残香(支配人)
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「おい、なまえ、しっかりせぇ」
「…」
自分の飲めるペースを無視して飲み続けた結果、撃沈してしまった。なんとか意識は保っているが、体がふらついて、だるくて仕方ない。支配人に支えられてなんとか歩けるくらいだ。
「きもちわるい…」
「そりゃあんだけぐびぐび飲みゃあそうなるわ!」
まぁ俺にも責任はあるしちゃんと家まで送ったるから安心せや、と支配人は頼もしい言葉をかけてくれる。本当に申し訳ない…
「家はここらへんか?」
「はい…あの曲がり角を右に曲がったらすぐです…」
「おっしゃ任せとき」
酔っていて体が火照っているからか支配人の体温を感じるからか、酷く体が熱く感じた。私が思っている以上に体は素直らしく、このままこの人といたら身も心もどろどろに溶けてしまうのではないかと自分が変わってしまうことに少し怖くなった。
「お、ここか。なまえ、確か二階やったな?階段登るで」
踏み外さんように気ぃつけや、と優しい言葉をかけてくれる。支配人に言われた通り一段一段気をつけて階段を登り、支配人は私のペースに合わせてくれる。
「…つかれた」
「あともうちょいやで」
「…むり…はきそう」
「ちょ!待たんか!ここで吐くな!っだー!しゃあないのォ!」
「ひゃっ…!?」
支配人は急にしゃがみだしどうしたのかと疑問に思っていると私の膝裏に腕を通し持ち上げられた。巷で噂のお姫様抱っこというやつである。
「し、支配人!?」
「うっさいわド阿呆。部屋どっちや」
「お、奥の方です…」
「鍵出せや」
「はい…」
言われた通り素直に鞄の中から鍵を出し、ドアの鍵を開ける。支配人はぶっきらぼうにドアを開けると、部屋の奥にどんどん進んでいった。私をベットに座らせると簡素な台所に向かい、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ん、飲めや」
「ありがとうございます…」
喉に通った冷たい水は火照っていた体を冷ましてくれるようだった。
「ちったぁ落ち着いたか」
支配人は私の隣に座って心配そうな目でこちらを見つめてくれる。
「はい…助かりました…」
「それならええ」
支配人は煙草を吸おうしているのか、胸ポケットを探っている。が、支配人の顔は急に強ばり始めた。
「ない…」
「え?」
「さっきの居酒屋で忘れてきたっぽいわ…」
「あ、でしたら…」
私はベッドの近くにあるサイドボードの引き出しを開け、愛用のマルボロを出した。
「よかったらどうぞ」
「…まぁないよりマシか」
おおきに、と支配人は煙草を1本貰ってくれた。いつものように煙草を口にくわえ慣れた手つきで火をつけた。煙草を吸い、煙を吐き出す。
「んん…なんや物足りんのぉ」
「これがいいんじゃないですか」
「やっぱり麻尋にお似合いや」
「いいですよ〜私はこれが好きなので」
「…」
支配人はいやいや言いながらもまた煙草を吸った。私は疲れがどっと出てベッドに体を倒す。すぐにでも寝れそうだった。
「おいおい、男家に上げとんのに無防備に寝転ぶやつがおるか」
「ここにいますよ…というか、勝手に上がったんじゃないですか」
「言うようになったやないか」
そう言うと支配人は吸いかけの煙草を灰皿に押し当て火を消す。すると急に視界が暗くなる。
「…こんなことされても、文句言えんで」
支配人は私の顔の横に手を置き、覆いかぶさってきた。とても、真剣な表情で、鋭い目付きでこちら見つめてくるものだから目が離せなかった。
「………」
何か答えなきゃ。でもなんて?この人を素直に受け入れていいのだろうか?頭の中が真っ白だ。
「…」
