〇〇とチェン
151107 藪蛇 ドチェン
初めてギョンスを見たときに思ったのは、この人もセックスしたりするのかなぁーってことで。そうじゃなくても、例えば女の裸を見ておっ立ててみたり、もしくはそれを掴んで一人で慰めてみたり。そんな男としての至極当たり前でそれでいて生々しい行為を、思い当てるには熱量が少なすぎるように思ったんだ。
僕はといえば、それは日常に転がる石ころのように、その年代の男子と等しく興味がお盛んなわけで。
だから、余計に思ったのかもしれない。
無機質な彼の、有機的な部分を。
「ギョンスってさぁ、恋したりとかするの?」
何の気なしに聞いた問いかけに、彼は得意の白目を向いて驚いて見せた。
「なに?急に」
「別に~。ただ気になったから聞いただけ」
「……そう」
「で……?」
「でって?」
「だから、どうなの?」
自分で聞いておいて女子みたいなノリだな、なんて可笑しくなった。男同士で愛だの恋だのって、実はなんだかむず痒い。
「そういう君は?」
「えぇー僕ー?」
そりゃあ好きだと思った人の一人や二人、なんて答えると、「そうなんだ」とポツリと呟いた声が聞こえた。僕の答えなんて取り立てて珍しいものではなかったと思う。なのにその受け止め方がやけに重くて。思わず息を詰めそうな程だった。
あれ?やっぱり聞いちゃいけなかったのかな、って妙な乾きを覚える。
「いるよ、」
「は……?」
「だから、好きな人。僕だって恋くらいするさ」
「そう、なんだ……」
「当たり前だろ」
そう言って笑ったギョンスは、なんだか僕の知らない人のように思えた。
"好きな人"とは恋人なんだろうか。それとも、ただの片想いなのかな。どちらにしても、無機質だと思っていたギョンスが急に人間味を帯びたように思えて、生々しい何かを感じた。
知ってしまえば気になるのが、やっぱり人間の性(さが)なんだろうか。彼のその温度に"触れたい"という衝動を堪えることができなかった。
あまりにも綺麗なその肌の体温は低いのだろうか、高いのだろうか。その肌に触れる人を思ってみてもやっぱり想像はできなくて。
「ねぇ、ギョンスもセックスしたりするの?」
「は……?」
それこそ盛大に目を見開いて、そのわずか後、あからさまな嫌悪を示した。
「だって、好きな人がいるならセックスしたりもするのかなぁって」
「……なんでそんなこと君に教えなきゃいけないんだよ」
「別に、気になったから……」
想像つかないっていうか……
怒らせたと思った僕は聞かれたことにモゴモゴと答える。
「ジョンデは……?」
「僕は、まぁ……それなりに?」
「それなりに、女とヤってきた?」
ギョンスの口からは到底似つかわしくないような言葉にぎょっとして絶句する僕を他所に、ギョンスはにやりと笑って鼻白らんだ。
「そういうことだろ?」
「そうだけど……」
「想像つくとかつかないとかそういう話じゃなくて、そもそもあんな行為、動物的な感情から生まれるものだから。取り繕ってみたって結局は本能丸出しの行為じゃないか」
その言葉は今まで聞いたギョンスの言葉のどんなものよりも、熱量が高く、卑猥に聞こえた。
あぁ、彼もセックスをするのか、って。
それもきっとすごく動物的な。
その想像が意外なほどしっくり来たのは、彼の歌っている様を思い出したから。
酷く熱っぽく、艶を帯びた眼差しで歌っていたのを僕は思い出していた。
「そういう意味では、歌っているときもセックスをしているときも大差なんてないのかもしれない」
思っていたことをギョンスに言い当てられて、僕はじわりと汗が流れた。
「君は本当に気持ち良さそうに歌うよね、」
どうせセックスの時もあんな顔してるんだろ?
