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140702 あなたの声(ハンフン)




最後にしたキスは煙草の味がした。

少し苦くて、大人の味。





「セフナ……」って呼ぶ少し耳触りのいい滑らかな声。
髪を梳いてくれるきれいな手。

徐々に消えてしまいそうな記憶を何度も反芻して記憶に留めておく。
これ以上僕の大事なものを取り上げないで、と願いながら。



僕に、人を愛することを教えてくれたのはルハニヒョンだった。

「セフナ、人は誰かと関わりながら生きていくんだ。拒絶は何も生み出さない。この家を守っていくのはお前なんだから」


血なんてなんの意味もないことを、僕は知っている。

だってそうでしょ?

僕たちはそれ以上の繋がりを持っていたはずだ。
それなのに、そんな小さなことに拘って逃げたのはヒョンの方じゃないか。
拒絶したのは、ヒョンの方だ。

この家を出るなら、僕を捨てるなら、どうしてキスなんかしたんだよ。
どうして愛なんか教えたの?

僕はこの家と一緒に、ヒョンに捨てられたんだ。


古くて大きくて、有無を言わさない強引さ。
この家は父親そのもの。

貰われっ子のルハニヒョンと、実子の僕。

長らく子供のできなかったこの家にヒョンが貰われてきた翌年、運悪く僕が産まれてしまった。父の愛人だった僕の母に。
それはヒョンが四歳になった年のこと。

僕はあっさりと実母に捨てられてこの家に来た。本妻の人はルハニヒョンを可愛がったけど、父は自分の血を引く僕に継がせたがった。面白くないその人は僕を徹底的に嫌ったけど、父は頑として譲らなかった。

そんな最悪の家庭環境の中でも唯一の救いは、ヒョンが僕を可愛がってくれたこと。
本妻の人から守ってくれるのはいつだってルハニヒョンだった。

狭い狭い世界の中で、僕は自然にヒョンに惹かれたし、ヒョンは僕を受け入れてくれた。
そう思っていたのに、それは間違いだったらしい。

ヒョンは風が通り抜けるみたいに、この家から居なくなっていた。


ヒョン、知ってる?
あなたのいなくなったこの家は、お化け屋敷みたいに静まり返ってるんだ。

隠れてしたキスはもう回数なんて覚えてない。

家中にヒョンの思い出があって、いつでも僕を呼ぶヒョンの声が聞こえてきそうで、僕はこの家を捨てることもできない。


『ヒョン、来年もまたこの桜の下で花見しましょうね』

『あぁ、そうだな』


そう言って笑ったヒョンの横顔を僕は忘れない。

今年もまた桜の季節が来て、ヒョンの笑顔を見ることなく散っていった。

地面に広がる桜の花びらは、あなたのように白くて綺麗で、そして僕の想いのように報われない。



『セフナ』って僕を呼ぶあなたの声を、僕はいつまで覚えていれるだろうか。






おわり
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