突然のスホ美シリーズ
Xiumin
そいつを見たとき、正しく俺はぎょっとした。
場に似合わないほどの真っ赤なドレスは遠目にも分かるほど異質だった。似合ってないとは言わないけど、どこかおかしなバランスで。真っ白な肌に真っ赤な口紅、真っ赤なスカートの大胆な切り込みから覗くこれまた真っ白な足。伏せた目元を隠しきれない肩までの髪。
男だろうな、とは思った。
明らかにガッチリとした肩幅。
スカートから覗く筋肉質の足。
服装や格好は女のようにも見えたけど、骨格が男だった。
そんなやつが、街灯に照らされて夜の公園のベンチに座ってたんだ。
絶対に関わるべきべはないと思ったし、厄介ごとは面倒だと思った。
俺は本能に従うべく素通りしようとしたのに、そうできなかったのは顔を上げたそいつと視線がばっちり合ってしまったから。
「あ…………」
声に出したのはどっちだったんだろう。
あまりの衝撃に、お互いに数秒そのまま見つめあっていた。
その人は薄明かりの下でも分かるほど、みるみると赤くなっていった。何故だかこちらまで恥ずかしくなって視線を反らしてしまうほど。
きっと、見てはいけないものを見てしまったんだ。
いや、きっとじゃない。絶対に。
だってそいつは────、
同期のキムジュンミョンだったから。
向こうも俺に気づいたのか、荷物を掴むと立ち上がって猛ダッシュで駆け出した。が、履き馴れないヒールのせいか、転びそうになって。咄嗟に腕を掴んでしまい、固まる。
お互いに、だ。
「えっと……大丈夫?」
ジュンミョンは必死に"うんうん"と頭を振る。
並んだそいつは、ヒールの分だけ俺よりもデカかった。
首元まで赤くなる肌。
耳なんて触ると火傷するんじゃないかってくらい赤くなっている。
なにも言わず、気づかないふりをして手を離すべきか。いや、でもさっき多分目を見開いちゃった気がするし。このまま「さようなら」っていうのも不自然な気がする。
ぐるぐると考えあぐねていると、「あの……」という控え目な声が届いた。
「ん?」
「…………会社のみんなには言わないで」
ん?あぁ……、なんて。
そりゃあそんなこと、言えるはずがない。
というより、言ったって誰も信じないだろう。
だってキムジュンミョンは真面目一筋で通っているようなやつで。俺なんかとは違って、家柄も良ければ、性格もいい。見た目も爽やかでできる社員。もちろん女子社員にモテるのは当たり前で、上司からもお気に入りトップを独走中だ。同期の間では出世コース間違いないなんて言われてるのに、本人は真面目一辺倒で決して手を抜いたりしない。確かそんなやつだ。キムジュンミョンは。
それなのに、こんな趣味があったなんて……
趣味?まぁ、よく分かんないけど。
とにかく落ち着こう。
俺は掴んでいた手を離すと口を開いた。
「……言うかよ」
「そっか、よかった……」
よくないだろ。
見ちゃった俺は、全然よくない。
同期とはいえ、特別親しい間柄ではなかったにせよ、社内なり同期会なりで顔を合わせる機会はいくらでも存在する。特に会話をするわけではないけど、業務上のやり取りは無いわけではない。
そんなやつの秘密を知ってしまったんだ。
これからどんな顔をすればいいのやら。
「それ、趣味?」
「え?あぁ……」
ジュンミョンは頬を染めて小さく笑った。
瞬間、妙な電流が駆け抜けて全身がぴりりとした。
「どうかした?」
「え……?」
「なんか今、固まってたから」
「あ、いや…… 」
「あ、そっか」
気持ち悪いよな、って言ってジュンミョンは自嘲した。
「いや……」
気持ち悪いか気持ち悪くないかで言えば、気持ち悪くはない。正直、こいつの綺麗な顔には似合っているとさえ思う。
顔だけ見れば、うちの女子社員と比べても上位だ。
「趣味っていうか、精神安定剤みたいなもんかな」
「……?」
「別に女になりたい訳でもないし。ただ、自分じゃない人格になれるのが楽しくて……」
自分じゃない人格、キムジュンミョンは確かに今そう言った。
「どういう意味?」
「うーん、何て言うかさ。普段の自分を脱ぎ捨てるみたいな感覚?」
本人は笑いながら言ってるけど、実はそれ結構笑えないやつなんじゃないかって思うんだけど。
「普段そんな無理してんの?」
「え……?」
「あぁー、でもそっか。確かに無理してなきゃあんな完璧でいられないわな」
エリートも大変なんだなって笑ってやったら、寂しそうに笑みを漏らした。
「ミンソクはいつも自然体だもんな。羨ましい……」
「別に、そんなんじゃ……」
特別なんの期待もされてないってだけで。
出世に拘らなきゃ誰だって楽に生きられる。
「この格好だとね、」
自信が持てるんだ!とキムジュンミョンは顔をあげて笑顔を見せた。その笑顔はとても眩しくて、それは本当なんだろうと思う。
こいつの出世コースは、本人が望むとか望まないとか、そんなレベルの話じゃないのかもしれない。
「似合うと思うよ。ちょっとごっついけど」
「はは、ありがとう」
「あんまり無理しすぎるなよ」なんて触れた肩は、ごついくせにひどく頼りなく思えた。
きっとこれから、俺はキムジュンミョンを見過ごすことは出来なくなるんだろう……
「ありがとう」と呟いた唇は、少しだけ震えていた気がする。
