そうですね!」


じゃあ見たいの探しとかなきゃ、とジョンデは楽しそうに笑みを浮かべた。


「ヒョン、コンビニ寄りましょう?」
「うん、いいよ」
「お菓子買っていきます」


僕らは今、学校の帰り道で。惰性みたいな短い三学期が始まったばかりの憂鬱な高校生。だけど僕にはジョンデという可愛い恋人がいて、もうすぐ受験生になるというのに、そんなに憂鬱でもない。嬉しいことはたくさんあるんだ。
例えば春休みの映画デートや、例えば毎朝の並んで歩く通学デートや、それから放課後のお家デート。小さな幸せならそこらじゅうに転がっている。今だって僕の家に向かう下校デートの途中だ。




「おじゃましまーす」と誰もいない家に向かって声をあげて、ジョンデは慣れた風に玄関を上がる。


「ヒョン、靴下べちょべちょ」


笑うジョンデに釣られて見やれば、僕の靴下は片方だけ爪先から半分が綺麗に色が変わっていた。
僕はそのまま靴下まで脱ぐと脱衣所に寄って洗濯機に放り投げて階段を上る。ジョンデは、ペタペタと僕が鳴らす足音に、「ヒョンのスニーカー穴空いてるんじゃないですか?」と言って楽しそうに笑っていた。


階段を上りきるとやっぱり慣れた風に僕の部屋に入ったジョンデは、コートを脱ぐなりこの前来たときに読んでいた漫画の続きを引っ張り出して、早速ベッドに寝転がりページをめくり始めた。僕もストーブのスイッチを入れてコートを脱いだ。

「寒くない?」と聞いても「うーん……」と曖昧な返事しか返ってこないので、多分もう漫画の世界に入り込んでるんだろう。僕は可笑しくて、ふふ、と笑いがこぼれる。


僕らはいつも二人でいても何をするでもなく、話すでもない。ただ一緒にいるだけ。僕も僕でギターを爪弾いたり、曲を作ったり、宿題を片付けたり、本を読んだり、ゲームをしたり、エトセトラ、エトセトラ……
だけどそれが心地いいのは、きっとジョンデといるからだ。『何をするか』ではなく、『誰といるか』が重要なのだ。


冬の夕暮れは早くて、カーテンの向こうはあっという間に夜だった。途中で電気をつけて、カーテンを閉めた。ストーブの稼動音に重なるように僕のギターの音とジョンデのページをめくる音が響く。途中でジョンデの鼻歌が小さく聞こえて、僕はこっそり笑みを浮かべた。

だけどそんな音も気がつくといつの間にか小さな寝息に変わっていて。ジョンデは僕のベッドで丸まってすやすやと眠っていた。
そんなジョンデを見ながらまた曲を書く。だけど……

あぁ、僕も眠くなってきたなぁ、なんて。


ベッドに近寄って影を作る長いまつげを見つめて。頬を小さく撫でた。う~ん、と声をあげるジョンデの頬に唇を落とす。幸せな夢でも見ているんだろうと、その可愛い寝顔からでも伺えた。
手を握って、頬を寄せて。僕もベッドに頭を凭れた。そうして観察するように至近距離でジョンデを見つめた。
さっぱりと切りたての襟足や、ピンと立つ耳や、こめかみの小さな黒子や、突き出た頬骨や、「ヒョン!」と呼ぶ唇。
挙げれば切りがないほどの愛おしい箇所を順番に見つめた。




何をするでもない僕らの日常にはきっと期限があって。だけど僕もジョンデも流れに身を任せるのはとても得意だから、怖いことなんてひとつもないんだ。
二人でいればそれだけで幸せだから。

また雪が溶けて春になって、太陽が照りつけて夏服に切り替わって、秋になって僕らの誕生日が来て、雪が降ったら寄り添って暖め合う。

ずっとずっと変わらない日常。
こんな風にのんびりとは過ごせなくなるかもしれないけれど、どれだけ景色が変わっても僕の隣にはきっと君がいる。
それは考えただけでも、とてつもなく幸せな日常に思えた。ということは、毎日が記念日──は、強ち間違いではないのかもしれない、なんて。



「う~ん……ヒョン……?」
「ふふ、おはよう」
「寝ちゃってました?」
「うん、気持ち良さそうに寝てたよ」
「ふふふ」


ふにゃりと笑った君にキスをひとつ。


「ねぇ、ジョンデぇ」
「なんですかぁ?」
「ずっと一緒にいようね」
「ふふ、どうしたんですか急に」
「なんとなく、かな」


うん、なんとなく。
なんとなく言いたくなっただけ。

目の前にある君の──今度は頬に、またキスをひとつ。



「ふふ、もちろんです」



きゅっと絡まった指先から伝わる温もり。
どれだけ外が寒くても、君といれば僕の心は暖かいんだ。



つまり、僕らの日常は愛にあふれている。





おわり
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