One-week Story
チェン×ルハン×残業
非常階段を2階分昇れば屋上へ着く。
月曜から残業してるのなんてうちの部署くらいだろう。夜の屋上は誰もいなくて格別だ。
書類がごった返す机の上で、資料とパソコンを交互に見ながら頭を抱えていた。
進まない仕事、膠着状態の案件。先週からずっと。何か劇的な解決法方はないだろうかと見上げた窓の向こうでは、月が丸々と太っていた。
あぁ、ダメだ。
なんて思って立ち上がると、予想以上に体が凝り固まっていて、淀んだ体内を浄化させるべく僕は屋上へ向かった。
安っぽいドアを開け外に出る。ひゅっと生ぬるい風が頬を擽った。
あぁー!なんて声をあげて大きく伸びをする。
きっともうすぐあの人が来る。
がちゃり、と銀色の丸いドアノブが回った。
「なに、お前も休憩?」
「はい、ルハンさんも?」
「うん、さすがに疲れちゃって」
あはは、と笑ってそんなことを言っても、僕を追いかけてきたことを僕は知っている。
ルハンさんはガサガサとポケットを漁って、取り出した煙草に火を点けた。
ふぅ、と吐き出された紫煙は夜空へと消えていく。
煙草を吸う口実を作ってあげたのは僕の方だ。
「お前、何ていうか、満月似合うね」
「なんですか、それ」
「満月っていうか空?」
「ははは!仕事のしすぎで頭おかしくなったんですか?」
「失礼だな、せっかく褒めてるのに」
「じゃあ、ありがとうございます」
伸びた煙草の灰が、ぽとりと落ちた。
風に舞ってころころと転がりながら砕けて、やがて何もなかったように消えていった。
「仕事どう?」
「あぁー、去年も何回かやったやつなんで楽勝かと思ったんですけど、制度とか色々変わってて……」
「あー、よくあるね。そういうの」
「えぇよくあるんですけど、一番ムカつくパターンです」
「こっち終わったら手伝うよ」
「え?いいんですか?」
「まぁ、先輩だし?」
「わぁ!格好いい!」
「バカにしてる?」
あはは、と笑って「そういえば、」と背広の両方のボケッとから缶コーヒーを取り出した。「飲みます?」とその内の片方を差し出せば、ルハンさんは不思議そうな顔をした。
「なんで二本も持ってんの?」
「ん?あぁ、だって、」
僕がここに来れば、貴方もここに来るでしょ?
「え……?」
戸惑うルハンさんを前に、僕はガチャリと缶を開けて冷えたそれを一口啜った。
くすりと笑みを溢す。
普段から潤んでいるその丸い瞳が、大きく揺れたのが分かった。
「バレてないと思ってました?」
くくく、と笑って問えば、大きく視線を反らされて。月明かりに照らされたその女性のように愛らしい顔に、朱が差したのが見えた。
「ルハンさんって、僕のこと好きですよね?多分自惚れじゃないと思うんですけど……」
僕は一向に話さなくなってしまったルハンさんに近づいて、その朱色の頬にそっと触れた。
にこりと笑みを見せると、びくりと震えて。大きく目を見開いた。
普段は仕事ができてあんなに堂々としてるのに。そう思うと余計に愛らしく思えて。あぁ、小鹿だ。って。
「満月を見ると男は狼になるって知ってますか?貴方は小鹿で、僕に食べられるんです」
これは自然界の摂理ですから────
そんな馬鹿げた事を言って、僕はその唇を塞いだ。
僕の飲んだコーヒーと彼が吸った煙草の味が混ざって、それは複雑に苦い大人の味だった。
おわり