真っ直ぐな視線に見つめられて、頷くことすら出来なかった。"怖い"と思ったし、同時に何故だか"もっと"とも思った。
もっと深く。
そんな上っ面だけじゃなく、もっと。
「教えてあげようか、僕がどんなセックスをするのか」
「え……」
僕がいつもギョンスにするように、いやそれよりももっと厭らしく僕の耳たぶに触れたギョンスの手は、僕が思っていたよりもずっと、火傷しそうに熱かった。
「知りたいなら知りたいって言いなよ。僕が誰を好きで、どんなセックスをするのか。興味あるんでしょ?」
「そういうわけじゃ……」
「僕は、君がどんなセックスをするのか興味あるけど」
ギョンスの視線は真っ直ぐに突き刺さり、びりびりと空気がしびれて、うまく呼吸ができない。
僕はようやく瞬きをひとつこぼした。
「……ギョン、ス?」
ひきつった喉を震わせてどうにか呟くと、ギョンスが、ふっ、と笑みをこぼして、張詰めた空気が緩んだ。心臓がどくりと跳ねて、離れていく体温。
知らない。
こんなギョンスを、僕は知らない。
「……からかったの?」
「いや?」
「そう……」
「残念?」
「べ、別に!」
どくどくと速度を増す心臓の音に紛れて「ジョンデ、」と僕を呼ぶギョンスの低い声が響く。気がつけば掌は汗まみれで、いやに喉が乾いた。考えとも言えない考えが頭の中をぐるぐると駆け回って忙しない。
「僕は君の歌う姿が、好きだよ───」
真っ直ぐな視線は相変わらず突き刺さるように痛い。僕がその言葉の真意を探るように、必死にその瞳を窺うと、ギョンスは口の端を微かに上げて笑ったような気がした。
咄嗟に反らした視線の行き場が見当たらない。
どうやら僕は、つついてはいけない藪を、つついてしまったみたいだ。
出てきた蛇はにゅるりと僕の掌を滑り落ちた。
おわり
初めてギョンスを見たときに思ったのは、この人もセックスしたりするのかなぁーってことで。そうじゃなくても、例えば女の裸を見ておっ立ててみたり、もしくはそれを掴んで一人で慰めてみたり。そんな男としての至極当たり前でそれでいて生々しい行為を、思い当てるには熱量が少なすぎるように思ったんだ。
僕はといえば、それは日常に転がる石ころのように、その年代の男子と等しく興味がお盛んなわけで。
だから、余計に思ったのかもしれない。
無機質な彼の、有機的な部分を。
「ギョンスってさぁ、恋したりとかするの?」
何の気なしに聞いた問いかけに、彼は得意の白目を向いて驚いて見せた。
「なに?急に」
「別に~。ただ気になったから聞いただけ」
「……そう」
「で……?」
「でって?」
「だから、どうなの?」
自分で聞いておいて女子みたいなノリだな、なんて可笑しくなった。男同士で愛だの恋だのって、実はなんだかむず痒い。
「そういう君は?」
「えぇー僕ー?」
そりゃあ好きだと思った人の一人や二人、なんて答えると、「そうなんだ」とポツリと呟いた声が聞こえた。僕の答えなんて取り立てて珍しいものではなかったと思う。なのにその受け止め方がやけに重くて。思わず息を詰めそうな程だった。
あれ?やっぱり聞いちゃいけなかったのかな、って妙な乾きを覚える。
「いるよ、」
「は……?」
「だから、好きな人。僕だって恋くらいするさ」
「そう、なんだ……」
「当たり前だろ」
そう言って笑ったギョンスは、なんだか僕の知らない人のように思えた。
"好きな人"とは恋人なんだろうか。それとも、ただの片想いなのかな。どちらにしても、無機質だと思っていたギョンスが急に人間味を帯びたように思えて、生々しい何かを感じた。
