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〇〇とチェン

151205 いつもの日々 カイチェン


「ジョンイナー、遅刻するよー」



ジョンデヒョンはもう起きていて、淹れたてのコーヒーを飲んでいる。

寒いなぁ、なんて思いながらコーヒーの芳ばしい匂いに誘われてベッドを抜け出すと、リビング、と呼ぶにはおこがましいほどの隣の部屋へ向かった。眠い目を擦りながらドアを開けると「おはよう」とヒョンはいつもの声で笑った。



俺達は、割に淡白だと思う。


デザイン事務所の先輩と後輩。
自然と付き合い始めて、もう1年が経つ。

ヒョンのアパートは別にあるけど、ここからの方が近いので泊まって行くこともしばしば。会社の人には言っていない。もちろん、というよりは、面倒くさいので、という理由の方が大きい気がする。


「あ、雪……」


窓の向こうに積もる真っ白な雪を見て呟いた。「うん、嫌だなぁ」とヒョンも呟く。
道理で寒いはずだよな、なんて思った。


コーヒーを飲み終えたヒョンは、さて、と立ち上がると支度を始めるのかクローゼットをがさごそと探すと一枚のセーターを取り出した。


「ジョンイナー、お前これ着てったことあるー?」
「うーん、忘れた」
「もう!ま、いっか」


あはは!と笑いながらヒョンはすでにセーターに袖を通している。


「そのセーター、ヒョンの方が似合うね」
「そう?」


買ったときもそんな風に思ったような気がする。ヒョンが着ても似合いそうだなぁって。


「じゃ、先行くね」


結局そのセーターを着ると、ヒョンはサクサクと支度をして、コートを羽織って部屋を出ていった。


あぁー、俺もそろそろ支度しないと遅れるなぁ。なんて。



俺達は同じ家から別々に同じ会社に出社する。別に隠してる訳ではないけど、俺に合わせるとヒョンまで遅刻寸前になるから自然とそうなった。

ふと見ると、玄関先に手袋が置いてあって、ヒョンの優しさを思った。



「おはようございまーす」と出社すると、通路を挟んだ隣の席でヒョンはすでに仕事の準備を始めていた。何食わぬ顔で「おはよう」と返すので、俺も「おはようございます」と本日何度目かの挨拶を交わしながら、パソコンの電源を入れる。


昨日の作業の続きに取りかかるために、資料を開いてデータを立ち上げる。盗み見たヒョンの横顔は、家にいるときと何ら変わりない。例えば食後にテレビを見ている横顔と同じに思えた。




夕方になってやっと仕事の目処が着いたころ、「ジョンイナー」とチーフに呼ばれて、何かと思えば納品のお使いだった。
「これ持ってってついでにハンコ貰ってきて」って。


「もう上がれるなら直帰してもいいから」
「あ、はい。わかりました」


どうしたって納期に追われるこの仕事は、"上がれるときには早く上がろう"がモットーで、それは下っ端の俺にも適応される。有り難いのか何なのか。お陰で俺より数倍忙しいヒョンとは休みが合うことはあまりないのも事実だ。それをあまり淋しいとも思わない俺達は、やっぱり少し淡白なんだと思う。




とにかく俺は、有り難く直帰させてもらうことにして、今日は俺の方が早いので適当な"お惣菜"という名の晩ご飯でも調達して帰ろうかとスーパーに寄った。あとは本当に適当な、インスタント的なものとか。




「ただいまー」


10時をまわる頃、ようやくヒョンが帰って来た。頭や肩に積もらせた雪をバサバサと払うヒョンを玄関まで迎えに行く。


「おかえり」
「あ、ただいま。また急に降ってきてさー。ジョンイナ大丈夫だった?」
「うん、ギリギリ。あ、今朝手袋ありがとう」
「あぁ、気づいてよかった。言うの忘れちゃったなぁと思って」


屈んでショートブーツの紐をほどくヒョンの背中をぼんやりと眺めていると、「そうだ!」とヒョンが声を上げた。


「なに?」
「このセーター来てってたじゃん!」
「え?あぁー、そうだっけ」
「うん、セフンに突っ込まれたんだけど」
「なんて?」
「それ、前にジョンイニヒョンも着てませんでしたっけ?って」
「それで?」
「じゃあお揃いかもなぁー、って適当に誤魔化した」
「はは!さすが」
「でしょ?」


笑いながら立ち上がったヒョンと室内へと向かう。


「ヒョン、バレたらどうする?」
「え、別に?」


ふーん、なんて言うと「お前が嫌なら隠すけど」と言うので、「俺はどっちでも」と言うと「じゃあ適当に」と言って、話題はすでに晩ご飯に移っていた。



「お腹空いたー!」
「ラーメンとお惣菜しかないよ」
「いいよ、寒いから丁度いい」
「先風呂入る?お湯抜いてないけど」
「うん、そうするかな。ジョンイニは?」
「もう入った」
「りょうかーい。じゃあ出るとき抜くね」


