〇〇とチェン
151012 落とす人・落とされる人(ニョルチェン)
胸を張って歩くあいつは、いつだって俺に挑発的だ。
人の良さそうな顔で近づいてきては俺を煽る。どきりと跳ねた心臓の音は、恐らく聞かれているんだろう。
にやりと笑って触れる手を、掴みたくてウズウズしているのも、きっともう知られている。
「チャニョラー!」
「んー?」
練習室の床に座り込んでスマホを見ながら片手をついてみんなが来るのを待っていたら、あの楽しそうな声が近付いてきて、手の甲に体温が触れた。
驚いて顔を上げた刹那、目の前にはジョンデの顔。慌てて後ろへ引いたのに、その笑顔は目前まで迫ってきて。
触れそうな唇に、真っ白になった頭で必死になって目を閉じた。
真っ暗な視界でどくどくと心臓の音が鳴り響く。
…………って、あれ?
ジョンデの唇が触れなくて、あれ?って。
結構待ってる気がするのに、あれ?って。
そっと薄く片目を開けると、ジョンデは目の前で可笑しそうに笑うのを堪えていた。
驚いて両目を開けると、ついには声をあげて……
お前さ、純情者をからかっちゃあイケませんって、先生に習わなかった?
え?習わなかったって?
カッと瞬時に沸き立った血は、身体中を駆け巡った。俺の能力は炎ですってあながち間違っちゃいないのかもしれない、なんてことを考えていられるはずもなく。
ジョンデの顔を両手で捕まえると、その唇に口づけた。
押し付けるだけのそれは、酷く不器用な気がして少しきまり悪い。だけど、そんなことに気がまわっていたら今頃こんなことにはなってないんだよ!なんて言い訳して。
重なる視線の先で、ジョンデは目を見開いていた。
え、なにその反応……
「……チャニョ、ラ……?」
パチリと瞬きをひとつ。
長い睫毛はバサリと揺れた。
「あ!お前たち早いなぁー!」
スホヒョンによってガチャリと勢いよく開けられたドアにより、俺たちの沈黙は破られた。
「…………う、うん……あぁ!ヒョン!僕お腹空いたんですけど~今日のご飯なんですかねぇ」
笑顔を張り付けたジョンデは立ち上がって、ぎこちない声でヒョンへと駆け寄っていった。
ぱらぱらとみんなが集まって、気がつけばいつも通りにみんなで練習。
俺はひたすら、あの反応の意味だけを考えていた。
誘ってきたのはお前じゃん!なんて。
いや、誘ってなんていなかったかもしれない。
あれは単なるお遊びで……
冷静になればなるほど酷い勘違いをしていたような気がしてきて、頭を抱えたくなった。
時間よ戻れ!って、あいつはもういないんだった。キャンディ元気かな、ってそうじゃなくて。
ジョンデが、分かりやすいくらいに俺を避けるから。だからアレはやっぱり、俺の勘違いだったんじゃないかって思うんだ。
そんなわけで、自室で考え事をしながら手持ち無沙汰にギターを鳴らしていると、どうにも視線を感じる。
「…………」
「……え!?なに!?」
同室のギョンスの視線が刺さって振り向けば、訝しげな顔を寄越された。
「別に……なんでもない」
「あ、そう……」
何でもないなら見ないでよ、ギョンスくん。
君の目怖いんだから。
なんてまたギターを爪弾く。
「…………だから、なに!?」
「別に」
「別にって視線じゃないでしょ!!なに!?俺またなんかした?あ!もしかしてギターうるさい!?」
「いや、うるさくない」
「そう、よかった!じゃあ遠慮なく」
ピックを掴んで今度こそ遠慮なく腕を振り下ろす。
…………はずだった。
「ジョンデとなんかあった?」
その一言に、かちりと体は固まって。
持ち上げた手首はそのままの体勢で止まった。鳴ることのなかったCマイナー。手の甲がつりそうだ。