知ってしまえば気になるのが、やっぱり人間の性(さが)なんだろうか。彼のその温度に"触れたい"という衝動を堪えることができなかった。
あまりにも綺麗なその肌の体温は低いのだろうか、高いのだろうか。その肌に触れる人を思ってみてもやっぱり想像はできなくて。
「ねぇ、ギョンスもセックスしたりするの?」
「は……?」
それこそ盛大に目を見開いて、そのわずか後、あからさまな嫌悪を示した。
「だって、好きな人がいるならセックスしたりもするのかなぁって」
「……なんでそんなこと君に教えなきゃいけないんだよ」
「別に、気になったから……」
想像つかないっていうか……
怒らせたと思った僕は聞かれたことにモゴモゴと答える。
「ジョンデは……?」
「僕は、まぁ……それなりに?」
「それなりに、女とヤってきた?」
ギョンスの口からは到底似つかわしくないような言葉にぎょっとして絶句する僕を他所に、ギョンスはにやりと笑って鼻白らんだ。
「そういうことだろ?」
「そうだけど……」
「想像つくとかつかないとかそういう話じゃなくて、そもそもあんな行為、動物的な感情から生まれるものだから。取り繕ってみたって結局は本能丸出しの行為じゃないか」
その言葉は今まで聞いたギョンスの言葉のどんなものよりも、熱量が高く、卑猥に聞こえた。
あぁ、彼もセックスをするのか、って。
それもきっとすごく動物的な。
その想像が意外なほどしっくり来たのは、彼の歌っている様を思い出したから。
酷く熱っぽく、艶を帯びた眼差しで歌っていたのを僕は思い出していた。
「そういう意味では、歌っているときもセックスをしているときも大差なんてないのかもしれない」
思っていたことをギョンスに言い当てられて、僕はじわりと汗が流れた。
「君は本当に気持ち良さそうに歌うよね、」
どうせセックスの時もあんな顔してるんだろ?
真っ直ぐな視線に見つめられて、頷くことすら出来なかった。"怖い"と思ったし、同時に何故だか"もっと"とも思った。
もっと深く。
そんな上っ面だけじゃなく、もっと。
「教えてあげようか、僕がどんなセックスをするのか」
「え……」
僕がいつもギョンスにするように、いやそれよりももっと厭らしく僕の耳たぶに触れたギョンスの手は、僕が思っていたよりもずっと、火傷しそうに熱かった。
「知りたいなら知りたいって言いなよ。僕が誰を好きで、どんなセックスをするのか。興味あるんでしょ?」
「そういうわけじゃ……」
「僕は、君がどんなセックスをするのか興味あるけど」
ギョンスの視線は真っ直ぐに突き刺さり、びりびりと空気がしびれて、うまく呼吸ができない。
僕はようやく瞬きをひとつこぼした。
「……ギョン、ス?」
ひきつった喉を震わせてどうにか呟くと、ギョンスが、ふっ、と笑みをこぼして、張詰めた空気が緩んだ。心臓がどくりと跳ねて、離れていく体温。
知らない。
こんなギョンスを、僕は知らない。
「……からかったの?」
「いや?」
「そう……」
「残念?」
「べ、別に!」
どくどくと速度を増す心臓の音に紛れて「ジョンデ、」と僕を呼ぶギョンスの低い声が響く。気がつけば掌は汗まみれで、いやに喉が乾いた。考えとも言えない考えが頭の中をぐるぐると駆け回って忙しない。
「僕は君の歌う姿が、好きだよ───」
真っ直ぐな視線は相変わらず突き刺さるように痛い。僕がその言葉の真意を探るように、必死にその瞳を窺うと、ギョンスは口の端を微かに上げて笑ったような気がした。
咄嗟に反らした視線の行き場が見当たらない。
どうやら僕は、つついてはいけない藪を、つついてしまったみたいだ。
出てきた蛇はにゅるりと僕の掌を滑り落ちた。
おわり