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突然のスホ美シリーズ

Kai



真っ赤なドレスに身を包んで、
背筋を伸ばして爪先から歩く。
頭の上ではボブのウィッグが揺れている。




よし、と小さく呟いて、その大きくて重い扉に手をかけた。




ゆっくりと手前に開いて、ふかふかな絨毯に足をとられそうになりながらも一歩一歩踏み出す。
和やかに広げられていた宴は妙なぎこちなさをもって止まった。
人々の好奇な、そして訝しげな視線は一身に僕へと向けられる。


僕の目指すところはただひとつ。


奥の豪華な主役席だ。



純白のタキシードに身を包む男の顔は面白いほどに強張っている。

高砂席の前、僕は男に向かって最上級の笑みを浮かべた。浮かべてそして、釣られるように男がぎこちない笑みを作った瞬間───僕は思い切りその横っ面をひっぱたいた。



静まり返った会場にパチンと軽快な音が響く。



半ベソかいて頬に手を当てる男を見て、いい気味だと思った。

僕は自分の左中指に嵌めていた指輪を抜いてこれ見よがしに男の前に置かれたビールグラスの中へと落とした。ポチャリと音がしてわずかに残っていた炭酸が少しだけ弾けた。




「バイバイ」




これで、全部終わったのだ。












「なぁ、今の誰……?」
「さぁ。でもすっごい美人でしたね!」
「あ、あぁ……」



大学時代の先輩の結婚披露宴にセフンと呼ばれて出席していた。先輩に会うのは何だかんだで久しぶりだったから楽しみにしていたんだけど、どうやらそれどころでは無さそうだ。
それでもさっきのことなんてなかったかのように司会者が進行を始めると、宴は再び元に戻った。ただ、花嫁とその両親だけが固まったまま動かない。

こりゃ離婚だな、なんて恐らく会場内の全員が思ったこと。ご祝儀損したかも、とか考えるのはこの場合失礼には当たらないだろう。





それから10日後のことだ。

あんな結婚式もあるんだなぁとまるで他人事に捉えながらも(事実他人事だ)、上司から新しく譲り受けた担当先へ顔見せがてら営業をかけに行くことにした。


受付で許可をもらいフロアへと通されて、忙しそうなフロアの片隅で邪魔にならないようにと小さくなって立つ。



「あの、キムジョンインさん?」
「えぇ、そうです」


涼やかな声に呼び掛けられて咄嗟に返事を返した。


「あ、すみません。担当まだ戻らなくて」
「あぁそうですか」


アポイントメントは取っていたけど、先方も忙しい方なのでよくあることいえばよくあること。
「待ちますか?」と聞かれたので「はい」と答えて待たせてもらうことにした。

ではこちらに、と通路に並ぶ打ち合わせテーブルのひとつに案内される。


「すみません、失礼します」
「いえこちらこそ」


そう言って綺麗な笑みを浮かべたあとうつ向いた横顔を見て、俺は何か大きな衝撃を受けた。



消えそうに白い肌
意思の強そうな目
真っ直ぐに伸びた鼻筋
控えめな赤い唇



どこかで見た。それも最近だ。




「あの……どこかで会いました?」


「へ……?会ってないと、思いますけど?」



不思議そうな顔を向けられる。
そりゃそうか。こんなのまるっきり不審者だ。


「あぁ、すみません。なんか最近どこかでお会いしたような気がし……あ!」




赤いワンピース!!





わりと大きな声で呟いてしまい、その人は咄嗟に俺の口を両手で押さえた。そのまま周りをキョロキョロとしては、目があった人にぎこちない笑みを浮かべて小さく頭を下げる。
俺は口許の手を除けて「すみません」と頭を下げた。





そうだ、あの赤いワンピースの人だ。
一瞬にして目を奪われたあの綺麗な人。
こんなところで会えるなんて運命かも……って、え!?男!?


「あの……何で知ってるんですか?」


真ん丸な瞳で見る俺にその人は恐る恐ると問いかける。


「や、えっと、俺もあそこに居たんで」
「……そう、ですか」


その人は真っ赤な顔で、冷や汗が流れそうなのが見てとれるほどだ。


「あ、あの!」
「はい?」

「アレ……、な、内緒にしてもらえますか?」



バレるとちょっと不味いので……とこめかみ辺りをポリポリとしながら上目遣いでその人は言う。



「じゃあ、飯おごってください」


「え……?」




ポカンとするその人に向かって「口止め料です」と答えれば、可笑しそうに目を細めて笑った。



そうして俺はその人───キムジュンミョンさんの連絡先を手にいれた。





おわり
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