然して珍しくもない光景。
ありふれた日常。
たまに仕事の話もしながら一緒に食べる晩ご飯。
同じベッドで眠って、たまに身体を重ねる。
繰り返される毎日。
俺はヒョンが好きだし、ヒョンも俺を大事にしてくれる。

そうした毎日を繰り返しながら、たまにまたヒョンの新たな一面を見つけて愛しく思う。





「ヒョン、もうすぐクリスマスじゃん」



大したことない晩ご飯を食べてビールを飲んでいるとき不意に問うと、ヒョンは「あぁー、そうだね」と何てことない返事した。


「仕事は?」
「年内納期のが溜まってるかなぁ」
「手伝おうか?」
「いや、大したやつじゃないから大丈夫、って……もしかしてクリスマスのために?」


ヒョンは自慢の眉を垂らして笑うのを堪えながら聞いてくる。何となく都合が悪くなった俺は「別にそういう訳じゃないけど……」と呟いてビールを煽った。


「……早く上がれるようにするかぁ!」
「え?」
「クリスマスなんだから、ジョンイニとチキンくらい食べたいじゃん?」


あはは、と笑ってヒョンもビールを一口。


「じゃあ、チキン予約しておく」
「うん、よろしく」
「あ、ヒョンケーキも食べる?」
「どっちでも。ジョンイニが食べたいなら買ってきなよ」
「分かった。じゃあ小さいの買ってくる」


チキンだけじゃ味気ないじゃん?って笑うと、ヒョンも「あぁー」って、「そうだね」って笑った。



「てことは、もうすぐ一年かぁ」
「あー、そうかも」



忘年会の帰り、酔った俺をヒョンがこの部屋まで抱えてきてくれて。そんなヒョンを酔いに任せて押し倒したのが始まりだ。そのあと、実家に帰るギリギリまでの4日間、ヒョンはずっとこの部屋にいた。適当にご飯食べては抱き合った。最初の一回こそ酔った勢いでなし崩し的だったけど、そのあとは互いに意思を持って。
けれど、自然だったような気はする。



「ヒョン、後悔してる?」
「何を?」
「……俺とのこと」
「あはは!今さら聞く?」
「最初のこと思い出しちゃって」
「あぁー。後悔してたら今ここにいないでしょ」
「そうなの?」
「そんな面倒くさいことしない性格なの知らなかった?」
「いや、知ってたけど」


俯いて呟くと、ヒョンは俺の頭をくしゃりと撫でた。


「なに?どうかした?」
「……なにが?」
「なんか今日ヘン。バレたらどうする?とか、後悔してる?とか」
「そうかなぁ……」
「うん。もしかして、なんか悩んでる?」
「いや、別にそういう訳じゃ……」


そういう訳じゃない。


俺達は、ヒョンは。
割に淡白なんだと思う。


ヒョンは絶対に自分の内側へは他人を入れない。悩みや隙や、そういったものを見せたりしない。飄々としてるように見える時があって、そんな時俺は、ふわりと取り残された気分になるんだ。今日もきっとそう。本音を引き出そうと試す様なことを聞いたりして。ヒョンの答えなんて本当はちゃんと分かってるはずなのに。


あの日、なんであんなに、何日も飽きずに抱き合えたんだろう。
そのスイッチはどこにある?



「今年の正月休みも……うちで泊まってく?」
「うん、何もないしその予定だったけど」
「そっか……」
「なんで?予定ある?」
「いや、ないよ……ヒョンといるのが予定だし」
「なんだ、じゃあいいじゃん」


あははって笑って、頬をつねられて。「痛っ」て呟いたら「ごちゃごちゃ考えすぎ」ってコツンとげんこつをひとつ。

「うちのジョンイニは淋しがり屋ですねぇ~」なんて茶化すように言うから、俺はヒョンの腕を掴まえてそのまま押し倒した。



「……する?」
「え?」



いや、そんなつもりだった訳じゃないけど。ってこの体制で言っても余り真実味はないか。


「明日仕事じゃん」
「別にいいけど」
「いいの?」
「淋しがり屋のジョンイニが可愛いから、特別にいいことにする」
「はぁ?」
「……ぷっ!うそ、僕がしたいだけ」
「なにそれ……」
「ダメ?」



ダメなわけないじゃん。


ヒョンは狡くて。俺はいつだって悩んでるのに、俺の気持ちはヒョンには丸裸で。ヒョンはいつも俺がしたいようにさせてくれる。

こうやって俺に甘えながら、俺を甘やかすんだ。



重ねた唇からは、飲んでいたビールの味がして。これも酔った勢いかも、と少し可笑しくなった。



当たり前の毎日は、ヒョンといれば少しずつ違う毎日で。


少しずつ幸せが重なり増えていく毎日だ。






おわり
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