「え、なん……で?」
「二人とも気まずいですって顔に書いてあるから」
顔……顔……顔…………
ギシリと口角を持ち上げる。
「あは……!」
「なんでもいいけど、僕はジョンデの味方だから」
「……は?ちょっと待て!そこはチャニョルの味方だよ、じゃないの???」
「なんで?」
「だって俺たち練習生時代からの親友じゃん!」
「……チャニョリまだそんなこと言ってんの?」
「え?なんで!?事実じゃん!」
ギョンスは、滅多に吐かない溜め息を小さく吐いた。
「……僕だってひとのこと言えないけど、チャニョリも大概鈍いよね」
あ、自覚あります。今も結構悩んでますんで。
「練習生時代の話してる時のベッキョニとジョンデの顔見たことある?」
「え……?」
「すごく淋しそうな顔してるんだよ。ジョンデは特に。ベッキョニはそれでも知ってる話を見つけては交ざろうとするけど、ジョンデはさ、仕方ないって諦めた顔してる」
気付いてた?と聞かれて、俺は瞬時に顔を左右に振った。
知らなかった……
「あいつはそういうところあるから」
「そういうとこ?」
「自分の感情を後回しにして押し込めるところ」
う~ん、言われてみれば。
「……ギョンスはジョンデのことよく見てるんだな……」
「だって好きだし」
「は!?」
「チャニョリは?好きじゃないの?」
「や……好き……だけど……」
どくん、と心臓がひとつ跳ねた。
「そう……。だって、ジョンデ!」
「は……?」
ドアに向かって叫ぶギョンスに釣られて、同じくドアの方を見遣った。
ゆっくりと開くドア。
その先に見える癖毛の頭。
「じゃ、今日僕ジョンインと寝るから」
出ていくギョンスの背中を目で追う。
「ありがとうギョンス……」
「別に」
交わされる二人の会話。
ギョンスの背中が視界から消えて、引き返すようにそいつを見た。
「……は、入る?」
「うん……」
ジョンデはギョンスがさっきまで寝そべっていたベッドに座った。
「…………」
「…………」
沈黙は金なり、じゃなくて。
何か言わなきゃ、なんて口を開いたとき、音になるのはジョンデの方が早かった。
「こないだのアレ、さぁ……」
「……う、うん」
「……気のせいだよね!?」
語尾を強めたジョンデの言葉は、少しだけ震えていた。
えっと、ちょっと話を整理しようか。
確か……
ジョンデはここ最近ずっと、からかうように俺を煽っていて。触れたり抱きついたり。コンサートの振り付けだってそう。今まではそんなじゃなかった。はず。
それでこの前、ついに迫られそうになって。慌てた俺をからかって笑っていた。それで俺は、カッとなってキスをした。
その唇に……
その…………目の前にある唇、に…………
って、そうじゃなくて!
そしたらジョンデはめちゃくちゃビビった顔してて。あ、マズったって思ったんだ。
それから、俺らの関係はちょっとおかしい。
いや、キスなんかしちゃったんだからおかしくなるのも当然か。あんなことしちゃったから。
おふざけで終われるはずだったのに……
「……そ、そうだな!気のせいだよ!!」
「そっか!そうだよ、ね……」
や、だから、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ!眉毛垂れてるとかそんな話じゃなくてさぁ!
「ごめん、僕がからかったから悪いんだ……事故だと思っといて!」
え、なに、次はカラ元気!?
立ち上がってそそくさと出ていこうとするジョンデの腕を、気がつけば必死に掴んでいた。
え……!?俺完全に想定外。
あぁもう!!
「事故ってさぁ、」
ほら!!パクチャニョル、男になれ!!
