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学パロシリーズ

レイの場合


昼休み、音楽室でピアノを弾くのは僕の日課。中庭に面した窓を開けて、気持ちのいい風を入れて、年季の入ったグランドピアノのふたを開ける。椅子に座って簡単な指のストレッチをして、その日の気分で音を奏でる。

窓の向こう、中庭側の壁沿いには今日もきっとお客さんが来ている。僕が気付いているかは知らないけど、そのお客さんに向かって今日も僕はピアノを弾く。

バレないように気を使ってるのか、窓からは見えないようにしてるみたいだけど、中庭を挟んで反対側の窓にはしっかりとその姿が写っていた。こそこそと壁にもたれて身を屈めてる姿が可愛くて、この時間が一気に幸せになったのは言うまでもない。


「……あ、やっぱりここか」

そう言って入ってきたのはクリスだった。怖そうな外見とは裏腹にちょっと変わった奴だ。

「なに?なんか用?」
「いや、用って訳じゃないんだけど……」
「また逃げてきたの?」
「あぁ、まぁ……」

クスクスと笑えば、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「だってあいつしつこいんだもん」
「まぁ、委員長だからね」

そんな会話をしていたらガサゴソと音がして。

あ、お客さん……

帰っちゃったのかなって、ちょっと寂しくなった。



次の日もその次の日も雨で。
お客さんは来なかった。

久々に晴れた日、胸を弾ませながら窓を開けた。今日は来るかな、って楽しくなって。一曲弾き終わると、窓の下には彼が来ていて。僕は嬉しくなって、窓に駆け寄ると下を覗き込んで声をかけた。


「ねぇ、リクエストとかない?」


声を掛けると、勢いよく振り向く顔。初めて間近で見た姿は、垂れた眉がとても可愛くて。そして、目が合ってしどろもどろとする彼。なのに、にこりと笑い掛けると、「す、すいません!」と言って逃げて行ってしまった。

あっ……

そんなつもりじゃなかったのに。




「あはは!そんなの逃げられるに決まってんじゃん!」

教室に戻って話したら、そう言って笑ったのは友達のルハン。

「だって、せっかくだったら好きな曲の方がいいかと思って」

ひとりでただ何となく弾いてるより、聞いてくれる人がいて、その人のために弾く方が何倍も楽しい。音楽ってそういうものでしょ?



それなのに。
その日を境にお客さんは来てくれなくなった。
一人きりで弾くピアノがこんなにもつまらないなんて。1週間待っても、1ヶ月待っても、彼は来てくれなくて。弾くのをやめて、窓のそばに椅子を寄せて、僕は何日も彼を待った。



そうして2ヶ月が過ぎて、もう諦めようかと考えた日、窓には外から貼り付けられたノートの切れ端。


『もう弾くのやめたんですか?』


ただ一言、鉛筆で書かれた丸い文字に驚いて、嬉しくなった。
僕の可愛いお客さんは今もちゃんとどこかで僕のピアノを待っててくれてたんだ。

『聴いてくれるの?』

貼り付けられたノートの切れ端にそう書き足して、また窓に貼り付けた。

その日引いたピアノは、今までの中で、一番めちゃくちゃだった。


僕の可愛いお客さんもきっと苦笑いかもしれない。



終わり
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