おわり
そいつを見たとき、正しく俺はぎょっとした。
場に似合わないほどの真っ赤なドレスは遠目にも分かるほど異質だった。似合ってないとは言わないけど、どこかおかしなバランスで。真っ白な肌に真っ赤な口紅、真っ赤なスカートの大胆な切り込みから覗くこれまた真っ白な足。伏せた目元を隠しきれない肩までの髪。
男だろうな、とは思った。
明らかにガッチリとした肩幅。
スカートから覗く筋肉質の足。
服装や格好は女のようにも見えたけど、骨格が男だった。
そんなやつが、街灯に照らされて夜の公園のベンチに座ってたんだ。
絶対に関わるべきべはないと思ったし、厄介ごとは面倒だと思った。
俺は本能に従うべく素通りしようとしたのに、そうできなかったのは顔を上げたそいつと視線がばっちり合ってしまったから。
「あ…………」
声に出したのはどっちだったんだろう。
あまりの衝撃に、お互いに数秒そのまま見つめあっていた。
その人は薄明かりの下でも分かるほど、みるみると赤くなっていった。何故だかこちらまで恥ずかしくなって視線を反らしてしまうほど。
きっと、見てはいけないものを見てしまったんだ。
いや、きっとじゃない。絶対に。
だってそいつは────、
同期のキムジュンミョンだったから。
向こうも俺に気づいたのか、荷物を掴むと立ち上がって猛ダッシュで駆け出した。が、履き馴れないヒールのせいか、転びそうになって。咄嗟に腕を掴んでしまい、固まる。
お互いに、だ。
「えっと……大丈夫?」
ジュンミョンは必死に"うんうん"と頭を振る。
並んだそいつは、ヒールの分だけ俺よりもデカかった。
首元まで赤くなる肌。
耳なんて触ると火傷するんじゃないかってくらい赤くなっている。
なにも言わず、気づかないふりをして手を離すべきか。いや、でもさっき多分目を見開いちゃった気がするし。このまま「さようなら」っていうのも不自然な気がする。
ぐるぐると考えあぐねていると、「あの……」という控え目な声が届いた。
「ん?」
「…………会社のみんなには言わないで」
ん?あぁ……、なんて。
そりゃあそんなこと、言えるはずがない。
というより、言ったって誰も信じないだろう。
だってキムジュンミョンは真面目一筋で通っているようなやつで。俺なんかとは違って、家柄も良ければ、性格もいい。見た目も爽やかでできる社員。もちろん女子社員にモテるのは当たり前で、上司からもお気に入りトップを独走中だ。同期の間では出世コース間違いないなんて言われてるのに、本人は真面目一辺倒で決して手を抜いたりしない。確かそんなやつだ。キムジュンミョンは。
それなのに、こんな趣味があったなんて……
趣味?まぁ、よく分かんないけど。
とにかく落ち着こう。
俺は掴んでいた手を離すと口を開いた。
「……言うかよ」
「そっか、よかった……」
よくないだろ。
見ちゃった俺は、全然よくない。
同期とはいえ、特別親しい間柄ではなかったにせよ、社内なり同期会なりで顔を合わせる機会はいくらでも存在する。特に会話をするわけではないけど、業務上のやり取りは無いわけではない。
そんなやつの秘密を知ってしまったんだ。
これからどんな顔をすればいいのやら。
「それ、趣味?」
「え?あぁ……」
ジュンミョンは頬を染めて小さく笑った。
瞬間、妙な電流が駆け抜けて全身がぴりりとした。
「どうかした?」
「え……?」
「なんか今、固まってたから」
「あ、いや…… 」
「あ、そっか」
気持ち悪いよな、って言ってジュンミョンは自嘲した。
「いや……」
気持ち悪いか気持ち悪くないかで言えば、気持ち悪くはない。正直、こいつの綺麗な顔には似合っているとさえ思う。
顔だけ見れば、うちの女子社員と比べても上位だ。
「趣味っていうか、精神安定剤みたいなもんかな」
「……?」
「別に女になりたい訳でもないし。ただ、自分じゃない人格になれるのが楽しくて……」
自分じゃない人格、キムジュンミョンは確かに今そう言った。
「どういう意味?」
「うーん、何て言うかさ。普段の自分を脱ぎ捨てるみたいな感覚?」
本人は笑いながら言ってるけど、実はそれ結構笑えないやつなんじゃないかって思うんだけど。
「普段そんな無理してんの?」
「え……?」
「あぁー、でもそっか。確かに無理してなきゃあんな完璧でいられないわな」
エリートも大変なんだなって笑ってやったら、寂しそうに笑みを漏らした。
「ミンソクはいつも自然体だもんな。羨ましい……」
「別に、そんなんじゃ……」
特別なんの期待もされてないってだけで。
出世に拘らなきゃ誰だって楽に生きられる。
「この格好だとね、」
自信が持てるんだ!とキムジュンミョンは顔をあげて笑顔を見せた。その笑顔はとても眩しくて、それは本当なんだろうと思う。
こいつの出世コースは、本人が望むとか望まないとか、そんなレベルの話じゃないのかもしれない。
「似合うと思うよ。ちょっとごっついけど」
「はは、ありがとう」
「あんまり無理しすぎるなよ」なんて触れた肩は、ごついくせにひどく頼りなく思えた。
きっとこれから、俺はキムジュンミョンを見過ごすことは出来なくなるんだろう……
「ありがとう」と呟いた唇は、少しだけ震えていた気がする。
おわり