レイとチェン
しん、と静まり返った室内でさらさらとペンの走る音がする。
時折止まり、またさらさら、と。
心地よいリズムと陽だまりによって、僕の睡魔はゆっくりと忍び寄ってくる。
窓の外には校舎を囲うように木々が生えていて、その間からはやわらかな木洩れ日が差し込んで。僕は欠伸をひとつこぼし、ゆっくりとうつ伏せて机と友達になった。
目を閉じるとより敏感になる聴覚。
さらさら、さらさら。
ふふふ、楽しそうだな。
それからペンの走るスピードがどんどん加速して、僕は、あ……と気づく。
ほらね。
シュッシュッと線が2本引かれて最後にトンッとピリオドが打たれると、それは証明終了の合図だ。
「出来た!」
ヒョンの嬉しそうに弾んだ声が聞こえる。
「お待たせジョンデ!」
「おめでとうございます」
「ん?別にめでたいわけじゃないけど」
「めでたいですよ?僕は」
やっとヒョンが僕を見てくれたから。
そう言って起き上がると、ヒョンは恥ずかしそうに首の後ろを掻いた。
ヒョンは、俗に言う『数学バカ』だ。
僕といたって数字が目に入ればたちまちに計算を始めて。それで嬉しそうに『出来た!』と笑うんだ。その度に僕は少しだけむくれて。でも難しい数式を解いていくその横顔を見てると、やっぱり格好いいなぁって何度も惚れ直す。
「でも安心して、ジョンデ。僕は数学の次にジョンデを愛してるんだから」
「数学の次?」
「あ、いや、数学のように……かな。初めてジョンデを見たとき、僕は美しい数式を閃いたときのように心が踊ったんだ」
「ふふ、何ですかそれ」
「だめかなぁ?衝撃的だったってことなんだけど。例えば……そう、ピタゴラスの定理!あれを初めて覚えたときや、もっと言えば小学生の時、三角形の内角の和が180度になると知ったとき!僕はとても衝撃的で一気に数学の虜になったんだよ。そんな時に似てたなぁって」
そう言いながらもまた数字の世界にトリップしてしまいそうになるヒョンをこちらの世界へと繋ぎ止めるため、僕は手を引いてつんのめったヒョンに唇を重ねた。
「あ……」
「ふふ。だったらたまには僕も見たくださいね」
「見てるよ。ジョンデはいつだって美しいもん。ピタゴラスやオイラーが作り出した数式のように、綺麗で見とれる。それに、」
ジョンデの体に散らばるホクロの座標点を見つけるのが、目下の僕の目標だしね ────
そう言ってヒョンは笑うから、僕はカッと赤くなってヒョンの腕を叩いた。
「いい?ジョンデ。僕の愛は素数と一緒だよ。僕の中から無限大に溢れてくる。1個の僕という個体から溢れ続ける愛。同じ様に見えても、それは全部違うんだ。それにね、素数は大きくなればなるほど見つけるのが大変になるの。ありふれているように見えてとても貴重なんだよ」
「うーん……」
僕の足りない頭を捻って、ヒョンの言おうとしてることを頑張って見つける。これはそれこそその素数を見つけるより大変なんじゃないだろうか……なんて。
「あ!見つけるのが大変ってことは、ヒョンもほどほどの大きさにしておかないと、僕は見つけられないってことじゃないですか?」
「あ……、それじゃあダメだ!」
「あはは!」
「だって僕の愛は大きくなっていくばっかりだもん」
「ふふ、大丈夫ですよ。僕にとってはヒョンの愛情なら素数を見つけるよりずっとずっと簡単です」
だってヒョンの愛情は、いつもそこら中に溢れてるから。僕を見る眼差しのひとつ、こぼれた笑顔のひとつ、優しい手……ヒョンはいつだって愛情に溢れている。
難しいことはわからないけれど、僕はそんなヒョンが大好きだ。
「ヒョン、早く帰って僕のホクロ数えます?」
「え……?」
言ったはいいけど恥ずかしくて。
だけど、赤くなってうつ向いた僕の顔は、ヒョンの優しくて少し強引なその手によって上を向かせられ、それから大好きな唇が落ちてくる。
たとえ卑怯な駆引きでも、僕が数学に勝てる瞬間だ。
おわり
時折止まり、またさらさら、と。
