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カイとディオ

自分にとってあの人は、春先の桜の木の下で、真夏の日差しを避けた縁側で、秋の風が通り抜ける窓辺で、厳冬の暖炉の側で。つまり、心を休める場所だ。

無心に、ただひたすら踊って、踊って。
その後に帰る場所はギョンスヒョンの隣だった。





ダンサーの登竜門といわれる国際コンクールで入賞して帰国すると、自分のまわりはちょっとした騒ぎになっていた。電話では聞いていたけど、本当に空港には何人かの記者もいて、やっと自国に帰ったというのに、どこか異世界に放り出された気がした。


とにかく、一番にするべきことはあの人を抱き締めること。
それとあの人の作ったご飯を食べること。

出迎えてくれた人たちを適当にあしらって、荷物はスタッフに預けて、俺はあの懐かしい道を辿った。期間にすればほんの半年ちょっとだったと思う。コンクールの準備のためにスタッフと海外に移って、通えなくなった道。
何も言わずに行ったのは、怖かったから。
例えダメだったとしてもあの人は絶対に責めたりなんてしないのに。それでも、それでももしダメだった時を考えると、情けなくて顔見せできなくなるような気がしたから。だから何も言えなかった。


ドアの前に立ち竦んで、僅かに震える手でインターホンを鳴らした。


ドアを開けたヒョンは大きな目を更に大きくした後、いつものように「おかえり」とだけ呟いた。
すぐに振り返って部屋へと引き返そうとするヒョンの腕を掴んで、瞬時に背中から抱き締めた。


「ただいま」


そっと囁けば腕の中で身を捩って、向かい合った俺の背中におずおずとまわるヒョンの腕。


やっと。やっと帰ってきた。
俺の帰る場所。


その、ふくよかな唇に口づけると、久しぶりのせいか緊張で心臓が張り裂けそうだった。


「ヒョン、ヒョンの飯食べたい」


そう言うと、眉間に小さくシワを寄せて大きな目を向けられる。それでも「ちょっと待ってて」って言って久しぶりに見る台所に立つヒョンの後ろ姿は、あの頃と変わらずやっぱり好きだ。
「簡単なものだけど」と出されたのはスープスパで、酷く懐かしい味がして、勢いよく掻き込んだ。


「もしかして、帰ってから何も食べてない?」
「うん」
「なんだ。それならもっとちゃんとしたもの作ればよかった」
「いや、いいよ。俺ヒョンのパスタ好きだから」




食べ終わった食器を片付けながら、ヒョンは口を開いた。


「……今日、泊まる?」


俺は知っている。この表情を。
何でもない風を装って、だけど本当はその頭の中ではいろんなことを考えていて。泊まると言えばきっと照れたように少しだけ左側の広角を上げて、帰ると言えば寂しさを隠すように更に表情を消すんだ。
あの頃もいつもそうだった。
そんな顔を隠れ見るのが、何よりも許されてるようで好きだった。


「泊まっても、いい?」
「……どうぞ」
「じゃ、泊まる」




風呂から上がって冷蔵庫を開けるといつも自分が飲んでいたソーダ水が入っていて、心臓がむず痒くなって思わず冷蔵庫の前でニヤける。

先にベッドに横になってたヒョンを後ろから抱き締めた。


「ヒョン、ごめんね……」


耳元で囁いたけど、言葉を返してくれない。


「ヒョンってば」
「……別に、謝られるようなことなんて、ないだろ」
「そうだけど……」

「僕は、君がジョンインという名前だということしか知らない。何歳でどこに住んでるのかも、大きなコンクールで賞を取っちゃうほどすごいダンサーだとかも、何も。電話番号だって知らないんだ。だから、つまり……」


すぐに無くなる関係なんだ。


ギョンスヒョンは呟くように吐き捨てた。
だからこれは謝るような関係じゃない、と。
それは自分達の間に線を引かれたような感じで、心臓がドキンと鳴った。

だったらなんでそんな淋しそうに言うんだよ。

ますます身を縮めたヒョンに「俺ね、」と言葉を繋げた。


「コンクールで舞台に上がる時、柄にもなく緊張したんだ。まぁ、そのくらい賭けてたから。手足が震えそうになってこのままだったら踊れないかもって。だけどその時、思い出したのはヒョンのことだった」


後ろからまわした手でヒョンの手を握って。絡まる指に胸を締め付けられる。


「そしたら不思議なくらい力が湧いてきて。だから入賞できたのはヒョンのお陰」


ありがと、と囁いて腕に力を込めた。


ヒョンがいるから踊れる。
踊る時は無心なはずなのに、ヒョンがいたから踊れたんだ。
胸を張りたい人がいたから。
喜んでもらいたい人がいたから。
帰る場所があるから。



「僕のために踊ってくれたなら、僕にも教えるのが礼儀ってものじゃないかな」


そう言って身を捩らせて向き合ったヒョンを、今度こそ思いきり抱き締めた。


「こんな思いをするのは二度と御免だ」
「うん……」
「どこの誰かも分からない人を待ち続けるなんて」


背中にまわされた手でぎゅっとシャツを握り締められて。言わずに行ったことを少しだけ後悔した。


「ジョンイナ……」


低めの落ち着いた、毛布みたいに暖かい声が俺を呼ぶ。


「……おかえり」


「ただいま」







おわり

2014.1.12&14
HappyBirthday to D.O.&KAI !!!
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