何か言い出そうとしても消え入るような声しか出ず、口を魚のようにぱくぱくと開けては閉めてを繰り返す。支配人はそんな私を見て、次第に柔らかい表情へと変わった。
「なーんてな…冗談や、冗談」
支配人は何事もなかったかのようにいつもの笑顔を見せると私の上からどいて立ち上がった。
「もう大丈夫そうやし、帰るわ」
「え…」
「ちゃーんと寝んと疲れがとれんで?」
じゃあの、と支配人は私に背を見せる。私にはその背中が酷く寂しそうに見えた。私は咄嗟に体を起こし、支配人が着ているスーツの裾を掴んだ。
「…なんや」
「………さい」
「あ?」
「…私がちゃんと寝るまで、そばにいてください」
ようやく出た私の答えがそれだった。なんて子供じみた、くだらない答えなのだろう。やはり私は、自分が1番可愛くて、傷つくことを恐れた。自分から引き止めたのにも関わらず、彼の顔が見れなかった。静まり返った沈黙がとても長く感じた。
「ええで」
長い沈黙を裂いたのは彼だった。彼は腰を落としてベッドに背を向けてもたれかかった。
「最後まで付きおうたるわ」
そん代わりもう一本貰うわ、とちゃっかりマルボロの箱から一本取り出しながらそう言った。そのまま私と同じ匂いをつけてしまえばいい。意識が遠のいて行く中でそんなことを思った。
朝、目が覚めると支配人の姿はなかった。おそらく家に帰ったのだろう。今日は特にすることもなかったので蒼天堀をぶらつくことにした。
「あ、みょうじさんお出かけですか?」
蒼天堀を歩いているとグランドの客の呼びかけスタッフに声をかけられた。
「お疲れ様です。今日はお店の方はどうですか?」
「今日も順調ですよ!ほとんどの席が埋まっています!」
「それはよかった」
「そういえば、みょうじさん。支配人がどうしてるか知りません?」
「え?支配人ですか?いえ、特に…どうかしたんですか?」
「その様子だと知らなそうですね…」
1番親しいみょうじさんでも知らないなんて、と彼は独り言を喋っている。いったいどうしたのだろうか。なんだか、凄く嫌な予感がする。彼は口を開けて話し出した。
「実は…」
嫌だ。聞きたくない。
「この店を仕切っている所から電話があって…」
やめて。
「支配人、グランドを辞めるそうです」
いつの間にか空は暗くなり、夜になっていた。私は何が起こったのか理解できなかった。重い足を引きずるように歩き、家へと帰る。きっとあのスタッフが言っていたことは本当なのだろう。でも、昨日あの人が私の隣にいたのは確かで、グランドを辞めるだなんて一言も言ってくれなかった。
「せめて…お別れの言葉くらい、言いたかったなぁ…」
つい、独り言をぽつりと呟いた。周りを気にせず独り言をしてしまうだなんて、相当参っている。家に着くと倒れるようにしてベッドに寝そべった。
支配人とはただの仕事柄の関係だと思っていた。でも、彼の優しさに触れる度にいつの間にか私の心は彼に惹かれていた。彼がいなくなったと分かってからは自分の中にぽっかりと大きな穴が空いた気がした。それだけ、私の中で彼という存在は大きかったのだろう。彼のことを考えていると、いつも彼がつけていた煙草の匂いを思い出した。煙草を吸おうとサイドボードの引き出しを開けた。
「え…」
そこには愛用のマルボロと一緒に、封が開けられていないハイライトが入っていた。買った覚えなどはない。貰った覚えなどもない。昨日開けた時にはなかったし、この部屋に入った人物は一人しかいない。
私はそっとハイライトを手に取り封を開けた。煙草を一本手に取り、口にくわえ、ライターで火をつけた。ゆっくりと煙草を吸い、煙を口から吐き出した。苦い。とても、苦かった。ハイライトの煙草の味と匂いに酷く懐かしさを感じ、目頭が熱くなった。静かに頬をつたって流れた涙は、まるで先程まで抱えていた苦しみが流れ出ていく様だった。
