その他
160621 追い越した先(セカイ)
いっそ、手の届かないところにいるのなら、諦めることだってできたかもしれないのに。
その距離は、もどかしくて、歯痒くて、恨めしい気持ちになる。
憧れと親愛の情───僕とジョンイニヒョンの距離。
追い付こうと手を伸ばしたら、何よりも先に身長を越してしまった。
普段は大して気にならないほどの差。ベッキョニヒョンやらジュンミョニヒョンほどは感じない。けれどふとした時に、僅かだけど目線が自分よりも低くなっていて、鏡越しに並んだとき、あぁ、やっぱり越しちゃったんだなって。
少しだけ切なくなったのは、それ以外は何一つ越えられていないから。ダンスもさることながら、精神的なものやらなにやら。
幼かった頃、格好いいと思ったジョンイニヒョンは、やっぱり今でも格好いい。
脆く崩れてしまいそうなのはこのヒョンに限ったことではないけど、長く同じ時間を過ごしてきたせいか、やっぱりどこか多く気にかけてしまうんだ。
同じ制服を着ていた夏は、もう随分と昔のような気がする。
「セフナ、俺練習していくけど、お前どうする?」
「うん、行く」
事務所に入ってしばらく経った頃、踊ることに目覚めた僕が、『ダンスって楽しいんですね』ってジョンイニヒョンに言ったあの日から、ヒョンは個人練習の時に僕も誘ってくれるようになった。
それから一つ一つ、教えるというよりかは見て習って覚えた。上手く踊れたときは『すごいじゃん』って褒めてくれて、その度に恥ずかしくて笑っていたのを思い出す。
ヒョンのダンスに魅せられた人なんて、巨万といることを知っている。僕だってその中のちっぽけな一人で。
ただ、特別なことと言えば、一緒に踊ることを赦されているということ。特別で尊い場所。それを僕は赦されたらしい。
それでも僕はまだまだ足りなくて、届きたくて、並びたくて、何度となく手を伸ばした。
今ではもう、その欲していた場所が何だったのかよく分からない。
並んで踊ることなのか。
それとも、並んで歩くことなのか。
二人して鏡の前で一頻り練習して音楽が途切れたとき、「ちょっと休憩」とヒョンは座り込んだ。
はぁはぁ、と揺れる背中を眺める。汗ばんだシャツが染みを作って張り付いていた。
「ヒョン、」
「んー?」
「…………」
呼び掛けたっきり返事のない僕を不振に思ってか、ヒョンはゆっくりと振り返った。
「なに?」
「あ、いや……」
「なんだよ」
「別に、何でもない」
ははは、と目を細めて笑う紅潮したヒョンの笑顔に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
あちー、なんてTシャツをバタバタと扇ぐ仕草をぼんやりと眺める。その、下にある綺麗な筋肉を知っている。褐色の肌も。
酸素が足りてない気がする。
頭がぼんやりとしてきた。
「セフナー?」
「……なに?」
「なに、ってお前こそどうかした?」
「いや?」
「そ。あ、さっきのフリのとこなんだけどさ、」
ほら。ヒョンの頭の中は、もうすでにダンスのことでいっぱいだ。
「もう少しテンポあげた方がしっくり来ると思うんだけど」
「あぁ……うん……了解……」
「あと、俺カウント気持ち早めで入るから、お前釣られないようにして」
「うん……わかった……」
僕は、ヒョンのダンスに魅入ったのか。
それとも……
「あと、」
「ヒョン」
言いかけたところを遮るように呼び掛ける。
ヒョンは驚いたように「なに?」と返事をした。
「好き……かも……」
「は……?」
「ヒョンのこと、好き、かも……」
「……かも?」
「あー、いや……好き……かな?」
突然こぼれた言葉に、はっとして気まずくなると、ヒョンは「疑問系かよ」とくしゃっと破願して笑った。
「いや、だって……」
僕は、ヒョンのダンスになりたかったのかもしれない。
ヒョンの一部に。その内側に……
「はは!休憩終わり!さ、やるよ!」
「あ……あぁ、うん」
また音楽が流れる。
二人だけの隔離された世界。
音が、ひとつになっていく。
鏡越しに目があったヒョンは、にやりと妖艶な笑みを浮かべて、すぐにまたダンスの世界へと身を隠した。
僕も、追いかけるように踊る。
その先にあるものを掴むために───