「連続で起きるものって知ってる?」
「え……?」
今度こそ格好よく。
掴んだ腕を引き寄せて、ジョンデの、口角の上がったまま固まった唇を塞いだ。
「……ん……ふっ……」
甘い声が漏れたのは、舌を絡めたから。
強引に差し入れた舌はジョンデのそれと絡み合う。
こないだみたいな不格好なキスじゃなくて、今度こそはスマートに。
片方の手は掴んでいた腕を引き寄せて抱き締めた。もう片方は頭の後ろで固定する。
ジョンデってこんなに小さかったっけ、とか頭を過りながら。
上向きの顔が苦しいのか、時折声を漏らして服の裾を掴んだジョンデが、不覚にも可愛いと思った。怒られそうだけど。
銀糸が伸びて、ゆっくりと目を開いて、揺れたジョンデの睫毛はやっぱり長くて綺麗だ。
こいつ誰だっけ。
あぁ、あのいつも楽しそうに俺を見て笑うキムジョンデか。なんて。
ばさりと音を立てて、瞬きをひとつ。
あの時みたいに。いや、あの時より赤い顔で。
そして釣られるように同じくゆっくりと瞬きをした瞬間───
あ…………
我に返るとは、きっとこのことだ。
頭が真っ白になって、目を見開いた。
血の気がサーっと引いていく。
「……えっと、その……ごめん!!」
慌てた俺の口から飛び出したのは謝罪の言葉だった。
何てことしちゃったんだ!!
メンバーに。ジョンデに。俺は……
これで、本当に冗談なんかじゃ済まなくなった。
「チャニョリってさぁ、ホントどうしようもないよね!」
「は……?」
「ホントむかつく!」
言うと今度はジョンデの方から噛みつくようなキスをされて。首の裏にまわされた手に強引に引き寄せられて、堪らなくなった。
結局、欲望には勝てず、俺もまたジョンデの腰に手をまわして引き寄せた。
飲み込みきれなかった涎が互いの唇の端から溢れ出す。
あぁーヤバい。気持ちいい。
激しいキスに昇天しかけて、名残惜しく唇を離した。
手の甲で唇を脱ぐって、「あ、ごめんね。間違えた」とジョンデが作り笑顔を貼り付けて感情のない声で言う。
「え…………間違え、た?」
「うん、だから今のなかったことにして」
じゃあ、なんて言ってジョンデは部屋を出ていった。バタンとドアの閉まる音がやたらと大きく聞こえて何が起こったのかすら、分からなかった。
ダンッ!バタン!
「だから、僕はジョンデの味方だっていったよね!?」
「……え、え、ギョンス……?」
勢いよく入ってきて、珍しいほど感情を露にして、ギョンスが睨む。
「ジョンデ泣かせて何やってんの」
え、泣いて……る?
「お前がそこまで最低だと思わなかった。僕は見損なったよ」
「は……!?」
冷たい目で怒りを露にして言い放つと、ギョンスはまたバタン!と音を立てて出ていった。俺は、呆然と立ち尽くしていた。
ジョンデが、泣いてる……?
あの泣かない奴が?
なんで??