「本当に、ずるい人…」
自分の香りだけ残して、私を置いていってしまうんだもの。
「…」
自分の飲めるペースを無視して飲み続けた結果、撃沈してしまった。なんとか意識は保っているが、体がふらついて、だるくて仕方ない。支配人に支えられてなんとか歩けるくらいだ。
「きもちわるい…」
「そりゃあんだけぐびぐび飲みゃあそうなるわ!」
まぁ俺にも責任はあるしちゃんと家まで送ったるから安心せや、と支配人は頼もしい言葉をかけてくれる。本当に申し訳ない…
「家はここらへんか?」
「はい…あの曲がり角を右に曲がったらすぐです…」
「おっしゃ任せとき」
酔っていて体が火照っているからか支配人の体温を感じるからか、酷く体が熱く感じた。私が思っている以上に体は素直らしく、このままこの人といたら身も心もどろどろに溶けてしまうのではないかと自分が変わってしまうことに少し怖くなった。
「お、ここか。なまえ、確か二階やったな?階段登るで」
踏み外さんように気ぃつけや、と優しい言葉をかけてくれる。支配人に言われた通り一段一段気をつけて階段を登り、支配人は私のペースに合わせてくれる。
「…つかれた」
「あともうちょいやで」
「…むり…はきそう」
「ちょ!待たんか!ここで吐くな!っだー!しゃあないのォ!」
「ひゃっ…!?」
支配人は急にしゃがみだしどうしたのかと疑問に思っていると私の膝裏に腕を通し持ち上げられた。巷で噂のお姫様抱っこというやつである。
「し、支配人!?」
「うっさいわド阿呆。部屋どっちや」
「お、奥の方です…」
「鍵出せや」
「はい…」
言われた通り素直に鞄の中から鍵を出し、ドアの鍵を開ける。支配人はぶっきらぼうにドアを開けると、部屋の奥にどんどん進んでいった。私をベットに座らせると簡素な台所に向かい、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ん、飲めや」
「ありがとうございます…」
喉に通った冷たい水は火照っていた体を冷ましてくれるようだった。
「ちったぁ落ち着いたか」
支配人は私の隣に座って心配そうな目でこちらを見つめてくれる。
「はい…助かりました…」
「それならええ」
支配人は煙草を吸おうしているのか、胸ポケットを探っている。が、支配人の顔は急に強ばり始めた。
「ない…」
「え?」
「さっきの居酒屋で忘れてきたっぽいわ…」
「あ、でしたら…」
私はベッドの近くにあるサイドボードの引き出しを開け、愛用のマルボロを出した。
「よかったらどうぞ」
「…まぁないよりマシか」
おおきに、と支配人は煙草を1本貰ってくれた。いつものように煙草を口にくわえ慣れた手つきで火をつけた。煙草を吸い、煙を吐き出す。
「んん…なんや物足りんのぉ」
「これがいいんじゃないですか」
「やっぱり麻尋にお似合いや」
「いいですよ〜私はこれが好きなので」
「…」
支配人はいやいや言いながらもまた煙草を吸った。私は疲れがどっと出てベッドに体を倒す。すぐにでも寝れそうだった。
「おいおい、男家に上げとんのに無防備に寝転ぶやつがおるか」
「ここにいますよ…というか、勝手に上がったんじゃないですか」
「言うようになったやないか」
そう言うと支配人は吸いかけの煙草を灰皿に押し当て火を消す。すると急に視界が暗くなる。
「…こんなことされても、文句言えんで」
支配人は私の顔の横に手を置き、覆いかぶさってきた。とても、真剣な表情で、鋭い目付きでこちら見つめてくるものだから目が離せなかった。
「………」
何か答えなきゃ。でもなんて?この人を素直に受け入れていいのだろうか?頭の中が真っ白だ。
「…」
何か言い出そうとしても消え入るような声しか出ず、口を魚のようにぱくぱくと開けては閉めてを繰り返す。支配人はそんな私を見て、次第に柔らかい表情へと変わった。
