One-week Story
レイ×クリス×喫煙所
喫煙所──というものが、世の中から淘汰されつつある。これは非常に由々しき事態である。
例えば会社の喫煙所なんていうものは、給湯室さながら、いやそれ以上に、ただの雑談と思われるコミュニケーションが重要な仕事の手助けになったりする場合もある。つまり時として上下の差もなく、追いやられた者達としての連帯感が重要な仕事を生むというのに。
とはいえ、少数派であるただのニコチン中毒者は社会から淘汰されて然るべき存在なのかもしれない。
「難しい顔してるな」
この小宇宙の新たな人員は、海外戦略部のクリスだ。同じく愛煙家。同期でもないのに親しくなったのは、正に喫煙所のお陰だ。
「喫煙者も肩身狭くなってるなぁって」
確かに、と頷きながら煙草をくわえたクリスは両手で身体中のポケットを叩いていた。
「火?」
「あぁ、悪い。ライナー貸してくれ」
そう言って手を差し出したクリスに、僕は煙草をくわえたまま口許を突き出した。
「ん!」
「は?」
「早く。灰になっちゃうから」
もごもごと煙草をくわえたまま言えば、クリスは「はは!」と笑って先端を僕の火種に押し付けた。はらりと僕の煙草の灰が落ちる。息を合わせるように2、3ふかして煙が上がったところでクリスは「サンキュ」と離れた。
「高校生の悪戯みたいだな」
「そう?僕は好きだけど」
「好き?」
「うん、だってキスしてるみたいじゃない?」
「は……?」
「灰落ちるよ」
「ん?あぁ、」
まるでキスしてるみたいなその行為は、実際の火種がある分キスよりも熱いのかもしれない。
「昨日ルハンがキスされたって」
「は?」
「後輩のジョンデに」
「え?」
「僕らもする?」
「は?」
揉み消した煙草からは細い紫煙が上がっていて、やがて静かに消えていった。
押し付けて捩じ込んだクリスの口内は、何とも言えない苦い味で。これはニコチン中毒者のさだめかもしれない。なんて。
でも愛煙家が淘汰されつつある喫煙所だからこそ、こんなこともできるのだ。
この小宇宙には僕らしかいないのだから。
ガラス越しの廊下を誰かが通る気配がしてぱっと離れると、驚いて目を丸くしてるクリスを見ながら僕は2本目の煙草に火を点けた。
おわり