心地よいリズムと陽だまりによって、僕の睡魔はゆっくりと忍び寄ってくる。
窓の外には校舎を囲うように木々が生えていて、その間からはやわらかな木洩れ日が差し込んで。僕は欠伸をひとつこぼし、ゆっくりとうつ伏せて机と友達になった。
目を閉じるとより敏感になる聴覚。
さらさら、さらさら。
ふふふ、楽しそうだな。
それからペンの走るスピードがどんどん加速して、僕は、あ……と気づく。
ほらね。
シュッシュッと線が2本引かれて最後にトンッとピリオドが打たれると、それは証明終了の合図だ。
「出来た!」
ヒョンの嬉しそうに弾んだ声が聞こえる。
「お待たせジョンデ!」
「おめでとうございます」
「ん?別にめでたいわけじゃないけど」
「めでたいですよ?僕は」
やっとヒョンが僕を見てくれたから。
そう言って起き上がると、ヒョンは恥ずかしそうに首の後ろを掻いた。
ヒョンは、俗に言う『数学バカ』だ。
僕といたって数字が目に入ればたちまちに計算を始めて。それで嬉しそうに『出来た!』と笑うんだ。その度に僕は少しだけむくれて。でも難しい数式を解いていくその横顔を見てると、やっぱり格好いいなぁって何度も惚れ直す。
「でも安心して、ジョンデ。僕は数学の次にジョンデを愛してるんだから」
「数学の次?」
「あ、いや、数学のように……かな。初めてジョンデを見たとき、僕は美しい数式を閃いたときのように心が踊ったんだ」
「ふふ、何ですかそれ」
「だめかなぁ?衝撃的だったってことなんだけど。例えば……そう、ピタゴラスの定理!あれを初めて覚えたときや、もっと言えば小学生の時、三角形の内角の和が180度になると知ったとき!僕はとても衝撃的で一気に数学の虜になったんだよ。そんな時に似てたなぁって」
そう言いながらもまた数字の世界にトリップしてしまいそうになるヒョンをこちらの世界へと繋ぎ止めるため、僕は手を引いてつんのめったヒョンに唇を重ねた。
「あ……」
「ふふ。だったらたまには僕も見たくださいね」
「見てるよ。ジョンデはいつだって美しいもん。ピタゴラスやオイラーが作り出した数式のように、綺麗で見とれる。それに、」
ジョンデの体に散らばるホクロの座標点を見つけるのが、目下の僕の目標だしね ────
そう言ってヒョンは笑うから、僕はカッと赤くなってヒョンの腕を叩いた。
「いい?ジョンデ。僕の愛は素数と一緒だよ。僕の中から無限大に溢れてくる。1個の僕という個体から溢れ続ける愛。同じ様に見えても、それは全部違うんだ。それにね、素数は大きくなればなるほど見つけるのが大変になるの。ありふれているように見えてとても貴重なんだよ」
「うーん……」
僕の足りない頭を捻って、ヒョンの言おうとしてることを頑張って見つける。これはそれこそその素数を見つけるより大変なんじゃないだろうか……なんて。
「あ!見つけるのが大変ってことは、ヒョンもほどほどの大きさにしておかないと、僕は見つけられないってことじゃないですか?」
「あ……、それじゃあダメだ!」
「あはは!」
「だって僕の愛は大きくなっていくばっかりだもん」
「ふふ、大丈夫ですよ。僕にとってはヒョンの愛情なら素数を見つけるよりずっとずっと簡単です」
だってヒョンの愛情は、いつもそこら中に溢れてるから。僕を見る眼差しのひとつ、こぼれた笑顔のひとつ、優しい手……ヒョンはいつだって愛情に溢れている。
難しいことはわからないけれど、僕はそんなヒョンが大好きだ。
「ヒョン、早く帰って僕のホクロ数えます?」
「え……?」
言ったはいいけど恥ずかしくて。
だけど、赤くなってうつ向いた僕の顔は、ヒョンの優しくて少し強引なその手によって上を向かせられ、それから大好きな唇が落ちてくる。
たとえ卑怯な駆引きでも、僕が数学に勝てる瞬間だ。
おわり
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