その他
160928 箱庭(カイシウ)パラレル
俺の部屋には共同で使っているベランダがある。
変わった間取りのマンションの一室。
最上階にペントハウスみたいに作られた部屋に無理矢理作られた有り合わせのような小さなベランダ。
共同で使うことになる隣人だと紹介された人───シウミンヒョンを見たとき、俺はすぐにその部屋に決めた。
もう一年も前の話。
・・・
大学から帰ると、ベランダに続くドア越しにコンコンと叩く音がして、ドアを開ける。
「お帰り」
「ヒョンこそ、早いね」
「あぁ、たまには定時で上がらないとさ」
「食べる?」と差し出されたのは、持っていたビールのつまみだろう。いつもの近所のスーパーのお総菜。「いただきます」って摘まんで口に放り込んだ。
「ん、うまいね」
「だろ?アタリだったみたい」
小さな箱庭みたいな二人だけのベランダ。
ダントツにお気に入りの場所。
ほとんど一目惚れみたいなものだったんだと思う。どう見たって童顔なのに大人の男の余裕みたいなのが、堪らなくツボだった。
ただの同性の憧れだと思っていたけど、そうじゃないと気づいたのは、この部屋の前の住人の話を聞いたときだ。
「隣に越してきたの、カイでよかった」とヒョンはいつだか言っていた。
ヒョンは学生の頃からもう何年も住んでいるらしく、隣室である俺の部屋に前住んでいたのはヒョンの恋人だった人だとついでみたく教えてくれたことがあった。別れて出てったその人のあと、俺がこの部屋に越してきたらしい。だからいろんな思い出があるんだ、と切なげな顔で言っていたのをよく覚えている。
それは、どうしようもなくただの嫉妬だった。
「前の恋人とも、このベランダでこうやって色々したの?」
「いや、あいつはベランダ嫌いだったから」
「そうなんだ……」
そんな小さなことが嬉しく思うくらいには、俺はヒョンのことを好きになっていたらしい。なんて改めて実感した。
「ねぇ……」
「んー?」
こうして話すようになるうち、いつの間にかこの狭いベランダにキャンプ用のベンチを持ち込んだのはヒョンの方だ。
リサイクルショップで見つけたんだ、と嬉しそうに言っていたっけ。
「やっぱいいや」
「なんだよー!」
「ははっ!」
俺は今、こうしてヒョンと二人でのんびりと夜風にあたっていられることが、単純に幸せなんだと思う。楽しいこと、嬉しいことを共有しながらヒョンと作る馴染んだ空気が。一日の最後にある最大の幸せ。
だからそう。
「ねぇ、ヒョン」
「だからなんだよ!」
って振り向いたヒョンにキスをした。
ゴトンって音をたててヒョンのビールが缶ごと手からこぼれ落ちた。
「あっ……」
音に驚いて慌てて地面を見ると、缶はベランダの隅までコロコロと転がっていて。溢れたビールの匂いが漂って、しゅわしゅわと泡が弾ける音がした。
ヒョンに視線を戻すと同じように視線を戻したヒョンと目が合う。
少しだけ気まずいような気がしたのに、どちらからともなくまた唇が重なっていた。
深くなる口づけに、高鳴る鼓動。逸る気持ち。
どうしようもなく愛しいと思った。
この人は、どんな恋愛をするんだろう、って。どんな風に人を愛して、どんな風に身体をあわせて、どんな風に見つめるんだろう、って。
酷く遠い人に思えた。
目の前で、本当にすぐ前で、慣れた風に重ねられてる唇は今までの恋人ともたくさんキスをしたんだろう、なんてくだらないことが脳裏を過る。
荒くなる口づけ。掴んだ首もと。
暴れまわる舌先。滴る唾液。
愛しさで頭が爆発しそうになる。
全身がびりびりと痺れて、身体中の血液が沸騰した。
「ヒョン……ウミナ……」
よくやく離れた唇からこぼれたのは、愛しい名前。
「謝んないから……俺」
つり目気味のまあるい瞳に向かって呟けば、器用に片方の口角をつり上げて笑う。目眩がしそうなほど色気を感じた。
こんな顔、するんだ……
「別に謝んなくてもいいけど」
「え……?」
「はは、そんなに固まることかよ」
「だって……」
「あー、久しぶりにキスした!」って言ってヒョンはするりと俺の腕から抜けていく。それから、近くの雑巾を掴んでこぼれたビールを拭きはじめる。
そのまあるい背中を、俺はただぼんやりと眺めることしかできなかった。
やっぱ大人って狡いな、って。
ふたりだけのベランダに吹く生ぬるい夜風が、するりとまた頬を撫でた。