や、なんでとかじゃないか。
はっとして、俺は慌ててドアを開けて飛び出した。
「ジョンデー!!キムジョンデー!!」
ギョンスの部屋を開けると、こんもりと布団の山。ジョンインもギョンスもいるから、二人ではない。近づいて「ジョンデだろ?」と言うとびくりと震えた。
「ごめんギョンス。ジョンイナも、ちょっと外してもらえる?」
「……ジョンイナ、行くよ」
「でも……」
ジョンインを連れて部屋を明け渡してくれたギョンスに……いや、俺を奮い起たせてくれたギョンスに、心の底から感謝した。
やっぱりお前は俺の親友だよ。
「もしもーし、ジョンデさーん?」
「…………」
だよな、なんてへこんで。
でも後悔したってもう遅いし。
だって俺、分かっちゃったから。
キスしたあとに謝られる屈辱も、それからなんでキスしちゃったのかも。
「えっと……じゃあさ、こっからは俺のひとりごと。だからお前はなにも言わなくていいから」
「…………」
「俺さ、今すんごいへこんでんの。ギョンスにも怒られて、すごい情けなくて。ほら俺ってハッピーウイルスじゃん?なのに、大事な人泣かせて何やってんだって。でもさ、仕方ないと思わねぇ?大事だって気づいたのさっきなんだもん。さすがの俺だって、パニック寸前なんだからさぁ。……お前さぁ、もしかして俺のこと好きだったりする?」
「…………ひとりごとなんでしょ?」
「あ、そっか。うんうん、ひとりごと!ひとりごとだから、今から言うことも聞かなかったことにして」
───俺さ、ジョンデが好きだよ。もう首ったけ。もっとキスしたいし、触りたい。認めます。俺のこと弄ぶキムジョンデにすっかり落ちました。野郎相手に、メンバー相手に、なに言ってんだって思うけど、もうどうしようもないわ。ごめん。
「…………ふふふ」
「ん……?」
「…………ははは」
「え……?」
不気味な声と一緒に布団の山が揺れて。
「チャニョリが落ちたー!!」
勢いよく布団がめくれて出てきたジョンデの目は、見て分かるほどに赤くなっていた。
「ちょ…………え?なに?」
パニくる俺に抱きついたジョンデの腕はとても強くて。
「鈍すぎてどうしようかと思った……」
そう呟いたジョンデの声は意外にも真剣で。
気付いたらまた俺の唇は塞がれていた。
…………え、ちょっと待って。キムジョンデ怖い!
俺はまんまとジョンデの策にハマったらしい。ベッキョンなんかに言ったらめちゃくちゃに笑われるから、絶対黙っておかなきゃ!
そんなことを心に誓いつつ、ジョンデのキスに集中する。
なんか、
絶対好きになる人間違えたわ。
なんて考えたってもう遅いのは分かっているんだ。
落とす人、キムジョンデ。
落とされる人、パクチャニョル。
おわり
胸を張って歩くあいつは、いつだって俺に挑発的だ。
人の良さそうな顔で近づいてきては俺を煽る。どきりと跳ねた心臓の音は、恐らく聞かれているんだろう。
にやりと笑って触れる手を、掴みたくてウズウズしているのも、きっともう知られている。
「チャニョラー!」
「んー?」
練習室の床に座り込んでスマホを見ながら片手をついてみんなが来るのを待っていたら、あの楽しそうな声が近付いてきて、手の甲に体温が触れた。
驚いて顔を上げた刹那、目の前にはジョンデの顔。慌てて後ろへ引いたのに、その笑顔は目前まで迫ってきて。
触れそうな唇に、真っ白になった頭で必死になって目を閉じた。
真っ暗な視界でどくどくと心臓の音が鳴り響く。
…………って、あれ?
ジョンデの唇が触れなくて、あれ?って。
結構待ってる気がするのに、あれ?って。
そっと薄く片目を開けると、ジョンデは目の前で可笑しそうに笑うのを堪えていた。
驚いて両目を開けると、ついには声をあげて……
お前さ、純情者をからかっちゃあイケませんって、先生に習わなかった?
え?習わなかったって?
