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学パロシリーズ

ルハンの場合




中庭にそびえ立つ一本の桜の木。
秋が深まってきて、その葉は赤く色づき始めている。
二年前、僕らはそこで初めてキスをした。


そうだ、僕らの話をしようか。

僕がミンソクを見つけた日の話───





春、僕が入学した高校は市内のごくごく普通の私立校高だった。よく言うところの滑り止め。そこに通うことになったということは、要するに滑ったということ。
勉強もスポーツもそこそこできて、両親のDNAのお陰でありがたくも容姿にもそれなりに恵まれた。そんな僕の、大袈裟に言えば初めてに近い挫折。

三年間は適当にやり過ごして、大学こそは行きたいところに行こう、なんて思いばかりが空回りして、酷くつまらない幕開けに思えた。適当なやつらと適当に合わせて笑っていれば、くだらない時間なんて過ぎる。
そう、例えば同じクラスのクリスのように一匹狼になれるほど、僕は強くなんてなかった。


くだらない仲間とのやりとり。
仲間?どうだろうね。
よくわからないや。


そんな僕の唯一のお気に入りは、中庭にある一本桜だった。新入生を歓迎するために、遅咲きなんだと教えてもらったそれは4月でもまだまだ見頃だ。

僕は、廊下の窓からそれをぼんやりと眺めるのが日課で。その日もぼんやりと眺めていた。


すると突然ふわりと風が吹いて。
ひらひらと花びらが舞って。



そしてその下を歩いていた人物に、


僕は恋をした。



なんて在り来たりで馬鹿げた話なんだろう。
まるで魔法にでもかかったみたいだったんだ。
今思い出しても笑えてしまう。


彼は驚いたように風に舞う花びらを見上げていて、真ん丸な目はやがて目尻を跳ねあげるように弓なりになった。


───見つけた。


瞬間、そう思った。



これが僕がミンソクを見つけた日の話。



それから僕はいつもいつも彼を探して、友達が呼ぶ声でミンソクという名前を知って、執拗に目で追って。
一方通行だった視線がいつの日か重なるようになると、僕はさらに見つめた。
廊下でたむろしてる僕らの前を少し表情を強張らせて目線をあわせないように歩く。それは意識してないように見せるために意識しているように見えた。
じっと見つめると一瞬だけ目線を寄越して、その目線を捕まえるようにさらに見つめる。
すると彼はわずかに目を見開いて。

そうして反応してくれるのが嬉しかった。
話したことなんてないのに会話しているような気分で。

そうやって何ヵ月か過ごして、あの中庭の一本桜の下ではじめて声をかけたのは夏の終わりのことだった。


ミンソクを捕まえてから僕の学生生活は大きく変わった。


最近付き合い悪いな、とか言われても気にしない。ミンソクさえいれば何も要らない。あからさまな態度の変化に、友人たちはみんな呆れて笑っていた。
でも本当にそう思っていたんだ。
ミンソクさえいればって。


けれど「それじゃだめだ」と言ったのはミンソク本人で。彼は意外と友人が多かった。いや、友人を大事にしていた。
放っておかれることも多かったし、想いが釣り合ってない気がしてやるせなかった。


「ミンソガ!僕はミンソギだけいればそれでいいけど、君が友達も大事にしろって言うなら不本意だけどそうすることにする!」
「不本意って……」
「でも覚えといて。僕の一番はいつでもミンソガだから」


ミンソクに高らかと宣言をすると、彼は可笑しそうに笑っていた。
僕には全然笑い事なんかじゃない。
いつも誰かに取られそうで恐かった。
ミンソクを見つけたのは僕だし、彼の良いところなら僕が一番知っている。彼は僕の恋人で。だけどいつどこでどんな輩が現れてミンソクに罠を仕掛けるか分からない。そしてその罠にミンソクがハマってしまうか分からない。だからいつでも怖いんだ。

ミンソクは僕のだ、と暗示をかけるように彼の友人たちを見つめた。



「ルハン、お前最近評判悪いな」


そう言ったのはクリスだった。
いきなりのことで意味が分からないでいると、「俺のところまで聞こえてくるくらいだからよっぽどだな」とそいつは笑った。


「なに?なんのこと?」

ミンソクのところに行かなきゃいけないのに、クリスなんかに捕まるなんて。
僅かに苛立ちを含んで、それでも笑顔で返すと「それだろ」とまた笑われて。さすがの僕も笑顔が引きつるのがわかった。


「お前に言われたくないよ」


なんてまた笑顔を貼り付けて。
優柔不断な自分が嫌になる。
小さく溜め息をついて、教室をあとにした。


一緒に帰るため廊下をダッシュしてミンソクの教室の前まで行くと、中ではミンソクが席に座って笑っていた。向かいに座るのはミンソクの友達のレイ。仲が良いのは知っている。もちろん紹介もされた。それでもモヤモヤするのはただの嫉妬だってことは自分でも分かっている。でも止められなかった。

笑いあってる二人を見つめて、ひと呼吸置いて。僕は笑顔をつくってミンソクを呼んだ。


「ミンソガー!」


声に気づいて振り向いて笑う。
面倒くさそうに、でもほんの少し嬉しそうに。心が躍る瞬間。

ミンソクは「おぉ」って言って鞄を掴んで、駆け寄ってきた。そう僕の恋人。
でもその前に「じゃあまたな」ってミンソクがレイに挨拶すると、彼も「またねー」なんてのんびりした声で返して。その後それを固い表情で見てる僕にも笑いかけるもんだから、僕はいつも対応に困るんだ。

貼り付けた笑顔でレイに小さく会釈して、駆け寄ってきたミンソクの手を捕まえる。
あ……独占欲。



「寒いね」
「あぁ、」

のんびりゆっくり帰り道を歩く。
少しでも長く一緒にいれるように。
途中自販機でホットコーヒーを買って公園のベンチに座った。
木枯らしが吹き始めていて、寒がりのミンソクはマフラーをぐるぐる巻きにしている。

「あのさぁ、」
「ん?」
「その……別にさ、安心してもいいと思うよ」

ミンソクは恥ずかしそうにうつ向いて口早に呟いた。
なんのことだろうと聞き返すと「だから……」と口ごもる。


「俺だってちゃんとお前のこと好きだからって意味!」


足をぶらぶらとさせて、両手で缶コーヒーを握って。恥ずかしそうに頬を染めて。


「わかってるよ……」


呟いて、その缶を握る手に自分の手を重ねた。


「いや、わかってない。ルハナいっつも俺ばっかりって顔してるもん……」
「そ?よく見てるね」
「そりゃあ……」
「好きだから?」


からかうと肩でドンと押してくる。
可愛くてこのままキスしちゃいたいくらい。


「レイのこと……別にそんなに警戒しなくたって」
「あぁー、レイだけじゃないよ」
「え……?」
「他にもたくさん。今ミンソギのまわりにいる奴らも、これからミンソギのまわりに現れる奴らも。たーくさん!」
「はぁ!?」

「……だってミンソギ可愛いから」


驚く彼にそう呟くと、何が可笑しいのかクスクスと笑い出した。
重ねていた手はいつの間にか繋がれていて、絡める指が擽ったい。



「そんなのお前だろ……」



そう呟いたあと、ミンソクは恥ずかしそうに早口で叫んだ。



「あー!やめやめ!こんなのただのノロケだろ!」






僕はその時可笑しくなって、盛大に笑ったのを覚えている。


僕らが付き合いはじめた頃の甘酸っぱい思い出。


でも、二年経った今でも、やっぱり少し不安なのは秘密にしておく。
だってミンソクいじけちゃいそうだから。





おわり
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