チャニョルとベッキョン
「あ、冷た……」
頬にぴたりと冷たさを感じて見上げると、真っ暗な夜の闇から重力に吸い込まれるように綿雪が落ちてきた。急に降ってきたそれは、あっという間に一面を真っ白の絨毯に塗り替える。
俺は慌ててアーケードの軒下へと避難した。一瞬の出来事だというのに、頭や肩にはこんもりと雪が乗っかり、下を向いてバタバタとほろった。
「はは、犬みたい!」
聞こえてきた声に振り向くと、隣では長身の男が大きな口を開けて笑っている。
「……はい?」
訝しげに思って思わず睨み付けると、その男は「ごめんごめん」と笑って「すごい雪だねぇ」と呑気に呟やいた。
誰だよ、こいつ。
呆気に取られながらも空を見上げるその男の横顔を、背のあまり高くない俺は呆然と見上げていると、何故だか釣られるように空を見上げてしまい、意識はいつの間にか空へと変わっていた。まったく止む気配のない雪がしんしんと降り積もり、地面の嵩を増していく。
「駅まで?」
「……は?」
「だから、駅まで行くの?」
「えぇ、まあ……」
「俺も。どうしようかねぇ」
「あぁー……」
「走る?」
「は……?」
「走るなら一緒に走ろ!」
俺も駅なんだ、と綺麗な歯をこれでもかと見せつけるようにその男は笑った。変な男だと思った。やけに馴れ馴れしくて、やけに人が良さそうで、やけにイケメンで。
「あ、今だ!」
「え……ちょ……!」
俺は気がつけばその男に腕を取られて降りしきる雪の中を走っていた。引き摺られるように走って靴には雪が入り込むし、足は縺れそうだ。にも拘らずその男は「わあー!」とやけに楽しそうに叫んでいて、その声は静まり返る夜の闇に妙にキラキラと響いた。
「俺さ、ちっちゃくて可愛い人好きなんだ!」
「……はぁぁぁあああ!?」
やけに寒かった夜、俺は変な男と出会った。
おわり