カッと瞬時に沸き立った血は、身体中を駆け巡った。俺の能力は炎ですってあながち間違っちゃいないのかもしれない、なんてことを考えていられるはずもなく。
ジョンデの顔を両手で捕まえると、その唇に口づけた。
押し付けるだけのそれは、酷く不器用な気がして少しきまり悪い。だけど、そんなことに気がまわっていたら今頃こんなことにはなってないんだよ!なんて言い訳して。
重なる視線の先で、ジョンデは目を見開いていた。
え、なにその反応……
「……チャニョ、ラ……?」
パチリと瞬きをひとつ。
長い睫毛はバサリと揺れた。
「あ!お前たち早いなぁー!」
スホヒョンによってガチャリと勢いよく開けられたドアにより、俺たちの沈黙は破られた。
「…………う、うん……あぁ!ヒョン!僕お腹空いたんですけど~今日のご飯なんですかねぇ」
笑顔を張り付けたジョンデは立ち上がって、ぎこちない声でヒョンへと駆け寄っていった。
ぱらぱらとみんなが集まって、気がつけばいつも通りにみんなで練習。
俺はひたすら、あの反応の意味だけを考えていた。
誘ってきたのはお前じゃん!なんて。
いや、誘ってなんていなかったかもしれない。
あれは単なるお遊びで……
冷静になればなるほど酷い勘違いをしていたような気がしてきて、頭を抱えたくなった。
時間よ戻れ!って、あいつはもういないんだった。キャンディ元気かな、ってそうじゃなくて。
ジョンデが、分かりやすいくらいに俺を避けるから。だからアレはやっぱり、俺の勘違いだったんじゃないかって思うんだ。
そんなわけで、自室で考え事をしながら手持ち無沙汰にギターを鳴らしていると、どうにも視線を感じる。
「…………」
「……え!?なに!?」
同室のギョンスの視線が刺さって振り向けば、訝しげな顔を寄越された。
「別に……なんでもない」
「あ、そう……」
何でもないなら見ないでよ、ギョンスくん。
君の目怖いんだから。
なんてまたギターを爪弾く。
「…………だから、なに!?」
「別に」
「別にって視線じゃないでしょ!!なに!?俺またなんかした?あ!もしかしてギターうるさい!?」
「いや、うるさくない」
「そう、よかった!じゃあ遠慮なく」
ピックを掴んで今度こそ遠慮なく腕を振り下ろす。
…………はずだった。
「ジョンデとなんかあった?」
その一言に、かちりと体は固まって。
持ち上げた手首はそのままの体勢で止まった。鳴ることのなかったCマイナー。手の甲がつりそうだ。
「え、なん……で?」
「二人とも気まずいですって顔に書いてあるから」
顔……顔……顔…………
ギシリと口角を持ち上げる。
「あは……!」
「なんでもいいけど、僕はジョンデの味方だから」
「……は?ちょっと待て!そこはチャニョルの味方だよ、じゃないの???」
「なんで?」
「だって俺たち練習生時代からの親友じゃん!」
「……チャニョリまだそんなこと言ってんの?」
「え?なんで!?事実じゃん!」
ギョンスは、滅多に吐かない溜め息を小さく吐いた。
「……僕だってひとのこと言えないけど、チャニョリも大概鈍いよね」
あ、自覚あります。今も結構悩んでますんで。
「練習生時代の話してる時のベッキョニとジョンデの顔見たことある?」
「え……?」
「すごく淋しそうな顔してるんだよ。ジョンデは特に。ベッキョニはそれでも知ってる話を見つけては交ざろうとするけど、ジョンデはさ、仕方ないって諦めた顔してる」
気付いてた?と聞かれて、俺は瞬時に顔を左右に振った。
知らなかった……
「あいつはそういうところあるから」
「そういうとこ?」
「自分の感情を後回しにして押し込めるところ」
う~ん、言われてみれば。
「……ギョンスはジョンデのことよく見てるんだな……」
「だって好きだし」
「は!?」
「チャニョリは?好きじゃないの?」
「や……好き……だけど……」
どくん、と心臓がひとつ跳ねた。
「そう……。だって、ジョンデ!」
「は……?」
ドアに向かって叫ぶギョンスに釣られて、同じくドアの方を見遣った。
ゆっくりと開くドア。
その先に見える癖毛の頭。
「じゃ、今日僕ジョンインと寝るから」
出ていくギョンスの背中を目で追う。
「ありがとうギョンス……」
「別に」
交わされる二人の会話。
ギョンスの背中が視界から消えて、引き返すようにそいつを見た。
「……は、入る?」
「うん……」
ジョンデはギョンスがさっきまで寝そべっていたベッドに座った。
「…………」
「…………」
沈黙は金なり、じゃなくて。
何か言わなきゃ、なんて口を開いたとき、音になるのはジョンデの方が早かった。
「こないだのアレ、さぁ……」
「……う、うん」
「……気のせいだよね!?」
語尾を強めたジョンデの言葉は、少しだけ震えていた。
えっと、ちょっと話を整理しようか。
確か……
ジョンデはここ最近ずっと、からかうように俺を煽っていて。触れたり抱きついたり。コンサートの振り付けだってそう。今まではそんなじゃなかった。はず。
それでこの前、ついに迫られそうになって。慌てた俺をからかって笑っていた。それで俺は、カッとなってキスをした。
その唇に……
その…………目の前にある唇、に…………
って、そうじゃなくて!