「なーんてな…冗談や、冗談」
支配人は何事もなかったかのようにいつもの笑顔を見せると私の上からどいて立ち上がった。
「もう大丈夫そうやし、帰るわ」
「え…」
「ちゃーんと寝んと疲れがとれんで?」
じゃあの、と支配人は私に背を見せる。私にはその背中が酷く寂しそうに見えた。私は咄嗟に体を起こし、支配人が着ているスーツの裾を掴んだ。
「…なんや」
「………さい」
「あ?」
「…私がちゃんと寝るまで、そばにいてください」
ようやく出た私の答えがそれだった。なんて子供じみた、くだらない答えなのだろう。やはり私は、自分が1番可愛くて、傷つくことを恐れた。自分から引き止めたのにも関わらず、彼の顔が見れなかった。静まり返った沈黙がとても長く感じた。
「ええで」
長い沈黙を裂いたのは彼だった。彼は腰を落としてベッドに背を向けてもたれかかった。
「最後まで付きおうたるわ」
そん代わりもう一本貰うわ、とちゃっかりマルボロの箱から一本取り出しながらそう言った。そのまま私と同じ匂いをつけてしまえばいい。意識が遠のいて行く中でそんなことを思った。
朝、目が覚めると支配人の姿はなかった。おそらく家に帰ったのだろう。今日は特にすることもなかったので蒼天堀をぶらつくことにした。
「あ、みょうじさんお出かけですか?」
蒼天堀を歩いているとグランドの客の呼びかけスタッフに声をかけられた。
「お疲れ様です。今日はお店の方はどうですか?」
「今日も順調ですよ!ほとんどの席が埋まっています!」
「それはよかった」
「そういえば、みょうじさん。支配人がどうしてるか知りません?」
「え?支配人ですか?いえ、特に…どうかしたんですか?」
「その様子だと知らなそうですね…」
1番親しいみょうじさんでも知らないなんて、と彼は独り言を喋っている。いったいどうしたのだろうか。なんだか、凄く嫌な予感がする。彼は口を開けて話し出した。
「実は…」
嫌だ。聞きたくない。
「この店を仕切っている所から電話があって…」
やめて。
「支配人、グランドを辞めるそうです」
いつの間にか空は暗くなり、夜になっていた。私は何が起こったのか理解できなかった。重い足を引きずるように歩き、家へと帰る。きっとあのスタッフが言っていたことは本当なのだろう。でも、昨日あの人が私の隣にいたのは確かで、グランドを辞めるだなんて一言も言ってくれなかった。
「せめて…お別れの言葉くらい、言いたかったなぁ…」
つい、独り言をぽつりと呟いた。周りを気にせず独り言をしてしまうだなんて、相当参っている。家に着くと倒れるようにしてベッドに寝そべった。
支配人とはただの仕事柄の関係だと思っていた。でも、彼の優しさに触れる度にいつの間にか私の心は彼に惹かれていた。彼がいなくなったと分かってからは自分の中にぽっかりと大きな穴が空いた気がした。それだけ、私の中で彼という存在は大きかったのだろう。彼のことを考えていると、いつも彼がつけていた煙草の匂いを思い出した。煙草を吸おうとサイドボードの引き出しを開けた。
「え…」
そこには愛用のマルボロと一緒に、封が開けられていないハイライトが入っていた。買った覚えなどはない。貰った覚えなどもない。昨日開けた時にはなかったし、この部屋に入った人物は一人しかいない。
私はそっとハイライトを手に取り封を開けた。煙草を一本手に取り、口にくわえ、ライターで火をつけた。ゆっくりと煙草を吸い、煙を口から吐き出した。苦い。とても、苦かった。ハイライトの煙草の味と匂いに酷く懐かしさを感じ、目頭が熱くなった。静かに頬をつたって流れた涙は、まるで先程まで抱えていた苦しみが流れ出ていく様だった。
「本当に、ずるい人…」
自分の香りだけ残して、私を置いていってしまうんだもの。