おわり
俺の部屋には共同で使っているベランダがある。
変わった間取りのマンションの一室。
最上階にペントハウスみたいに作られた部屋に無理矢理作られた有り合わせのような小さなベランダ。
共同で使うことになる隣人だと紹介された人───シウミンヒョンを見たとき、俺はすぐにその部屋に決めた。
もう一年も前の話。
・・・
大学から帰ると、ベランダに続くドア越しにコンコンと叩く音がして、ドアを開ける。
「お帰り」
「ヒョンこそ、早いね」
「あぁ、たまには定時で上がらないとさ」
「食べる?」と差し出されたのは、持っていたビールのつまみだろう。いつもの近所のスーパーのお総菜。「いただきます」って摘まんで口に放り込んだ。
「ん、うまいね」
「だろ?アタリだったみたい」
小さな箱庭みたいな二人だけのベランダ。
ダントツにお気に入りの場所。
ほとんど一目惚れみたいなものだったんだと思う。どう見たって童顔なのに大人の男の余裕みたいなのが、堪らなくツボだった。
ただの同性の憧れだと思っていたけど、そうじゃないと気づいたのは、この部屋の前の住人の話を聞いたときだ。
「隣に越してきたの、カイでよかった」とヒョンはいつだか言っていた。
ヒョンは学生の頃からもう何年も住んでいるらしく、隣室である俺の部屋に前住んでいたのはヒョンの恋人だった人だとついでみたく教えてくれたことがあった。別れて出てったその人のあと、俺がこの部屋に越してきたらしい。だからいろんな思い出があるんだ、と切なげな顔で言っていたのをよく覚えている。
それは、どうしようもなくただの嫉妬だった。
「前の恋人とも、このベランダでこうやって色々したの?」
「いや、あいつはベランダ嫌いだったから」
「そうなんだ……」
そんな小さなことが嬉しく思うくらいには、俺はヒョンのことを好きになっていたらしい。なんて改めて実感した。
「ねぇ……」
「んー?」
こうして話すようになるうち、いつの間にかこの狭いベランダにキャンプ用のベンチを持ち込んだのはヒョンの方だ。
リサイクルショップで見つけたんだ、と嬉しそうに言っていたっけ。
「やっぱいいや」
「なんだよー!」
「ははっ!」
俺は今、こうしてヒョンと二人でのんびりと夜風にあたっていられることが、単純に幸せなんだと思う。楽しいこと、嬉しいことを共有しながらヒョンと作る馴染んだ空気が。一日の最後にある最大の幸せ。
だからそう。
「ねぇ、ヒョン」
「だからなんだよ!」
って振り向いたヒョンにキスをした。
ゴトンって音をたててヒョンのビールが缶ごと手からこぼれ落ちた。
「あっ……」
音に驚いて慌てて地面を見ると、缶はベランダの隅までコロコロと転がっていて。溢れたビールの匂いが漂って、しゅわしゅわと泡が弾ける音がした。
ヒョンに視線を戻すと同じように視線を戻したヒョンと目が合う。
少しだけ気まずいような気がしたのに、どちらからともなくまた唇が重なっていた。
深くなる口づけに、高鳴る鼓動。逸る気持ち。
どうしようもなく愛しいと思った。
この人は、どんな恋愛をするんだろう、って。どんな風に人を愛して、どんな風に身体をあわせて、どんな風に見つめるんだろう、って。
酷く遠い人に思えた。
目の前で、本当にすぐ前で、慣れた風に重ねられてる唇は今までの恋人ともたくさんキスをしたんだろう、なんてくだらないことが脳裏を過る。
荒くなる口づけ。掴んだ首もと。
暴れまわる舌先。滴る唾液。
愛しさで頭が爆発しそうになる。
全身がびりびりと痺れて、身体中の血液が沸騰した。
「ヒョン……ウミナ……」
よくやく離れた唇からこぼれたのは、愛しい名前。
「謝んないから……俺」
つり目気味のまあるい瞳に向かって呟けば、器用に片方の口角をつり上げて笑う。目眩がしそうなほど色気を感じた。
こんな顔、するんだ……
「別に謝んなくてもいいけど」
「え……?」
「はは、そんなに固まることかよ」
「だって……」
「あー、久しぶりにキスした!」って言ってヒョンはするりと俺の腕から抜けていく。それから、近くの雑巾を掴んでこぼれたビールを拭きはじめる。
そのまあるい背中を、俺はただぼんやりと眺めることしかできなかった。
やっぱ大人って狡いな、って。
ふたりだけのベランダに吹く生ぬるい夜風が、するりとまた頬を撫でた。
おわり