そしたらジョンデはめちゃくちゃビビった顔してて。あ、マズったって思ったんだ。
それから、俺らの関係はちょっとおかしい。
いや、キスなんかしちゃったんだからおかしくなるのも当然か。あんなことしちゃったから。
おふざけで終われるはずだったのに……
「……そ、そうだな!気のせいだよ!!」
「そっか!そうだよ、ね……」
や、だから、なんでそんな泣きそうな顔してんだよ!眉毛垂れてるとかそんな話じゃなくてさぁ!
「ごめん、僕がからかったから悪いんだ……事故だと思っといて!」
え、なに、次はカラ元気!?
立ち上がってそそくさと出ていこうとするジョンデの腕を、気がつけば必死に掴んでいた。
え……!?俺完全に想定外。
あぁもう!!
「事故ってさぁ、」
ほら!!パクチャニョル、男になれ!!
「連続で起きるものって知ってる?」
「え……?」
今度こそ格好よく。
掴んだ腕を引き寄せて、ジョンデの、口角の上がったまま固まった唇を塞いだ。
「……ん……ふっ……」
甘い声が漏れたのは、舌を絡めたから。
強引に差し入れた舌はジョンデのそれと絡み合う。
こないだみたいな不格好なキスじゃなくて、今度こそはスマートに。
片方の手は掴んでいた腕を引き寄せて抱き締めた。もう片方は頭の後ろで固定する。
ジョンデってこんなに小さかったっけ、とか頭を過りながら。
上向きの顔が苦しいのか、時折声を漏らして服の裾を掴んだジョンデが、不覚にも可愛いと思った。怒られそうだけど。
銀糸が伸びて、ゆっくりと目を開いて、揺れたジョンデの睫毛はやっぱり長くて綺麗だ。
こいつ誰だっけ。
あぁ、あのいつも楽しそうに俺を見て笑うキムジョンデか。なんて。
ばさりと音を立てて、瞬きをひとつ。
あの時みたいに。いや、あの時より赤い顔で。
そして釣られるように同じくゆっくりと瞬きをした瞬間───
あ…………
我に返るとは、きっとこのことだ。
頭が真っ白になって、目を見開いた。
血の気がサーっと引いていく。
「……えっと、その……ごめん!!」
慌てた俺の口から飛び出したのは謝罪の言葉だった。
何てことしちゃったんだ!!
メンバーに。ジョンデに。俺は……
これで、本当に冗談なんかじゃ済まなくなった。
「チャニョリってさぁ、ホントどうしようもないよね!」
「は……?」
「ホントむかつく!」
言うと今度はジョンデの方から噛みつくようなキスをされて。首の裏にまわされた手に強引に引き寄せられて、堪らなくなった。
結局、欲望には勝てず、俺もまたジョンデの腰に手をまわして引き寄せた。
飲み込みきれなかった涎が互いの唇の端から溢れ出す。
あぁーヤバい。気持ちいい。
激しいキスに昇天しかけて、名残惜しく唇を離した。
手の甲で唇を脱ぐって、「あ、ごめんね。間違えた」とジョンデが作り笑顔を貼り付けて感情のない声で言う。
「え…………間違え、た?」
「うん、だから今のなかったことにして」
じゃあ、なんて言ってジョンデは部屋を出ていった。バタンとドアの閉まる音がやたらと大きく聞こえて何が起こったのかすら、分からなかった。
ダンッ!バタン!