おわり
いっそ、手の届かないところにいるのなら、諦めることだってできたかもしれないのに。
その距離は、もどかしくて、歯痒くて、恨めしい気持ちになる。
憧れと親愛の情───僕とジョンイニヒョンの距離。
追い付こうと手を伸ばしたら、何よりも先に身長を越してしまった。
普段は大して気にならないほどの差。ベッキョニヒョンやらジュンミョニヒョンほどは感じない。けれどふとした時に、僅かだけど目線が自分よりも低くなっていて、鏡越しに並んだとき、あぁ、やっぱり越しちゃったんだなって。
少しだけ切なくなったのは、それ以外は何一つ越えられていないから。ダンスもさることながら、精神的なものやらなにやら。
幼かった頃、格好いいと思ったジョンイニヒョンは、やっぱり今でも格好いい。
脆く崩れてしまいそうなのはこのヒョンに限ったことではないけど、長く同じ時間を過ごしてきたせいか、やっぱりどこか多く気にかけてしまうんだ。
同じ制服を着ていた夏は、もう随分と昔のような気がする。
「セフナ、俺練習していくけど、お前どうする?」
「うん、行く」
事務所に入ってしばらく経った頃、踊ることに目覚めた僕が、『ダンスって楽しいんですね』ってジョンイニヒョンに言ったあの日から、ヒョンは個人練習の時に僕も誘ってくれるようになった。
それから一つ一つ、教えるというよりかは見て習って覚えた。上手く踊れたときは『すごいじゃん』って褒めてくれて、その度に恥ずかしくて笑っていたのを思い出す。
ヒョンのダンスに魅せられた人なんて、巨万といることを知っている。僕だってその中のちっぽけな一人で。
ただ、特別なことと言えば、一緒に踊ることを赦されているということ。特別で尊い場所。それを僕は赦されたらしい。
それでも僕はまだまだ足りなくて、届きたくて、並びたくて、何度となく手を伸ばした。
今ではもう、その欲していた場所が何だったのかよく分からない。
並んで踊ることなのか。
それとも、並んで歩くことなのか。
二人して鏡の前で一頻り練習して音楽が途切れたとき、「ちょっと休憩」とヒョンは座り込んだ。
はぁはぁ、と揺れる背中を眺める。汗ばんだシャツが染みを作って張り付いていた。
「ヒョン、」
「んー?」
「…………」
呼び掛けたっきり返事のない僕を不振に思ってか、ヒョンはゆっくりと振り返った。
「なに?」
「あ、いや……」
「なんだよ」
「別に、何でもない」
ははは、と目を細めて笑う紅潮したヒョンの笑顔に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
あちー、なんてTシャツをバタバタと扇ぐ仕草をぼんやりと眺める。その、下にある綺麗な筋肉を知っている。褐色の肌も。
酸素が足りてない気がする。
頭がぼんやりとしてきた。
「セフナー?」
「……なに?」
「なに、ってお前こそどうかした?」
「いや?」
「そ。あ、さっきのフリのとこなんだけどさ、」
ほら。ヒョンの頭の中は、もうすでにダンスのことでいっぱいだ。
「もう少しテンポあげた方がしっくり来ると思うんだけど」
「あぁ……うん……了解……」
「あと、俺カウント気持ち早めで入るから、お前釣られないようにして」
「うん……わかった……」
僕は、ヒョンのダンスに魅入ったのか。
それとも……
「あと、」
「ヒョン」
言いかけたところを遮るように呼び掛ける。
ヒョンは驚いたように「なに?」と返事をした。
「好き……かも……」
「は……?」
「ヒョンのこと、好き、かも……」
「……かも?」
「あー、いや……好き……かな?」
突然こぼれた言葉に、はっとして気まずくなると、ヒョンは「疑問系かよ」とくしゃっと破願して笑った。
「いや、だって……」
僕は、ヒョンのダンスになりたかったのかもしれない。
ヒョンの一部に。その内側に……
「はは!休憩終わり!さ、やるよ!」
「あ……あぁ、うん」
また音楽が流れる。
二人だけの隔離された世界。
音が、ひとつになっていく。
鏡越しに目があったヒョンは、にやりと妖艶な笑みを浮かべて、すぐにまたダンスの世界へと身を隠した。
僕も、追いかけるように踊る。
その先にあるものを掴むために───
おわり