「だから、僕はジョンデの味方だっていったよね!?」
「……え、え、ギョンス……?」
勢いよく入ってきて、珍しいほど感情を露にして、ギョンスが睨む。
「ジョンデ泣かせて何やってんの」
え、泣いて……る?
「お前がそこまで最低だと思わなかった。僕は見損なったよ」
「は……!?」
冷たい目で怒りを露にして言い放つと、ギョンスはまたバタン!と音を立てて出ていった。俺は、呆然と立ち尽くしていた。
ジョンデが、泣いてる……?
あの泣かない奴が?
なんで??
や、なんでとかじゃないか。
はっとして、俺は慌ててドアを開けて飛び出した。
「ジョンデー!!キムジョンデー!!」
ギョンスの部屋を開けると、こんもりと布団の山。ジョンインもギョンスもいるから、二人ではない。近づいて「ジョンデだろ?」と言うとびくりと震えた。
「ごめんギョンス。ジョンイナも、ちょっと外してもらえる?」
「……ジョンイナ、行くよ」
「でも……」
ジョンインを連れて部屋を明け渡してくれたギョンスに……いや、俺を奮い起たせてくれたギョンスに、心の底から感謝した。
やっぱりお前は俺の親友だよ。
「もしもーし、ジョンデさーん?」
「…………」
だよな、なんてへこんで。
でも後悔したってもう遅いし。
だって俺、分かっちゃったから。
キスしたあとに謝られる屈辱も、それからなんでキスしちゃったのかも。
「えっと……じゃあさ、こっからは俺のひとりごと。だからお前はなにも言わなくていいから」
「…………」
「俺さ、今すんごいへこんでんの。ギョンスにも怒られて、すごい情けなくて。ほら俺ってハッピーウイルスじゃん?なのに、大事な人泣かせて何やってんだって。でもさ、仕方ないと思わねぇ?大事だって気づいたのさっきなんだもん。さすがの俺だって、パニック寸前なんだからさぁ。……お前さぁ、もしかして俺のこと好きだったりする?」
「…………ひとりごとなんでしょ?」
「あ、そっか。うんうん、ひとりごと!ひとりごとだから、今から言うことも聞かなかったことにして」
───俺さ、ジョンデが好きだよ。もう首ったけ。もっとキスしたいし、触りたい。認めます。俺のこと弄ぶキムジョンデにすっかり落ちました。野郎相手に、メンバー相手に、なに言ってんだって思うけど、もうどうしようもないわ。ごめん。
「…………ふふふ」
「ん……?」
「…………ははは」
「え……?」
不気味な声と一緒に布団の山が揺れて。
「チャニョリが落ちたー!!」
勢いよく布団がめくれて出てきたジョンデの目は、見て分かるほどに赤くなっていた。
「ちょ…………え?なに?」
パニくる俺に抱きついたジョンデの腕はとても強くて。
「鈍すぎてどうしようかと思った……」
そう呟いたジョンデの声は意外にも真剣で。
気付いたらまた俺の唇は塞がれていた。
…………え、ちょっと待って。キムジョンデ怖い!
俺はまんまとジョンデの策にハマったらしい。ベッキョンなんかに言ったらめちゃくちゃに笑われるから、絶対黙っておかなきゃ!
そんなことを心に誓いつつ、ジョンデのキスに集中する。
なんか、
絶対好きになる人間違えたわ。
なんて考えたってもう遅いのは分かっているんだ。
落とす人、キムジョンデ。
落とされる人、パクチャニョル。
おわり